映画を語る
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その02

核兵器を語ることと映画を語るのは別だ

佐藤:1960年に来日して『ゴジラ』第一作をオッペンハイマーが見たか?。調べないといけないですね。
映画『オッペンハイマー』は1945年のオッペンハイマーの脳内を主に描いてて面白い。1954年『ゴジラ』は大戸島に現れたゴジラの大きな足跡をガイガーカウンター(シンチレーションサーベイメータ)で計測する。フクシマで除染監理員をした私はあのシーン「放射線量を計測するよ」と、リアルでした。『マイナス・ワン』放射線量を計測する気配もない(笑)

鈴木:ゴジラ第一作を制作し始めたのは第五福竜丸被爆の前なんだけど、制作中に第五福竜丸の被爆事故が起きて、かなり影響を受けたという話です。福竜丸を被爆させたのは水爆ですからね。
佐藤:水爆の爆発実験で出たエネルギーが地底に眠ってたゴジラや三葉虫を生き返らせた。山根博士が国会で指摘し観客は理解する。代議士同士の討論も、山根博士の「水爆実験すると、ゴジラが現れるぞ!」の警告は大空襲で逃げ惑ったあの恐怖を思い起こさせるので、1954年の観客には伝わります。

花田第一作で感心したのはエンディングですよね。山根博士が言う言葉がある。「あのゴジラは最後の個体だとは思えない。水爆実験が続けて行われたら、ゴジラの同類がどこからか現れてくるかも知れない」と言っている。つまり水爆実験に対する警告・警鐘を最後に持ってきているのですよね。凄いメッセージだと思いますよ。




佐藤:1954年3月(17日福島市内配布)読売新聞に掲載された第五福竜丸で被爆した漁船員たちの顔・・・皮膚が爛れた写真は今は載せないでしょうね。当時は掲載した。写真の力で皆にピカドンより水爆は怖いと認識させたでしょうね。次の水爆実験に遭ったら「他人事じゃねー!」もちろん『ゴジラ』制作現場の人々もショックを受け創作意欲の力が湧いた。

鈴木先生の活動、大きなテーマの一つ「核兵器廃絶と投下した後の悲劇をどう隅々まで伝承していくのか」。教えていただいた記録動画を観ました。おばあちゃんがアメリカの高校で講義して周る。米国の高校生が日本への原爆投下を知らない。米国の高校生は何それって・・言葉が出ない、おばあちゃんは距離をとられてしまう。フクシマ被災民だって同じ、福島の老人たちは「F1原発事故の詳細を知ってるのは当たり前だろう!」と。若者は原発事故に興味ないし知らない。知らせるか秘匿するかの議論はあるけど、ゴジラ被害を後々の世に継承する話はない。

日本人は被爆被害者意識が強すぎると思います。原爆被災の発端は太平洋戦争の幕を開けた無謀な日本海軍の真珠湾攻撃。結末が2発の原爆投下。多数の市民が犠牲になったが、戦争の始まりをすっ飛ばして原爆被害感情に集中し言動を繰り返していると、憎きは敵と裏返り再び戦争を起こしてしまう、政治利用され無駄な兵器を備えるでしょうね。

鈴木:批判されている方々の多くは、本当に核兵器問題を研究している人たちです。特にアメリカの事をよく知っている人たち。アメリカがいかに悪いことをしたかと、それを知ってる人たちが「これは本当じゃないよ」ということを言いたい
佐藤:なるほど、それであのような批判や感想になるわけですね。
鈴木:そうそう、何も知らない人は今回の『オッペンハイマー』を観ると、この映画は反核映画だと思います。

佐藤:そうですよね、反核映画だ。
鈴木:でも「そんなもんじゃないだろう・・」というのが本当によく知っている人たちの言い分。私はそれは映画の評価とは別にしてほしいと思っている
佐藤:同意します。映画感想に便乗し過ぎだろうと思います。
鈴木:でも、私は彼女たちをよく知っているんだけど、彼女たちが声を挙げる機会にはなっている。
佐藤:なるほど『オッペンハイマー』の映画が潜在していた多数の声を起こした。
鈴木:そうそう、あれだけ多数の人達が声を挙げることは映画のインパクトがいかに大きいかということ。くだらない映画だったら誰も観ないから。みんな「オッペンハイマー観て」って言う。「面白い」という言い方はおかしいけど、『オッペンハイマー』は一見に値する素晴らしい映画なので、自信をもって私は勧めますね。だからこの映画を観て怒ったり怒り出す人が出てきても、それぐらいエネルギーを持っている映画だと思います。

