山極寿一 聞き起こし   2019年3月15日 作成 佐藤敏宏
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猿知恵

 そうすると、自分は弱いだけじゃなくって、他の猿に対しても強くなれるということを覚えるわけですね。こういう処を、こういうふうに転換させる、これを転移行動というんですけども。
 それから自分が攻撃されたら攻撃されっぱなしじゃなくって、他のやつに攻撃を仕掛ける。aとbつまり自分が攻撃されてるはずなのに、一緒に攻撃をしているというふうな形に持って行ける、そういう事を覚えるわけですね。これが猿の社会です。つまり優劣が直線的に出来ているから、その直線的な優劣関係を利用して、社会の中にきちんと自分を位置づけるということをやるわけです。

 食物を巡っても同じような事が起るわけですね。強い猿が餌を独占するのは猿のルールですから、餌を挟んで弱い猿が食べている。強い猿がやって来くると餌に手が出せません。で、弱い猿はこの餌を独占する、でこの猿は弱い表情を浮かべて、相手の猿に自分は敵でないことを知らせなければいけません。でも猿は自分と相手のどちらが強いか弱いかだけでなくって、他の猿のどちらが強いかもよく知って行動をします。
 今真ん中の猿が一番弱いです。餌を食べようとすると目の前の猿の方が強いから餌に手が出せない。でもふと右を見ると目の前の猿よりも強い猿がやって来る。こいつを利用しようとして、助けを求めます。そうすると直線的順位関係があるから、強い猿は、自分より弱い猿が強そうな態度を示していると、自分の地位が脅かされているというふうに感じるので、この猿がこの猿を追っかけます。そうすると真ん中の猿が餌に手を出せるということになる。これが猿社会のルールを適応した猿の生き方です。猿の知恵ですね。猿知恵と言ってもいいでしょうね。 これは色んな猿がやっています。これはヒヒですが、やはりニホンザルと同じような尾長猿の仲間です。これも同じようにやるます。優劣によって、勝者をつくることによって、喧嘩を防いでいる。

転移行動
ゴリラは勝者をつくらない

 でもですね、私が研究をしている、ゴリラは勝者をあえて作りません。つまり敗者もなければ勝者もないですね。そうすると「喧嘩が起ったら終わりがないじゃん」と思うだろうと思うんですが。仲裁者が居るんですね。つまり勝負をつけづに第三者が入ってそれを、仲裁することによって、両方がメンツを保って引き分けるということが、一般的なんです。こういう共存の仕方もあるっていうことなんです。

 で、食物を巡る争いというのを解決する手段が類人猿と猿ではだいぶ違います。これはチンパンジーの仲間のボノボという類人猿ですけども、今サトウキビを持っている雄がいます、そこに子供を連れた雌がやって来て、分配を要求してくるわけですね。当然、雄よりも雌の方が体が小さいですから、喧嘩をしたら雄の方が強いはずです。ところが「食物ちょうだい」って手を出すと、その手の中に自分が食べていて、まだ糖分が一杯詰まっているサトウキビを落としてやる。

 ゴリラもですね、今おいしそうな木の皮を、背中の白い大きな雄が食べている、それに子供がやって来てその木の皮をじーっと見つめます。そうすると食べている場所を譲ってやる。こういうことが起こる。
ゴリラは勝者をつくらない
類人猿と猿ではだいぶ違う
類人猿は食物を分け与える

 ニホンザルヒヒとは全く違う、弱い方が近づいて来て、その採食場所を乗っ取るということが起るわけですよ。
 極めつけはチンパンジー。チンパンジーは今雄が真ん中に居て、今しがたハンティングをして獲って来た猿の肉を持っています。そこに三頭の雌がやって来て、ぐるりと取り囲んで、手を差し出して、分配を要求します。
 このメスなんかここに足が見えますけれども、赤ちゃんをお腹に抱いているわけですよ。そうするとオスはたぶん本当は一番力が強いんだから、この肉を独占して自分一人で食べたい。だけどこのメスたちの要求があまりにも、執拗なんですよ。肉を持って逃げようをしても、追いすがって分配を要求するわけですねー。で、しょうがないから、という感じで、肉を引きちぎって食べるのを許容します。これまさに、食物の分配行動で、我々人間はこういう事をやっている訳ですね。こういう事をやっている訳です。でも猿から見たらとんでもない事だし、チンパンジーから見てもあまり人間の分配行動は好ましい事ではない。

