ふりかえり 記録す(パラレルプロジェクションズの6年間) 作成:佐藤敏宏
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2021年12月04日21:00〜
ゲスト:川勝真一さん
     辻琢磨さん

 佐藤敏宏

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川勝:確かに、何ていうか、産業化していったことによって、式年遷宮の森と建築の話とかも、それまで建築産業じゃなくって、コスモロジーとしか言いようがない。人と環境と森が一体になってある世界。 本当に切り分けられない、それをドンドン切り分けていって、その中で特権化したり、産業で経済化したりしていることだと思います。
建築家という、存在そのものも、そういう意味では今も一級建築士とか国が決めた資格によって、その人たちが専門家として寡占してやっていて。逆に言うと 一級建築士。

:一級建築士事務所になったらね。

川勝:でも建築を造ったり、規模は小さな建築を造ったり日常的に手入れすることは誰でもやるから、そういうことをやったり、逆に一級建築士という国の構造の中でしか設計活動が出来ないみたいな事なのであれば、その外側、それを建築家としか呼んではいけないみたいになると、その外側にある様々な建築に関わる行為とかいうものを切り捨てているような事もあると思う。
一級建築士が制度そのものも、何だろうな、つまりこの人は建築を造る人で、この人が造ったものが建築で、それ以外の人が造ったものは違うと、自分はそこと関係ない。そういう筋書きを一つのものである。もちろん命、生命の安全を守るのは重要なので。

佐藤:藤森さんの『日本の近代建築』を読むと近代日本の建築の始まりのドタバタが分かる。外国人の冒険建築家が最初に入ってきて活躍し、大工が真似して偽洋風建築と言われる好き放題造る。その後にドイツ、ギリス、フランスの建築を学び、これはどうも様式がおかしいと事に気付いてコンドルを招いて教育と設計をさせる。コンドルさんの弟子たちも西欧の様式に則り様式建築を造る、日本人設計士が認められるまで20数年掛かっていたから。建築事務所が成立するまでには明治一杯掛かったから100年経過ということだ。で。西欧建築の模倣タイプじゃない日本に自立した近代・的建築家と言われる人は丹下健三さんからだとすると戦後からだからね。建築士の制度も戦後からだと思う。(AFなどの勉強会参照の事)
敗戦で家が燃えちゃっているし、引き揚げ者が街に溢れているし、住む家が無い。なにしろ数を造らなければ、建築住宅的にも貧困状態が続いた。その流れで高度成長期まで来て、俺のような田舎の一級建築士も生きていける状況になった。そういう建設時代の状況は終わった。持ち家は空き家だし、人は減っている。俺は、20年前から設計活動してない、造る時代は終った。建築を理解する時代、育む時代、語り合う時代になっていたと思う。

で、建築に関することに興味を持って生きている人は全て建築家だというべき社会状況になってしまった方が効く社会になったからね。そうしないと建築を造るだけで生きている者を建築家と限定すると、とても狭い孤立した領域になってしまう。

絵:芦原太郎氏作成とのこと
 布野さんよりいただく

川勝:建築家と言わなくって良いと思うんです。自分の暮らしとか生きていく身の回りの環境を自分で構築していく、っていうことは、全ての人にとって必要で。誰もが出来うることだし。

佐藤:建築を設計し造ることを主にしないで、すでに、20年超生きているけれど、俺は自身では建築家とは言わないけ、建築家と呼んでくれる人はいる。しかし何処に行って発言すると、妖しいお爺さんに扱われる。多くの知識人も大学の先生も、あまたの人は肩書で人を見る。どの領域の専門家なのか?を探るってことかな。その場で語り合っている中味、内容を聞きとり咀嚼して他者を評価・判断するんじゃないんだね。
だから肩書を外して語り合う場もないし、質のいい語り合いの場に参加することが少ない。専門家どうしで閉じた語り合いの場の活動で、業績としてカウントするために開いている会合が多い。今日のZOOMでの語り合いのようにはならない。偉い先生の語りを拝聴する、一方的に拝聴スタイルが多い。専門家の業績・アリバイ作りの場ばかりだ。

