種田元晴博士に聞く  2022年8月27日@あび清 作成:佐藤敏宏  HOME 

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教員の現場

佐藤:俺、先生になったことないので分らないです。教師サービス係だと思い込んでいる、モンスターペアレントに育てられた子供たちが大学生になっている、はずなので学生の親から「教育せよ・・」と苦情を言われたりしないんですか?
種田:苦情というのではないけど、なんて言うのかな・・・。
佐藤:子供を大学に入れて金稼ぐ人間にしようとする親がいるんじゃないでしょうか。
種田:「うちの子が学校に行ってないんだけど、来るように言ってください・・」とか。学生には大学に来ない権利があるんじゃないですか?と思うけど。
佐藤:カッカ、しいてる親に向かって言えないね。
種田学校に来るだけが勉強じゃないし、大学にお金払っているのは教育コンテンツに払っているわけじゃないんだから、授業にお金を払っているんじゃないんだから

佐藤
:そう言っても分からない親もいそうだ。日本では20年間吹き荒れた新自由主義の嵐に晒されちゃって、親もゆとりが無くなっているだろうかね。

種田このお金は何に払っているだみたいな、全部プラグマティズムに、実利主義的に・・。
佐藤:コストパフォーマンス主義者は若い人にも見かけるね。子供の卒制をFBに投稿し、俺のコスパ好い感じると・・(笑)微笑ましいんだけど。
種田自由な時間を獲得するということにお金を払う・・・という感覚が無いですから。
佐藤:がんじがらめになって忙しいと悲鳴を上げて生活するのが人の幸いだ、と思っているんでしょうか。不自由のなかでさらに闘争し不自由になる。自由の多い場所から逃走する(笑)
種田:なんで授業ばっかり受けたいと思うんだよ、と。

大学教員をやりたかった

佐藤
:知り合いが、今年二人大学を去りました。50歳でノリノリの時期だと思うのだけど大学を辞しました。
種田:気持ちは分る気がします。

佐藤:「佐藤さんみたいに自由に生きたい」とも言う。「京都大学卒業して瘋癲になんて成れないよ。さらに大手企業に入り修行し教員なった人が瘋癲(ふうてん)に堕ちる道は皆無、無理」。尾崎放哉や種田山頭火のように酒癖わるくって鼻つまみではない。優しさに満ちているから大学を辞めてしまう。でも瘋癲になる道は無い。古巣の大手の企業の面々が支援しちゃうでしょう。元の部下から信頼され、大学の教員になれるんだから尊敬もされていると思うよ。竹内先生は大手企業に勤めて後に先生になったのだから、途中で教員を放り投げ、財産でも食いつぶす覚悟で、自由に生きる道はあるかな、無いですよ。

種田無い!なので、謹んで大学の教員をやらしていただきます。
佐藤:それでいい。いろんな道とそこで生きる人がいる方がいい。
種田大学の教員をやりたかったので、いいんです(笑)今、勤めている学校は凄い人間関係がいいんですよ

佐藤:50年前、新婚生活のスタートは種田先生が勤めている大学の足下でした。下着泥棒も出没するし、ホステスも暮らしていた真夜中賑やかな、木賃アパートで暮らしていたことあるんです。高層ビルではなかったけど、代々木駅と新宿南口どちらへ行っても同じ距離で、文化服装学院と言ってた学校でした。

赤丸
50年前佐藤が暮らした木賃アパートの場所

文化学園大学 絵:webより

学生さんと教育方針

佐藤:冗談はともかく、学生はどんな感じですか、反応いいですか、無言?
種田大学の特徴はコミュニケーション能力が非常に高い。ファッション系なので自己主張ちゃんとするし、周りもきちんと見ているから、気遣いが出来るんです。
学力は足りないところが有るかもしれないけれど、工学部の学生よりよほどプレゼンテーション巧いです。それはありますね。
建築に自発的に知識を求めていくような行動をやってほしいけど、自分から進んで何かを探していくのが得意な人は少ないかも知れません。