佐藤:私も同意します。日本公開すると聞いて、伝記『オッペンハイマー』上下で1000ページを読んでしまいました。(笑)

鈴木:(笑)この映画はオッペンハイマーの目で見たマンハッタン計画の実態を表す映画なので、伝記のような原爆の投下のこと(議論)は出てこない。ただ原作の中には広島に投下した後、科学者の方々の中に、だんだん気持ちが悪くなっちゃって鬱病になったり(註1)。「我々は余計なことをしてしまった」と。オッペンハイマーだけじゃない、いろいろな科学者たちが出てきているんですけど、映画で、そこはあまり描かれてないです。
私はアメリカの中の映画として観た時に、二つ描かれてないのが科学者の葛藤オッペンハイマーの内面は一杯でてくるんだけど、それ以外の人たちの内面が描かれていない。シカゴ大学からシラードさんがやって来てオッペンハイマーに署名を頼むじゃないですか、「原爆を投下しないように使わないように」と。シカゴの科学者のグループは凄い重要な人たちで、あの人達がアメリカの良心で、核軍縮核不拡散をやっていく
そのグループにオッペンハイマーが戦後加わるわけですね。その経緯をもうちょっと描いてほしかったな。科学者の良心はアメリカにもあるんだという内容を今の世界の核軍縮体制を作ったのはそういう人たちだから。
 
オッペンハイマー は スティムソン長官とトルーマン大統領に語る 

われわれは今後何十年かにわたって核兵器分野における、わが国の覇権を保証するようなプログラムの概要を示すことができなくなっただけでなく、たとえ覇権が達成されても最も恐ろしい破壊からわれわれを守る保証はやはりないのです。敵に損害を与える能力の対局にある自国の安全は全面的に、あるいは基本的にさえ、科学技術の力に依存することはできない、と我々は信じています。それを可能にするのはただ一つ、将来の戦争を不可能にするしかありませ(伝記下巻34ページより)





























伝記『オッペンハイマー』下巻・日本語版には原爆投下後の広島の写真が掲載されている。

原爆投下で殺された広島長崎22万5000人のうち95%でだいぶぶんが女性と子供であったと記載されている。


















(註1)伝記下巻より抜粋
P.26:ボブウイルソン塞ぎ込んでいる、ボブウイルソンだけ思考し続けている。
オッペンハイマーは日本の投下都市名を知っていた、可哀想な人たちよと諦めの調子。

(Note 1) Excerpt from the lower volume of the biography P.26: Bob Wilson blocked up, Bob Wilson just keeps thinking. Oppenheimer knew the names of the Japanese drop cities, poor people, he says, in a resigned tone.

P30 
フランク・オッペンハイマーは「死んだ人全てが感じた恐怖が突然襲ってきた」と回想。グローヴス「大爆発だった」
P30 Frank Oppenheimer recalled, "The terror felt by all who died came on suddenly." Groves, "It was a huge explosion."
P33 
「広島への原爆投下を祝った人はいなかった」
ウイルソンは「その威力を討議し、日本人に対して平和的な方法で威力を示すことなく日本上空で爆発したとき、裏切られたと感じた」

P33 "No one celebrated the dropping of the bomb on Hiroshima." Wilson "debated its power and felt betrayed when it exploded over Japan without demonstrating its power in a peaceful manner to the Japanese."
P34 
長崎からのニュースを聞いたとき、沈鬱な空気が研究所全体を覆った。
オッペンハイマー「原爆はものすごい兵器であるから、もう戦争は不可能だ」と言っている。

P34 When we heard the news from Nagasaki, a somber air covered the entire institute. Oppenheimer: "The atomic bomb is a tremendous weapon, so war is no longer possible.

