佐藤敏宏  HOME  11月日記へ     2020年12月の日記       

 12月31日  昨夜から朝方にかけ雪 薄っすらつもる

■ことし最後の自撮動画日記を撮る
お世話になりました2020
今年はCOVID-19感染拡大で、それ以前の暮らし方を変えたか人は多かったかもしれません。私は貧乏ゆえ引き籠り系でしたので、さほど変化はありませんでした。感染症を恐れすぎて「精神いかれている〜」ような人も見受けますが、放射能沈着時と同様で過多情報に侵され、本当の感染症の前に病に罹ちゃうのは興味深い人の特性のようです。  一方、ZOOM会議にお誘いを受け、そこで、一度も会ったことがない若い方々と話し合いました。若い人とワイワイすると私との違いが明らかになってとてもいいですよ。この井戸端会議zomの出現は、遠隔地で会うことがなかった若い人々と出会いが容易にできてしまいますね。それが不思議で面白いです。(俺、見ず知らずのzomに参加するよ)  感染拡大以前にも有料動画サイトはありましたが、COVID-19は多くの人の背中を押しましたので「ズム酒場」を店開きすると、一部でしょうが稼げるは確実。(知らんが、エロ・ズム酒場は既にあるでしょう)そんな事で来年は、ますますIT社会は面白くなりそ!予感がします。「今年、一年お世話になりました、皆さまよい年を迎えてください」(2020年12月31日)







 似顔絵 17歳9ヶ月 俺 1968年
昨日描いたの 似てない と描き直し少し似てると
青春してたな!◆寺山修司15歳の句より
暗室より水の音する 母の情事
15歳 抱かれて花粉 吹き散らす
 (『花粉航海』寺山修司俳句集1975年1月15日 深夜叢書社)


 12月28日

 昨日午後からmy長男やてきてワイワイする。元気そうでなにより。家人も明るく朗らかいなったのが伝わったのでよかった。一升買ってあったのでお土産にできた。正月用のお酒は物産館で買ってくるよてい。

 昨日は似顔絵描きと、感想文を書いていた。もうすこしかかりそうだ。こつこつ書こう。

■今日は18時からZOOM会議に参加する。スマフォを使ったネット上のだべり場だ。2時間15分ほどの録画になっていて、即動画を見ることが可能になっている。(2時間ちょいの動画を見る

恐るべき、IT社会は楽しいけど、現場で集うのがよいと俺はまだ思う、3年後ぐらいにならないとCOVID-19に対応できないだろう。聞き取りなどいろいろできて動画で共有も可能だが文字にするのが俺流だし。後々使い勝手が動画を見て引用するのは面倒すぎるので、文字にしているし色々書く時に文字にしておいたほうが記録が活きる。

 今日の動画はこんな感じでした。どうぞ興味のある人はごらんください。



 12月26日 

 昨日と今日は『立原道造の夢みた建築』序の感想を書き続けた。感想というかふたたび長い随想になってしまう、まだこのweb頁の仕舞が見えてきていないので、今年中書きつづけよう。書いているといろいろ資料が必要になって、眺めてしまうのだが、それも書く楽しみの一部なので、のんびりPCにむかって書き進めている

 書く合間に気分転換で似顔絵を何枚も描いてた。こちらは似たり、似ないかったりとどういう訳だかしらないが、思うに描けないものだ。デフォルメせずシャープペン一本でいまのところは描いている。鉛筆の弱さが今は気に入っている、カラー写真を見るときは色鉛筆を使って自由闊達に描こうと想っているが、まだカラー写真に出会わない。

 



























 12月24日  よい天気であった

 来週のZOOM会議のために自撮り動画を撮る。タイトル・ロゴについてスケッチ提案をする。話のたねのためだ。

 お話は一応 苺会議いうことで、一人一人を苺にたとえ、苺には種がたくさんついていので、それらの種に芽吹かせることで、多種多様ななにかに成長していくというもの。
苺は腐りやすく傷みやすく、取り扱いに注意しないと直ぐに崩れてしまうエアロジルだね。
 そのような人間関係を端的にしめしつつ、アイコンとしてもインパクトのあるも。