 これはゴリラ、一昨年、我々が発見した食物の分配行動です。ゴリラにも起るということが分かった。これは大きなフルーツ、プリキリアフリカーナ、アフリカの大きな果実がおっこって来るのですが、これは子供の力で割れないほど固いんですね。これを子供達や雌たちがやってきて、頂戴とします。そうすると、この雄ゴリラがちぎって落としてやる。そうするとそれを拾って食べる。ということをやります。これは立派な食物分配行動です。
ニホンザルは採食場を乗りが起る

チンパンジーの食物分配行動
ゴリラの植物分配行動

 こういう霊長類に起る食物分配行動をまとめて、系統樹に書いた人がいます。実は一昨年まではゴリラの大人同士では食物の分配が起らないと言われていた。我々は発見したから、ちょっとそれを書き加えてあります。
 
 で、面白いことといのは、ちょっと見えないんでしょうから、色んな霊長類の種が並んでいます。そして系統樹ですから、それを祖先で繋いでいるわけですね。つまり近縁と近縁でないものを一目でわかるわけです。一番上に類人猿が居ます。これが類人猿ですけどね。重要なのはこれ見えにくいかも知れませんが、左側と右側に、コラムがありますねー。黒い塗ってあるのと白く抜いてあるのとある。で、左側は大人から子供に、特に親から子供に食物が分配されし、右側のコラムは大人同士で分配が起る種です。これを細かく観ると、右側が黒い所は必ず左側が黒い、つまり大人から子供へと食物が分配される種にだけ、大人同士で分配が起っている事が示されている
大人から子どもへ食物分配される種だけで大人同士の分配が起る
なぜ食物分配が起ったのか

 もう一つ、全然分配が起らない種が居ます。一方分配がすごく起る種がある。これ系統によって違います。類人猿だけではありませんよね。でこれは類人猿と南を米に住んでいる、協働保育をするタマリンやマーマセットサキという種類の猿だということが分かったですね。

 霊長類の子供に対する食物分配というのは元々協働子育てをする種に多かったんです。こういう色んなこうようがあるんですけれど。おそらくこういう中から大人の分配が起ってきた。こういう図が描けるというのがジャギーたちの結論です。推論です。

 元々霊長類というのは食物の分配しなかった。だって分配する必要が無いんです。植物ですから、基本的な食物は。その場所に行って、その場所を独占して食べりゃいいわけで。何も分ける必要はなかった。でもそこに、子供に分配をする種が現れる。なんかの理由でですよ。そしてその中に大人同士で分配する種が現れる。

 そして大人同士で分配する種の中かに、広域に自分の血縁関係とは関係なく、食物を分配し合う種が現れる。これはホモサピエンス一種のみです。

なぜ食物の分配が起ったのか

協働子育てと食物分配

子どもに分配する種が現れる 大人同士で分配する種が現れる ホモサピエンスのみ広域に食物を分配する種が現れる (森を出たからか)
 なぜホモサピエンスにこれが起ったのかっていうのが、非常に大きな疑問なんですが、彼らはジャギーたちが考えたのはこれは人間が森林を出たせいで、非常に独立して危険なニッチが必要になったので、食物分配をし合わなければ、生き延びられなかったんだろうというふうに推論をした。

 もともと類人猿の食物を巡る社会交渉というのは、猿とは違うんです。猿はお互いの葛藤というのを互いの優劣を反映させて、解決しています。でも類人猿はそうじゃないですね。違います。しかも一端、手に持った食物を取りに行くわけです。つまり所有を認めてないわけです。猿では一端食物を持っちゃえば強い弱いは関係ない。それはその猿のものなんです。