佐藤
:核の国際管理についてはニールス・ボーアさんから始まっているのでしょうか、オッペンハイマーは彼を尊敬し指導を受けている点は興味深いですね。
オッペンハイマーのお父さんはドイツからアメリカに移住しユダヤ系だという意識がある。米国内でユダヤ系の人々は差別視されていたのでしょう。アメリカ人にない意識、戦争が始まると「アメリカを愛する」とオッペンハイマーも言ってます。アメリカ人だという意識が過剰になっていたようです。

シカゴ大学で「マンハッタン計画」に参加していた人の30〜40人は原爆投下に反対姿勢を署名し運動します。オッペンハイマーはサインせず、原爆作りを続ける。科学者同士でも分断が生じたのでしょうか。
鈴木先生に教えていただかないと、フランクレポートのような科学者間の対立と意見の違いには気付かなかった。伝記にはフランクレポートは書いてなかったです。見落としたかな。

鈴木:ほかの科学者もけっこう移民の方が多いでしょう。シカゴ・グループの方も移民の方が多いんです。アメリカで生まれてアメリカで育ったオッペンハイマーはアメリカ大好き

佐藤:お父さんがアメリカに来て頑張って!頑張って実業家で成功しちゃう。お母さんはアーティスト?絵画愛好者。考え方が偏っている変わった女性として書かれています。ちょっと理解できない、息子を純朴に愛してないと感じました。お父さん、アメリカに移民して金持ちになって、子供を溺愛するだけで息子たちに人間としての教育をしているか疑問です。どうも、オッペンハイマーには人間が育つための子供時代が無い。で、彼は女性の愛し方もかなり変です。オッペンハイマー博士は。研究仲間の奥さんを寝取ってしまう・・・友達として不道徳すぎるだろう!

鈴木:(大笑いしている)天才ってそういう人が多いんじゃないですか

佐藤:天才の友達は敬遠したい(笑)毒リンゴ事件、イギリスに留学した彼は、青リンゴに毒物を注入して教壇に置く。そのシーンは映画でも描かれました。リンゴ事件は伝記に詳しく書いてありました。お父さんが大学に出向き外部公表しないように奔走し解決。お金とは書いてないけど、もみ消しに成功する。だから、オッペンハイマーは殺人未遂犯にならず済んだ。映画では、毒リンゴ事件後あったお父さんの奔走ぶりは無かった。
彼は20歳ぐらいでも性欲コントロールの仕方が分からない。「床にごろごろごろごろ転げ回っていた」と書いてある。「実験下手だから居残り!一人でやってろ!」と告げられ、性欲の開放できないで友人の首をしめたともある、嫉妬が重なる。自意識過剰なのかな、「実験、下手」と言われショックと重なり殺人未遂事件まで行く。オッペンハイマーは耐性が欠如している、性格破綻してますよ。

鈴木:(大笑いしている)破綻してますね、あれはノイローゼだったからね

佐藤:伝記には、あの時期、オッペンハイマーは統合失調症の症状であり鬱病で自殺寸前だったとも(伝記上巻103ページ前後)に精神科医の治療を受けているんだけど、オッペンハイマー変人です、精神治療の本を読破してしまって、自分で医師よりうまい治療を自分に施してしまう(笑)
 


フランクレポート日本語



絵:『オッペンハイマー「原爆の父」とよばれた男の栄光と悲劇』上巻。カイ・バードとマーティン・シャーウィンの共著。河邉俊彦訳、PHP研究所、2007年8月刊行。


絵:『オッペンハイマー』下巻。
また、3分割され新たな監訳・解説を付し改題・文庫化された(2024年1月22日、ハヤカワ文庫刊行)
『オッペンハイマー』予告編

映画は感情テクノロジー

佐藤:伝記が強烈すぎた(笑)花田先生が『オッペンハイマー』を観て酔ってしまったのはどの辺りでしたか。普通に映画を観る、ストーリーを追う人はあの映画は全くお手上げ、理解できなかった方は多いように思いました。

花田:私はメディアとして映画ってね、感情テクノロジーだと思うんですね。『オッペンハイマー』という映画はテクノロジー、その能力を最大限活用した、引き出した。その点では映画として見ればね、非常に見応えがあって中身の濃い作品だったと、私は思うんですね。
映画酔いと言った感覚は、監督は映画史上最大の撮影規格、IMAX65ミリ・・・あれで撮るわけですね。監督自身がパンフレットの中のインタビューで言っています。「願わくは可能な限り大きなスクリーンで観ることで、この映画的経験のただなかに参加してもらいたい」とね。「それで没入してもらいたい」と。