 夜はクリスマスイブなので昔の家族の似顔絵を色鉛筆で描いた。完成まじかだが、皆の顔はドンドン変わるので似ていなくてもよしとしよう

■自撮日記動画も撮る。
 今日はクリスマスイブ。寺山修司作「赤糸で縫いとじられた物語」をおすすめします。寺山修司さんは私より16年上。私にとっては父親の弟「オジサン」ですね。東北人男性の独特の思考から私は多くの影響を受けました。東日本大震災が起き10年ほどそのことを忘れておりました。ふとしたことで思い出し、数日前から俳句集や童話などを読んでいます。my建築設計で彼の最晩年の「百年の孤独」舞台のまま、あれを女型として建築化しました。来年で25年ほど経ちますが、今も福島の大地に放射能とともに建っています。(自撮動画2020年12月24日)


 12月23日  

寒さゆんだので町に用事に出る。歩道はまだ雪が残っていて轍が圧雪していて自転車では走行しにくい。西口に行き正月ようの地酒を一升買う。近頃は家人の血糖値が高いので地酒はほとんど家で呑んでいない。長男来るらしいので、年末は少しだけ呑むつもり。
銀行なども行き二つ以上用事が済むと何か忘れるこのごろ、日めくりカレンダーを買い忘れていた。今年中に買っておこう

■あれこれ本を読んで資料整理する。夜はすこし似顔絵かきをする。自分が感じているように描けないので、練習を積もう。

■ 寺山修司作、山田太一編、ラジオドラマ「中村一郎」と「ジオノ・飛ばなかった男」を読んだ。山田太一さんと寺山修司は早稲田で同学年の友達だったそうだ。だから植田実さんとも同学部だと分る。山田さんの解説によると寺山、山田ともに立原道造の「小さき花の歌の書出しにしびれていた、まっていたそうで、だから西洋ふうの名ジオノにしたとあった。そうだったのか立原の対極にあったけど寺山も20歳時には西洋の名にきちゃっていたのね。と知った。本をいろい開いてみると発見があり感想文の下敷きにはかなり生きてきそうな手応えを感じる。誰も書かなかった感想文を書いてみたいと思う。




 12月22日  少し寒さが緩み風も無く

今日から日中が長くなり始める、気のせいか陽射しが赤色から青く澄んだ色に変わったように思う。詰め入り学ランの似顔絵二枚描く。まだコツがつかめてないので、こつこう描き続けよう。自分らしく描ける、味が出せるようになるのはまだかなり先だな。
■自撮り日記
昨日冬至でした。今日からは陽の光が青く輝きを増しお正月を迎えるころはさらに明るい陽射しになります。皆様にとって2020年はどのような年でしたでしょうか。我が家は夏の終わりにテテと名付けた野良猫がやって来て、子を2匹(バンディーとアトラ)産んで住みついてしまいました。13歳になる大きな黒猫と合わせると虚勢施術ろおこない四匹を飼う、賑やかにな動物ととにもある生活となりました。COVID-19対策として政府と市役所からマスクが支給され、マスクもに翻弄される1年になりました。残り10日で今年もお仕舞。なんとなくそんな話をしました。(自撮日記2020年12月22日)


 12月21日  寒さは少しだけゆるんだが朝うっすらと雪積 朝は冷え冷えだった

■記録用web頁に使うので,
手描き似顔絵を用事の他はほとんど1日描いていた。田中浩也さんと、花田達朗先生のお二人。
 夜は30年ほど前の家族写真を見がら家族の似顔絵も描きだす。難しいので何度も描いて気に入るまで描くのがよさそう。幸い、新コロナと寒さが来て、出歩く時間は少ないので、こつこつ描いてみよう。

種田元春先生も似顔を描くのが趣味とのことで、書き溜めた作品をwebで紹介していると連絡がある。このサイトで閲覧できる。風刺が効いている。太くて強い特徴ある線が味で、表現山藤章二さんの影響大なのかも知れない。