そういう目的、上意下達の場は、在野の場には要らないわけだけど、多くの市民に考え語り合うための資料を与えて議論し合う語り合う形にしないとね。そうして、語り合った人々が明日から違う行動や活動を始める。そうはならないな、ありがたい意見を拝聴して終わり。人々の記憶にも残らないし、記録も作り残さない。そういう貧困が続いているよ。
建築の技術的なことを習得して社会に売りだして社員になることが目的で、会社からお金を得る、そう考える人が多いのかもしれない。

川勝:そうですよね。















:もうちょっと、建築を勉強した人が他の分野とか自治会とかそういう所に積極的に入って、そっちの言葉を習って、翻訳しないと向こうからはやって来ないと思うんですよね。こんな状態で、啓蒙は無理だし、自分のお母さんに西澤立衛の話をしたりしても、ピント来ないだろうし。
何ていうのかな、こっち側が出て行って、向こうの言葉を覚えて翻訳というプロセスを作らないと、佐藤さんが言っていることは行らないですね。彼らは建築に触れずに、このまま行くだろうし。こっちが無理やり、これが建築だと言い続けても、日本だからあまり浸透しない。彼ら(市民)の言葉を勉強してそれで、翻訳する人が欲しい。そういう事が無いと建築文化が今よりは根付いていかないかなーと思います。

川勝:参加者の永田さんが自発的市民としての建築家でありたい。建築家であると同時に市民であることの価値を最大化する、みたいなことを言っている。市民として出来る事。市民対建築家じゃなくって、そこを切り崩して建築家の方から歩み寄る。

:そうだね、建築を勉強してる側は 他全部、市民がリテラシーが低くって、二項対立で啓蒙してくっていう流れ自体が、全然、現在の日本社会に合ってない。もっとフラットに職業を一旦置いて、何でもいいんですけど自治会のお祭りに出たんだったら、お祭りのリテラシーがあるじゃないですか。そこに入るという事は、そこから学ぶことだから。
そういう事が自分の環境の中で何個か出来ていると、建築事態も相対化されてこういう位置づけなんだとか、上下関係じゃなくなると思うんですよ。そういうマインドじゃないと、相互に気持ちよくコミュニケーションできない気がします。


佐藤:1980年代からやっている事(建築あそび)だけど俺が設計した建物を使って、周囲の人や建て主の友人知人に集まってもらって、川勝さんの家でやった建築あそびは続けていた。他者との交流会は場づくりは建築空間がないと成り立たせにくい。記録も残し公開ししながらかなり実践してきました。その目的は呑んで食べて、会話して楽しむだけ、で顔見知りになる、それだけ。
そうやって建築を使う体験を共有する、建築を共有することを目的で1980年後半から活動していたし、建て主たちも、自主的に建築を開く活動していた。震災の時は避難所として開放した建て主もいた。自治会からも孤立していない、さらに「お前の家は俺の家」と言って川勝さんの家で行ったように、意図しては泊り歩いた。そこの家に友達を集めてワイワイ呑んでだべって来た。俺自身、個人としては俺と市民の方々に溝があることは無い。俺は建築家だとも言ってないし、思ってもいないので、建築を面白く使い語り合うために、被災地支援もしながら聞き取り活動もしていた。
今は、新型コロナが来て活動はお休みなので、身近な公務員の方の3・11後の10年を聞き取っている。で、大震災後、皆が一斉に放射能で家を閉じたこともあった、が10年経ってようやく、被災者の声を聞いてもいいかなーと思って、県職員の方やOBの方が3・11当時何をやっていたか、今年度から準備をして、聞き取り始めて7人ぐらい終っている。記録は作ってしまっているが、これからも1年ぐらい聞き取りする予定なんだ。それの肉声を公開する予定は無い。

で、そこで県職員いわゆる建築の専門家と県民の好ましい関係が無い。さらに建築士と県職員の方の友好な交流の場が無い。とう点が明らかになった。専門家の知識も市民の切実な声も、さほど生かされることが少ない、そういう事実を知ったところで・・・さて、どうしようか?と。

若い人達が多重災害多発の社会で生きていくためには、ちょっと県民と専門家の対立があるだけでは各人の能力が活かされないままですよ。それぞれが大変そうだなーと思う。だから、いろいろ語って手探りしています。居住支援法に則った活動もやってみると壁がありすぎて思うようにはいかない。建築の専門家が使命感と誇りをもって市民である自分自身を教育したりすることによってフラットに話し合うことも可能になっていく、とは思います。建築を取り巻くいろいろな事態を解いて・説いていくのは簡単なものではない。

