2022年7月17日14時〜 柳沢究さん家族とアットホームする 作成・文責 佐藤敏宏 HOME
2022年7月17日
柳沢さん家族
楽しくやるよ!

(柳沢究先生の生い立ち補足

佐藤:にわか雨が降ってきたので鴨川に架かる橋の下にいます。丸太町橋というらしいです。ここで柳沢究先生の家族と雨宿りをしております。 (雨音激しい) 
柳沢先生の生い立ちは以前(2009年8月4日記録)お聞きしておりますが、不足分を追加するために柳沢究先生の「生い立ち」をお聞きしております宜しくお願いいたします。
柳沢究先生はどこで何年、お生まれでしたか?

柳沢:1975年に神奈川の横浜の金沢文庫で生まれました。その団地ですね。その団地に住んでいたのは3、4歳ぐらいまで、幼稚園にあがる前ぐらいには徳島に引っ越しています。父親の転勤です。父親は当時は公務員だったんです。徳島市役所に出向ということでした。徳島市に住んでいたのは3年間ぐらいですかね、徳島市の中心部に住んでいたような記憶があります。

佐藤:お父さんは官僚系の方ですか?



2009年の2ショット
記録には横浜戸塚生まれと話修正が加わり

お父さんの転勤にともない
横浜金沢文庫→徳島市→東京野毛→横浜戸塚
柳沢:昔の建設省で建築の住宅行政だと思います。僕もあまり詳しくは分っていません(笑)当時父親がなにをやっていたのかあまり知らないです。
佐藤:公営住宅を造っていたか?もですね。

柳沢:法律のほうだと思いまます。基準法とか日影規制とか、そこらへんの整備に関わっていたと聞いたことはあります。徳島は3年間ぐらいいましたが小さかったのであまり覚えてないです。徳島城の城跡公園があり、吉野川が流れていて、そこで魚釣りをしたり、城跡でカブトムシを採ったりしてて、好い所でした。

佐藤
:生まれた、金沢文庫は海が見える風光明媚な所でしょう?
柳沢:海のすぐ近くです、町に近いんですけれど、砂浜がまだ残っていました。そこに公務員宿舎が、金沢文庫にあったです。金沢文庫にも住んでいただけです。
4、5、6才ぐらいまで徳島にいて、その後は東京の世田谷の野毛という所でした。野毛にはすごいデッカイ公務員宿舎があって、そこで小学校に入りました。幼稚園の年長、年中、小学校1,2,3年生ぐらいでまで暮らしていましたね。で、東京に5年間いました。家族は両親と4才上の兄が一人いの4人でした。


佐藤:お母さんは男どもに囲まれて忙しそうですね。やんちゃな子供だったですか?

柳沢:僕は大人しいほうだったんです。兄貴が癇癪玉みたいでして、今でも母親が言ってますけど、飛び出してはどこかに行って帰ってこない。怪我しまくってあちこち縫ったりして、それが日常のようにあったと聞いてます。
それを見ていたからかは知りませんけれど、僕はとても慎重派でした(笑)子供の時に怪我らしい怪我はほとんどしていないです。

それで、東京の野毛に小学校3年まで居て、横浜に中古戸建て住宅を買って引っ越したんですね。それが10才の時だから1985年です。バブル経済の地価高騰が始まる直前だたんです。だから横浜に買えて、もう一年遅れたら横浜戸塚には家を買えなかったんじゃないかと思います。小学校3年の時に横浜に引っ越して、その後高校卒業するまでは横浜の戸塚で暮らしましたね。

佐藤:1985年だとプラザ合意で、その後、一気にバブル経済に突っ込みました、よく覚えてますよ。お金がだぶつき株や土地やゴルフ場の会員権、建築の人件費などなんでもかんでも高騰しました。バブル経済爆発寸前にお父さんは戸塚に住宅を買ったと。すぐに倍の価格になったでしょうね。
柳沢先生は高校の部活は剣道部とお聞きしてましたが、小学校から部活は剣道部でしたか。

柳沢小学校の時は最初は野球をやっていましたね。横浜に行ってからは地域の野球チームに入って野球をやっていて、中学に入って剣道部。野球も下手くそでした(笑)高校入って、なぜか弓道をやりたかったですけど、弓道部は中学校にないので、剣道がありました。小学校から始める人が多い剣道、中学からですから、私は始めたのは遅かったです。


(建築の道へ)

佐藤
:建築の道に入るようになったのはお父さんの影響でしょうか?

柳沢直接はないと思っているですけど。大学の進路を選ぶときに候補としてあがったのは多少建築を身近に感じていたというぐらいです。有名建築家に憧れたとかも全くないです。本当に建築家という職業の存在さえ知らない、たぶん高校の時は建築家って知らなかったですね。建築家の名前は1人も知らなかった。本当に高校生らしい、自分の得意科目と好きな、関心で大学の進路を選んだ感じです。
前も話したと思うんですが、歴史が凄い好きだったんです。歴史の中でも日本史ですね。日本史が好きで時代は、小説から入ったので戦国時代とか幕末とか、そこらへんです。

京大を希望したのは「親元から離れたかった」から・・大阪は怖いイメージがあったという(前回の2007年記録より)

佐藤:乱世、に活躍する武将好きなのか?
柳沢司馬遼太郎が好きだったんです。最初は吉川英治から入りましたね。三国志とか。水滸伝とか中国から入ったんですよ。三国志と水滸伝とかを読んでいて、最初に司馬遼太郎を読んだのは『項羽と劉邦』を読んだのかな。『竜馬がゆく』が面白くって。幕末の物を中学の時に読み漁って、高校の時もそういうのをたくさん読んでいました。
歴史ものが凄い好きだったんです。歴史系に行こうかなーとも考えてたんですけど、一方で数学は得意じゃなかったですけど物理は凄い好きでした。仕組みが説明できたり、理解できるような物理が好きで。そして絵を描くのも得意だったんです。子供の頃から落書きのようなものをたくさん描いてましたし、美術とかもそこそこ出来たんですよ。だから絵を描くのも好きだったので、好きなものを全部総合的に活かせそうなのが建築なのかな?というのを、先生か誰かに言われたのかも知れません。そういう選び方でした。


  


ファミコン世代

佐藤:1985年頃、司馬遼太郎の歴史ものを読んでいた人は周りにいたんですか?

