1995年 1996年 1997年 1998年 2000年 大島哲蔵さんと佐藤敏宏の私信交換 home 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 ●2000年9月27日 1:16 文化10号つきました 大島哲蔵様 文化10月号が届いたので読みました。写真がほとんどカラーだったの意外でした。 住んでから撮り直したのでしたがやはり雑然として解りにくく成るようなので使いませんでしたね。扉の写真は雑草が美しいです建築が押され気味でいいですね。 建築と美術の文章を拝読いたしました。建築の芸術的退行で全て言い表されていましたが、トレーシィ・マファットやロニ・ホーンのことは知りませんでした。 彼女の空間原理と言うのに大島さんの文章の力で興味がわいて沸いてしまいました。いずれ作品集など手に入れたいものです。 来月号の文書も楽しみにしています。 ●2000年9月27日13:11 佐藤敏宏様 千万家はうまく写ってました。きっとフレキシブルな建築だからでしょう。私の周りの人にも見せましたが、なかなか評判がいいようです。施主や工事屋さん、役所とのかけひきも面白いようです。それが、佐藤さんがつくり出したスタイルなのでしょうね。 小生の文は、おっしゃるようにタイトルがすべて要約していますね。やはり、すぐ見抜かれてしまいますね。前の対談の内容とも共通点が多くあり、みな薄々、どん詰まりに来ていることを意識しているのでしょう。私としては松浦某やニブイなにがしより良かったので、まずまずです。 メイル送ってきましたか?面白い話が来ると良いですね。また聞かせて下さい。大島哲蔵 ●2000年9月29日 14:51 大島哲蔵様 返事ありがとうございました。昨夜は冷え込み秋深しです。 ニッタさんから留守電があり、電話してみましたが、大分ん ぼやきが入っていて彼にしては珍しいことです。それというのも、新作が文化に断られ、新建築も反応が良くないらしいのです。時代に取り残されたとようやく認識してきたようで、大分こたえていました。 私なんかうまいことすり抜けたね、なんて少々嫌みもいっていました。変化が加速度に進み、その変化が明瞭に成っていますから、さすがの新田さんも揺らいでいました。仕事がないからかもしれませんがね。 仕事があれば元気になるのでしょうが。呑気だから。 その他には反応が有りません。皆自分のことに追われて忙しくゆとりがないんでしょうからね。大島さんの論文と対談の内容は重なる部分が多かったですが、ご指摘のフェミニズムやポストコロニアルの話が対談ではでてないで、終始目の前の形態の認識方法の話で空間原理の組み込みの差異の話は有りませんでしたから、彼らは大島さんより建築を捨て切れていないと言うことにナルのでしょうね。 固有の空間認識方法を獲得することが肝要なんですが、これは若い人や変なヤツが獲得出来る離れ技のように思えて仕舞いますが、注目していないとぼやくことになりそうですね。 平面に形式を重ねる手法を置いといて新たな手法を身に付けたほうがようさうです。またメールします。 2000年10月へ |