2023/7月4日午後 森純平、家成俊勝、岡田栄造さん @北加賀屋 作成:佐藤敏宏
森純平さんに聞く
千鳥文化を逍遙体験
森純平さんに聞く 01
同  02
同  03
同  04 
場所日時
2023年7月4日
家成俊勝さん率いるドットアーキテクツにて
森純平さんに聞く 5       絵:宮地敬子撮影  3:00:32

■ NO.00 あれこれ

佐藤
:外観は、模型かな、参加者みなで作り続けたら、内装が破調してない、予想外でした。
家成プランは赤代さんが描いて、外観の模型は僕が作っていて、詳細を大東君。外観は僕がはちゃめちゃに作っていったんです。中は割とシンプル

佐藤:完成後、内部を見に(2012年2月6日午後)家成さんに案内いただいたんです。その日は朝から追っかけし家成さんの一日、暮らしぶりをスマフォで撮って、切り貼りして動画も作ってユチューブニで公開した・・・懐かしい!
そのときに、内部には外の破調が響かず静かでしたね。外観は意図したように出来ていると思いました.が、内部は疑問というか無理に整えてしまった感じかな。内外部が裏切り合うなら、もっと裏切って、豪邸仕様のような物に仕立てるのも面白かったかも。何かがおかしかったね。
森:ふんふん。
家成:凄い普通の都市住居(笑)
岡田:そうなの!


2008年5月15日 NO.00 模型を手にもつ家成さん 大東さん 赤代さん

佐藤:俺の勝手な願いだったkど、内部の裏切りかたはやや凡庸だったかな。デビ婦人の豪邸お家のようなきらきら内装だったら、いけるぜ!もあったかな。外観はバラック混在で内部は王宮仕様。3人別に作業して合体しているのに、内部にそれが現れていない。消化不良に見えた。見せていただいて偉そうな体験感想が残りました。NO.00はギャラ間本にも掲載されているので確認できます。

森:なるほどね、そう言われるとそうですね。
佐藤:その時俺は、こういう事をやっている・・・3人を聞き取り後「事務所いき詰まり分解するか?この家が分解するか、どちらかだね・・・」と伝えました。近代人の集合にはこの意図はこなせないなと思いました。で予言どおり、最初に家族が解体し、事務所もそうなって自立した外観を担当した家成さん一人になった。
岡田:藤森照信さんの家みたいに中は普通(笑)
 会場 がやがやわいわい
佐藤:中、普通に仕立てるのは普通なんですね。
岡田:いい家じゃないですか?
佐藤:住みやすくなったのは分かるけど、模型づくりのように他者が侵入参加はできない、同居できない。家父長的な家を脱してていろいろな人も集住可能だった。でおおバー気味に広報し出来た。物と家族の家という関係が最初の意図とはすこし違うな・・・と。

家成
この時は理念というか、どうしてもそれが先走っていた
岡田:で、マニフェストを掲げた時期ですものね
家成:ハウスコンペで豪邸設計していた反発、反動かな?

佐藤:俺は家成さんと仲間たちの実作は「NO.00」しか観てない。その後の建築ですけど、去年10月あそびに来て本で見せてもらった石の上にまま載せた居住の定着・定住を拒むような家がよかった。何ていう家でしたか?
家成:仮の家
岡田:石の上の家ある?
佐藤:基礎がなく、石にどかっと載っけて、浮遊する気持、満々に見える、面白い家。
家成:基礎は石だけです。

佐藤:確認申請いらないし 台地と家の間に基礎ない・・・みたいな家。
家成:確認申請だしてます

佐藤:お風呂が野原に放り投げた・・かのように設えてあり、フルチンどころではないオープン風呂。
森:行ったんですか?
佐藤:写真見せられただけです。風呂入りに行きたいね(笑)壁はあるけど取り除けばプランは均質空間みたいな一つの箱で、加えて風呂の壁が蒸発しちゃってて、いいな・・と思ったんです。
森:いいすね。