柳沢:塾の友達とかで、居ましたね。その当時はパソコンゲームが広がり始めた時代なんですよ。僕はファミコン世代なんです。小学校の半ばぐらいにコンピューターのスパーマリオが登場しました。私の周りは、みんなファミコンやっていた。
中学の後半から高校初めぐらいにパソコンです。PC88という凄いヒットしたNECのPCがあって、高校生とかの間でそのPCはゲーム機としてヒットしたんです(笑)そういうのに興味がある人は頑張ってお小遣いためたり、親に買ってもらったりしてPC88というマシーンが家にあったんですよ。
そのPCで面白かったのが三国志とか信長の野望とか歴史ゲームものですよ。

佐藤:我が家にもあったな(笑)

柳沢:僕らの世代は歴史ゲームです。そういうのが好きな仲間はいたんです。だから中学校の時に同級生と二人で、中学生にとっては大旅行なんですけど山梨の甲府まで電車に乗って行って武田信玄の墓参りに行ったり(笑)そういうことしてました。
中学の修学旅行は京都だったので、壬生寺に行って新選組の墓を見たり。円山公園に行って坂本龍馬の銅像を見るとか、そういう渋い趣味を、今の歴女みたいな行動をしてましたね。

佐藤:武将の墓参り、中学生にしては渋!おもろい行動してましたね。

柳沢:友達もそういうの好きな人が少数ですけどいました。






(ピアノの練習再開)

佐藤:先生のFBの投稿にピアノを弾き始めたとありました。どこで練習しているんですか。ピアノは中学生から始めたんでしょうか?
柳沢:ピアノを最初に始めたのは東京にいたときの小学校2年生ぐらいの時ですよ。たぶん親が練習させたんだと思います。家にはもともとピアノがあったんです。母親が弾いていたんです。結婚する前、母親は保育士をやっていました。当時は保母さんて言ってました。横浜の大船で保母さんをずーっとやっていていました。保育士の試験はピアノの試験があるんですよ。ピアノ弾けないと保育士になれません。そういう経緯があって中古のピアノを買っていて、家にピアノが有るからということで、習わせてみようと。
兄貴にも習わせたんだそうですが兄貴はまったく興味を示さず、練習やらず(笑)僕は素直に始めたんです。小学2年生の時に1年半ぐらいやって東京から引っ越すからやめました。東京に引っ越してからは練習してなかったんですけれど、4年生ぐらいに練習を再開して、4〜5の2年半、トータルで3年か4年間ぐらいの練習期間です。
練習再開は35年ぶりですね。練習を止めた理由は横浜に移ってからのピアノ先生が嫌な先生だったんですよ。お爺さん先生だったんです。嫌味な感じで古い教え方をするんで、とにかく回数をひたすら機械的に身体に覚えさせる、褒めることはほとどしない弾かせる。だめだったらビシバシ厳しく言う。そういう指導のもとで練習してました。

佐藤:そんな先生のおとでよく続きましたね?
柳沢:だから途中で嫌になってしまって、練習に行かなくなってしまいました。だけどピアノは好きだったので中学、高校の時も家にあるのを時々触っていたんですよ。で、35年後ようやく練習再開です。大学に入ってからは実家から離れたのでピアノも触る機会がなかったです。名古屋で家(下の絵)を改修して住んでいるときにピアノを実家から運んでもらって、子供達が練習を始めたんです。家にまたピアノが来るようになったので、触りだしました。

佐藤:なるほど、だいぶ弾けるようになりましたか?

柳沢:練習は毎日、出勤前後に30分ぐらいしています(笑)
佐藤:それはいい感じですね!
柳沢始めたのは新コロナのせいです。

佐藤:家で音だしても問題ないんですか?
柳沢・めちゃ響きますけれど、幸い家の中で練習しても文句は言われないです(笑)
佐藤:騒音じゃなくいい感じの曲になっているんだ、目覚まし時計がわり?
柳沢:そんなには早く弾かないですけれど。始めたのは新コロナで家にずーっといて、やることないから練習はじめました。ピアノは名古屋から京都に運んできたんです。再開したときに比べればだいぶ弾けるようになったんじゃないかと思います。今はピアノを弾くのが一番の楽しみです(笑)

(三人お子さんのこと)

佐藤:第一回目の時は娘さんだけでしたけど お子さん3人になりました、子育てはどうですか?
柳沢:次男が剣道を練習してます。

次男:小学2年生のとき(2022年、4年生)に始めました。練習は楽しいけど、めっちゃ疲れる
佐藤:竹刀で叩かれたら痛いんじゃないの?
次男:外れたら痛い、外れなくっても強い人は痛い。
佐藤:得意の技はなんですか、こてかな?
次男:こて!引きごて。

佐藤:お父さんの得意技なんだったか知ってますか?

次男こてでしょう?
柳沢そう!
佐藤:得意技も親子で似てるんじゃん。お父さんと一緒に練習したことあるんですか?
次男:ない、ないです。
柳沢:ぜんぜん練習してないです。剣道はもうやりたくないです。

佐藤:練習時間はいつなんですか、朝練ですか?
次男:夕方の5時から7時です。日曜日に、たまに9時から3時までとか練習しています。
佐藤:長時間だね、礼儀正しくしているでしょう。挨拶もきちんとしているでしょう。
柳沢:返事はちゃんとするよな。
次男はい

佐藤:自分で剣道、なかなかうまいと思うの?
次男:普通です、上手ではない。
佐藤:普通だって自分で分っているからいいよね。大会はあるんでしょう?
次男:あります。
柳沢:こないだ試合あったよな。
佐藤:結果はどうだった、勝ち抜き戦、総当たり戦。
柳沢:トーナメント戦。




赤シャツ次男君2022年7月
佐藤:いきなり負けちゃっだ!
次男はい
佐藤:また来年も挑戦するんでしょう?
次男8月8日に大会があるから、リベンジです。
柳沢:次は勝ちたいよね。
次男うん

佐藤:俺の家の次男も剣道やっていたね。頭よくないと負けちゃうからね、フェイントとか掛けるんでしょう。
柳沢:まだその段階じゃない。
次男:(フェイントのしぐさをし始める) ほ!

佐藤:練習はお父さんが何時も一緒に連れていってるのかな?
柳沢:ほとんど母親です。

佐藤:お母さんは夕飯仕込み時に剣道の練習に連れて行くのって苦労が多くないですか?究さんは夕飯つくらないですか?
奥さま:ときどき作りますよ。余裕があるときに(笑) 
佐藤:大学の先生は忙しいからね。 

奥さま:月曜日、金曜日、土曜日が練習なんですよ。で日曜日もときどきあるので。けっこうbアタバタしますね。


記録制作者・佐藤は剣道が好きになれず
次男(後列最左)中3県北・個人優勝
得意技 でこて。団体優勝もする

にわか雨に襲われたので丸太町橋の下で雨宿りしがらな聞き取り中

佐藤:お母さんは剣道してましたか、初めて練習見たんですか?
奥さま:見るのも初めて。
佐藤:汗臭いやつらが叩き合っている、女子もいるのかな?
奥さま:笑、女子もいます。
佐藤:京都は剣道人口多いんですか?

