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福島第一原子力発電所の事故によって起きている様々な問題を勉強し始めました 勉強過程の記録をつくってみますご活用ください |
放射能影響予測システムSPEEDIとは? 01 02 03 04 05 06 |
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05 だけどこれは、原子力安全技術センターがやったんじゃなくって。文科省が原子力研究所に頼んで、原子力研究所が 応えてきたそういう結果だから。それをどう考えるかは、非常時の土壇場の時にどういうふうに対応するかっていうのは問題です。 とにかく「技術的には、そういうことは可能なんだ」っていうことを示す。色々な やってきましたけれども。 私は思うのは、3月15日の朝6時頃の2号機と4号機の爆発のあと15日の夜は慌てて、急いで避難をやめて窓を閉め切って屋内に待避しておくと。16日の午後になってから、放射能の被曝を少し減らすことが出来たじゃないかなー」というふうに思います。 とくに3月15日の夜国道114号線富岡街道を使って福島方向に二本松方面に避難した人たちは、一番タイミングの悪いときに行動したことになる。どうしてもその日の内に動きたいということであれば一端浜通りを北上して国道115号線を使った方が、少しはよかったという思いが一つはそういうこと。 それからもう一つは先ほどの原子力安全委員会の・・ 外部被曝の線量として北西の方向が非常に高いのが分かっていた訳だから、3月15日に20キロ30キロの 屋内退避とか。 3月25日の自主避難とか、ということを言っているだけではなくって、もっと早く浪江町の 葛尾村とかも。4月22日に計画的避難区域として、飯舘村と含めて避難になったんですけれども。それよりもっと、実際の行動は5月1日ですから、もっと早く飯舘村などは強制避難したほうが好かったじゃないかというふうに思います。 この2点、私から見て問題があったんじゃないかなーと思っています。 何回も言いましたけれども、文科省の役割というか、決められたこととしては「放出源情報が無いときには避難支援情報としては出さない」というガイドラインは無かったんですよね。そこが問題だと思うんですけれども。 私としては緊急時にSPEEDIが機能するというのはどういうふうに、事かと考えれば、最初には避難住民に、あるいは地域住民が放射性物質からの外部内部被曝を免れる あるいは可能な限り最小にとどめるための避難情報として情報提供するっていうふうに私としては考えたい。 どうしても不幸にしてまみれてしまった場合には健康影響はどの位かというのを評価すると。ヨウ素の影響というのは、8日で半減期だから1ヶ月か2ヶ月経つと痕跡なくなっちゃうんですね。だから最初に飛んで来て、放射性ヨウ素にまみれて、放射性ヨウ素吸い込んで甲状腺癌とかなんとか言っても、そのあとしばらく経ってからは痕跡残ってないですから。調べようが無いわけです。 特別の工夫しない限りは最初にどの位ヨウ素がどのらい飛んで来て、どれだけ、それを吸い込んだか、というのをモデルで計算して可能性を探る以外には、ヨウ素についてはなかなか難しい部分がある。今の汚染状況はセシウムは測れますけども、ヨウ素は消えて無くなってますから、一番最初に事故当時どれだけ吸い込んだかというのはなかなか推定するのは難しいことになる。 でSPEEDIが機能するとはどういうことか?、私はそう考えるんですが、原子力安全委員会の環境放射線モニタリング指針というガイドラインがあって。そのガイドラインにはどいうふうに決められてたかと言うと放出源情報が得られない場合はには緊急時モニタリング計画を策定するために、SPEEDIを使うと。ということになっていて。 原発からどれだけの量が出たか?というのが分かったら、計算による得られた予測図形を配信して配信された予測図形は避難、屋内避難等の防護対策の検討に用いるということで、こういうふうに決められていたんですが。1:05:015 言ってみれば文科省の金科玉条というか。文部科学省は今回の事故に対して対策は我々は決められたいいたことは全部やりました。という最終報告書でそういうふうになっている。 だから裁判なんかでも文部科学省を訴えても、ガイドライン決められたことでは放出源情報が得られない場合には避難情報、屋内待避とか防護対策の検討に用いると決められてなかった訳で。 なかなか裁判的に文科省を負かすことは難しいかも知れない。 ということで、私の考えではSPEEDIの結果を何で避難誘導に活用できなかったののだろうか?ということ考えてみますと。こういう過酷事故は起こらないっていうことになっていて、チェルノブイリの事故が起こった、ソ連は少し科学技術が平和利用の科学技術が少し遅れていていて、軍事研究は進んでいでいたけども、平和的な科学技術は進んでいなかったのでソ連では起こったと。いうふうに考えた人が多くって、過酷事故は日本では起こらないという、安全神話が蔓延っていたので、結局初めての経験。 過酷事故の際にSPEEDIの計算結果を避難誘導などに使う訓練が国、自治体で成されてなかった。もともとだから、どう考えてもセシウムが30キロよりも遠い所まで飛んで来るとは、誰も想定してなかった。国のガイドライン指針も想定してなくって、セシウムが遠くまで飛ぶだろうとは思ってはいなかった。はっきり書いてある。 セシウムは飛ばないから大丈夫だ。ヨウ素と稀ガスだけだと。揮発性のクリプトンとかキセノンとか、ヨウ素は沸点が低いので気体で飛び出すことがあるから遠くまで飛ぶことがあるかも知れないけれども、セシウムは飛ぶとはあまり書いてなかったんですが。ガイドライン自体に。 そういう所で甘さがあったと思います。ガイドライン自体放出源情報が無いときは避難支援には使わないと。使うとは書いてなかった訳です。 