佐藤:最初の「NO・00」を挽回して余りあって、家成さんもうここまで達したかと。感動気味・・・しましたです。

岡田:本当ね、いろいろな現場をやって、即興が可能になってきたんじゃない。

2012年2月6日家成さんの1日
↓11年後の家成さん


2023年 ギャラ間展案内




たくさんのスタディー模型がならんでいた





















On Holud House

佐藤:「千鳥文化」は文句なしで21世紀の人間のための都市だけど、この住宅は地球に浮いていて、固定してないので、地球上どこにでも旅する家だぞ!という気概が「かくめい」気分は伝わる。

 ふむふむ みなで仮の家 On Holud Houseを見始める・・・

岡田:石がどこかに有ったの?
家成:ゴルフの打ち放し場に、落ちてた石を。
岡田:もらえるからと・・・石に家が直接じゃないですか!
佐藤:基礎緊結せよ!っていうのあるけど。
家成:50u以下で限界体力計算無しでOK。

佐藤:何かに抵抗している家成さんの気持ちのような、ものは素直に出ているのがいい。それを抜いても、風呂は、いいよ。プラン見てください、かべありミース建築、風呂が飛び出している(笑)そう見える。

家成:風呂だけ外に。
佐藤:風呂の壁も無かったですよね?
家成:壁ないです。
岡田:壁無いんだ!風呂、外なんだ!
家成:カーテンだけ。

佐藤:お風呂の写真は掲載されていますか?
家成:あります。
岡田:またセンスいい人が住んでいるわ!!やっぱ施主が選ばれている。どういうお施主さんなんですか?
家成:これは後藤繁雄さん(1954〜)ていう、アートプロデューサー。

岡田:あ!!あの後藤さんの家!場所はどこですか?
家成:浜松なんです。
佐藤:その方ここと何も知らんけど「仮の家は」推します。

岡田:これは施主がいいわ。
家成:そうなんです。
佐藤:施主がいいのか?
岡田:超有名

佐藤:施主は知らないけど、俺はめちゃいいと思う。家成さんが脱皮したように見えて。俺も一部外壁が無い家は造ったけど、風呂に外壁は付けた。この家は風呂に外壁も屋根もないので?屋根有ったかな?
家成:急に連絡来て、最初、田根さんに頼もうかと・・何か関係有るから頼もうかと。
佐藤:田根さんってだれ?
岡田:田根剛。

佐藤:美術館とか帝国ホテルの設計でしたか、その方ですか?
家成:はい。
佐藤:この家はいい、何度も言うけど。家成さん、突き抜けたなと。

家成:みんなで話していることが、結実していく
佐藤:そうかな、頼み住む人が優れているかもしれない・・・ビビッてしまわず自由に描く、そして実現する。



ギャラ間本 
2023年5月17日初版刊行

家成さん自邸あれこれ

森:ちなみに、何で、この写真を表紙にしたんですか?
家成:これは、我が家なんです。原田君が写真はこれがいいと。
佐藤:原田推し。
岡田:いいですよね。
森:いい。
家成:これで・・・僕はパートナーに「訴える!」と。
森:大きな声で笑う
家成:「これだけは使うな!」と言われていた。一応選択肢に出してたんですけど。
岡田:やっぱりパブリックイメージ的にはダメなんだ
家成:そう言ってました。
岡田:うれしそうに大笑い しちゃう
家成:今、冗談でいろいろ言われるんです
佐藤:奥さまにからかわれているのね。
家成:訴えるからな!・・・って、キッチンの写真とかも。
佐藤:生活の様がもろに伝わってしまうね・・・。
森:すげーいいです
岡田:アート関係者の家とかね。