柳沢:そうでもないと思います。今、行っている剣道の教室が武徳殿という、すごいいい建築なんです。日本の剣道の総本山みたいな場所ですよ。全国の8段とか9段の昇段試験の試合会場なんです。そこで次男は毎週練習しているんです。練習環境がすごく贅沢なんです、いいなと思って行っているんです。
剣道は僕は得意じゃないし、そんなに好きではなかったんで(笑)


佐藤
:奥さんはスポーツというか運動は好きでしたか?
奥さま:得意じゃないです。剣道嫌です(笑)あんなの・・・。
佐藤:面とか練習着、真夏なんてとんでもなく暑苦しそうだし(笑)
奥さま:防具つけただけで暑苦しくって。

佐藤:礼儀作法を身に付くから、防具を身に付けたり脱いだり、たたんだりするのは息子さんにすべてさせるんでしょう。
柳沢:最近では、そういうの貴重ですよね、ちゃんと先生が怒ってくれる場所があるのは。
佐藤:指導の度がすぎちゃう人は時々いますけれど、スポーツは礼儀に始まりますからいいですよね。

柳沢:剣道の道場の先生はほとんど皆さん警察官なんですよ。めっちゃ怖いですよ(笑)
佐藤:公安機動隊の人たちですからね(笑)若くて剣道と柔道も日々練習しているだろうし元気だろうね。
柳沢:そういう人ばかり(笑)剣道採用されている人たちが先生です。武道採用だから完全に機動隊ですよ。

佐藤:それは気合も入るし、礼儀もきちんとするし。小学生の時分に武道に触れるにはいい世界かもしれませんね。
お嬢さんはどうでしょうか?中学生ですか。お母さんとはお話するんでしょう。

お母さん:私とは話すんですけれど、年頃なんで、難しいとこがあります。
柳沢:あんまり会話に乗ってくれないです。(笑)
佐藤:ちょっとだけ声かけ続けるのがいいんじゃないかな。男女とも中学生の時分はホルモンのバランスが崩れて大人になりかけるので、自身も人生で難しい時期の一つですよね。

お母さん:今日も朝から部活です、吹奏楽部に行ってます、ユーフォニアム練習してます。
柳沢:ユーフォニアムって管楽器です。巻貝のように巻いている楽器です。響けユーフォニアムっていうアニメがあって、それで有名になったんです。元は小説なです。
それが好きだったからユーフォニアムを選んだと言ってました。地味な楽器なんですよ。音もわりと地味です。フォルンみたいな形しているんです、かなり微妙な低い音がでますね。ソロ演奏とか無いんです。


佐藤:我が子たちも吹奏楽やっていたの思いだしました。京都は小学生の鼓笛パレードはないんですか。
柳沢:みないですね。
佐藤:福島市は小学生が毎年。市内のすべての小学校が鼓笛隊で練り歩くイベントがあります。それで長男はトランペット、中学ではトロンボーン吹いてましたね、娘はフルートだったな。次男は縦型の鉄琴。
柳沢さんの娘さんは個人レッスン受けてるんですか。学校で練習しているだけ?
お母さん:たぶん練習を観に来るなと言います。

柳沢:ときどきコンサートがあっても来るなと言います。
佐藤:おーもったいないね!
お母さん:中学生なんで来てほしくない。
佐藤:恥ずかしがり屋さんだったかね。親を仲間に見せたくない?その気持ちは分る。

柳沢:今は韓流アイドルに夢中ですよ。で韓国語一生懸命勉強してますよ。今は、韓国に行くのが夢(笑)
佐藤:それはいいね!Kポップ歌ってるんだ!
柳沢:大好きです、韓国語で歌いますよ!
お母さん:Kポップの時代ですよね!

佐藤:お嬢さんが大好きなの分る気がする。韓国は映画もいいし、是枝監督『ベビーブローカー』全員が韓国の俳優さんでしたし、Kポップのプロモーションビデオ、超・ハイレベルだし。
柳沢:エンターテインメントは韓国に日本は負けてますよね。

佐藤:映画を見ててもこの10年の韓国のレベルアップすごいものありますよ。お子さん達が学校に行ってしまうと奥さまは一安心な感じでしようか。

小学2年生に教えてもらったkポップ
BTSの曲 歌ってダンスがうまいことがアイドルの条件みたい
(芸能界はマイケルジャクソンの影響大?)

奥さま:それはそれで、何かと忙しいですよ。
佐藤:専業主婦を続けてますか、設計のお手伝いしているのかな。旦那さんは私が名付けた日本で唯一の幸せ建築家ですから。奥さん現れて幸せ倍増しているんだけど。喧嘩しないでしょう?

柳沢:時々私が怒らせるだけです(笑)

佐藤:旦那さん掃除しないで散らかし放題とか?
お母さん:もう諦めています(笑)
柳沢:割るとするほうだとは思います。まったくしないわけではないです。そんな話はいいじゃない(笑)


(お子さんも多種多様でいい)

佐藤:昨日は山崎泰寛さんの家で子供たちの話になりました。受験生がいるので。大学や高校入学の話です。森田一弥さんのお子さんたちは全員大学生でだれも家に残っていない。(雨が上がり雀の囀りが激しくなってきた)山崎さんの息子さんは「霞を食って生きる人間になる」と言ってるそうです。

二人:自分で言っているんですか!