佐藤:自発的に建築を見つけちゃったら建築家になれない、喰えなくなるだけだ。サラリーマン技術者のコンベアーに載せる(笑)の?
種田:今、考えているのは、デザイナーよりもマネージャーなどに向いている人を育てる。

佐藤:現在の森純平さんじゃないですか
種田:設計イベントあっても、自分の案を出すよりも、実行委員やる側の方が得意なんですよ。
2022年8月27日
PARADISE AIRをマネージメントする森純平さん(左)ステイしている外国作家(右)


佐藤
:なるほど、ごちゃごちゃした建築業界に向いているね。立原道造は建築家じゃないかの入門編に、その話につながるけど、実作を設計した奴が偉いという主義、と視線が強くあるけど、建築は設計者が造るわけじゃない。実際に造るのは施工業者だし、お金を出すのは発注者だ。で、全体の調整役、マネージメントが大切。
でも。流行りの各種・雑誌が入学したての若い人を惑わすかもしれない。現場に出て行けばすぐ分るので惑わされる学生の行動力が弱いと言えるのかも。誰かが加工・編集し刊行したり、SNS情報漬けだと、惑わされるかも。
種田先生が学生の時分に外へ出て行き大人と交流することで人生の答えを見つけたように、世に出れば雑誌編集がつくる嘘は一瞬にして明らかになるね。
実作を作ってないアンビルド建築家、研究者、透視図屋さん、全て建築家でいいと俺は思う。忙しい編集者の投光の仕方に問題があるだろうけど、売れないだろうし、手が回らないのかも。
種田先生のように立原道造に光を当てることで、そこから建築を紐解いていって、自分の建築を発明する。そんな感じでいいんじゃないか、自分らしい建築をみつければなんでもいいと思うけどね。種田先生に建築実作はないけど、俺は建築家だ!と言い張れるか?または建築家という名称を役立たずにしてしまう人に成れるか。建築家という言葉を使わない世界をつくりだせばいいだけ。マネージメント重視で育てればいいし、そうすることが若い人にも有効ですよね。お金の調整も税金のことも、もちろんこなせる人じゃないと、政治資金を敵味方の両陣営に現ナマをまく建築業界だし、お金も飛び交うし、扱う金額だって高額になる世界を生き抜かないといけない若者たちだ。
種田:そこは考えていて、建築学科を卒業しても建築設計に進まなくってもいいと思っていて。むしろ建築設計を通じて学んだリテラシーをどうやって別の分野で活かすか、という学生を育てたいんです僕は。

佐藤:その方がいいね。建築造る現場は多数の人が関わる仕事だし。日本で最大の工事現場であろう、東京電力福島第一原子力発電所廃炉では毎日6000人が働いているそうです。(参照『すごい廃炉』)

種田:なるべく建築分野以外の可能性を学生に話すようにはしています。その方が別の分野の武器を持って入って行く方が強いじゃないですか。

佐藤:全国共通だと思うけど。福島県内を見渡すと政治家の私設秘書して、顔を売ってから設計事務所始めると成功する率が高いと思います。
俺が稼いだ時代だから40年前、俺は事業計画を銀行に出して経営を立て直しつつ、建築の仕事もしていた、潰れた会社もある。お金を貸す銀行も悪いし、発注者も経営能力も劣っているし、俺の計画も甘かったとも思う。で何が悪いのかいいのかは分らない分野の仕事もしますよ。
建築を造る現場はあらゆる業界の人と関わって成り立つ仕事場。だから、コミュニケーション能力を備えるために学ぶのはこの業界に生きるための肝だと思う。有名大学で建築を学んだから偉いとのぼせるのは禁物だ。建築家は口は動かして冷や汗ながすだろうが、が手足を動かし暑い汗は流してないよ。東南アジアからやってくる研修生という名の建築現場労働者を見下しならがら、下請けの人は動く、で現場に集まって来る様々な労働者を使いこなせるわけなない。
建築業界にある、差別の構造、例えば数次下請けの身分差と格差賃金って酷いもんだからね。そういうドロドロした業界に支えられ、上澄みで輝いているかのような振る舞ができる奴は、世間知らずの馬鹿だと思うよ。雑誌が建築家にスポットライトを放ち背後の問題を見えなくさせる実態で、その方が問題だよ。
建築家って環境破壊したり手を汚してるのを自覚しているので社会に対してコンプレックスがあるから逆に振舞いたくなるんだろうね、おめでたい。現場の人や発注者が馬鹿で俺が偉いと思い込みたい(笑)