規定はそうだったんだけども、規定はどうであれ、いざと言うときに国家公務員としてはとことん住民の為になぜ動けなかったのか?いう感じがしますが。SPEEDIの結果を緊急時の避難誘導に使っうという強い意志と責任感が欠けていたと言わざるを得ないのではないかと。私は思います。国と県。 で県には先ほど言ったようにスピーディーの情報は幾つかメールで届いていたんですが、受け取った県の職員が自分の計算機が一杯になってしまうのでせっせと消してしまったという、皆さん御存知ですよね。 県の幹部だからSPEEDI情報で、安定ヨウ素剤を服用していただくっていう決断をするとかしないとかことを気にしていればですね、そこのための、情報としてスピーディーの情報を消さなくても済んだじゃないかと思うのですが。 県としても安定ヨウ素剤を適宜に服用するかしないかということを考えていなかったものだから、国の情報待ちでやっていなかった訳だから、SPEEDIの情報がどんなに重要かって理解してなかった、ということもあって、せっかく届いていた情報を消してしまった。 それからオフサイトセンター大熊町に配置されていたんですけど。これはですね、5キロの所に避難支援司令部を原発から5キロの所に配置するという事態がちょっとね、本当に原発が爆発して放射性物質が飛んで来るとしたら。風下5キロだったら自分達が危うくなるのを少し考えれば分かったはずで。さっき言ったように、原発の過酷事故は起こらないと。いうふうに大部分の人が思っていたもんだから。 5キロの所に原発避難の司令部を設置してもなんら不都合を感じないでやっていた。いざというときには頭の上に放射性物質が飛んで来たので。なにより自分達が。避難司令部が一番最初に逃げ出すという、逃げ出さざるを得なかったという、そういうことがあるわけですけれども。 ある人に言わせれば、5キロに所に作っていたということ自体がアリバイ作りというか、茨城県のCO事故というのが起こってから、オフサイトセンターというのを作って、原発の事故後には対策をとりましょうということになったんだけども。対策をとりましょうと言ったそばから5キロの所に作るということ自体ね、何て言うかな。やったと。何か対策をJCOの臨界事故の後 何かをやりましたよということだけであって、本当の意味でセシウムが30キロ飛んで来るよ。 1:10:42 ということを想定してオフサイトセンターを作ったとは言えない。と批判されてもしかたないですね。そういうことですね。 あとは自治的な感想枝野官房長官の原子力災害の放射性物質漏れに対して、数日間SPEEDIの存在自体を知らなかったことになってます。で災害対策本部に届いたSPEEDIの汚染地図を担当官僚は、何回も言ってますが仮定の放出源だから1時間にい1ベクレルとか、そういう仮定だから、本当の放出量じゃないから、ということで総理の処に届けなかったとか。 対策本部から今公表するとパニックになるから、公表しないようにしたと色々ありますけれども。私もそこまでジャーナリスティックに調べたわけじゃないんで。ちょっと思うに文科省の科学技術学術政策局長 内閣府の原子力安全委員か委員長らが もうちょっと責任感を持って頑張れば、もうちょっと何とかなったんじゃないかなーという、気がしますが。 今から振り返ると、住民への情報伝達の責任省庁、文科省。それから経済産業省の原子力安全保安院。それから原子力安全委員会。それから、政府の中央の対策本部。菅本部長。それから現地対策本部オフサイトセンター。最初に逃げ出したわけですね。その5つ。どこが責任をもって住民に情報を伝えるようかというのがどうもはっきりしない。 文科省は直接住民に伝えるようにはなってないですよね。文科省は先ほどのSPEEDIの情報はオフサイトセンターとか、災害対策本部とか、県庁に伝えるということになっている訳で。あとは、知らないという。短期的にはそういうことだった。 長期的な問題点としては、今 原子力規制委員会、あれは色々反省してSPEEDIは結局今後もですね、過酷事故、今回のような水素爆発みたいな時にはどれだけ出たかというのは今後とも分からないだろうと言うことで。測る、測ることをもうちょっと頑張ろうと。モニタリングを充実させようと。 コンピューター計算の方はソースが放出源情報が分からなければしょうがないんじゃないか、そういう観点になっているようです。 だけども、私から言わせれば、放射性物質の緊急時避難には測るのは間に合わない。今回モニタリングポストは津波で壊れちゃって。最初はモニタリングポストの値はなかなかつかめなかった、ということがあったと思いますが。 だから、緊急時の事故の場合には広域の地上(測定)ケースというのは間に合わない、だから今後とも考えられますから、私は飛行機観測というのをちゃんと体制を採っておくのがいいんじゃないかなーと思います。 今回アメリカはやったんですが日本はやろうとしたらしいんですけれども、飛行機をチャーターして、文科省でやろうとしたらしいんですよね。直ぐに。 チャーターして飛行機から計測してやろうとしたら、頼んだと処の飛行機会社がみんな地震被害と津波被害で飛行機出払っていて。原子力の放射線を測るためには出払っていてだめだったということで。津波被害と地震被害からのある程度そちが収まってから、飛行機が空いたらその飛行機を借りて計測をやった。 だから、飛行機も原子力専用の飛行機をちゃんと用意しておいて、文科省なり原子力安全保安院なり。そこから頼んだら直ぐ放射線を測るため専用に飛行機が動くというふうにしないと次もだめということになりますね。 そういう場合にはソースが無くっても、1時間当たり1ベクレルでもいいから、仮定の放出量でいいから、計算をやってそれを解釈して住民に伝えるというそういうことをやるのがいいだろうと思います。 1:15:11 その06へ |
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