佐藤:高校3年生で、そう言ってるそうです(笑)高校生で霞み食う仙人をめざすのは珍しいです。明日18日聞き取り予定してます。

奥さま:我が家では厳しいことは言ってないですね。まだ下が小学生なので。中二の娘は高校どこにするか?話はするけど、行きたいところが無いと言ってます。
佐藤:京都は高校でも狭き門が多いんですか?どこでも入れるんでしょうよ。
奥さま:目指さなければどこでも入れる。
佐藤:友達の質が変わるからね、自分に合ったいい人間が集まる高校がいいよね。人生では友達の良し悪しは効くからね。自分に合う学校ならいいよね。教育は面倒臭いですよね。私は好きにしろで通してしまいました。

柳沢:京大近所だから行ったらと言ってます。
佐藤:その前に高校に入る、まさかの大検ですか(笑)
柳沢:高校はどこでもいいんじゃないですかね。
佐藤:京大に入るの今でも全国区で競争でしょう。
柳沢:なかなか大変だとは思います。

お母さん:海外でも行ったらどう?とは言ってます






山崎さんちの長男君と銀閣寺を歩き2ショット
(海外へ行く道 例えばドイツ)

佐藤
:海外に行ったらいいわ!
柳沢:佐藤さんのところは娘さんがドイツ
佐藤:東北大で研修医と博士課程を済ませて、ドイツへ移住しちゃったんです。もうじきで10年になりますね。先月23日一時手続きに短期帰国しました。「ドイツはいいわー」と喜んでますよ。医師で研究も臨床もしたいという好きな事やりたい女性なんです。日本だとどちらかに偏る選択しかできないのが現状だし、あの世界は特に男性社会みたいですよ。で、女性の意見はほぼ認められなかったんで相談受けました。私の応答は「迷わず外国へ行け!」でしたね。インターネットは恐ろしいですよ、スカイプで外国の先生と交渉して「来い!}ということになりました。
お母さん:移住は、いつ頃の話ですか?
佐藤:東日本大震災の直後だから2012年頃です。ドイツも医学は英語論文なので、英語ぺらぺらだったようです。が、日本でとった医師免許は通用しないんですね。ドイツの試験を通過しないと医師になれない、で、治療はできない。研究は即、公務員として雇われたんです。ドイツでの医師免許取るに5年ぐらい掛かったかも。医師に必要なドイツ語身に付けるまで5年かかったみたい。イギリスがEU離脱したとたんにイギリスからの医師も試験受けたそうです。患者はドイツ人で英語は話さないので、治療できない。研究所は英語でドイツ人も英語でやりとりしているそうです。

柳沢:それはそうだ。

佐藤:耳の治療しているから聞こえない人が患者だから、ドイツ語あまり使わない、勉強あまり役立たずだそうです。で、筆談で治療だと言ってました
柳沢:それは面白い。そういうふうに自由に動き回れる仕事をできる者に育ってくれたらいいですよね。

佐藤:ドイツは女性の発言は強烈らしいです!
柳沢:メルケルさんみたいに(笑)
佐藤:東ドイツの方は大人しい、西ドイツ女性はもっと主張がすごいガンガン、ここまで言うのか!と娘は呆れるほど言うらしい。教授の権限も強い、文科省や厚労省の支配下にないからだそうです。トップが金集めも研究も人事もすべて決めてしまうらしい。研究所の所長と医療現場のボスがOkだすと、全て通るそうです。税金50%とられることもあり日本の医師とくらべると給料は断然安い。でも、公共交通などのサービスが低料金なので不満は無いと言ってました。

お母さん:東日本大震災後、それいらいずーっと行ってるんですか。
佐藤:新コロナ騒動で3年間は帰国できなかったです。感染症は日常の医療現場には何時もあることなので、コロナと癌に特化した治療を淡々とやっていたそうです。
患者は中東の王様とか「今年はウクライナの患者が押し寄せてくるようになった」と言ってました。女性を差別しないで扱ってくれる国は限られるでしょうが、外国に行くのはお勧めですね。
日本の世は政治家の割合を見ても男性社会なので、気の強いくって行動力のある女性は外国で伸び活動するのがよさそうですよ。でも、当然、嫉妬や足の引っ張り合いはどこでも同じにあると言ってます。娘さんもぜひ外国で活躍できるように育ててください。

柳沢:そういう自由な精神をもってほしいですね。今のところは中学生らしい固定観念の囚われまくっている感じですよ。そこから是非、自分を解きほぐして解放されてほしい。
佐藤:日本では、娘が固定観念や男性社会の価値から完全に解放される過程は凄まじいものでしたよ。相談に、ずーと乗っていたというか愚痴聞き係役してたので分ります。この俺様でも気分悪くなり脂汗でるんですよ(笑)男性の価値優先で従順に生き抜くのがいいのか?抵抗して脱出するのがいいのか?、俺には判断できないです。生まれ持った個性が道を拓いていくので見守ったり支援し続ける、それがいいと思いますね。

柳沢:(笑)

佐藤:柳沢さんご夫妻のお子さんたちですからすくすく育ちいい感じの大人になるでしょう。子供の話になって「柳沢究人生を語る」から外れてますが、子育て真っ最中の柳沢先生ですから、子供の教育の話合うのはいいことですよ。これから10年はしっかり育ててください。子供の才能を信じて、悩みの相談に乗るのはいいとして、めんどくさがって親の価値の押し付けは抵抗されます、押し付けないほうがいい。子供自身が自分の人生の責任をもち誰でもみんな悩んで大きくなったり、小さくなったりするわけですよ(笑) それでいいと思う。

鴨川は今日もたゆまず流れ下る

(鴨川の風景)

柳沢:鴨川沿いは、家で楽器の音を出せない人が鴨川で練習するんですよ。だからいろんな楽器を弾いたる人がいますよ。
長男:ギター弾いてる人いた!
柳沢:ギター弾いている人もいるし、トランペット吹いている人もいる、尺八吹いている人もいたり、邦楽の楽器もいる。

長男:こうやってやる人もいる。
柳沢:アコーディオンね。

佐藤:この河原に毎日あそびに来ているの?
長男:いや、時々来る。
佐藤:普段はどこで遊んでいるの?
長男:学校とか岡崎公園とかです
柳沢:家の近くの広い公園ですね。
佐藤:いい芝生もある、虫がたくさん採れるとか。鴨川では魚釣りしないの?
次男:流れが緩いときに時々浅い所に鯉がたまる、浅いからそんなにいないけど、川の端の暗めのところに、夜になったらでて来るので、とくにオオサンショウウオは川原のしたの空いているスペースにいて、ここらへんでは見かけたことはない。

次男:オオサンショウウオはいる
長男:学校で写真撮ったりする、大きさは1mぐらい。
佐藤:そんなにデカイ!気持ち悪くないの?福島県の桧枝岐という地域では小さなサンショウウオを干して食べていたよ。グロテスクな姿に干からびているんだけど、喰う。
柳沢:サンショウウオって美味しいらしんですね。

2014/7/4 午前8時5分頃、鴨川四条大橋付近にてオオサンショウウオを発見しました!


