HOME     文責・作成・佐藤敏宏         佐藤敏宏の京都ことば悦覧録 2017年1月27日から2月2日
ことば悦覧録

    
 
 満田衛資さんに聞く 2017年1月30日 京都市内にて
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 その3 

満田理想はね、本人が構造をやる力を持つのが一番、だと思います。だって自分の考えていることを実現していくわけですから

だけど、自分だけでやるよりも、この人に頼んだ方がいいもんが出来るっていうふうに、思うか思わないかなので。頼まなきゃいけない話でもないし。

 だから、鉄骨とかRCだったら頼むけど、木造だったらっていうのも、そもそも僕はおかしい話だと思っているので。線引き自体が本質的ではないと思うんですよ。

で、木造4号だとルールが優しかったということもあって、木造の昔はできるんだというところから出発しつつ、あとは仕口とかの話を、大工さんの経験、現場で色々会話しながら、知っていくっていうスタイルだったと思うんですよ。

法体系も実は関連してたんだと思うんです。大学でもほとんど教えてなかったわけですから。

二級建築士で出来る世界っていうのと、一級建築士じゃないと出来ない世界が分かれてるもの多分にそういうところがあって。

 大学の方で木造をそこまで、しっかり教えてない。木造を知らずとも一級建築士の試験は受けれるみたいな世界観を、国策としてずーっとやって来たわけじゃないですか。

で、いざ蓋開けてみたら一級建築士でも若い間に木造住宅ばっかりみたいな、ふふふ、そんなに木造住宅のこととか教えてもらってなかったなーみたいな人もたくさんいるわけです。

で、社会システムとして構造設計事務所というものが存在していて。構造設計事務所が木造住宅なんかも積極的にやるようになるのって、2000年以降じゃないですかね。
佐藤:木造建築に構造家が入るのは見聞きしてなかったので。一体どういう関係でそうなったんでしょうかね

満田阪神淡路大震災が一番大きかったと思うんですけど。

2001年に大きな法改正があって。今まで壁量だけ言っていたのが偏心に対する検討方法が付加されたりとか。色んなルールが上乗せで厳しくなっていっているんです。

それに対して単に面倒くささが増えて専門家に頼もうか」みたいな話とセットだと思うので。

分からん限りは頼みましょうと ふふふふ。それはビジネストークじゃなくって、それはあるべき姿としてそうかなーと思う。

佐藤:熊本の地震で新しい基準でも何軒か崩壊していて、一階に柱壁無の大広間を設けて2階が個室で壁が多い「壁量は満たされているんだけど上下の壁のバランスが悪くて崩壊したんだ」と公共放送の特集で放映されていました。

満田:そのことを最近直下率って言っているんですけど。あんなのも僕らが上に壁載せてるのも下に壁が無くって梁だけで、おかだちで壁なんかカウントするなって。そういう方針でやっているんですけど。

どうしてもたまに出来ないときあります。そうするとそこには力が掛かるんだから、 特別でかい梁にしておくとか。そういうことを当然のようにやっているんですけど。

そうでないようなやりかたしてる人が あんがい居るんだなーと。

だからそれに対して、法でしばるとき、壁のことを直下率って言っているだなーっていう 直下率って聞いたとき最初 はーって

佐藤:壁の直下比率だと腑に落ちるかもですが。木造の現場を観るとツーバイと在来工法が融合したような作り方になってますね。日本の木造だと掘っ建て柱に屋根を積み重ねて下屋を掛けてという形なんだけど。

剛床にして2階を自由に壁を配するようなのみますね。外壁だけじゃなくって内部の壁ぐらいは通せよと思いますが

満田:町のやつ見ているとびっくりするような物がたくさんあります。審査する人も、どこまで審査で来ているのか、逆に4号だから構造図出してないから。
佐藤:そうですよね。図面なくっても出来上がる状態があるようです

満田ちょっとその辺はね うん。
佐藤:実はだれも構造的な専門知識でチェックしてなくって完成する可能性もあるんだと。
満田:なので、4号建築 ちゃんと金物の計算書とか出しなさいと。うちなんかに来ている仕事だと結局それださなきゃいけない、申請図出すか出さないかは関係なく、意匠事務所に全部出してるんで。なので、それは構造設計しているから出しているんですけど。

けどプレカット屋さんと話してると、図面来たのに対して自分たちで入力してふふふふ やっているみたいな。話をよく聞くんで。うん。

佐藤:若い独立系の建築家の人たちは、最初から大きな建築は依頼されないだろうから、小さな木造建築から始める人が多いと思うので、そのあたりは建築家になろうとしている初々しい建築家と構造家のどういう関係がよいのか聞いてみたのです。自分で構造もできるのがよいと

満田:まずそれは理想で、そこからまず説明しておかないと、僕としても話がおかしく、仕事欲しくってあいつはあんなこと言っているんだ言われかねないので。解らんことは聞きましょうというのが。分業化ってそういうことのはずなので