佐藤:これらの絵は古建築を改修した自邸ですよね。
家成:そうです、長屋を改修したんです


メディアの中の建築と実態建築のあれこれ

佐藤:ギャラ間本で、新築住宅じゃない自邸の建築が表紙になって、日常使われている物が、そのまま出ていて、新建築と旧建築の堺を取り払ってしまいましたね・・・という宣言には見えるけどね。今はすこしずつ当たり前になってきているけど、これを堂々と展示すると、新しい建築しか興味が無い方々には「けっ!!」って言われるんだろうね。けど新旧建築の隔たりがなくなって本来の「建築」として語ったり、それらを同等に扱う建築媒体に変わったと。これが建築文化の本来あるべき姿になってると思うよ。

岡田
今っぽいんだけど。
佐藤:これだったら普通の俺の家と違いないじゃないと勘違いする者がいる?
家成:そうなんです
岡田:それは、リテラシーの低い人だから。
   会場ワイワイガヤガヤがやがや
佐藤:新築のグラビア・キラキラばかり見ている奴かな、「建築」って出来ちゃった瞬間だけじゃねーだろうよ。
岡田:そうそう!
家成:いろんな人に部屋をあまり片づけ過ぎないようにと、住んでるそのまま

佐藤:昔、俺もカメラマンには文句言われの思い出した。「片づけろ」と発注者に言うカメラマンとか設計士って馬鹿だと言ったら、カメラマンは著名な建築家の作法あれこれだと説教されました。設計した建築の部分にその方がレンズを向けると所員が走っていって、その周囲を磨く掃除すると言ってました(笑)「馬鹿なことを言うな、まま撮れ!」設計者の家じゃないよ、発注者はこのように生活している、ままに撮れ!だめなら雑誌に載せてもらわなくってけっこう。俺は雑誌に載せるとき、片づけさせたことないよ。
岡田:大笑いしている
佐藤:有名建築家の建築を撮りに行くと、飯は食わせるし、ホテルは準備するとも言う。ごろつきか?俺は酒は呑ませるけど他には何もしない。商売で撮っていて、施主はプロカメラで撮れって頼まない。俺は一人だから「掃除しろ」なんて施主に言わない。我が家も、使い方も内外部の様子も時々刻々に変わるし、そのまま撮ってと。施主と一緒にカメラ撮る前に掃除するわけない(笑)撮影日に対象の建築で生活してるまま撮る。

岡田:それないと、今の著名建築家は存在しないです!!ね。それを含めた能力がありますよ、メディアがどう使えるかとか、自分をパブリッシュすべきかそういう意識が最上級に高い。

佐藤:設計者自身がセルフ・プロモーションのために他人が暮らす建築の情報を歪めてしまっている。あり得ない絵がばらまかれる。建築が支えている生活実態と違う、演じさせられた建築。雑誌は観光名所写真のように撮って、建築家を有名にしていく、それが建築媒体のミッションなんでしょうが、その成果物を見てばかりだと、若い人は歪んで育つと思うけど。出来たときのまま新築の綺麗なままが実態の建築だと言い張って、若い人もふくめて建築を惑わす側にはいたくないですね。建築家も写真成果物もあり得ない状態を見せられても、だからなんだよ?と。
俺が最近読んだ博士論文『建築家と建築士ー法と住宅をめぐる百年』速見清考さんの著書。粗雑に言うと100年前から西欧では目指すべき建築家像と建築があるんだと・・・すりこまれている・・・さほど建築家の実態は無いようです。日本の実情は見ての通りで日本では建築士法も紆余曲折してできているけど、建築家は金持特別の建築にしか興味がなく、日本中に膨大な質の悪い住宅をつくったまま放置して、建築家と建築士は別の生き物だと。

日本では建築士しか設計できないのは周知のことだけど、設計料を住宅で工事金額と同じ100%もらったとしても巨大なビルの設計料に比較したら何桁も違ってしまうので住宅は、町場の建築士と大工さんにながれるのが実情。そして今は炬燵建築士がキャド・コピペの確認申請だけして、それを元にプレカットやと大工さんがつくる家だらけかも。
建築家と自称する人々はかなり特殊・特異な人々だとのこと。住宅に焦点を当て見るとこの100年間日本では建築家などは居ないと一緒だと・・・というような内容だと思いました。