(兄弟喧嘩の原因)

佐藤:俺はサンショウウオも喰ったことない。兄弟ふたりは仲良しなの、喧嘩しない。
長男喧嘩する。
佐藤:喧嘩の原因はなにかな、テレビゲームの奪い合いですか。
長男ゲーム無い自分のお金で買ってもダメなんです

柳沢
:ゲームは禁止、パソコン内でやるくらいならいいかな。

長男:でもスペックが低すぎるのでやれない。でお父さんかお母さんのパソコンでやるのも無し。制限かかりすぎる
次男喧嘩のもとはおやつの量が違うから
佐藤:お兄ちゃんのおやつの量が多いの?
次男:グラムで計っている。

佐藤:それはいいね平等にしているのね。
次男:グラムで1人10グラムとか。0.2グラムオーバーしたらダメと決めてる。
柳沢:2歳違いだから下の子が対等のつもりなんですよ、だから対等にしろと。
長男言葉で論破して、いつもやった!
佐藤:小学生で2歳違うと体力そうとう違うぜ。
柳沢:でも次男は認めたくない。

佐藤:次男は気が強くってよろしい!
次男:心情的に・・・。
佐藤:お兄ちゃんが当面のライバルなので、いいじゃない。お姉ちゃんとは仲良しなの?
 なんだか兄弟で遊びはじめた。いいねこういう感じは。川の対岸から歌が聞こえているよ。伸び伸び育っていていいね。京都も子供は少ないですか?

柳沢
:そうでもないですよ、けっこういます。


 話合っている場所

(夏の家族旅行)

佐藤:もう夏休みになりましたか?
柳沢:夏休みは来週からですね。
佐藤:旅行に連れていったりするんですか?

柳沢:家族旅行に一回ぐらいは行きたいですけど。中学生の子供のコンクールがあったり、剣道の大会があったり、なかなかまとまって3人全員の予定が空くのがないので、一回ぐらいはどこか旅行に行きたい、そういうことは考えてます。

佐藤:子供、小学生ころは、俺、仕事忙しかったので放置してた(笑)、夏休みになると誰も家に居なくなっていた(笑)どこかへ行っちゃってましたね。家族旅行にいくのは、いいね。4回ぐらい語り合いしているので、今日のように身近な話を川原でしている、この雰囲気はいいねー

柳沢:あんまり話すことも無いので(笑)

佐藤:当事者は分らないでしょうが、この何も無いようで有る、子育て時代にしかない雰囲気がいいですよ。今年は柳沢先生にZOOMも2回付き合っていただきしたけど、ZOOMじゃないほうが断然いいね。

柳沢:ZOOMはね、打ち合わせにはいいですけど。今はコロナで人数、過去最高らしいですけど、誰も気にしてないですよね。







2022年4月4日ZOOM記録へ


2021年4月24日ZOOM記録へ

(祇園祭の宵)

佐藤:16日、京都に着いて町を見回したけど、皆さん気にしてないね。詳しいことは分らないけど、さっさと罹って免疫つけるのがベストな気がする。予防接種効果薄そうですよ
昨夜は3年ぶりの祇園祭の巻き込まれました(笑)、道路の両サイドびっしり並んで若い娘たちがばくばく喰ってましたよ、大声で喋っているし。

柳沢:笑

佐藤:若い人々の、ものすごい食欲に圧倒されました。
柳沢:唐揚げとか、喰うんですよね(笑)
佐藤:マスクとか三密とか気にしてないで食欲に従っていましたね。

柳沢:ようやく研究室でも呑み会ができるようになってきてます。
佐藤:外国からも留学生、来日始めましたか
柳沢:今は留学生は4人います、今は入国も大丈夫ですね。


2022年7月16日
3年ぶりの祇園祭


木匠塾30年について

柳沢:木匠塾、もうすぐ30周年になるんですよ。それを紹介する本を中心になって作っています。2冊同時に本づくり進行させています。

佐藤:秋田の角館、木匠塾に4年ぐらい関わったけど、誰が始めたのか知りませんでした。
柳沢:その当時は芝浦工大の藤澤好一先生、安藤正雄先生と布野修司先生。

佐藤:角館町役場から資金が出て、学校の体育館に寝泊りした。コンペで競って、夏に合宿して造る作品を決めて、夏休みは学生たちが体育館に合宿して造りつづけた。

柳沢:コンペやったりも時々しました。岐阜の加子母でやっているのは毎年村の中で施主を募集したり、ちょっとしたバス停とか、地域にとって必要な公共的なものを学生がチームごとに分担して造って。それをやっています。

佐藤:加子母は誰がサポートしているんですか?
柳沢:村の役場でしたが今はNPOが全面的にサポートしています
佐藤:30年ぐらいは続いてますよね、もっと長いですか?
柳沢:30年です。今も続いているのは奈良の川上村という所です。そこも早くから始まった一つなんです。地元がどれだけやる気があるのかですね。地元のバックアップがないと続けられないです。
加子母村は最初は木匠塾で始まったんですけど、数年前に域学連携PDFへ)という国の取組が始まって、地域と大学の学生が連携してる。学生が地域に入っていってその地域の課題を教育研究する、そのところに支援するみたいな、助成金を出すような、5千万とかですね。そういう単位で、でるんです。
木匠塾は国が域学連携事業を進めるの時の、モデルになったようなぐらい認められています。今は岐阜の中津川市になっているですけれど、中津川市はそで、i域学連携を自治体、市の売りにしていこうとしていて、いろんな大学を呼び込んでいて、あちこち、そこら中で学生が研究しています。

佐藤:学生も地域の人と交流しながら研究すると、大学で籠って研究しているよりは健全だし、影響力もおおきそうですね。

2017年加子母合宿の様子
webHPより

柳沢
:得られるものがいろいろあり影響は大きいと思います。やっていれば何かできるというわけでもないんで、気分だけで終わってしまうこともあるので気を付けないといけないんです、大学に居てもなかなか勉強しないですし。

佐藤:京都のような大きな都会は魅力的な場所も、出来ごとも溢れているからね。勉強よりそちらに流れるのが人情でしょう。だから今も先生は大変だね、授業もしなければいけないし、学生の社会活動も面倒みなければいけない、自分の研究に大学の事務仕事もあるしね。

柳沢:学生のプロジェクトとか、全部お膳立てとか(笑)しないといけない。
佐藤:博論の指導もしているんでしょう?