佐藤:若い建築家自身は自分がどういう構造家と合うのか、構造家を探すのが難しいそうですね
満田そうですね どこでどういう切っ掛けがあるか。僕もいきなり飛び込みでメール来て「はいわかりました」と言うわけにもいかないんで。

それはビジネスパートナー、仕事を共にやっていくんで。依頼してくる人の常識と僕の常識がどれくらい合致しているか、乖離しているかっていうのを。分からないですよね、どういう紹介で来ているかとか

佐藤:佐藤総合計画の例のように小さな仕事をして、目指す方向が一緒だからと好循環になっていくのはいいですね。

満田:一回電話とファックスだけでやっていた人がいた。その時はもめて途中で降りましたから。



佐藤:意匠建築家と構造建築家が出会う場所はあるんでしょうか、あるようで無いですよね
満田建築のイベントとかですかね。講演会とか。
佐藤:満田さんのように無名の若い建築家の講演会も含め積極的に参加している構造家って少なそうですね。満田さんは特別、積極的に参加される構造家で歓迎すべき人 少ないと思いんんですが、そうでもないですか。

満田:そう、僕がそういうの好きだからっていうのもあるかも知れない、最終的に(意匠構造わけずに)建築の話だと思っているんで。

今流行りの建築家は何を考えてんのか?っていうふふふふ 凄い興味ありますから

で一緒に講演聞いたら呑み会もセットじゃないですか。「あれどう思う」みたいな話すると、「そういうふうに思う」自分の思い方と相手の思い方は、違ったり同じだったりするんで。感覚的な方向性が分かるじゃないですか。

佐藤:そうしますとどこか組織事務所なり大きな建設会社に入って徹底的に鍛えられて30歳ぐらいで独立する人は色々現実の仕事を経て、その中でトレーニングされているだろうけども、そうじゃない人は構造家の話を聞く場所を自ら作って開いていく、方法ではありますね。

満田そうですね。で、たまたま僕がラッキーだったのは関西に来て
1年目の時に佐藤さんにも出てもらいましたがアーキフォーラム。(サイト)あれが丁度構造家シリーズをやっていた時(2005年度)があったんですよ。それの最終回で僕が呼ばれて。その時にしゃべっている人も結局東京の方だったり、同門の小西泰考さん佐藤淳さんだったり。

 建築雑誌を賑わしている、住宅とかでもちゃんと構造観てる若手。結局 同じ系列ですね。僕は独立したてだから、そこまで沢山作品がある状態ではなかったんですけど


満田:それなりに、関心があって構造家を呼んでやってらっしたので。あの時しゃべりに行ったことで、学芸出版で本にもしてもらったので。そういう処から発信力というか。

あれ見た、よかったんだけど頼みたいみたいな話もありましたし。 あれは、かれこれ10年近く前の話なので。だいぶいつまでもそれだけだと思われても困るところはあるんですけど。更新していかなきゃいけないんですけど。

ちょくちょくインタビューとかに載せたもらったりしているんで。それは非常にありがたくって。そういうのは極力受けるようにしようと思っているんです

佐藤:インタビュー受けたり、講演ばかりやってても
満田:学生相手に・・彼らはまた職業人になっていくわけですから。「あの時、聞きました」とか。「非常勤で前に教えてもらいました」とか。たまに会うので。

佐藤:メディア露出が多くなったり著名になっていくと何となく敷居が高くなっていくかのようになり、メディアで偏ったイメージ作られちゃうともったいないですよね、気楽に相談しに来てくれるといいですが。会ったこともなく、ファックスとメールで依頼するってのも問題ですが・・・
満田それは降りているんで

佐藤:会って酒ぐらい飲み交わしてから依頼するほうがいいとは思うんですけど
満田:僕はそういうことはしないと思っていたんだけど。困ってる感じだったので。受けたんですけど。それは失敗だったと。

佐藤:大切な失敗談だと思うんですね。アーキフォーラムのような建築家と構造家が出会う場を作って講演後は宴会になる、宴会の場で濃い情報が交換される。そういう場をこまめに作り続けるっていくしかないんですよね
満田そうなんですよ。アーキフォーラムもお休み期間に入ってから。(2011年から)ずーっと止まっているんで。じゃ自分たちで名前借りてやるっていうのが許されるのかどうか分からないなんで。

佐藤:アーキフォーラムたぶん最初は大島哲蔵さんと宮島照久君が始めたのかなー、だいぶ前(1997年)に始まっているんで覚えてないんですけど
満田柳々堂さんがバックアップしてくれてやっていた講演会なので。回っていたんですけど。コーディネーター、次だれで行こうみいたな話をしながら回って行っていたので。

独立して立ち上げてもいいんですけどね、なかなか。何の下に集まるかっていうことが結構大事でふふふふふ

佐藤:大事だよね ふふふふ
満田:アーキフォーラムってそこは凄かったかなーという


佐藤:初期(1998年)に1度呼ばれて2010年に、再度 呼ばれたので長く続いていたが今は休眠中と。
満田:同じ趣旨で何かやるにしてもアーキフォーラムでってなると全然集まり方が違うかなーと 

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