厳しい実情認識をせまる博士論文になっていて同感しました。
研究者は多数が暮らす住宅建築を何とかしたい・・・と思っているようです。そういう意見は媒体にはほとんど載らない。建築家が関わってでき上る住宅は100年間通しても見ても特異な建築なんだよ・・・とも読める。日本の実態は無名の建築士と施工関係者が建物も都市も造ってきたし、これからも変わらないだろうという内容だったかな。

家成:そうですね

『建築家と建築士ー法と住宅をめぐる百年』
目次と本の紹介を見る 

古建築、既存建築、新築建築

岡田:大笑いしている

佐藤:だが、「千鳥文化」や「パラダイスエア」のような建築が顕れた今世紀の建築は面白くなる・・と思う。面白い都市や建築になる可能性を森さんも家成さんも示しています。一個一個の新築の建築ではないという点が二人の成した「建築」の要点なのですが、「なぜ千鳥文化は成ったか?」家成さんのところに通って、原因と背景を調べ続ける必要があり、今日もワイワイしています。
松戸で森さんが成してきたパラダイスエアにいっても同じ話になったんだけど、元ラブホ改修、用途替えです。新築じゃない方が建築の力を発揮してるように感じるのは、なんでよ?既存の建築を何かに読み替えたときに、家成、あるいは森パワーが炸裂するのはなぜか?新築工事だと千鳥文化も松戸のパラダイスエアもできないね。
家成できないです
うんうん
岡田面白いね
佐藤:新築建築の多くは、なぜ千鳥文化の人々のような畑もあり人が生きる親密な暮らしのようにはならないのか?それが解ければ面白い建築が発生するだろうと。八戸のジャイアントルームは「美術館でも、ほら、可能性を秘めているんだよ・・・」と教えているし、八戸市美術館は公共施設だけど、千鳥文化は民間会社が町と住み手を育て護っている親密な施設。そこでは個々人もそれぞれの場を育てていて集合しても面白くなっている。
森さんの八戸は町づくりをしてきた行政の人達が、欲しい建築を設計要綱にまとめ書いて、オープンコンペをおこない、手に入れた施設。で、竣工したのち巧みに森さんが支援して「ジャイアント食堂」が開催されてしまった。
おおかたの公共建築は住人から愛されないので、放置しても千鳥文化のようになっていかない。なぜか?公共建築は管理しまくられて、出入りもままならいし、要綱で固められているのでしょうか、親しみもなく色あせていく。あれはお役所の物で俺には無関係な建築だと。これを乗り越えていかないと森さんも家成さんもパワーを発揮する公共建築の条件は整わないではないのか?
建築家になって名前を売って、森純平さんへ仕事が集まると、要望のキャラで打って出れば役所も歓迎するが、本人はセルフプロモーションしそれを演じるしかなくなる。森さんはそのコースを意図して外しているから面白い。21世紀、これから「建築」だって面白い展開になっていきそう。

岡田:例えば新建材で出来ている、今、新しくってもどうしようもない家って将来的にはよくなりますよね。よくなるのはなぜか?っていうのは分かります。なぜ古くなると必ず良くなるか?

家成:なんででしょう?
佐藤:時間を経た、風化と関係がありますか?
岡田風化、なじむということはあるんでしょう、素材として。ただ空間として許せてくるとうか、たぶん一つは意味が無くなってくるじゃないですか、一つ一つ空間を決定した理由みたいなものが・・。制御しなくなってくるじゃないですか、それがいいんでしょうね。それをどう使うかという発想になる、そのところが価値が反転してくる

佐藤:150年前から明治維新の時、外国から建築家招いて、西欧の珍しいというか新しい建築という実情に合わない、むりにつくられた理想のような概念を背負ってしまった・・・肩に力を入れて目的合理で強引に造り続けているということだね。
岡田:古くなると、その時の「こうじゃなきゃ・・・」という理由が無くなってくるんじゃないか。それが、いいということになるんじゃないかな。それが大前提になって意味の無い空間が大前提になって、それをどう使うおうか?となった時に初めて面白くなるのではないか。