柳沢:ドクターはいないんです、修士論文は見てます。
佐藤:岡田栄造先生は辞職してしまましたけど、大学の先生もたいへんそうだな。
柳沢:楽しいですけどね。自分の研究をする時間が少ないですよね
佐藤:柳沢先生の先祖に大学の先生はいましたか?
柳沢:まったくいなかったですね。

   鳶がひょろほろ鳴いている

佐藤:学生は卒業してしまったら、大学に遊びに来ないでしょうね?
柳沢:来ないですね。

  二人で缶ビールを開けて呑んでいる 

佐藤:名古屋で改修した家は売り払ったんですか?
柳沢:売っちゃいました。コロナの直前に売れたんです
佐藤(奥さまに向かって)何か持って来たの?


(地酒の話)

奥さま:私買っていいたのに持って来るの忘れていたので持ってきました。甘いの大丈夫ですか
佐藤:好きです、酒のつまみ甘いの喰います(笑)お、八ツ橋だ!

奥さま:近所なんですよ。
柳沢:今の家が八ツ橋発祥の地の近くなんですよ。
佐藤:福島から地酒を持ってきたんだけど、Qと書いて「くう」と読むらしい。そこの酒造会社は1人しかいないんだそうです。社長も杜氏も事務もぜんぶ1人でこなしているという酒蔵の福島県の地酒です。
奥さま:岸波酒店
佐藤:それは販売店の名前です。
奥さま:天の粒

佐藤:福島県で開発した酒造好適米の名前が天の粒ですね。西会津の山の中で一人で醸造し販売もしているらしいです。味はこじゃれたすっきりではなく、田舎風の味です。冷やして飲む方がうまいかもしれない。好みだけど。

奥さま:原酒ですね。
佐藤:一度火入れしているはずなので、純生原酒ではない。甘いので冷やして呑むと甘みは消えます。奥さん地酒好きですか?

奥さま:好きです!
佐藤:そうですか、それはいいです。どういう味が好きですか?甘いとか辛いとか酸味がきついのとか、爽やかとか麹臭が強いのとか。
奥さま:すっきりしている方が好きですね!

佐藤:今風の味ですね。このQはすっきり感少ない(笑)
柳沢:大丈夫です。

佐藤:田舎の昔風味だからシャーベット近くまで冷やす、最低半日冷やし凍らせるといける。(笑)

奥さま:1人で造っているというだけでいい(笑)
佐藤:1人醸造の酒蔵と聞いただけでポイント高いよね。
奥さま:そうです。あまり売ってないんですかね?
佐藤:福島県内の人も知らないと思う、売ってない。今年は福島県の地酒を60種類呑む、くだらない目標立てた(笑)

柳沢:えー!そんなことしているの(笑)

佐藤:毎週4合瓶呑んでるだけど、どれがいいのか分からなくなってきた(笑)どれも美味(笑)
奥さま:何かに書いているんですか。
佐藤:秘密のノートにラベルを貼って感想を付けてます。常温でまずは甘味、酸味、辛み、渋み、えぐみ、などの有無を書いてる。
奥さまなるほどね

佐藤:栓を開け、まず醸造ものは香りが決め手じゃないですか。香りを聴いてみる。麹臭の強い地酒、香り弱い地酒、臭い無しもある。醸造物は香りが効くのよ。味噌醤油と同じだね。さきに口に入れたときの味を書いてから、常温、熱燗、超熱燗、冷たい、きんきんい冷やす、そして冷凍しシャーベットにしても、呑む。★★
奥さま:え!

佐藤:冷凍庫に入れて凍らせる。時間掛かるんだけど。土もの陶器の茶碗に8半分目注いで凍ったら上から酒を2分注いで融けさせるとシャーベット酒になる(笑)土もの茶碗だと温かくなりにくい。

奥さま:それ美味しいですか?
佐藤:地酒の種類によるけどシャーベット仕立ての地酒は美味い!癖の強い地酒ほど冷やすと呑みやすくなり美味い。
柳沢:薄まらなくってよさそう!
奥さま:夏場はよさそう。

佐藤:夏でも冬でも美味い!
奥さま:ふふふふ。
佐藤:カチカチに凍らない地酒が多い。雪解け水のようなのが美味い!幾らでも呑んでしまう(笑)

奥さま:なるほどね。
佐藤:地酒を呑んるんだけど、かき氷の溶けたのすすっている感じも夏らしいよ。これはたまらない!俺流の呑み方だけどね。冬場は超熱燗にして茶碗を口元に持って来るとアルコールでむせるようになりながら呑む。熱燗に合わない酒が最近は多すぎて、酒の温度、冷・温の選択を間違うと不味くって呑めないよ、本当にお酒の温度で味は変わるんだよね。これが本当に面白い!





滞在中おやつにいただきました




奥さま:
当てはなんですか?
佐藤:当てってなんですか?
柳沢:肴ですよ

佐藤:肴はない、強いていえばこし餡の団子(笑)羊羹でもいける。それから夏場は福島の桃がいい。
柳沢:桃で日本酒呑むんですか?!
佐藤:おれは果物を肴にして呑むの大好き、塩辛いのはどうも肴にしたくない、果物無いときはサラダ系だね。
柳沢:やったことない。

夏は福島の桃が肴(笑)

佐藤:冷やしたオレンジや八朔と冷酒も合う、いいよ(笑)血糖値高い人は糖尿病一気に進かな?真似しないでね。俺はしょっぱい肴はどうも苦手。甘さ抑えめの饅頭食って飲むのもいいかも(笑)フルーツヨーグルトの肴も超いいね
奥さま:新しい境地やね。

佐藤:
もう長年、地酒の肴はそれら(笑)。目指せ60本始めた最初は阿保らしいと呑み始めたんだけど。福島県の地酒は全国鑑評会金賞蔵の数が日本一!9年連続なの。でもハイテクプラザの指導者が麹菌管理して、杜氏を教育し、30年ぐらい続けているから味が似て来ちゃっている(笑)品質は高くなったんだけど、似たような味になってしまって、さらに値段が高くなってしまっている。味すっきりフルーティーなんて言ってるよ。
酒の温度を変えて呑むと馬脚が露わになってしまうね。酒の温度でその地酒の美味さが変わる。超熱燗で美味い!その地酒をシャーベットにして呑むと拙い。不思議なんですよ。だから何がいい地酒、美味いのか分らなくなって来てしまいました

奥さま:最初は常温で呑みたいですよね。
佐藤:そうそう常温ではじまる。次に熱燗、シャーベットで呑むじゃない、どれがお前の味やねん?て感じになってしまう。
奥さま:条件を揃えないと分らない。
佐藤:そうなのね。続けていたら、銘柄なんていいから、その地酒に合った温度、自分の口に合った温度で呑むのが賢い!と思うようになってしまいました

