『権力 vs 調査報道』 高田昌幸著 HOME 『権力』まえがき 『@Fukushima』まえがき・あとがき 『日本の現場』はじめに 『希望』まえがき・あとがき 『日本の現場2012』 |
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ネットを使って本を買う 著者 高田昌幸 小黒純 写真 高田昌幸さん |
まえがき 今から10数年もまえの1990年代後半の出来事である。 北海道新聞の記者だった私(高田)は、札幌市内の建物の一室で同僚記者とともに「彼」を待っていた。彼は著名な政治家であり、当時の北海道民ならだれもが顔と名前を知っていた。天井がやけに高い部屋に控え、もう一度、これまでの取材内容を同僚と確認した記憶がある。 「彼」の銀行口座には、東京のコンピューターソフト会社から100万円が振り込まれていた。その証拠物は私の手中にある。ソフト会社は、「彼」が関係する官庁と取引関係があった。関連取材もほぼ終えていた。金の趣旨は判明していなかったが、口座に100万円が入った事実は揺るがない。私たちはそう判断していた。 一連の取材は約3ヵ月に及んでいた。関係する人物を丹念に探して歩き、書類を集め、証言を集め、整理し、やがては「100万円」の物証も入手した。この日の取材は、金の趣旨、つまりどういう理由で100万円が振り込まれたのかを聞くためだった。 やがて、秘書をともなった「彼」が入ってきた。見慣れた顔だが、間近で相対するのは初めてである。そして「10分しかないんだ。いったい、何だ.. 」という彼にたいして、取材は始まった。当時の取材メモをもとに再現すると、それはおおむね、こんなやり取りだった。 「じつはあなたの持つ銀行口座に100万円が振り込まれています。東京のコンピューターソフト会社です。その事実を確認したいんですが」 「どういうことだ.. きみたちは他人の通帳を見ることができるのか」 「あなたの口座に100万円が入った。その事実をまず確認したい」 「きみたちは、おれの通帳を見たのか」 「通帳は見ていません」 「通帳を見てないのに、100万円が入っているというのか」 「通帳は見ていませんが、ある方法で確認しました。100.. 、まちがいありません」 「個人の入出金記録は銀行しかわからないからな。きみたちは銀行員をそそのかして、守秘義務違反をやらせたんだろう.. 」 「100万円は確認しました。きょうはその金の趣旨を聞きにきました」 「情報源を言いなさい。きみらは法律違反をやっている可能性がある。情報源言わないかぎり、答えない。法律違反の取材に答える義務はない」 「法律違反はしていません」 「ならば、情報源を堂々と答えなさい」 そんなやり取りは、ほぼ正確に10分間つづいたはずである。堂々めぐりの問答は何も進展せず、「情報源を言わないかぎり、何も答えない」という政治家のガードを崩すことはできなかった。そして結局、そのほかの取材がうまく進展しなかったこともあって、「彼」の100万円に関する記事は、一行も書くことができなかった。 三ヵ月に及んだ取材は、あっけなく終わってしまったのである。 調査報道とは何か。 権力監視型の調査報道とは何か。 これらの問いに答えることは非常に難しいが、取材者の立場からすれば、調査報道とはまさに、前述のような、取材の積み重ねによってなりたっている。それぞれの取材は地味で、地道で、派手なところなどほとんどない。回り道や無駄骨の連続である。しかも、「政治生命」や「役人生命」を賭けた相手の対応は堅牢そのものであり、その隙を突くのは並大抵ではない。 「彼」にたいする100万円の贈与疑惑は、私の力不足で記事にすることができなかったが、日本では、強固な「権力の壁」を打ち破り、権力者の不正を白日のもとにさらけ出した調査報道も数多い。そうした取材者たちは、どのようにして取材を重ね、どうやって壁を突破してきたのだろうか。 本書の編著者はそれを知りたいと思った。 本書は権力監視型調査報道の取材プロセスを明らかにし、共通項や問題点を探り出すことがねらいである。 「リクルート報道」「日米地位協定関連文書をめぐる報道」「高知県庁の闇融資問題の報道」「大阪地検特捜部検事による証拠改ざん報道」の四つを対象とし、その報道の中心にいた4氏にインタビューを重ねた。これらは著名な調査報道ばかりである。 インタビューで語られるのは、当該の調査報道にかかわる取材の深層や真相ばかりではない。駆け出し時代の経験に始まりメディアの将来についてまで、4氏の話はじつに幅広い。そして、4氏のインタビューの中にこそ、「調査報道とは何か」「権力監視型の調査報道とは何か」の回答が示されていることに気づくはずだ。 編著者たちの質問にたいし、4氏は驚くほど率直に、取材の内側を説明してくれている。新聞記者やそれを志す学生たちだけでなく、おそらく、一般の読者諸氏も、四氏の執念や取材の凄まじさに圧倒されるだろう。同時に、その姿勢に深い共感を覚えるにちがいない。 その意味では本書は、読者と記者をつなぐ架け橋でもある。 まずは、ときの自民党政権を崩壊に追い込んだ「リクルート報道」の内側をのぞいてもらいたい。 2011年初秋 高田昌幸 小黒純 |