2009年8月2〜9日 ことば悦覧in京都 記録集 home 魚谷繁礼 門藤芳樹 山本麻子 岩崎泰 柳沢究 森田一弥 浅見俊幸 満田衛資 川勝真一 岡田栄造 榊原充大 山崎泰寛 牧野研造 俺クチャー 観客感想 番外編 名古屋 小林聖明 東京 太田浩史 松島潤平 柳沢究さん 編 8月04日 pm3時〜 晴れ その 01 02 03 04 05 06 07 08 その03 柳沢:肩の荷が だいぶ下りました 佐藤:それはそうでしょう、それはポストドクター問題は別として、ドクターになりたくっても取れない人も一杯いるんだからねふふふふふっふ 取れちゃったと 柳沢:何とか 佐藤:凄い器用ですね 柳沢:そうですかね 佐藤:かわゆい綺麗な奥さんも娘さんも すでに いるじゃないですか 柳沢:あははあはははあはははははは 佐藤:今時 珍しい人ですよ ふふふふふふ 博士号だってもっているし 凄いじゃないですか。これ以上幸せな事なんて望過ぎですよ。貴方何を考えてるんですか。いですね〜 柳沢:それまでも、ドクターに入ってからも。研究、博士過程に進みながらも設計の仕事やっていたりとか、研究と設計を両方やるみたいな事をやっていたんですね。でよく中途半端だとか器用貧乏だとか言われてたんですけども 佐藤:みんな人の悪口いうの大好きだからね 柳沢:へえへへへそれでまあ、助手になってからあんまり設計の仕事も出来なかったんで、なんとか博士を取れたので。研究はそれでひと区切りにして。で助手終わったのは2008年の3月なんですけど、4月からここで事務所をやって自分で設計事務所に専念するということを始めたです。 佐藤:1年3ヶ月ほどたったんですね 柳沢:1年ちょっとですね 佐藤:結婚はいつされたんですか。 柳沢:結婚は3年前だっけ、2年まえだっけ すみません。 佐藤:子供が生まれて1年だからそれは2年前でしょう、覚えてないと鴨川で罰を与えるよ 柳沢:日付が掘ってあるんですよ 指輪を観る 2006年の 佐藤:俺が来て夫婦げんかのネタ作りに来た様なもんだから 柳沢:うははははあは 佐藤:今の質問拙かったな〜うははははは そうですか 2006年。結婚されて設計事務所に開かれて1級建築士もその間取っていたというこでよね。 柳沢:あれはドクターの時に取っちゃったですよ。 佐藤:凄いね〜 普通じゃないね 柳沢:わりとそういう試験的なものは割と得意なので、 佐藤:得意なんだ。取ってない人多数いるよ、大学で教えている人でも、持ってなかったり。奥さんに取らせようとしていう人もいるし。全部 柳沢さんはこなしてしまっておめでとうございます。設計事務所は研究者の世界にも行かず。事務所を開いてしまうっていうのは、研究の職場が無い。 柳沢:まあそれもあるし 佐藤:将来は大学の先生にもなる可能性のあるわけですか 柳沢:そう〜ですね。出来れば大学の先生になりながら設計も年に一つぐらいやって。そういうのは理想なんですけど 佐藤:何 贅沢なこといってんだよ〜。うははははそれはなかかなか贅沢で甘いんじゃないのか 柳沢:出来るといいな〜と 佐藤:それが出来たら友達 無くすよ、みんなからねたまれるそうだから 柳沢:そうですか 佐藤:どっかで自制しておいたほうがいいよ 奥様:ははははははは 柳沢:ふふふふふふふふ 佐藤:柳沢はここが駄目だったと言われるような弱点を用意しておいたほうが、みんな安心して暮らせるから。みんなの幸せのためにね。 柳沢;ははははははは 佐藤:全部やられたら 無能者は立つ瀬がない!かなわんよ。やさし美人の奥さんはいるはさ。可愛い娘は産まれたは それはカナワンな。ね。 柳沢:そんなにうまく、なにもかもうまくいっているわけじゃない 佐藤:いままで何人かに会って来たけど、一番うまくいっている 柳沢:そんなことないですよ。設計の仕事はまだそんなにうまくいってないです。 佐藤:設計の仕事、実作があるかないかは後で話聞かせてもらいとしても。要するに今の段階では、みんなから悪口 設計もやるかもしれないし、教職もやるかもしんないし、どっちつかづ器用貧乏と言わせておくぐらいが好い、好かったですね。