俺が言いたいのは間を繋ぐ人が要るということです。間を媒介する人は誰が担うか?ということです。架橋する人が要る、だからジャーナリストが要るんだけど、そういう人が居ないなーと。県職員の方を聞き取りして思ったことです。辻さんと市民と県職員の間を繋ぐ人が居ないということの問題がある。

福島県の住宅課で大震災の時何が起きたというと、16万人の避難民が生まれて、35千戸の仮設住宅が必要だったんです。県職員の彼らは仮設住宅を造りながら、避難民の大量の苦情を受けとめなければならなかったんです。役所が朝、始まる瞬間から、夕方5時まで苦情の電話が鳴りっぱなし、で10人ほどのOBの応援を得て、対応しているんだけど電話が空かない。朝から夕方まで苦情対応で、応急仮設を造るための仕事が出来ない。罵詈雑言を浴びせられ続ける。職員の方々、彼らも被災しているんですよ。実家が放射能あびて避難区域だったりして。半壊全壊したり。さらに苦情対応で疲弊しちゃつて、その時は頑張っているだけど、数年後に揺れ戻しで精神を病んで役所辞めてしまう人も出ていたそうです。


 絵:民報サイトより

専門家と県民、市民の間を繋ぐ人役割が要るんですよ。調整能力のある人が必要なんだよ。
35、000戸の仮設住宅造るのが大変なわけですよ。プレハブ協会は1県当たり、1万戸しか提供できないとお手上げだった。残り2万5千戸どうするんだ?7〜10万人分の家だよ。民間の空き家・部屋を活用するしかない!同時に建築家には依頼せず、設計士と施工者にチームを造らせて提案させて、デザインビルドで発注した。で新国立競技場騒動でも建築家じゃなくデザインビルドだったけど、応急仮設住宅の建設でもデザインビルドを6000戸を採用すると当時に、空き家・空き室を25000〜18、000戸を借りて、家賃補助に切り替えて、乗り切った。県の担当官は当時6人で市町村対応もしていた。福島県の災害・非常時に起きたことは、多重災害列島に暮らしているのだから、明日、どこでも起きるってことだ。専門家と市民の間に架橋する人が要る。

3・11で建築家は蚊帳の外でした。JIAの冊子を見ると県職員に対して無能無策者どもとも、書いているんだけど、建築家は職員の災害下の実態を知らない。だから辻さんのような若い専門家の能力も災害時に活かせるように通常時から連携していないと、災害が起きた時に、相変わらず建築家は蚊帳の外だということです。辻さんが独立して災害時にも生きた、活動するなんて無理。建築士の組合があって、災害時どうやって行政と連携するか日頃から話合う場が要るし、架橋する人が要る。災害現場の混乱したときの来られても邪魔なだけ。他県から県職員が応援に来て対応してしまうだけ。





2005年
我が家で語り合い、ゲスト植田実さん





1999年 中原中也賞受賞を祝う会
my設計 会計事務所建築で



:それは四会連合が、やらないと、いけない事なんでしょうね。

佐藤:アネハ事件の時に国会の委員会議事録からweb記録にまとめてアップしてたけど、建築士会、学会、建築家協会、構造協会が参考人で呼ばれたのを記録したけど、四会がまとまらない、党派別に正しいご意見を述べるだけ、で連携できない。バラバラだった。そうすると政治家と官僚たちは何をするか?というと建築士への罰則強化だよ。建築士は使命感も誇り持てず、3年に一回有料で講習を受けてのち、試験を受けて、パスしなければならない。職能の誇りを持つ技術者が育つと思いますか。安藤さんは一級建築士を返納したとラジオで語ってましたよ。
建築士をとりまく問題もいろいろあって、何とかしなければいけないことは分かっていても、優秀な人が現れず、誰も4会をまとめることができないのはアネハ事件を見れば分かることです。さらに、3・11後が起きても何も変わらなかった。政治家が罰則を強くしていく法に改正するだけだ。