種田:映画で言うと、映画監督ですよね。本当はいろいろな技術者がいっぱい関わっているのに、著作権の代表者みたいな立場で、アイディアの発案者としていたいんじゃないですか。 
佐藤:俺様偉い気分、差別意識にすがり生きようとする姿勢はまだまだ消えないよ。映画監督たちもパワハラ、セクハラばらされている(笑)。西欧の建築家の歴史しかないからね、日本ではそれまで差別していた職業だったけど明治に急造した建築家像だ、押しつけてできた名称だし、実態薄いし、まだまだ日本の社会に浸透しないよ。(参照:『日本の聖と賎』)
建築士業界に組合ができないので、事務所を転々としてもキャリアが加算されない、転々してもいつまで経っても新人扱い。アネハ事件をもちだすまでもなく、同業者は仲悪いし、下請け同士で足を引っ張り合うことで耐震偽装事件を起こした。構造計算いかさましても安い建築を競う(笑)
社会の方が建築家を受容するために、仲間を束ねる演出家の育て方と能力の発揮させ方を教育するのは誰も教えないんじゃないですか、いい道具の一つである、お金の扱い方も教えないと。建築家と自称するのはいいけど、行政では図面納品業者だ。その関係は俺が生きている間も変わらないだろう。
一概に建築家自身の問題だけどは言えないんだけど。そういう空気を転換していくには建築に関するメディアの役割が大きい。でないと種田先生が思う新しい有効なマネージメントをできる建築家像は生まれて来ないでしょうね。

種田:建築雑誌は狭き門ですよ。
佐藤狭き門に登場したから偉いのか?仲間内の話でしょう。
種田:自分で応募して載せてもらえないですから。
佐藤:編集者の態度がそのまま投影しているだけだ。建築ってそんなに矮小した世界なんでしょうか?建築全体あつかわず新物・ぶつ件だけ扱っているのではないですか。で、発注する者と設計する者の関係で設計思想は完結しているので、完成しているだけで好いと思う。






設計者の友達は要らない!・・・と父

種田
父親は雑誌発表してないですね。
佐藤:それでいいんじゃない!
種田:載せられそうな建築はあったけど、一切載せてない。ポリシーとして発表しない。「そんな暇は無い」と言ってました。「その暇があったらお客さんのために仕事する」と言ってました。「雑誌発表なんて一銭の得にもならない」と言ってました。

佐藤:雑誌の効能は金銭上は得にはならない。遠くに友達はできるね。

種田:父は建築の友達は要らいと。
佐藤:俺は、建築士友達は面白いと思う、変人ばかりだもの(笑)珍しい人生談を体験はできる。
種田:同じ業界の友達は要らないと言ってます。別の分野の知り合いは一杯居ますね。だから仕事は来ます(笑)

佐藤:建築設計の友達多くっても仕事は来ないよ、それはそうだ(笑)、賢いんじゃないない。お金を稼ぐための経過づくりが巧いんだね。アカデミズムも含め、建築に集まるごった煮の欲望を見ているのも好きだよ(笑)。

種田
:だから建築設計の仕事は知り合いの伝手で仕事もらってますよね。
佐藤:若い時分にも「建築家になる」なんて考えて生きていなかった。だけど、たまたま東北での建築家の渡辺豊和さんと交流し、カンボジア・アンコールワットを探検してたときに渡辺豊和さんに「建築文化に写真送れ」と言われた(笑)で、雑誌に載ると建築家と呼ぶみたいだ。で建築家の友達一杯できて。でもその時はやる気も失っていて、今世紀の20年間ほど独立系の建築家の聞き取りし記録を作ってるだけ(笑)営業してない、営業しないと設計の仕事来ないよ(笑)
種田その方が楽しいですよね。建築の友達と話すのが楽しいから、だから設計者になるんじゃないんだなと思いました。設計者の友達増やしても建築設計で飯を喰うのは難しい。

