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課題 「 あなた と 私 と 菜園 と 」 作品 N0 02
私と菜園
菜園と言われても、
東京での生活に慣れている所為か、正直
ピントこない。でも
昔 私の家には家庭菜園があった。それを糸口に考えてみようと思う。
私の家では私が中学生の時ぐらいまで、よく庭で
キュウリ、
ナス、
トマトなどの野菜を育てていた。私は中学生の時には
家庭菜園なんて庭の景観を壊すだけだし、変な虫は寄ってくるし、なぜそんなものを作るのだろうと思っていた。
でも、今考えてみると、景観などではなく何か違うものが其処に在る気がする。私達は
景観というと見た目の美しさによる安心感や癒しといった恩恵ばかりに目を向けがちだが、其処に一つの
生命が宿り私達に実りをもたらす、ということはある意味、景観という
見た目の美しさによる恩恵を超えた問題、
物があるのではないか。
それは何も実りをもたらすという事を、突き詰めて考えていくと、私達にとって死活問題だから、景観による恩恵を超えているという意味ではない。
土地を耕し、種を蒔き、芽が出てくるのを、水をやったり雑草を抜いたりして、慈しみを育てていくという事は、単に
植物を育てるという事にとどまらず、その
菜園を育てていくということに繋がるのではないか。
菜園を育てるという事は、
土地を植物や虫などの生物で豊にし、
景観をも造っていくという意味を包括する。
私達は人間が
勝手に決めた美しさという事に捉われがちになるが、本来、見た目の美しさという問題は、
菜園、言わば植物や虫などの生物の生息域という問題と別にされる問題ではない筈だ。それは其処に在る山が物語っていると思う。
木々は思い思いに枝を延ばし葉を広げているのが圧倒される美しさである。
佐藤敏宏の感想
03−08−29
作品01も
昔という言葉が使われている。昔という現在とは状況がまるで違う過去が5〜6年ほどと書き表されているだね。
人間が勝手に決めた 見た目の美という単一な価値基準でそこにある景観を見てはイケナイ。生物の生息域のありかたまで広げて考えましょうね。という作者の思いつきには同意しますが・・
木々は思い思いに枝を延ばし葉を広げているのが圧倒される美しさである・・と見た目ののびのびに戻り終えちゃうのはなんでなのかなー・・のびのびの足下の落ち葉の下には変な虫生きているだろうし、茸菌糸も生き生きしてるし・・のびのび枝葉は
変な虫が食っているだろうし・・遠目・寄り目・なめ目・触り目
色々目で書いてみたいなー
ナスやキューリやトマトは
見た目が綺麗じゃないと東京生活じゃ誰も買わない!!んじゃないのかなー。曲がったキュウリは不味い・変形ナス・トマトは不味い・んじゃないかい。
昔の家庭菜園では
変な虫に死刑宣言!!・・こいつは理解できねー遺伝子まで抹殺じゃーの最近の農法じゃん・・農薬を散布して変な虫をぶち殺し・・てたんじゃないのかなー・・見た目に綺麗な野菜を人間が手に入れるために・・植物の遺伝子改良して変な虫にが植物喰うとコロリと死んじゃうとか・・あるじゃん近頃。
せっかく
生物の生息域まで思い至ったのだから・・生物有機体について考えをすすめてみようじゃないか・・例えば社会学者
宮台慎司さんのサイトの中の「
第2回講義:社会システムの概念と秩序」
(・・はここね)などを お互いに読んでからワカランワカランが 理解するよう努力をしてから 講評することにしますね・
・その後に例えば
建築空間は有機体にセヨ!という命題をたててみたら応えはどうなんじゃろねー
花田達朗さんの講演記録も読んでみてね。こんなこと、
ここで語っていますよ
異なった他者同士がここに集まって居る。 しかし集まっている時に
この場所をシェアーしようという意識を持っていますよね
異なった生物がここに集まっていてシェアーしようという意思は人間がもたなければならないんだよね。
石川初さんの言葉
03-09-02
佐藤さんの感想のとおり、
「菜園」に、見るものに媚びない、
逆説的な美しさをみとめる、という「とっかかり」
には同感します。(「実(じつ)を伴ったもののほうが本物だ」という見方には、いかにも建築の人の傾向だという感じがしますが)
問題は、後半、急ぎすぎて
、「生物的多様性」と「野生の植物の粗野な感じ」と「菜園の媚びない硬派な様子」とが一緒くたにされてしまっていることでしょう。
菜園の面白いところは、その中途半端なポジションなんじゃないかと思いますし。
一般的に言って、山の樹木でも、集落から見える範囲くらいのものはほとんどが人工的に植林された
2次林です。でも、そういうところが「好ましい風景」とされることが多い。生態学的にも、下手な
原生林よりも農地と山林が入り交じった「里山」のほうが、多様性が高いとも言われます。
「○○八景」のようなもの、国立公園、絵はがきや風景写真とか、手がかりはいろいろとあると思いますが、
「美しい/絵になる」とされる風景の変遷をみてみると面白いんじゃないでしょうか。
講評は提出作品を一巡した後 書きます