奥さま:なるほど。いただいたお酒の名前がQですか。

佐藤:Q クウと書いているけどキューでいいじゃん。ラベルは地味だよ。奥さん細い体にもかかわらず3人よく育てましたね!
奥さま:育ちましたね。
柳沢:笑う
奥さま:娘を見てないですよね。

佐藤:お酒送ったときに写真が送られてきたので見ました
柳沢:酒を持たせて写した。
佐藤:ほらQと書いてあるでしょう

柳沢:ラベルは侍だ。
奥さま:すごい!
佐藤:目指せ60種だから個性的な福島の地酒を探していて、で小さな酒屋で見つけた。、柳沢究先生特用銘柄だと思った(笑)
柳沢:取り寄せます。
佐藤:ネットで売っているか?あるか知れないね。日本酒は城下町に限るんだよね当然だけど。酒蔵が多い。さらに純米酒で比べているだけど、値段が安いものを比べているの。これも決めてなの。安くて美味い純米酒に限定している。純米大吟醸なんて買わない。高いしシツコイ味だし。4合瓶で5,6千円するの売っている、そんもんは俺様の酒じゃない。酒の味を知らないやつが高いお金を払って呑む飲料水だよ(笑)お金がないから負け惜しみでそう言っているのか?

奥さま:なるべく純米がいいと言われるんだけど。
佐藤:日本酒は純米以外呑まない、呑んじゃいけない(笑)醸造用アルコール入っているのは日本酒なのか?と思ってますよ。サトウキビで造ったアルコールを水と地酒で割って売っている。
奥さま:本醸造でも美味しいのがあるんですよ!

佐藤:本当ですか?
奥さま:それは新潟の酒呑んでます。
佐藤:純米は水で割っているけどそのほかは混ぜ物なし。そこを定規に比べるのが肝だと思っている。酒蔵の特徴が出やすいと思うんだけどね。醸造用アルコールって無味無臭なはずだけど味が変わるような気がする。俺は間違って呑むでしまうことがあるけど、悪酔いする。純米酒は呑んでも悪酔いしないよ。四合瓶だから二人だと足らないかも、一升瓶重たいから持ってこなかった(笑)
こうやって難しいインタビューは無しで地酒の話をするようになっていいです。このたわいのない話が面白いですよ(文字起こししてても)


(引っ越しします)

奥さま:家、引っ越しの話はまだしてないの?
柳沢:まだしてない。
佐藤:なに?引っ越すって。
柳沢:京都に家族が移って、私は京大に移ってまる5年経ったんです。それで家をそろそろ、今は京大の近くの古い、築90年ぐらいの借家に居るんです。さすがに落ち着きたいなーということで家を、古い家を改修してなおします。
イン・バウント以降、京都では庶民は不動産は買えないですよ。京都市内も広いですからね。森田さんの静原だって市内ですからね。(笑)大学の東北の方で学生の下宿が多い辺りです。

佐藤:セルフビルトですかね。

奥さま:普通の家じゃないですよ。
佐藤:普通の家ってなんだか分らない俺は(笑)変な住宅造ってきたんで。
柳沢:これが改修案です
佐藤:これは下宿屋だったんでしょうか?
柳沢:その通りです。アパートだったんです。
佐藤:2階建で。
柳沢:四畳半が十数戸ある!

佐藤:これはいい、子供の自立にはいい家だ。脱・核家族型してるね。子供がいなくなったら間貸しもできる、資産家・大家さんで左団扇生活だね。

二人:そうです!そういう計画で造っていきます。

  
柳沢 究によるFB投稿から10月10日 11:24 ・
#吉野荘改修*吉野荘の解体ワークショップを22日(土)午後に開催予定です*人数は15名くらい限定で、工務店の方に講師に来てもらい、道具の使い方や解体の手順などレクチャーしてもらう予定です。詳細は今週末くらいにまた案内しますが、ご興味ある方はぜひご予定ください(場所は北白川天神宮の近くです)。
日曜には、週末恒例となってきた吉野荘の解体工事。今週は研究室のM2・野田君と研究生・唐さんが来てくれる。床組の構成をレクチャーしつつ解体し、土壁の中の竹小舞や白蟻の食害状況を初めて見たなどの声。あまり長時間やると(僕が)しんどいので、3時間くらいに絞って、天井1部屋と床2/3部屋を解体。さすがに飲み込みが早い。

佐藤:沖縄で設計事務所を営んでいる漢那潤さんと知り合いなんです。彼をゲストにZOOM(記録へ)したんだけど、彼は自分の家にしないで旅行客に貸していました。「新民家」と称する新築物件です。1泊数万円で貸し出す!一軒の家だからね台所も居間も洗面所も寝室もある大きな家を、沖縄滞在に借りる人がいる!観光地沖縄ならでの建築の造り方。5人家族で1泊5万円で他の旅行客に沖縄の家のようにして貸し出す。旅行客は地域の人と一緒に暮らした気分になれる。自邸建築の借金を旅行者が支払ってくれる。数軒持っても払ってくれる。観光地沖縄ならのではの建築を手に入れる方法だった。借入金が少なくなってようやく自分たちが暮らす。

奥さま:そういうのいいですよね。
佐藤:この建築を造り上手に運営できたらもう一軒買っていよいよ資産家デビューだね!いいんじゃない。

柳沢:前の家も売れたんです、敷地は80坪ぐらいです。

沖縄の新民家
佐藤:名古屋では改修しながら暮らしていたでしょう。奥さまの生活はどうでしたか?内装は全て解体したんですよね。工事しながら住むのは最初たいへんですよね。

奥さま:(笑)大変でしたよ!不安
佐藤:窓が付いてないから泥棒が入って来るかもとか(笑)
奥さま:最低限の風呂はトイレもあったですけど、いちいちお風呂に入れてよかったと思ってホットしたんですけど。二階建でした。

 京都で手に入れた建築の写真を見せている。

佐藤:この建築は昭和初期とかじゃないね。そんなに古くもないね。
柳沢:1975年ですか同じ年ですね。不動産屋のサイトにありました。2階は12部屋と共有の水回りが小さなのが二つ有って、全部で14部屋あります。そのうち3部屋を貸せるように残して置くと。それ以外の10スパンを繋げて家にする。

佐藤:これだと月幾らで貸せるの、3万円ぐらいかな。
柳沢:3万円がいいとこですかね。でも風呂もトイレも無いですからね。アトリエとかですかね。
佐藤:京都の俺の家、&隠れ家(笑)借りる人いそうだね。幸せ建築家にして、いよいよ幸せ資産家としてデビューしちゃっう〜(笑)
柳沢:(笑) 