平成17年11月29日 国土交通行政の基本施策に関する件(建築物の構造計算書偽装問題)審議録

2003年11月3日読売新聞スクープから始まった
■組織継続が目的化している

:パラレルプロジェクションズの話に戻すと、まったく新しい仕組みを作るというよりは学会のプラットフォーム、既存の事業委員会の予算の中でやったことは大きいことだなーと思っています。全く新しい事業を作るというよりは、今ある四会連合をちゃんと橋渡しできる人材を見つけるなり、改造を上げていかないと学会だけでもかなり、難しかったのです。予算回したり、イベント一つ終わらせるのも、大変な事だった。
ですけれど、既存のプラットフォームでしか出来ないこともある、と思うので。僕はどこまで行っても、今あるものをもう一回観察し直して、価値を紡いでいくという事が、これからの契機になるんじゃないかなーと思ているところです。

佐藤:よい構え方だと思います。パラレルプロジェクションズので、独立系建築家もゼネコン内建築家も、役所内建築家も大学内建築家も一つのテーブルに着いて、それぞれのプロジェクトを紹介し合った、そういう集い語り合いの場が出来ていたと。この5年の成果が、そこのとだと思い高く評価します。

嬉しいですね、あまり評価聞かないので。(笑

佐藤:で、お二人の活躍を、今日、ZOOMで語り合って記録に残して置きたい。で、今日のZOOMになったわけです。誰も聞いて記録しておかないなんて、記憶の破壊者だけになるよ。

2021年10月16日の川勝、辻さんによる12時間の聞き取り動画

■ パラレルセッションズ 必要経費あれこれ

:大変だったんですよ。
佐藤:大変な中身をお話ください。なんでしょうか。
:やっぱりお金が出ないことですかね。

佐藤:交通費が出ないということですか。
:交通費は出ます。動いた人区分の費用が出ない。
佐藤:パラレルプロジェクションズの実務的な話をお願いします。経費は、交通費だけど参加する人は自腹で会場まで来る、会場費ですか?

:何に予算が使われているのか?ですね。学会の規定で、ゲストは15、000円の謝礼ですね。

佐藤:それに、ゲスト交通費ですよね。

:東京以外の遠くから来た人には交通費は出します。最初の年は予算が潤沢にあったのですが、2年目3年目4年目はパレットを使って、富士から持って来たので10万円ぐらい掛かった。ゲストで5万円掛かって、web製作費で20万円、総予算が40万円ぐらいでやっていた。

佐藤:web製作費って委員会が自分たちで制作しているんじゃないんですか?

:文化事業委員会のものと抱き合わせでやってもらったんじゃないかなー。それも僕は建築学会の作業なので分かっていません。既存の枠組みだから、組織が自分の組織を継続させることが目的化しているような処もあります。例えば前例主義で、前年やったことは継続ですと、それが前提にある。出版の時も何かいろいろ徒労、縛りがあって苦労しました。

佐藤:本は何部発行したんですか。

川勝:千部から、ちょっと減らしたぐらい刷ったんです。
:議論の内容を書籍化しようとした時に頓挫したんです。







 建築学会 特設HPへ 












建築文化事業委員会
演・展示事業等を通じて建築界および一般社会の建築文化の向上に寄与することを目的に、学会内に設置されている委員会の一つです。主な活動として、日本建築学会賞(作品)受賞者記念講演会、学生サマーセミナー、アーキニアリング・デザイン展、建築文化週間を開催しています。
■ 2012年10月16日 リレートーク12時間

川勝:建築学会の予算から建築学会に払うみたいなこともあった記憶がある。
辻:変なマッチポンプがいろいろな所にあって。業界団体のそういう部分が少なからずあるんだなーと思って。

佐藤:楽に継続させるために、前例主義と繋がりを大切にする。

:継続事態に価値はあるんですけど、本義を忘れちゃうと、予算も無いと、何のためにやってるんだろうと、思う事もありました。
藤:新聞社だって大学だった貸しビル業で継続を願って、経営している場合が多いんだと思う、何かの末期現象だろうね。米国の大学は投資に熱を入れているそうで、日本もいずれそうなるでしょう。学会も投資会社兼ねないといけないと議論する状況がやってきて、辰野金吾さんが聞いたら、嘆くかもしれないね(笑)