佐藤:設備も古くなって使えない、そうして初期の意味が風化して目的・意義が剥奪されて物が顕れたときに・・・人は建築の魅力・面白さに気付くと。現代の目的合理主義で建築を造ってしまうと、そうなるんだぞと。
岡田そうそう
佐藤:まず建築造って見せろ、使い方は俺たちが勝手に発明するぞ!と。中央集権、上から落ちてくる価値を、意図して、今の手法をどうやってひっくり返すの?というか、設計プロセスから造り発明していくか?実例が八戸市にあるのでは?

岡田:なんとなく、つまらなさって目的合理主義がつまらなくしているんじゃないですか。お客さんがこういう住み方したいから、こういうふうに作って・・・みたいに、いちいち聞くと面白くなくなる。けど建築ってそうじゃなくあろうとするじゃないですか?そいういうものを越えて、ちょっと意味のない素敵なものをやろうとしてるから、建築家はいい空間をつくれると、そういうことはあるんでしょうね。


■建築遺跡あれこれ

佐藤
:おれが設計頼まれたときに「物入れ一杯つくってね」と奥様から設計依頼されて、完成したら一箇所も物入れつくってない。奥さんがあきれて「物入れどうしたの」と聞くから家全体が物入れなんですと、応えたことがあります。
岡田:大笑いしている
佐藤:奥さんと旦那はあきれて小学校で使わなくなって書棚などもらってきて小物入れに転用してました。

岡田:建築家的、方便だ! がははは大笑い
佐藤:家がすべて物入れですからどこに置いてもいいですよと。で小物入れは作らないで済ます。おりおり機能を発明すれば元の建築を生かして使える。物、その力が建築自身の面白いところで、目的を与えられ、それに応じたような建築物を造ると、依頼者の追求に従って作っていったら、その瞬間の暮らしにしか適応できない、時を越えない、詰まらない。そういう建築になってしまうのでは。
岡田:そうなんですけど、安藤忠雄さんの住吉の長屋、やっぱすばらしいわけじゃないですか。何も物が置かれていなくっても、写真が成立するんだよ。写真が成り立つ建築なんで、なかなかないですよね。逆に言うと生活に必要なものを全部取り払ってまだ成立する建築、住宅というか写真として成立する建築。撮った絵がね。それは凄いっていうことだとは思いますけどね。

佐藤:写真とったら成立している建築、それは考えてないですね。
家成:僕も考えてないですね。
岡田:それでも100年後もほしい空間。
佐藤:100年後・・今を見たら?それは遺跡じゃないですか。
岡田:そうそう、何かずっと居たいとか。
佐藤:最初から死んでしまった空間だからずっと居たい?ということになるのでは
岡田:そう、死ぬ前提だから。

家成:例えば病院とか、学校とか、廊下があって部屋が接続しているじゃないですか、ああいう空間の形式ってめちゃ使いそうなイメージ湧くんです。
森:そうですね、たしかに。
家成:だからシンプルなプランというか。
:組み替えやすいというか。
岡田:そうですか・・・。
家成:いろいろ中身を入れ替えて、ここは工房にして、ここは寝泊まりできるなとか、建築家はプランニングでいじり過ぎると、急に使えなく見えてくる。あれを何とか避けたいといつも思っていて、家が四角くなっていく (笑
 会場 大笑いがやがや
家成:何にでも使えるようには一応しておきたいので。
佐藤:最近は近代建築が歪んで、歪んでバロック、有機形態してるけど、四角いプランの方が使いやすいからね。
家成:で、結構そういうことになってしまう。
岡田:それか、根拠の無い形だけにするとか。
 ワイワイがやがやわいわい
佐藤:丸い建築の部位も造ったけど、四角と同様、そうする根拠が分からない。で、丸の大きさ、寸法にどうするのがいいのか?根拠。
岡田:根拠、無いですよね。
佐藤:俺は日本人だから相撲の土俵寸法を使って造ってました。
岡田:大笑い
佐藤:4.55mほど、丸の寸法で固定してしまう、貴乃花の白鳳が残った、残ったと押し合っていた、あの寸法はあんがい使いやすい。発注者はNHKの相撲見てるので、あの土俵と同じですからと説明すると理解されやすい。土俵のなかに丸テーブルを置くと座る人が皆平等に座るように見える、丸型平面いいよ。