■『立原道造が夢みた建築』の感想文を書き始めた。著者の種田元春先生に記録URLをお知らせした。真夜中にメッセージをいただいた。抜粋し貼っておこう。

 「もはや感想文などという域を超えた一大長編随想、大変興味深く、かつ恐悦しつつ拝読いたしました。拙著がこんなにも誰かの心に響くことがあるなぞ夢にも思わず、嬉しさを通り越して、驚、そして申し訳ない気持ちすら沸き上がってまいります・・・・・・・人物像について、それを研究として発表するのか、それとも随筆として綴るのかというのは、資料の扱いの手続きが違うという程度であろうと思っております。大事なのは、いかにその書き手が強い思いを感じていて、それを伝えたいと思っているかどうかだと思うんです・・・」

 web頁1枚だけなのだけど、長く記録になってしまっていて申し訳ない気分でもある。だが読み終えて書きたくなったのだから、迷わず書いている。何処へたどり着くのかは予想はついてない、気の済むまで書くつもりだ。終了目標 来年の冬至にしておく。

12月20日  朝夕はマイナス、日中も気温上昇せず。この冬は雪多いかも

■久しぶりに午前中は寝て過ごす。寒いから布団から抜け出せずなんどもよく眠る。午後、県図書館に本を返却したあと5冊借りる。1冊開いてみたら、以前借りた本だった。メモしているんだけどメモには無かった。かも知れない。

■昨日は種田元春著『立原道造の夢みた建築』の感想文あるいは誤読をweb頁に書いていたけれど、整理してwebにあげた。当分の間はSNSでは告知しない予定。長くなるので数か月は書き続けて、そこでもう一度SNS告知は考えよう。
 この日記を読んでいる人いないだろうけど、貴方のためにだけ リンク張っておきますよ

■今日の自撮り動画は 「自撮りについて」
 日本初!自撮りモンは上野彦馬さんだと思います。それから150年ほど経つ現在は猫も杓子も自撮りしてます。シャッターを押さない日はないほどに撮ります。撮影機材が安価になりデジタルデータ化され「値なし」となりにぐぐーんんとと自撮りは身近になりました。鏡の前で化粧をする自撮りする姿に出会ったりすると「子どものころからデジカメ欲しかった〜」と思ってしまいます。写真を撮る、動画を撮る、自撮は奥深いように思います。今日は自撮りについて話しました。(自撮日記2020年12月20日)


 12月18日  大雪のあとの快晴で青空が美しい 夜にはいり雨となる

■自撮り日記を撮りアップする。その後はひたすら『立原道造が夢みた建築立原道造が夢みた建築』の感想文01頁目を書いては訂正しつづけた。長いのでふたつの頁に分けるべきかと思案中で、結論はでず。重源の似顔絵を描き始める、一枚目は気に入らずボツにしよう。二枚目を真夜中から描きだす。

■自撮り日記 親切なお母さんに会いました
 昨日は大雪でした。(2020年12月17日)用事があり近所の歯医者さんにいきました。1階は駐車場で2階にある診察室までは、幼児から老人まで誰もが屋外階段を上ります。吹雪の日は階段が寒風にさらされて積雪によって危険な場にかわります。そいいう場所で親切なお母さんに会いました。今日の自撮日記はその話です(2020年12月18日)