:資金がないと困るしなー。

佐藤
:パラレルプロジェクションズの5年間の活動ご苦労さまでした。ここまで、だいぶいろいろ語り合いましたけれど、ここからは、例の12時間トーク、今年をふりかえる編に移ります。

:なんでやったのか??不思議なんだよね。

佐藤:10月16日の朝9時から夜の21時まで22組と対話するって、知ったとき、頭がおかしくなったかなーと思いました。一組が、30分と短い、そこまで詰めて語り合う事の意義が、咄嗟には分かりませんでした、次に疲れないんだろうな?若い人は羨ましいと思いました。

:疲れてましたよ、最後の方はもう。

佐藤:昨日(2021年12月3日)かな?動画を公開したのは。
川勝:12月1日に公開しました。3分割してアップしました。今のところは問題起きてないですね。公開しますとの前提で語り合ったので問題ないと思います。

佐藤:知らない人がたくさん語り合っていました。谷繁さんは見学に行ったSDL2018で3位だったので知ってました。他はあまり分からない人達でした。津賀さんはツバメで会っていた、川井先生は聞き取りしている。登壇者はお二人よりは若い方かな。

:年上もいますし、下もいます

川勝;だいたい同じ、谷繁君たちが一番下ぐらいです。市川さんとか、乾さんの事務所に居た方で独立されました。だから、1980年代生まれ。
:1980年81年生まれぐらいかな。

佐藤:川井さん前後と、最後の方を少し見聞きできました。勝亦さんと津賀さんは聞いてました。面白かったです。実践的で町に入って活動していた。
:自分たちでビル買ったりとか。

佐藤:不動産会社兼設計事務所スタートの様子が語られていました。富士山の裾にも事務所だか所有物件があるとかでした。

:富士市と西日暮里。
SDL2018谷繁さんの記録



谷繁さんのコンセプト模型

佐藤:設計事務所だけだと閉塞するので、不動産業も合わせて行う、融合型で始めるかたちでした。不動会社の株を買わずに、現物を買って改修して貸し出して賃貸業も行いつつ活動する形。日本の有名建築家も不動産経営しながらコンペなど挑める建築設計事務所を開いている人も多い、と聞きます。三菱地所や森ビルのスモール版でしょうか、小さな三菱地所型が多いんだそうです。金融業(町金)は兼ねていなかったかな、多様な芽吹きを見ているような気がしました。面白く思いました。ゼネコンの方はいませんでしたか。

:藤さんです、三菱地所設計。
佐藤:ご夫婦かな。
川勝:夫婦でもやられている。

佐藤:なんで30分ごとに、22組、なぜ一気にやられねばならなかったの。分からないぐらい大変そうでした。あれから2ヶ月経ちましたが、最初にお二人が思うことは何でしようか、お聞かせください。疲れた以外に。

辻:あまり記憶にないね。僕は忘れちゃっていますね。今日ちょっと見返したりしました。

佐藤:何か来年度につながるような思いは無いでしょうかね。無い、もう終わり。

川勝:終わりです

:でも、谷繁君たちと若い世代と春口君とかは議論を継続したテーマ、彼らからの宿題をもらったような感じがする。

川勝:春口君たちのものは時間が足りなさすぎて、終ってしまった。谷繁君の方はパラレルプロジェクションズの、そもそもの枠組みが個別プロジェクトベースで話すので、いわゆる小さな物語の集積でしか。

佐藤:谷繁さんは卒制展の続きでプレファブ住宅の話でしたか
川勝:そうですね。プレファブの話から始まって、もう少し 下の世代なので80年代ベースでやったイベントそのものをどう見ているかみたいな事もちょっと。

佐藤:春口さんたちのやまおりるってなんですか
:事務所の名前ですね。
佐藤:初聞き事務所名だ、彼らの時間が足りなかった要因は少し語っていただけますか。面白過ぎて時間が足らなかった?