佐藤:音もすごい迫力ですからね。
花田:音楽もそう。映像の大きさ迫力、構成サイド。それからストーリーの断片的な切り取り方。現在から過去へ、過去から現在へと。だからいつも船で揺られるような感覚になるんですよね。非常にその点はドラマツルギーとしても、映像技術としても精巧に、巧妙に作られた作品だったと思います。私はそれにまんまと引っかかってしまった。酔っぱらい状態に3日ぐらいなりましたね。映像とか感覚とか日中でも思い出すんですよ。
何かゆらゆらしているみたいな、今はもう消えましたけどね。だからつくづく『オッペンハイマー』映画の作り方は感情テクノロジーを最大限引き出したやり方だなと。と同時に危険性も感じましたね。人間の感情を支配しかねない。

佐藤:ネット上にはたくさん感想がでてます、SNSにも投稿されています。鑑賞者は感情が支配されてしまっていますよ!
花田:強力な効果を持っているんですよね、インパクトとして。

佐藤:最初の入り方、雨水の水滴で波紋がたくさんできている絵。あの波紋同士の干渉画像は後々効いてきている・・・と思います。意味不明な抽象的な映像がたくさん埋め込まれます。オッペンハイマーの脳内の働きを表すための画像で上手いなと思いました。わからないことを伝えるためにあれでいい。感じるしかない。

鈴木:クリストファー・ノーラン監督は行ったり来たりする映画のプロなんですよ。
花田:私はノーラン監督作品は初めて観たんです。
鈴木:ノーラン監督の『メメント』という映画、2000年ごろ公開されました最初の作品。時間が元に戻る映画なんです。複雑で分かりにくくって観たけどよく分からなかった。

その次に『インセプション』映画は有名で、頭の中で空想社会に人間が中に入っていっちゃう体験の映画なんです。夢の中に入っていっちゃう、夢の中のストーリーがメインのストーリーなんです。観ている人は夢の中かなのか、実際の中なのか分からない。で、独楽を回すんですけど・・・夢の中だと独楽は止まらないで回り続ける。独楽の回転で判断するんです。中にいる人たちも観ている人たちも、独楽の回転で夢と現実の判断をする。ラストシーンは独楽が回るところでお仕舞いなんです。

最後、観ている人たちはこれが夢の中なのか、現実なのか分からないですよ・・・で終わっちゃう。『インセプション』もすばらしい映画です、これも観ていただければと思います。

次に『バットマン・ダークナイト』これもすばらしい。バットマンの三部作なんです。クリストファーノーラン監督がバットマンをダークヒーローにした映画なんです。バットマンは普通の人間なので、他のスーパーマンとは違う。バットマンは空を飛んだりできない。だから夜しか動かないんです。映画は全部真っ暗、ほとんど夜ばっかし。『バットマン・ダークナイト』も名作。

最近制作した映画で『TENET テネット』、これまた複雑で未来と過去が未来と現在が行ったり来たりする映画でまったく分からない!でも凄い面白いの。 

『メメント』 予告編


『インセプション』予告編


鈴木:私、2回しか観ていないんですけど、分かんないです。でも分からなくっていいんです。とにかく面白いんです。

今回の映画『オッペンハイマー』も、白黒はストローズが主人公の絵の時で、オッペンハイマーが主になるとカラーに変わる。これがしかも時系列で行ったり来たりするんで、普通は分かんないですよ。歴史を知っている人とか、伝記を読んでいる人は、出てきた人物を観ながら、これはあの頃でと、映画の中で一寸説明すればいいのにね

佐藤:そうですね、説明文字なし、名前表示もなし、日時も書いてないし・・。

鈴木:名前も出さない、不親切だね。名前一寸だしてくれればいい、有名な人でもすぐ消えてしまう人もいるんだよね。そういう不親切な監督なんですよ
だけど、花田先生が仰ったように逆にインパクトが強い。今回は大スクリーンで観てない、長崎にはIMAXスクリーンが無いのでIMAXは観てないので、それでもデカイスクリーンで観た場合、迫力あるし、音楽が凄いじゃないですか