 
除雪によって方々に雪の小山が出来た

 12月17日 吹雪 午後2時頃すこし雪は止み気味だが夜は細雪

■ひざ下数p積もる。久しぶりの大雪となり午前とる午後それぞれ除雪した。新雪を除雪する方が氷状に放置してしまうと重くってかたずけられなくなるので、なるべくこまめに除雪に限る。
■こころの病がほぼ治ったのだろうが、家人は一人で歯医に通院することができるようになった。朝9時予約だったので、ドカ雪がふってきたのでマスクを忘れたまま迎えに行く。急な屋外階段を登らなければいけない。外で立って待っていたが、親切な35歳ぐらいの子連れのお母さんが・・・老人たちや足の悪いひと、子どもには危険な階段なので、登りは安全なのだが下りがあぶないので、迎えにいった、骨折しないように。そしたら そのお母さんはマスクを車まで取りにいき差し出した。新コロナ感染下でもこのような親切をする女性を育てた両親と旦那さんは豊かで幸せな人々であることはちがいないと思った。小さな親切をし、にこやかに暮らす人々がいることのありがたさを想う。声を掛ける、できることはしてあげる大人が多くなることを願いたい。
■家人は帰りがけに緑内障を施術したので術後検査を受ける。大きなTVが置いてあって、その画面では昨夜からの大雪で1000台ほどの車が列をなし夜明かしし、簡易トイレや水などを配っているとのことトラックドライバーの皆さんはじめ、運送業が止まると生活が止まる。大渋滞が発生するのを予想したら車外出はひかえたほうがいいいかもしれない。
■食材を買出しにスーパー今日は危険なので徒歩で行く。多量の食材項目を渡され手に入れたが、雪道で重たいすぎてぐったりする。どんどん年取るばかりなので、足下が悪い日は少量買い・こまめに買いにかぎるかも。



 12月16日 細雪 細雪 降り続く 今日は二度も除雪作業をした。物置の屋根が重みで雨漏り防止のため物置も除雪。

■気温が低いので雪掃きしやすい。周囲は一気に綿帽子かぶりという童謡の様となる。
 冷えるので午後2時には薪ストーブを燃している。1日2束要る。
■種田元春著『立原道造の夢みた建築』の感想文のための骨格要約できた。新コロナで外出もできそうにないので、ここは腰を落ち着けて1年掛けて書きあげる予定だ。そう書いておこう。

■今日の自撮り動画は寒くて頭が回転しない午前に撮ったもの
 大阪万国博覧会とお菓子の缶
50年ほど手紙入れにしている「おこし」が詰まっていた「津の清(つのせ)」という大阪お菓子屋のスチール缶を開けると1970年3月末の大阪のあの空気が立ち上がるきがする。1970年、19歳の私は新入社員入社式のため関西圏に入った。「大阪万国博覧会」や「よど号ハイジャック事件」「山陽新幹線」に関する受注工事などで社内も社外も大騒ぎだった。夜間でも大阪万国博覧会の会場は3月14日商業運転したばかりの敦賀原発の火によって煌々と輝いていた。1970年は私も日本社会も転換すべき年だったと今は思える。そんな事をとりとめなく話した今日の自撮り日記(2020年12月16)






12月15日 2pほどの積雪があり牡丹雪もときおり舞い散る寒い日となる

 詳しくは今夜かくことにする種田元春著『立原道造の夢みた建築』について
感想を書き始めているのだけれど人生と重なる、関係している点が多いような気がする自分の人生年表=目次をざっと書いてみる。これに肉付けしていくとさらに目次が増えていく可能性がある。感想文とあまり関係ないのは後回しに書くとしてまずは立原道造が亡くなった24歳まで自分の人生も書いてみよう。そう思い始めた。そんな 1日となる。

 12月14日  

■食材を買いにスーパーに行く。冷える日だが注文多く山と成り背に食い込み思い。こまめに買いに行くか、どっさり買うか寒くなってきたので迷うことも多くなる。

■自撮り動画を撮る 種田元春著『立原道造の夢みた建築』について
 夜、動画をみた著者の種田元晴さんからフェースブックにメッセージが入る。ありがたいものだね。
 自己記録なので閲覧者数は気にしていないのだが、20世紀にはありえない早い反応と思いがけないweb活用に幸いを思う。不思議は日常があること実感し続ける日々でもある。感想文は上手に書けるのか不明だ。しかしコツコツ1月ほどは書き続ける。