佐藤:建築を起動させる欲望は固まって出て来るから、設計で、拙い飯を喰う覚悟しているならいいんだけど。そいつで飯食うのを断念したのは、いいね。俺は、自分で設計し住む家を造って、そこで子供を育てるだけでいいと思っていた。俺の家はお前の家だから遊びに来いと言っても来ない(笑)こんな家は要らないとも言われた(笑)
結婚し今年で50年経つんだけど、21才で結婚したから子供も20年前に大人になってしまって、俺は「動物としては「後は死ぬだけの人生だな」と思った脱力した(笑)
で、他人が設計した建築を見て歩いたり、話を聞いて記録を残しながら世間と触れ合う、そんな活動に替えちゃった。設計した家に他人を呼んでワイワイし使っていたし、建築の占拠してみたいな行為で、共有し合い建築の経験をしてもらうのには面白いんだよ。今日のここ「あび清」でのワイワイも、その延長の活動だけど。



2022年7月17日鴨川
京大、柳沢究先生の家族とにわか雨に遭い橋の下で語り合う
 (記録)
 上絵は改修前の「新・京都俺の家」の様子

他者の建築を使って住経験を重ねよう

種田
それを許してくれる竹内先生も凄いですね。
佐藤:20年前でも田中浩也先生も鍵くれた、そうする友達はいがいに多いよ。大阪にも京都にもそういう友たち居る。今、京大の柳沢究先生は「今、佐藤さんの部屋造ってますよ」と京都の俺の家の現場に案内された(笑)15年前からそいうアホな活動を続けている、9月末大阪に行ってそろそろお仕舞にしようかと。

種田:凄いですね(笑)
佐藤:お金儲けするとか、相手を利用しようとか思わない。で、無害だけど、時々俺の家に来て寝てる変なお爺さんと言われる。山頭火のような酒乱じゃないし、大人しいよ。
で、今日も神田駅傍で語り合っているけど、京都の川勝真一さんの家、他人の所有空間を活かして、俺が声かけて大勢集まってもらいました。建築家に聞くはそろそろ仕舞にし、神田活動からは「博士と語る」という活動に替えていきます。と思った矢先に森純平さんが現れてしまった(笑)
種田:活動はマネタイズされている感じでしたか。
佐藤:森さんの活動の現在は、日当18000円で関係者、上から下まで同一賃金です。PARADISEAIRの運営資金は文化庁と松戸市と自己資金だそうです。でそこに関係している日本の仲間は皆さん他分野の専門家でそれぞれ職をもっていて稼ぎながら、PARADISE AIRの支援の活動もしている。新しい働き方と組織でしたね。森さんは来年は辞めるそうで、上から辞めていって世代交代を促進し硬直した組織にしない。その点も面白い試みだと思いました。

種田:凄いな。

佐藤:種田先生も森さんと交流してください。そういう若い人が居るだけで、新しい建築家モデルは既に示されていた。コロナ騒ぎで来日する人は少なかったそうですが今年から外国の情報をもとに再開して、今年は外国のアーテスト、60人来るそうです
10年間で約300人来ているんだと。3ヶ月宿泊する人は年間一人で、3週間は制限せず泊めるとのことです。ほとんど空きがないほど人気だそうです。
種田先生が教えている学生連れ、見学するといいんだけど、元ラブホだから内装はそのまま使って、作品も展示してある(笑)若い学生の教育上問題があると叩かれるかもしれませんね。そこは分らないのでご自身で判断してください。
種田:ははははは

佐藤
:文化学園大学から「拙い」と言われるよ、きっと。新しい場は常に違反を犯す場でもあるから(笑)。俺は空間構成が巧いし八戸市美術館と同じ手法だし、新しいと思うけど、若い学生に空間を解読する、理解する能力が無いと混乱してしまい対応できないかもしれません。

種田:
ちょっと休憩しましょう

佐藤:そうだね。

その後、浅古陽介(右)さんが加わる


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