花田:そう。

鈴木:演技も凄いですよ。キャリアン・マーフィーロバート・ダウニー・ジニアは観た瞬間にアカデミー賞の候補になるなと。二人の演技は素晴らしいですね。
               
演技と脚本と映像と音楽全部揃っているので、これはアカデミー賞とるんじゃないか。去年のアカデミー賞は酷かったですからね。そういう意味ではテーマはともかく一見に値する、映画ファンとしては皆さんに観てほしい

花田:分厚い映画ですね。

鈴木:素晴らしい重厚な映画ですね。私はノーラン監督はかなり覚悟を決めて制作したと思います。だってアメリカが原爆を開発した人をテーマにして、しかも最初の核実験成功と原爆投下後に没落していく姿を描く。それはそうとう覚悟が要る。日本で言えば満州事変かパールハーバーかは分からないけれど、自分たちの犯した罪の背景を、山本五十六の映画を作ってもこうは成らないですよ、ヒーロー映画で終わってしまう。オッペンハイマーをヒーロー映画にしてない。

佐藤:そうですね沈む人生の後半も描いた。最後の絵が核戦争が拡大して地球が燃えだすシーン。もうちょっと地球が燃えてもよかったかな(笑)〆方が上手いなと思いました。

鈴木:そこで終わるところがいい、来るぞ、来るぞ!そこで止めるところがいいですよ。

佐藤:御仕舞はアインシュタインと空気に引火するかと数式を渡して会話したけど、相手に不足ある顔でした。オッペンハイマーの脳内は空気に着火しないけど、核戦争が起き拡大し地球が全体が燃える妄想を表している。

鈴木:そういうリスクはもう消えないよと。

佐藤:〆方が巧みだなと思いました。

鈴木:佐藤さんが調べてくれた、チェーン・リアクション(核分裂連鎖反応)で地球に引火するの確率はゼロだと書いてあった?
佐藤:ほぼゼロだと伝記にありました。映画ではアインシュタインに聞きいて、御仕舞だけど伝記(310頁)「フェルミは、液体重水素を核分裂兵器で点火、核分裂爆弾、窒素78%の大気に不注意に点火する可能性あるのだろうか、可能性はゼロに近いとテラーとオッペンハイマーに納得させた」とあります。話し合い確認していますね。計算してほとんどゼロだとは書いてありました。

鈴木:ほとんどゼロとゼロとでは違うんですよ

佐藤:確信は持てないけど、実験してしまう。
鈴木:たぶん科学者たちはゼロとは言わないですよ。絶対ゼロと言えるわけがない。ほとんどゼロとしか言いようがない。
地球を破壊するかもしれない確率があるというのを知っていて、トリニティーで実験やったというのは酷い・・という評があるんですね。映画をそう評している人がいますけどそれは違う

私は、彼ら科学者はオッペンハイマーはチェーン・リアクションにはならないと思っていた。だって科学者がニアゼロと言ったらゼ

福島の事故に遭い、原子力安全委員会の斑目先生が菅直人首相に「爆発する危険性があるか?」と聞かれて「ゼロだ」と言っちゃった。斑目先生をよく知っているので、ゼロとは言っていないと思います。まずありえない、まずゼロに近い。

佐藤:科学者はゼロとは言わないんですね。

鈴木:言わないです、それを菅直人首相はゼロと言ったのではないか。そういう意味では菅さんの方が正しい、科学者はゼロとは言わないから、ほぼゼロだと。たぶん起きるとは思っていなかったとは思う。

佐藤:地球が燃えるのはゼロ、その発言は伝記にあるので、画像撮影し送ります。

鈴木:笑)要はオッペンハイマーも他の科学者も起きない、チェーン・リアクションで地球が滅びることは起きない・・という自信があって実験していると思います。そんなの怖くて実験できないですよ。むしろ爆発しないんじゃないかと心配していたでしょう




オッペンハイマー「原爆の父」という冠につい

佐藤:起爆しない事を心配してますね。気になっているのでオッペンハイマーを「原爆の父」と冠を付けたのは誰なんですかね。伝記の日本語版に「原爆の父」と表紙にあるんです、鈴木先生が持っていた、英語版の伝記には原爆の父と表記してありますか?