 ところがる類人猿では、一端食物を持っても自分のものになっていないわけです。取りにいったら、それを分配すわけですから。これもまた違いますね。そして、どうも、食物の分配をする時には結果としてですよ、同じ食物を対面して一緒に食べるという行為が起る。これが重要なんですよ。

 人間も実はそういう食事をしているわけですね。こういう食事は類人猿と人間しかほとんど起きない。人間の食の特徴というのは類人猿をさらに凌駕してます。相手も居ないのに、誰か仲間にあげようと思って食物を獲りに行くわけでしょう。でまさに、共食をするのが当たり前で、しかもそれは食物が喧嘩の対象であるというふうには思っていません食物は仲良くするための、道具であると考えてますね。 人間は。

人間が森を出たことで食物分配をし合わなければ生き延びられなかったと推論した

同じ食物を対面して一緒に食べるという行為が起る
誰か仲間にあげようと思って食物を獲りに行く
人間は食物は仲良くするための道具である
 これ猿からみたら何か変な事ですよね。しかも食物というのは、食物をケチるものは共同体から凄く悪い評価を受けます。どの文化でも食物というのはケチるものではない。気前よく、どの人にでも、分け与えるものだというのが、人間の基本的なルールになっている。これは非常に猿から見たら、不思議な事だと思います。

 それで、19世紀以来、人類の進化を推進したキーワードは幾つか叫ばれてきましたが、最近は「食物を共有する」ということが人間に非常に特別に見られる現象なんだと、いうことになって。

 人類の進化は最初から推し進めて来た要因としては、言葉とか武器とか最近になって出来た話ではなくって、非常に根本的で重要な話なんじゃないですかという事になって来ました。
 
食物を共有するということが人間に非常に特別に見られる現象なんだ

食物をケチる者は共同体から悪い評価を受ける
脳は社会問題を解決するために発達した

 それからは、人間の脳は社会脳として進化をした。これは、20世紀の終わりに、ロビン・ダンバーという人がですね、大脳皮質の脳に占める割合と、そして、集団の平均サイズというものの、綺麗な相関関係を霊長類の種に見出したんですよ。

 色んな霊長類種ごとに大脳皮質の量というのは違うんですけれど、その、それと要するにその種が持っている、集団の平均サイズというのは非常に強く相関した、という事なんですね。
 だからこれは何を表しているかというと、仲間の数が増えると、それぞれの仲間に対して、対応を考えなくちゃいけない。だって猿だって、強い弱いをもって相手と渡り合うわけでしょう。そうすると段々仲間の数が増えると、それだけ仲間の事を覚えてなくちゃいけない訳です。そうすると、脳を使う。つまり脳というのは社会の問題を解決するために、発達したんだ、というような話なんですね。

 でダンバーはね、それやっただけじゃなくって、さっきも下条さんがおっしゃいましたけど、その係数をですね、化石人類の脳の大きさに当てはめてみた。そうすると、350万年前ぐらいから、オオストラピクテスという人間が出て来て、複数種の人類が登場します。段々脳が大きくなっていくわけですね。そうすると、原生人類というのは150から160ぐらいの平均集団サイズで暮らしている。というのが一番ピッタリくると。いう結論になったわけです。我々はおそらく、現代人になって、いわゆる相手を覚えて付き合っている数というのは、せいぜいそのくらいの数なんだということなんですね。

 で私はね、そういう集団の変化といいものがあると同時に食物というのも様々な人間の社会を発達させるうえで重要な役割を果たしただろうと思っています。先ほど言ったように、チンパンジーは確かに人間のように食物を分け合って食べますが、これは限界がある。まず相手に要求をしなければ、食物は絶対分けません。それはケチですからね、チンパンジーは。ゴリラもケチです。でも人間は気前いいですよね