家成:あー確かに。
森:うんうん。
家成:奥がないですものね。
佐藤:正面もない。椅子で囲んだとき席に序列が発生しないですよ、四角い部屋だと序列ができる。
家成;できますね。

佐藤:食堂に丸プランは使い推しです。大きさは直径4.55m、一回り小さくでも小人数なら。
家成:なるほど
佐藤:白鳳が押してますよと。

家成:大笑いしている


外壁のない風呂

森:このテーブルはいつ買った、造ったんですか?
家成:これは村野とう吾の都ホテルから、安く買い取った。
岡田:どこにあったの?
家成:都ホテルの会議室かな。
岡田:いいよね。
森:いいす。
佐藤:扉から入らないから分けたのかな?
家成:最初から分割です。

佐藤
:話もどって廊下がついてる四角い空間は使いやすい、古くなると目的合理から解き放されてよくなるとのはなぜか問題。
家成:新建材の問題は僕が建てたやつに30年後に出会って、どう感じるんやろうな?というのはありますね。
岡田必ずよくなるんですよ!(笑)
佐藤:最初から完成させないという建築の造り方、そういう抜き方はある。
家成:それはあります。
佐藤:完成したように見えないというか、難しい手法だけど。現場会議に出ないで、好き勝手造られてしまう・・・とか・・(笑)コントロールしない。
森:なるほど
佐藤:難しいかな、設計しても下手な業者を選んで造れないから、違う形に至って出現する、そういう造り方もあるよ。俺の家にスーパーゼネコン営業マンが何人か来て、施工が悪いとか、ペンキ塗れとか、何度か説教されました(笑)まじめなスーパーゼネコンマンけど、管理して綺麗に造るの、やりたくないですと、そう返すとあきれられました。管理はやりたくないので、鉄筋をたくさんいれて、壁厚も被り厚も増しで設計して、現場任せでどうなるか?我が家はそうしました。あんがい汚い、人体実験場とも言われた(笑)説教もされた。
家成:大笑いしている
佐藤:スーパーゼネコンの営業マンのおっさんたちに。
岡田大笑いしている
佐藤:日本をリードしているスーパーゼネコンの営業マンは数社も来て、壁にペンキ塗れ!打ち放しはこうだとか、技術指導をいろいろ語って帰っていく。聞いてて面白かったです。仕上がったように見えないのがいいんだ・・・と、説明しても理解されなかった。
仕上がっていないように見えないと嫌がる風土がゼネコンの実態。ゼネコンに10年勤めて俺の家を造ったんで仕上がってなくってもいいでしょうと。もらっても要らないとか・・・我が家も40年経ちますけどほとんど変わらないけど木材は腐ってます、他は変わらない。

岡田先生が提案した「時間が経つと必ず良くなる建築は問題」その応えにはなってないけど、仕上げない、高度な精度を求めない・・・などかな?
家成僕も思いますね


外壁の無い建築 あれこれ

佐藤:風呂の外壁無い「仮の家」建築のように最初から壁が無い建築って、それも、いいかも。建築の要素が初めから無い。「千万家」は外壁の一部を造らなかったけど、風呂とかトイレは外壁付けた(笑)。「仮の家」は基礎もないし、風呂の外壁ないし家成さん住宅は革命起こしたな・・・と思いました(笑)