 今年2本目の感想文を書きはじめた。1本目は渡辺菊眞さんが刊行された「建築書」についてでweb公開した。二本目は種田元春著『立原道造の夢みた建築』についてで数日前から書き始めたばかり。菊眞本の感想文も長くなったが、元晴本の感想も長くなりそうだ。それは自分の人生を書いてしまうような気がするからだ。だから書いている途中で放り出さないため自撮動画を撮って事前公開してしまおう。SNS時代は長い文章など迷惑なものだと想うがweb文はオンデマンドなのでさほど心配はいらない。2020年12月14日












 12月13日 ときどき雲間から光射す冷える一日

 感想web記録に似顔絵を付けようと思い、昔の写真を引っ張りだして描いている。自分の顔も家人の顔も、さほど変わっていないと思っていが、50年前も10年前もまるで別人見える。似顔絵は難しくさほど似ていない仕上がりだけど、雰囲気がでていればよしとする。描く回数が増えれば上達するかもしれないし、まったく上達しないかも。

 目の間隔 目と鼻と口の感覚や傾斜など、それを観るめと観たままに手が動かなければ似たようにはならない。プロの画家なら見る事、描く事、手をバランスよく動かすことなど瞬時になせるかもしれない。中学生、高校生、社会人に成ったばかりを含め10年ごとの写真を見ながら自画像を描きならべてみたくなる。時間はいくらでもかけることが可能なのでCOVID-19下の暮らしに合っているように思う。

1971年1月4日、仲間と共に恵比寿から原宿へ電車で行き、明治神宮に初詣したさいに代々木体育館の東側の広場、石畳の上で撮ったもの。今はデジカメで自撮りだけど、当時はフィルムカメラで撮り、現像して注文を受けて焼きまわした写真だ。私はカメラをもっていたかさえ定かでないし、誰が撮影したのか覚えていない。似顔絵は顔が長くなってしまいすこし違うけどなんとなく似ている気もする。鶯色の和服だったので色鉛筆ですこし着色してみた。鉛筆画なのでスマフォだと線が強くでてしま軟らかい感じが消えるから撮影は難しい。

 家人浅草生まれの下町育ちでよく笑う、という微笑む人なので、写真はほぼ微笑んでいる絵が多い。それはお母さんが面白いことを言い続けて育ててくれたかららしい。東京大空襲を受け上野の山に逃れ苦心惨憺した家族でも笑みを絶やさない暮らし方は、子供に一生笑みの有る暮らしを与えるのだと思う。

 放射能沈着やCOVID-19によって微笑を失ってしまった家族も多いと推測するが、大人は努めて微笑みのある暮らし方をするのがよさそうだ。そう思う今日の似顔絵タイムだった。


 12月12日 たり

■種田元春著 『立原道造が夢みた建築』の感想web頁用の似顔絵や図を描く。上図ではないけれど著作権を気にしたくないので、絵も図も全部手描きでやってみようと思い始めたら何枚も描いてしまった。炬燵に入って描いているので続いてしまうのかも・・飯作り以外は、あそうだあれも描こうと資料や本を出してきたりして、道草くいながら作業しているので、いつまでも仕舞が来ない気がして面白い。

■今日の自撮り動画は 「似顔絵描いたらおもしろい」
スマフォで顔を撮るのに慣れてしまい似顔絵を描く楽しさを忘れていました。ふたつ月ほど前ふと思い似顔絵を描いてみました。似ていないんだけど描くことが面白いことに気付きました。似ている必要なないんですよね。で、古い写真やwebに落ちている顔を拾って小さい場合はPCのモニターに映しながら描きます。材料はシャープペン一本と白い紙です。それを使い10分から15分ほどで一枚描きます。ちょっとした時間にメモ帳に描いたりもします。A5の用紙だと20分ぐらいかかります。鉛筆ならではの儚さは写真には無い味わいであり、描くほどに好きになっているような気がします。色鉛筆もあるのでそれで描くと儚さは消え生気が現れるような気もします。そんなことを話しました。(自撮り日記2020年12月12日)



