権力 vs 調査報道     高田昌幸著    HOME 

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 著者 高田昌幸 小黒純

 
 

 写真 高田昌幸さん
 


   まえがき 
 
 今から10数年もまえの1990年代後半の出来事である。
  

 北海道新聞の記者だった私(高田)は、札幌市内の建物の一室で同僚記者とともに「」を待っていた。彼は著名な政治家であり、当時の北海道民ならだれもが顔と名前を知っていた。天井がやけに高い部屋に控え、もう一度、これまでの取材内容を同僚と確認した記憶がある。 「」の銀行口座には、東京のコンピューターソフト会社から100万円が振り込まれていた。その証拠物は私の手中にある。ソフト会社は、「」が関係する官庁と取引関係があった。関連取材もほぼ終えていた。金の趣旨は判明していなかったが、口座に100万円が入った事実は揺るがない。私たちはそう判断していた。
 
 一連の取材は約3ヵ月に及んでいた。関係する人物を丹念に探して歩き書類を集め証言を集め、整理し、やがては「100万円」の物証も入手した。この日の取材は、金の趣旨、つまりどういう理由で100万円が振り込まれたのかを聞くためだった。
 
 やがて、秘書をともなった「」が入ってきた。見慣れた顔だが、間近で相対するのは初めてである。そして「10分しかないんだ。いったい、何だ.. 」という彼にたいして、取材は始まった。当時の取材メモをもとに再現すると、それはおおむね、こんなやり取りだった。

 「じつはあなたの持つ銀行口座に100万円が振り込まれています。東京のコンピューターソフト会社です。その事実を確認したいんですが」 「どういうことだ.. きみたちは他人の通帳を見ることができるのか

 「あなたの口座に100万円が入った。その事実をまず確認したい」

 「きみたちは、おれの通帳を見たのか」 「通帳は見ていません」 「通帳を見てないのに、100万円が入っているというのか」 「通帳は見ていませんが、ある方法で確認しました。100.. 、まちがいありません

 「個人の入出金記録は銀行しかわからないからな。きみたちは銀行員をそそのかして、守秘義務違反をやらせたんだろう..

 「100万円は確認しました。きょうはその金の趣旨を聞きにきました

 「情報源を言いなさい。きみらは法律違反をやっている可能性がある。情報源言わないかぎり、答えない。法律違反の取材に答える義務はない

 「法律違反はしていません」 「ならば、情報源を堂々と答えなさい
 
 そんなやり取りは、ほぼ正確に10分間つづいたはずである。堂々めぐりの問答は何も進展せず、「情報源を言わないかぎり、何も答えない」という政治家のガードを崩すことはできなかった。そして結局、そのほかの取材がうまく進展しなかったこともあって、「」の100万円に関する記事は、一行も書くことができなかった。
 
 三ヵ月に及んだ取材は、あっけなく終わってしまったのである。
      
 
 調査報道とは何か
 
 権力監視型の調査報道とは何か
 
 これらの問いに答えることは非常に難しいが、取材者の立場からすれば、調査報道とはまさに、前述のような、取材の積み重ねによってなりたっている。それぞれの取材は地味で、地道で、派手なところなどほとんどない。回り道や無駄骨の連続である。しかも、「政治生命」や「役人生命」を賭けた相手の対応は堅牢そのものであり、その隙を突くのは並大抵ではない。


 「」にたいする100万円の贈与疑惑は、私の力不足で記事にすることができなかったが、日本では、強固な「権力の壁」を打ち破り、権力者の不正を白日のもとにさらけ出した調査報道も数多い。そうした取材者たちは、どのようにして取材を重ね、どうやって壁を突破してきたのだろうか。
 
 本書の編著者はそれを知りたいと思った
   
 本書は権力監視型調査報道の取材プロセスを明らかにし、共通項や問題点を探り出すことがねらいである。

 「リクルート報道」「日米地位協定関連文書をめぐる報道」「高知県庁の闇融資問題の報道」「大阪地検特捜部検事による証拠改ざん報道」の四つを対象とし、その報道の中心にいた4氏にインタビューを重ねた。これらは著名な調査報道ばかりである。
 
 インタビューで語られるのは、当該の調査報道にかかわる取材の深層や真相ばかりではない。駆け出し時代の経験に始まりメディアの将来についてまで、4氏の話はじつに幅広い。そして、4氏のインタビューの中にこそ、「調査報道とは何か」「権力監視型の調査報道とは何か」の回答が示されていることに気づくはずだ。
 

 
編著者たちの質問にたいし、4氏は驚くほど率直に、取材の内側を説明してくれている。新聞記者やそれを志す学生たちだけでなく、おそらく、一般の読者諸氏も、四氏の執念や取材の凄まじさに圧倒されるだろう。同時に、その姿勢に深い共感を覚えるにちがいない。
 
 その意味では本書は、読者と記者をつなぐ架け橋でもある。
 
 まずは、ときの自民党政権を崩壊に追い込んだ「リクルート報道」の内側をのぞいてもらいたい。
  
  2011年初秋
 
    高田昌幸 
 
    小黒純