ロビン・イアン・マクドナルド・ダンバー(Robin Ian MacDonald Dunbar 1947年6月28日)[1] [2]はイギリスの人類学者、進化生物学者。専門は霊長類の行動。彼はダンバー数の定式化でよく知られている。人間にとって、平均約150人(100-230人)が「それぞれと安定した関係を維持できる個体数の認知的上限」であると述べている
200万年前脳は共感力によって大きくなり始めた 

 もう一つあるんですね。チンパンジーは食物をなかなか遠くまで運べません。人間はかなり遠くまで食物を運んで仲間と一緒に食べる。これはたぶん直立二足歩行と非常に重要は関係がある。立って二足で歩いて、何か重要な貴重な食物を運んで、それを仲間のもとに、持って帰って食べた。いうことが最初に起こった人間らしい、行動じゃないかと思います。

 この時に既にある共感という能力は高まっているはずですよね。つまい相手が居ないのに、仲間がいないのに仲間の事を思いやるような、同情心共感力というが無ければ、この運搬ということが生まれて来ないわけですからね。

 そして脳が最初に大きくなり始めるのが200万年前。その50万年ぐらい前に肉食が増加しているんです。肉というのは、植物に比べて非常にエネルギー価が高い。そして、その肉を食べることによって、おそらく脳を大きく出来るような、余裕が生まれただろうと。エネルギーの余分が出来た。そして脳が大きくなり始めた。そして段々と今度は消化に使うようなエネルギーを脳の発達に使うことが出来るようになった

■調理が起り消化率が向上し、人口を増やしていった

 それは何故かと言うと、調理が起ったからです。がだいたい160万年ぐらい前に使い始められたと言われていますが。実際に非常に頻繁に使われ始めたのは80万年前。でもその頃おそらく調理もしていたでしょう。火や調理は何をもたらすかと言ったら消化率の向上をもたらします。つまり、人間は食べる事にそれまで50%ぐらいにエネルギーを使っていたんだけども、もっと節約できるようになる。あるいは時間を節約できるようになる。それを社会交渉の時間に使って、集団規模を高めて、そしてそれがまた脳を大きくする。つまり、両方がシナジー効果を持って、発達をしていった。

 そしてこれは広井さんの御発表にもありましたが、食糧生産というものが出来るようになる、一万年二千年ぐらい前ですね。これによって格段に食糧が変化をした。人間は栄養条件をよくして、そしてドンドンと人口を増やし始めた。だろうと思います。人間の今の身体というのはあらゆる面で調理した食物に適応しています。小さな口、華奢な歯、顎、そして小さな内臓。そういったものは全て今の人間の社会性を作り上げるための条件として、機能したに違いないわけですね。





仲間を思いやり、二足歩行にて 貴重な食べ物を遠くまで運び仲間と一緒に食べる。そして脳が大きくなた

250万年まえ肉食が増加 。その事によって脳を大きく出来る余裕が生まれた

160万年まえから火を使う調理がはじまて消化率の向上をもたらした

時間を節約できるようになった→社会交渉の時間を使って集団の規模を高めた→また脳が大きくした

1万二千年前に食糧生産ができるようになった→ 人口を増やし始めた


 そして人間の集団規模とコミュニケーションというのは、おそらく、ダンバーの言葉を借りると、今はだいたい150人ぐらいの、集団サイズが適当だと言われています。確かに現代に生きている狩猟採集民つまり、自分たちで食糧を生産しない、自然の食物だけに頼っている狩猟採集民のバンドの数、村ですね。村の数は150人ぐらいだという数字が出ています。おそらくそういう、集団サイズというのが、いわゆる社会資本ですね。複雑なシンボルや言葉というものを駆使せずに、維持できた、たぶん集団のマキシマムのサイズだったんだろうと思います。

 で、重要なのは言葉というのが比較的、早くできて、最近登場したコミュニケーションのツールだということです。確かな事は分かりませんが、だいたい、5万年前から15万年前ぐらい前にしか遡れないだろうということを言われています。それ以前は言葉を持っていなかった。しかも、人間の脳は60万年ぐらい前に1500ccを超えてますから、おそらく脳が大きくなった理由は言葉ではない。脳が大きくなったから言葉が出来たわけであって、言葉を喋るということが脳を大きくした理由じゃありません。違うコミュニケーションがあって、そのコミュニケーションによって、仲間といろんな形で渡り合った事がおそらく社会脳としての脳を大きくしたんだろう思うわけですね。
狩猟採取民の集団規模 150人ぐらいか