両方うまくやらない方がいいよ。両方うまくやっっていたら本当に嫌な奴だよ。設計ぐらい下手くそがい、そうじゃないと話題にしたくないよ そんな奴は 柳沢:あははははははは、それもソウデスネ。やな奴ですね。 佐藤:そうですよ。どっか間抜けな処が無いと、そうですかいいですね。ああこれですか 柳沢:それは資料ですね。 佐藤:じゃ博士論文の表紙を撮らしてもらって 柳沢:ははははっはは えーと。あれ。 佐藤:建築学会では歴史系なんですか 柳沢:いや都市計画系ですね 佐藤:都市計画系ですか 柳沢:いや 建築計画系です 佐藤:この博士論文おれもらっていいですか、だめ。 柳沢:もしよければどうぞ 佐藤:サインしてください。家に帰ったらみますから 柳沢:はい 佐藤:ほんとう笑ってないで、今してください。英語で書いてなくって よかったよかった。 柳沢:英語で論文は書きません。 佐藤:その辺に日付と名前を 柳沢:2009年の8月4日 佐藤:名前を、やった博士論文をもらえるとは。思ってもいなかった 柳沢:ひろは 佐藤:ウ冠に ナ ムです そうです。どうもありがとうございました。ありがたく頂きまして。インドの伝統的都市における 都市構造の形成と住居空間の変容に関する研究。居住空間の変容がメインなのかな 柳沢:ソウデスネ、両方です、歴史的形成過程と、割と最近の変化みたいなものを 佐藤:この内容は他の雑誌か何かに 柳沢:日本建築学会の論文にある程度発表されてます。 佐藤:ぱらぱら見たら 町家のような 柳沢:プランを沢山実測して、分析するような 佐藤:これいただいて。それで目出度く あとはキャリアを積んだり、論文を書いたりして、大学の職を。公募なんかにジャンジャン出しているんですか。 柳沢:ジャンジャンは出してないですね。 佐藤:あまり公募は無いんですか (建築設計 したい) 柳沢:あんまり無い。でも年に数件は その近いジャンルのがあるんで。たださきほども言ったんですけど。一応ドクター書き終えた処で研究の方は、肩の荷が下りたので、しばらく設計の方を集中した経験というか、修業をしたいというか 佐藤:ぜーたくな奴だなこいつは〜 柳沢:ふふふふふ そうかな〜 佐藤:研究に専念すればいいじゃないか 柳沢:でも設計はやりたかったですよ。 佐藤:設計やりたいって、今までの話では どこでも 吹き出していなかったけど。院試の時ですか。高校のとき剣道やってたんだもの 柳沢:高校のときは何も。大学入ってからも2年目ぐらいまでは全然 佐藤:衝撃的は。建築にいきなり体当たりしてビックリして目覚めたとかそうエピソードなかったよね 柳沢:設計演習をやったら楽しかったというのが大きいですよね。あとは旅行したときに幾つかアンコールワットとか、トルコのハギアソフィアとか観て、これはすげーな〜とそこらへんですよね。 佐藤:アンコールワットとね なんじゃこれはね 柳沢: わーすげー 佐藤:あはははは こんなものを人間が作ったのか〜とデカイからね〜 柳沢:まさにそんな感じですよね。それで建築は面白いじゃない、すごいな〜っていうか。面白いな〜と思って。 まだ設計をやろうと思った。研究はやっぱりあくまでその設計の補助というと あれですけども。設計をよりよくするための、ぷらす、何かのなればいいなという、糧になればっていう思いです 佐藤:そうか。あと自分は設計してこんなことをやりたいというのは何かあるんですか。巨大な建築、アンコールワットに反応しちゃったから、巨大な千年都市をつくるそみたいな。 柳沢:そういう妄想はもってないんですけど。 佐藤:聞いていて設計にはいる具体的な ピント来ない。日本の建築とアンコールワットじゃ結びつかない。ハギアソフィアも。日本で設計するというととアンコールワットに感動するということがあまりにも落差が有るというか。解らないっていうか。聞いていて。 柳沢:そうですかね 佐藤:あれ観ると設計やめたくなるという感じなら解るけど、解るきしないでもないけど 柳沢:ああ。 