辻:メディア・プラクティスという概念について話したんです。簡単に言えないんだよね。
川勝:メディアプラクティスとは何かの説明を受けた当たりで終わった。

:既存の言葉を転用しているんですけれども。
川勝:設計者が関与できない

:関与できない主体に対してメディアを使ってプラクティス、実践していく事で与条件を変容させて、自分が進めている建築にも影響を間接的に及ぼす。最初に、メディアを、例えば新聞を最初に作って、地域に分けることによって、地域の与条件を変容して、その変容した与条件によって新しい建築を立ち上げるという。凄く主体的な動きで建築を造っていくという話と、そのメディアという意味は紙媒体はもちろんあるんだけど、場所を運営すること事態もメディアだという話もあって、建築家の事務所がどこに在るのか、オルタナティブスペースを町の中で運営すること事態が街を変容させて、その中で建築をより、言ってみれば造り易い環境を作ったり。

佐藤:聞いただけの印象ですけれど、さすがGAFA時代の若者という感じがします。

:そこをもう少し掘り下げて、それって何なので終っちゃったので。その可能性とか、実際どういうふうにやっているんですか。そこの処まではなかなか議論あ及ばなかった。

川勝:そういうのあるね。有る前提に働き掛けていくような、方法論というか、それをどうするか、どう意味づけ位置づけていくのか、たぶんこのパラレルプロジェクションズとも繋がる処だと思うんです。

佐藤:22組西田さんは総括する人じゃなかったんですか。

:西田さんも参加者として参加をしてくれていて、初年度はゲストだったんですけど。

佐藤:22組の人たちは二人の問いにいろいろ答えたと、そこから違いや活動を始めた人もいますか。2ヶ月後だと変化ないかな。

辻:一番びっくりしたのは青木公隆さんかな〜。北千住でプロジェクトを自分で、街づくり系のプロジェクトもやりつつ、いわゆる大きい建築もやりつつ、自分でも投資して空き物件を持って管理したりとか、かなり複合的に北千住をベースに活動が花開いていて、穴が無いというか、制度も上手く使いながら。

佐藤:話を聞いての感想だけど勝俣さんたちと似ていますね。

川勝:似てますね 。似てるところもあるけど、自分で事業を作ったり運営したりするところは似ている。それを事業ベースで回収するというよりはもう少し都市計画制度とか、そっちを変えていく方向に繋げたいという。

辻:青木さんの方がちょっとアカデミックな視点が入っている。

佐藤:ドクターもって不動産屋もするといことですか
川勝:もってると思います、とったんじゃなかった。

佐藤:参加者でドクターはだれでしたか、分かりませんか谷繁さんと青木さんと。
川勝:川井さんです。
佐藤:川井操先生ね、聞き取り継続の続記録として文字起こし記録つくりました

川勝:青木さんは建築家としてやりつつ、ここ数年都市計画とかアーバンデザインセンターと関わりながら、都市論、都市制度の研究をしていたので、それを自ら研究対象となる実験を自分でやっている。単に個々の小さな空き家を改修してそこでコミュニティーが生まれてというような、ことだけじゃなくって。エリアを決めて、ハードを改修していく事で地域ネットワークを作るみたいな事がいかに、汎用性を持って今後の日本の都市計画どのように同居できるか?ということですね。

佐藤:話をお聞きしている限りでは皆さんポジティブに挑んでらっしゃる。閉塞的な気配が無いんだね。

川勝:それは無いですね。
:ドン詰まりでもないけど、どうしたもんかというのは、「せんとうまち」銭湯のプロジェクトの栗生さんが どうやって繋げるかということで。

佐藤:銭湯お神輿を造った話かな。

辻:それ自体は面白いんですけど、根掘り葉掘り聞いていくと資本の大波に全国の銭湯が呑まれてしまうが、それに抗う術がすでに限界を感じるという話はちょっと出ていました。

佐藤
:コロナも襲うし銭湯に行かなくなってしまったろうし。転売してマンション建てようとかなりそうだね。個別の語りは動画でみてもらうとして。



絵:川井操先生より

■テキスト60本! 生まれた

:あとテキストも60本あるので。
佐藤:あ、俺も送ったテキストの件ですか。
:そうです。
佐藤:自分の分は、資料画像や動画を付けて見易web頁作り直したけど(笑)

川勝:佐藤さんに出していただいものです。
佐藤:縛りがなかったので、だいぶ、切りつめたけど長く書きすぎたようでしたね。3・11事を書くと短くできないんですよ。

:佐藤さんのものが一番長いです、たぶん。
佐藤:ご免!分けの解らないタイトルだった、記録しろや!ということで書いた。

:笑)
佐藤:災害のことだから、放射能事件はまだ続いているし、3・11で起きた福島県内のことをたくさん書かないといけないんだけど、端折りまくった。総数で60本あるのね。