人間の脳は60万年前に1500ccをこえているが言葉は最近登場したコミュニケーションツールである 5万から15万年ぐらい前にしか遡れない
 
脳を大きくした言葉以前のコミュニケーションとは

じゃー一体言葉の前にどんなコミュニケーションがあったのかということを考えてみるとそれはゴリラや、チンパンジーの行動が非常にヒントになります。

 ゴリラは猿には出来ないコミュニケーションを持っています。これは対面交渉ということですね。挨拶をすときに顔と顔を近づける。仲直りをする時に顔と顔を近づけるということをやります。これは猿では出来ません。なぜ出来ないかというと、猿では相手を見つめるという行動が威嚇になるから。威嚇されたら、弱い猿はですね、その顔を視線をよけなくってはならない。だから顔と顔を近距離で、じっと合わせるという行為は生まれません。

 でもゴリラでは起るんですね。これは挨拶だけじゃなくって、いろんなところで現れるんですよ。これ今、背中の白い200kg近い大きな体をしたオス同士が白バックというんですが、ふうふう言いながら、対立し合っている。そこにスルスルーっと真ん中に入って来たのが、まだ体の小さい背中の黒いブラックバックです。みんな雄なんですけどね。
 一番体の小さいブラックバックが両者を引き分けるわけですよ。その時にどうするかというと顔をずーっと近づけて、さっきみたいに挨拶をするわけですね。顔を近づける事によって、相手と一体化して相手をコントロールしてしまう。っていうことが起るわけです。
 
 私、びっくりしたのは、当時モンキーセンターに勤めていましたから、モンキーセンターに帰って、これは動物園ですから、チンパンジーがいるんですね。チンパンジーを見てみたら、同じ事やっているんですね。挨拶を顔と顔とを合わせている。しかもニホンザルみたいに、グリメースをして相手に媚びたりはしない訳ですね。これゴリラとチンパンジー全然社会は違うけれど、挨拶は一緒じゃんと思いました。これはゴリラの挨拶なんですが。だからチンパンジーでも顔と顔を平静な表情で向き合わせるということを、日常的に起る。

 こっちから、人間を見てみたら、同じ事をやっているじゃんと思えて来たんですね。机をはさんで、人間は向かい合う。でもなぜ机を挟むんだろう。と思いました。机を挟まなくっったっていいわけですよね。もちろん書類があるからとかね、想うかもしれないけど。しかも食事をする時にも向かい合いますよね。向かい合うという行動が人間の日常生活に非常に頻繁に現れる。猿を見てみたら向かい合うとどんなことをほとんどしません。なぜこんなに向かい合わなくちゃいかないのか。しかも距離を置かなくちゃいけないのか。面白いんですよね〜。

言葉以前のコミュニケーション

対面交渉 相手と一体化して相手をコントロールしてしまう

人間の日常には向かい合うとういう行動が頻繁に現れる 猿はほとんど向かい合わない

 例えば食事というのは、栄養補給が理由だったら向かい合う必要はありません。後ろを向き合ったって構わないわけです。現に今の若者たちは後ろを向き合って食べていることもありますし。横向いてお互い顔をまったく見ずに食べていることもありますね。

 これ向かい合っているのは会話をするためなんだよとおっしゃるかも知れないけど、会話自体、音声で相手に情報を伝え合うという事が目的ならばこれも向かい合う必要がないはずですよね。後ろを向き合って声出してもいいし、現に今の若者たちは携帯を使って、隣に居る人と話をしていますから。これおかしいですよね。よく考えてみたら。

 実はこれ野生動物研究センター、京都大学のね。今センター長をしている 幸島司朗さんがちょっと前に、発表した論文で、これはとても面白いです。
人間が向かい合う理由

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