佐藤:俺が若い時は考えられなかった優れた住宅入手の回答だ。住宅を建てて借金をツーリストに支払ってもらってから住みだすという発想もいい。俺が若い時は自分で何でも背負う!そういう思い込みがあった。
奥さま:ああ〜。
佐藤:話を聞いていると今の若い人達は賢いと思う。気に入らなかったら売ってしまって、別物件を買えばいいだけだ。すでに売り買い慣れている(笑)

奥さま:それはね、名古屋の時に自分たちは期せずしてああいう事に成ったから、売らざるを得なかったじゃないですか。それが出来たから、京都でも出来ると思う、そういう気がしたんです。
佐藤:出来るよ。
奥さま:名古屋も売りたくはなかったですよ。

佐藤:名古屋の物件はいい感じに改修してましたものね。
柳沢:凄い頑張ってなおしたのに、4年しか住んでない(笑)
佐藤:安くなっちゃったですか?
柳沢:元値に改修費を足したお金で売れたんです。
佐藤:足はださずに改修勉強させていただきましたってことですね。
柳沢:その5年間の家賃が浮いたと考えればそれが利益かもしれません。

佐藤:そうだね、家族の皆さんはお父さんが汗流して造っているのを見て、手伝ったでしょう、お子さんたちも、いい勉強になりますよね。不安を抱えながら工事するなんで楽しいじゃないですか、不安の無い人生はつまらない、天国という地獄ほどつまらない暮らしは無い。

柳沢:ははははは、本当ですね。

(留学生に貸したかった)

佐藤:俺も自邸でそれやりたかったんだよね、敷地半分残してあるだけど、想定外の事情が出来て実現できなかった。部屋をつくって、福大に来ている留学生に無料で貸してやる親父になりたかった。この30年は狂気とともに生きていて、建築造りどこではなかった。人生やってみないと分らないもんです。

奥さま:
子供たち、今日初めて観に行こうかと。
佐藤:そうなの!俺もついてっていいですか?凄い遠いの?
柳沢:はははは、バスに乗るといいかも。

佐藤:みんなで行こう、行こうよ。どうせこれからすることないから。自分のイメージが先にあってその目的に合わせて造っていくというよりは、理想という家の目的をもたず、状況に合わせて、いかに自分にとって住みやすい家に造っていくか、育てていくか。その過程の快楽があるよね。
柳沢:京都の町中で新築って無理ですから。

佐藤:状況に沿って造り続けるって難しい、センスが要るよ。岡田栄造先生は新築でした。行ったことありますか。21日に泊めてくれるそうだから、見に来てください。

柳沢:満田さんも新築ですね
佐藤:満田さんは土地はもともと持ってたんじゃないかな、違うかな。満田さんに泊めてくれって昨日申し込んでおいたんだけどね。段が多い家だから将来苦労しそうだけど、一泊してみたい。柳沢先生家族も子供はあと10年もすると家を出てしまうからね。

柳沢:その点これはいいですよ。これが1階のプランです。全部貸せます。
佐藤:教え子住まわせて学校に行かなくて済んじゃう、ここが大学だ.ZOOM要らない大声で済む(笑)
柳沢:佐藤さんが京都に来た時も住んでもらう(笑)


2022年7月21日岡田さんの家で

佐藤:それはいい!1月逗留してしまうよ(笑)俺も留学生に貸してて、俺が年取ったら友達を引き取って一緒に暮らすのがいいなーと思っていたの。でも友達は若くして死んでしまうんだよね。年取ってから独居老人暮らしだなんて面白くないじゃないですか。でも友達は死んでしまって俺だけ残っているありさまです(笑)友達はお前は長生きすると言っていた。みんな還暦に至らず亡くなったね。

奥さま;若いですね。
佐藤:仕事していいるからじゃないですかね、俺、遊んで暮らしている。
奥さま:友達が早死にする、その人の共通点なんですか?
佐藤:忙しすぎてストレ貯めすぎだ過労。俺はほとんど仕事してないからね。今日も頼まれもせずに、柳沢先生、なにしてるかなーって遊びに来るじゃないですか。知り合いでもないのに泊めてくださいって直ぐ言うし。(笑)そして泊めてもらう(住経験する)。
仕事を持って懸命に生きている人は泊って遊び歩くなんて考えてない、とにかく忙しいんだね。

柳沢:雨あがったから移動しましょうか。自転車だと20分ぐらいです。歩くと40分以上かかるかな。バスに乗ってもらいましょう、バス停まで一緒に行きます。

佐藤:今日は「京都の家を造るぞー!」と大発表会と現地見学会なんだね。
二人:そうなんです。
奥さま:子どもたちには図面も見せているし写真も見せているんです。私も最初見た時面白いと思ったけど、え!と思った。

佐藤:柳沢先生の話も、沖縄の若い建築家の話も聞いているかかもしれないけど、所有すると思い込むと住の可能性を小さくしてしまうと思う。自分のために住を造るのを止めてしまうと、住の可能性が拡大するように思う。いろんな人が住み込めるよう、俺も千万家というのを25年ぐらい前に設計してるんだけど。他者が入り込めて一緒に暮らす住の方が核家族のように閉じた住形式よりははるかに人間関係は豊かだと思う。人間色んな人いてもめたり、笑ったりしている方が面白いよ。

奥さま:今度の家だったら佐藤さんが京都に来られても泊れまる!
佐藤:それはいい。俺の家京都にまた一軒できるんだな(笑)岡田先生の家も俺の家だとすっかり思っているから、皆さん遊びに来てくださいって言っているし(笑)
奥さま:はははは
佐藤:鍵まで預けられて、聞き取り活動していたし。誰も居ないのに俺が人を呼んで聞き取りしてもいたし。
奥さま:えー凄い。

佐藤:こないだ宮城大学を辞めた先生にも東京神田に開いた新事務所の鍵を頂きましたよ。何時泊ってもいいし、使ってもいいということです。神田南口だから東京駅の目と鼻の先とも言える場所です。
よしこれから京都の新・俺の家を観に行こう。2時間前は新・俺の家を探検することになるとは夢にも思っていなかった。これだから楽しい。

奥さま:よかったです!(笑)

 京都の新・俺の家へ〜みんなで移動し始めるのであった。吉野荘の完成楽しみです!!

柳沢究さんの家族とワイワイお仕舞です最後まで見ていだきありがとうございました。これでお仕舞です。次回は吉野荘=京都の俺の家が完成したらレポートしたいと思います。お待ちください。

 作成・文責 佐藤敏宏  home