:どっちかというとテキストの方が大変だったよね。

川勝:全部読んで、若干直したり。

:選んだり、オファーしたり、その後やり取りしたり、それを今回は全部自分たちだけでやったんで、それだけでも相当大変だった。

佐藤:今年になってZOOMを始めて、その内容を文字起こしして、校正依頼する、建築系の人はなかなか訂正は不慣れだね。返信が来ない。そういう事がありますけど、テキストを依頼すると手間がかかることはあるだろう、と推測してました。

:佐藤さんの記録は別次元の校正なんで。(笑)タガが外れちゃっていて、いいかーといい感じになる。

佐藤:自分のための記録作りだからね。それでタガ外している、語り言葉のままにしようとしてる。web記録は売物じゃない生き物だからそうなる。未整理の方があとで枝葉があって俺にはオモロイわけ。紙媒体の文字と違い必要がある。でもwebでは文字データは多量でも大したデータ量にならない、そこがいい。webデータは絵も本当にたくさん載せられる。このZOOM記録も、目を通して、加筆・訂正してももらっているけど、俺の語りの間違いなどはなるべくままに残している。webは無料公開だから間違いが多いと思わせることも大事だと思っている、語りのまま、それがweb頁の良さ、売るための作られた既存のフォーマルなテキストから外れてしまうようにしている。
見知らぬ若い人に会うと読んでいると語るので驚くよ。紙媒体で感想聞かされるライターが居るのか?知らないけど。myweb媒体は俺用の記録なんだ。ついでに読んでいる人が居るみたいだ。
購入した紙媒体に間違いが無いか?新聞記事は間違いが多いよ。訂正記事なんて掲載することは少ない。
web記録づくりを地味に続けると、どうなるのか?自己観察している。他者を意識に入れると続かないよ。だめな記録でも最終的には、川勝さんが自分に関する記録をまとめて自分好に編集して使ってもらえればいい。一次資料を見せている気分だね。なるべく、プライベートに関することは削除し、誹謗中傷以外は、そのままにしている。語り合いはらせん状になっていくことも多い。で、まとめても整えず、語り合ったままにしているんです。

川勝:うん、うん






 建築学会 特設HPへ 
 60本の論考は 各言葉にリンクされている




語り合う場 いろいろ

佐藤:谷繁さんたちと議論を継続していきたいとの事でした、議論の場をつくっていきたいと、それが出ましたけど具体的になっているんですか?
:全然動いてないです。

佐藤:若い時分には、銭を稼ぐための仕事もこなさないといけないしね。活動もしないといけないから苦労も多いよね。

:やらなければいけないというわけじゃないです。やりたくなったらやります(笑)

佐藤:新型コロナ様のおかげで今年になってZOOMも始めた、活動して嫌だなー止めようと思わない。

:それはそうでしょう(笑。やだ、と思ったらやらないでしょう。

佐藤:やるほど! 知らないことに出会うし、会ったことない人とも語り合えた。記録だけで見ると、リアルの場とZOOMはさほど違わない。交通費と体力の負担がないだけ、貧乏・老人にはZOOMの方が楽だね。(笑
先月はエラボタンサという、スタートは大学発のメディアなんだけど、どちらも20代の女性が主に編集していて無料のウエブ媒体で発信してる。だからZOOMで会い、21世紀のメディアの可能性と課題を語り合いました。どちらも寄付や補助で運営している。
建築学会の辻さんと川勝さんは新しいメディアを作ろうということなんですか?