家成:発注者がアートプロデューサーで64,5歳ぐらい。奥さんは若い。僕は最初、家の中にお風呂計画していたんです。そしたら、後藤さんが「部屋狭い、風呂外だそうよ!」と。
佐藤:発注者が建築革命家だったのね、あの風呂は建築法上は建築面積に加算されないですよね、屋根無いし。
家成:屋根あるんです!だから面積に入っているんです。
佐藤:庇に見えるけど、そうか、弱い革命かな。外壁無い家に暮らしてるmy発注者がいろいろ報告してくれるんだけど、野鳥がたくさん来て冬ごもりする野鳥家だとか、雉が硝子に激突して死んで雉鍋して喰った・・・とか。犬猫は当たり前に来るし、冬は雪がすこし舞い込むかな・・など面白がってます
岡田:今でもですか?
佐藤:もうじき25年経ちますね、大きな亀も歩いてたとか、野鳥は屋根があってネッでト囲っているから安全で暖かいかな?で鳥が冬過ごしすいんだろと。季節と年によって住み込む野鳥は種が異なると言ってます。
岡田:小鳥は硝子にはぶつからないと。
佐藤:硝子は片方だけ入っているから硝子の無い方から雉は外だと思い込んで入って硝子にぶつかると雉鍋!
岡田:ない方から入ってくるだ!
佐藤:衝撃で割れるので硝子代が痛いと話してました。4oなんだけど、ど真ん中に当たると割れるんだね。
岡田:いい人ですね。
佐藤:泥棒は異形すぎて入れないんだ。泥棒は平凡な家の便所とかいつも鍵があいてるところから入るのかもしれない。平面理解できるから入り易い。
「仮の家」の風呂に入ってみたいね。風呂は入ってても、家の外の人は見る勇気はないし、見ないだろうけど。
家成:ほんま裏も山やし、誰も来ない。
佐藤:それがいい、石の上に載っている家。従来の建築じゃない。中に鉄筋入っていてる?

家成:入ってないです、鉛板を貼って載せている。摩擦と重みで持っている。

森:仮の家2」みたいなのありますよね。
家成:それは後藤さんから紹介していただいた、設計が始まるか・・・始まらないかぐらいです基本計画です。次は風呂は中かもしれない。


佐藤:外壁があることで建築は他者を排除する、それをぶち抜きたいと思って、外壁を造らない、外壁を蒸発させて完成したと言い張るのが俺。俺の提案を拒否する人もいるでしょうし、建築として使えない人もいるでしょう。外壁をつくって他者を排除する家は疑問だ!と言いふらす(笑)

家成:妄想しているのは硝子の無い家を造りたいなと思っている
佐藤:光が入ってこないということ?
家成:光は入ってくるんですけど。
佐藤:外が見えないということ?
家成:見えるんですけど、開けたら見えるというか、板戸と障子。

佐藤:平安期の柱だけ建築に板戸と障子を付けた感じですか?そうすると誰でもどこからでも自由に出入りできるよね。風も通るし、鼠も犬も虫も蝶も舞い込むと。

 福島県 喜多方市に現存する長床

会場なるほど
家成:それを一回造りたい、軒深くしてレーアーだけでなんとかやってのけたいんです。
佐藤:出来そうだね、造りたい気持ちは分かる。それで都市に住むとなると、どうかな?平安の都だったらできたけど、人が多くなりすぎた現代都市では無理かな。
岡田:沖縄辺りだったらどう?
家成:沖縄だったらいけるかもしれないですね、平屋で。
岡田:沖縄だったら軒深くして障子だけで行けそうですね

 わいわいがやがや

岡田:広い家で障子を5レーヤぐらいにして

 会場ワイワイガヤガヤ

岡田:断熱はそこですまして。
家成:家の中で住む場所変えて奥にいったら暗くて寝れる。

佐藤:では、ここで一応話は切り替えて
 会場大笑いわいわがやがや

佐藤:家成さんのアート支援歴と建築の話は〆。で、次に今日最初に体験した「千鳥文化」の話をまとめておきたいと思います・・その前にここで休憩しましょう。

 一時休憩して がやがやがやがや

3:30:05

















あおみづくも飛び交うそうです
絵:ネットより


雉鍋ごっあん!

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