佐藤:日本じゃ出来ないじゃないですか、石だってあんなに細工して、なんなじゃこれはと思うじゃないですか 柳沢:ただアンコールワットとかについて言うと石造の建築の凄さとかいうところよりも、廃墟のように崩れかかったりするじゃないですか。ああいう、丁度なんか地面に溶け込みかかっている、その人工の物と、が溶け込みかかって、地面に溶け込み掛かってるその状態がとても好いなという思いがあって。そういう 佐藤:変な感じですね。崩れるというか自然に還るというか、植物と融合していくみたいな状況というのを 避けるために建築を一杯作ってきたわけですよね 柳沢:そうなんですよね。それでまた一方で、旅行の前から好きだったんですけど。いわゆるバナキュラーな集落のようなものが、つくりたいなと。学生の設計演習やっている頃からですね。思いがあって。で建築家なしの建築とか言うじゃないですか 佐藤:ええ、ありますね 柳沢:僕が建築家を一応目指しているんですが、えーと。建築家はべつにいらないんじゃないかという思いずーっと持って、思っているんですね。そこら辺はまだ今もって自分でも答え、見付けられてないんですけれども。 建築家が存在してない処でアノにマスに産まれて来るものの良さっていうのが本当は、一人の個人が頑張って考えるものよりも好いじゃないかと。いう思いはありつつ、かといってそういうことが出来るわけでもなかなか、出来るわけでもなし。建築家の果たすべき役割はあるんじゃないかと思いつつ、迷っているというか、考えているというか 佐藤:模索中と、それは解るよね。ある種の観念が無いと設計出来ないみたいな事を150年ぐらいですか、日本で外国建築を導入してやって来たけども。どうもそういうのは快適じゃないと。快適じゃないけどバナキュラーな集落は村とかに行って見ると、建築家とか都市計画家はいないのにな〜、なんなんだと 柳沢;居心地のよさは 佐藤:建築家自身が 今 建築家とは何かと自問する びーっ げんかんぶざー 考えてしまうと 分かりますよね びー びー 建築家といものはこういうもんだと、であったという 批評する前の建築家という、バナキュラーなものを作った設計者に代わる何かが有るわけじゃないですか。それを探って比較検討してじゃないとね 柳沢;そうですね。 佐藤:つぎにこういう、像が、建築家じゃない、何ていう名前なのか分からないけど職能、そういう者じゃなきゃいけないんじゃないの〜という。建築家という名前は置いておきますけれども、建築家通史みたいなのを書けばいいのでしょう。、そうすると。将来建築家がこうあらねば成らなねばいけない知らないと書けない建築家通史は。過去の者(建築家)は当然建築をつくっていたわけだから。それ柳沢難問アポリアに回答を出すためには かなりの建築家の建築の調査と 将来に対する洞察とが、要りますよね ビー しゃ〜ないんで。今の建築家が、建築家がつくったものが 新しいけと居心地が悪い。虚しい、何が虚しいか。っていうことだってね、通史書くような態度で突き詰めなければいけないですものね。 柳沢;そうなんです 佐藤:ふふふふふふ 柳沢:そこまで出来てないんですよね 佐藤:たわごとですね、気分は解りますけれども。日本の状況やグローバルな状況が生む出す気分かもしれないし、柳沢さんだけがそう思っているだけじゃないかもしれない。という感じもするんですけども。その辺は今を生きる建築家同士のの議題設定の問題で 柳沢:なんで建築設計をやろうと思ったかと。答えには全然なってないですけど。そこに戻るとな やろうなと。まだ正確には分かんないですね。ふふふふふふ 佐藤:とりあえず仮定は こんなもんだで やって記録していけばいいんですけど。またそういう強い考え方を提示しても、それに基づいて設計したとしても、余り有効じゃないという現実をみな知っているからね。でもそれなしでは進まない。 じゃー好き勝手にやって好いのか?、それすると巧くいきそうもないので、困っているわけですね。それは経済にしても、学び方にしても 働き方にしても政治にしても、同じ状況じゃないですか 柳沢:そうですね 45:04 その04へ |