:そういういの、決めてないです。
佐藤:新メディアを作る気持ちはあるんですか。
:メディアを作る気も今は無いなー。

佐藤:建築系に特化して新メディアを作って喰えるようになるのは、建築の設計して喰っていくより〜難しいだろうね。読み手がほとんど限られていて、数百人いるかどうかでしょうから。

:ユウーチューバーになって一攫千金というのはいいんじゃないですか。
佐藤:建築的ゆーちゅーばーなんて、俺自身が見たいと思わない。建築講演YouTubeも観たことない。自分が面白いと思わないので、やっても喰えないよ。

:当たれば食える。
佐藤:老人を騙しちゃいけないよ(笑)

川勝:メディア的なものは、紙のメディアと、今は、web場にコンテンツはめっちゃ!有ると思うんですよ。読み物とか、だからコンテンツを新たに作り出していくだけじゃない形でのメディアみたいな。そういうものになったらいいと思うんですけどね。コンテンツの差異化でやっていくということじゃないかな。

佐藤:投げ銭、会員制。YouTubeで津田さんが「ポリタスTV」、神保さんが「丸激」、先崎さんが「ことのは」などあるけど、右系もたくさんあるし、自分でサーバを持って運営しているのは上田さんの「シラス」かな。

勝:シラスは佐藤さんが家で長年やていた建築あそびみたいな事をオンラインでやっている感じ(笑)

佐藤:そう言われれば似てるね、仲間で開催してる気分醸しだして売りにしているね。そういう呑み会を見せるというか舞台裏を公開して、仲間気分を盛り上げ、仲間になった気分を購読してもらう。商売上手い系だ。人を集め囲って共存していこうという気持ちかな。もう一つの違いは俺とは言語感覚能力が違う・高い人が運営している。

:ひたすらしゃべっている。

川勝:酒のみながら4時間も6時間も流している。

佐藤:建築あそびは呑み会を見せるために開いてたんじゃないからな。建築を共に使い、美味い福島の地酒とゲストの興味深い話を丸ごと一晩。雑魚寝しながら聞くという、ネット配信のための個人イベントではない。ついでに講義の記録を作って公開していた。それ、だけだ。
小耳にはさんだけど、呑み会を晒してる動画は、儲かるらしいよ(笑)

川勝:結構見ているでしょうからね、1本1000円するから。

佐藤:喰っていくためには、課金ステムとプラットフォームの管理とゲストの質、選別が難しそうだ。建築の場合は社会状況から3〜5年遅れて動いて出来て来るから、一般の人向けのためのニュース性はほとんど無い。無理して実践すると、下手すると建築家や建築界の自慢話、手柄話になってしまうだろうね。だれもそんなの見ないし。講義系になるとさらに専門的に興味をもつ50人も見てれば全員って感じじゃないの?建築系で間口広くするのは、難しそうだ。建築を造ることはお金が無いとあり得ない世界だから、権力とくに政治家と抱き合ってないと出来ない、儲けられない事態だからね。それは常識でしょう。

大衆は権力を批判して溜飲を下げることに小銭身銭・お金を払うけど、建築造った金持ちに、お賽銭は投げ入れないよ(笑)建築系の人々は政治家や金持ちと抱きついているから儲かる仕事になる。そんなの常識でしょう。建築を文化と捉えている、建築学会の会員って3万人ぐらいなんでしょう、もっと居るんですか?




2021年にZOOMした人人


2021年佐藤はZOOM三昧だった。コロナ様のお陰で会ったこともない方々を語り合うことが出来た


川勝:興味関心もあっちの方向も向いている感じはありますよね。それこそGAとか、わりとオーソドックスに作品とセットで売るような、事が好きで、そういうものを好きでフォローしている人。
事業性とか何か社会を変えるみたいな事に関心を持って、そこの人たちのプレーヤーが自らメディアを作って、メディアプラクティスになるけど。メディアを作って、読者を作って、ある生態系というかグループが出来たりとか。 そこである種のコンテンツが芽吹ける。そんな状況があって、じゃないかなーと。

佐藤:とりあえずお二人は新しいメディア作りに関わる興味は無いということでいいのかな?

:笑)そうですね。新しいメディアって何なんかなー。
佐藤:川勝さん、博士号はとる準備はしているんですか。

川勝:しまった、痛いところを突かれた(笑)。

佐藤:京都府立大学だったかで森田さんが最近博士号をとったらしい。1月4日におめでとうZOOMするんだけど、

:笑っている。


楽しい話が続いていくのでありました 終わり

動画:辻琢磨さん推し歌の数々


「ふりかえる 記録す」 川勝さんと辻さんをゲストにした語り合いを最後まで読んでいただきありがとうございました。
  制作・文責:佐藤敏宏    01 02 03 04   HOME