鈴木:英語の本には書いてない

佐藤:日本語版には表紙に書いてあるんです。
鈴木:本当だね。
佐藤:原著には書いてあるか・・分からないです。
鈴木:書いてないです。アメリカン・プロメテウスとしか書いてない。

佐藤:誰だ原爆の父と冠付けたのは・・・知りたかったので、県立図書館で過去の新聞記事を検索しました。オッペンハイマーが1960年に来日した時に彼を「原爆の父」と言ってない。

鈴木:そうなんですか。
佐藤:オッペンハイマーが来日の講演を要約した記事も見つけました。通称なら1960年でも「原爆の父」と新聞は書きますよね。伝記の日本語版を出版する時にキャッチコピーとして編集者が付けたのではないか?と思いました。

鈴木:そうかもしれない。


佐藤:誰が原爆の父という冠をつけたのか分からないです。伝記の表紙に書いてある。著作物を刊行した人かな。印刷物は怖いもんですね。
鈴木:英文には書いてないですね。 

佐藤:日本語版オッペンハイマー伝記のときに冠され、その後マスコミもそれにならっている。花田先生は冠についてはどう思われますか。
花田:誰が冠したのか分からないと・・。
佐藤:1960年に湯川博士がオッペンハイマーを日本に招待した記事を探してみましたが、原爆の父とは称してないです。当時の記事にも「原爆の父」とは書いてない。
今年『オッペンハイマー』映画が公開されたことで、被災者たちが過剰に反応し批判する。それと、1960年の記事と比べると、当時「原爆の父」帰れ運動が起きなかったのか。今はSNSの影響もあり過剰に反応しちゃうのかな・・と思っています。

現在の方が日本人は原爆の被害者意識が強くなっているとも思えない。戦争には加害者と被害者が居る、自分はどちらにもなる可能性があるんだ、その視点が無くなってしまって、いつでも日本人は原爆の被害者である、という視点でニュースなど流す。多数の人の意識がそうなるのかな・・・と思ったりして調べました。

「原爆の父」とキーボードを打ちそうになる。まずい記憶の仕方ですね。で、マンハッタン計画の中でオッペンハイマーはどういう位置づけなのか、相関図、政府内でのどういう位置づけにあったのか?知るために表を簡単に作ってみました。分かることは文民のトップとして存在した。ロスアラモスで開発した科学者のまとめやくで起用されてた。「原爆の父」とは言い過ぎ。相関図を書いて(図を見る)そう思いました。グローブス将軍やスティムソン長官を原爆の父と言ってもいいかも・・・とは思いました。

鈴木:いや、どうですかね。
佐藤:言いたいならヘンリー・スチムソン陸軍長官ですかね。原爆の父を使うのはやめよう・・・と。

鈴木:たぶん、難しいですけど。オッペンハイマーが居なければ原爆は出来ていなかったので。
佐藤:古今東西の文学や詩好きのオッペンハイマーは、語りが上手く、科学者同士の異論反論を瞬時にまとめて、語るとまとまってしまう、そう書いてあります。
言葉を使って原爆開発に科学者たちを集中させる能力は高い。多様な言語を自在に喋れる、説得力を磨いた、それが基盤になった。彼の語りは、ロスアラモスに4000人ほどいたと言われる科学者のハートをつかんで、今、何をしなければいけないかを一瞬に分からせた。説得の仕方が天才的に上手い。原爆の父じゃなくロスアラモスにおけるコミュニケイションの父。

鈴木:多分だけど、1960年代オッペンハイマーが日本に来た時に大歓迎されたというのは、当時のことは分からないですけど。当時も今もそうなんだけど、今回の映画に対する批評もオッペンハイマーに批判しているのではないんです。映画を作ったノーラン監督とか、裏にあるハリウッドの人たちとか、それを許しているアメリカ政府とか、そっちがターゲットであって、オッペンハイマー自身は批判のターゲットになっていないんです。

 オッペンハイマーは「われは死なり」と言った瞬間から後悔し一生悩むわけです。それが今回の映画にはよく出ているので。彼を攻める気にはなかなか成らない。



その03へ続く