 12月11日  冷えが厳しいので薪ストーブに火を入れた

■午後銀行に行き灯油代を振り込む。リッター78円と昨年高値は100円だったので助かる。我が家が出来た時は60円ほどだった、そんな記憶があるが正確か疑わし

■種田元春著 『立原道造が夢みた建築』の感想web頁をつくりだす。写真や図録はどは著作権侵害が発生すると迷惑をかけるので、似顔絵などもシャープペンで手描きでしてみようと描いてみた。種田さんの顔は正確かどうかわ不明だがネットで検索して最初に出て来たものを観ながら、原道造の似顔絵も同様にして描いた。手描き絵は気楽に使えるそれらしさが溢れる、A5ほどの紙に描けばさほど時間も掛からない。もっと早く気付けばよかったな。8月以降なにげなく顔を描いてみていたが、ここで役立つとは予想外で嬉しい。

    

 12月10日  気温がさがり、寒い日である

■種田元春さんの著書を昨日読みおえたので、感想文を書き始めようとしたが雑事にて手をつけられなかった。メモ書きだけ残した。

■自撮り動画は「干柿」について話した。  
隣のおばさんは柿の木を見上げてじじゃ、大きな口を開けては「干し柿にしらららら頂戴!」と言っていた。一月前に柿の実をもいで、こつこつ皮をむいて縄に掛けて寒風にさらした。水分が抜けて見た目も干し柿らしくなったので、放射線測定所に1kgちょい持って行って検査してもらった。このごろは持参品をミンチにせずそのままで農作物の内部にある放射能量を測れるので時々検査しに行く。計測所の張り紙には「干し柿の販売は自粛せよ」と書いてある。「食うな」とは書いていない。測定したら計測不能=20ベクレル/kgであった。「計測した」と伝え、隣のおばさんにあげたらリンゴをたくさんもらってしまった。ぶつぶつ交換になった。干し柿を眺めながら、だらだらと自撮動画しました(2020年12月10日)


12月08日 
 ■日米開戦の日なので、50年前の週刊誌では話題になっていたけど、今日の新聞でそれに触れた記事があったのか、それは知らない。
■my設計建築の床暖ボイラー交換作業が終わったので、現場を見つつ、支払いと今後のサービスについて、手書きで記してもらう。
 書類整理などの後は発注者の方と呑み会になる。肴は手作り野菜を手料理した品々で味も薄いので、のんびり呑む

■建築業界の劣化はてを付けようがないけれど、隆盛時にそれを作らなかったのは業界の手抜きとしか言いようがない。だけれど、何も関わって来なかったので、直接業界に苦情は言えない。という村社会につべこべ言うだけ無駄というものかもしれない

■ 今日の自撮り動画のお題は 「専門家と野の者」です
東日本大震災によって起きた多彩な被災地、あるいは台風による水害などの被災地に入り、私のような野の者がボランティア活動をしていますと、行政に雇われたり・派遣された専門家や研究者に会うことがありました。来年3月は10年経ちます。近頃もカレンダーふうな各領域において、彼・彼女たちの発する多様な10年報告に接する事も多く、年を越すとさらに多く報告に接することがあると思います。今日は被災地において専門家と野の者協働は被災民に有効なのか、またそれはどうすれば可能なのか・・・を考える前に、ざっに話してみました。(自撮り動画2020年12月08日)

 12月07日  冷えているがまだ家の周りには雪は降っていない。

 今日は眠くって寝てばかりいた一日。家人はいろいろな病にかかっているけれどせっせと病院に行って治療するようになった。統合失調症の克服がなってきている、それにしても30年は掛ったが、フクシマ原発による放射能沈着がなければもっと短くて済んだかも。

■今月は撮る回数をへらしている、自撮り動画。今日はzoomを体験しての思うこと話した。使いこんでいくと、zoomに対する考え方も変わっていくかもしれない。機会が少ないので変わらないかな。

■ 生きていると「ためになるけど面白くない」そのような事態に多く遭遇します。オンライン・ワイワイを3度、体験しただけですが・・・面白くない傾向にあるとの直感が湧きました。今日の自撮り動画はZOOM感想のようなものを話しました。  建築士の方なら3年に1度定期講習を受け履修テストまで強要されます、事前に数万円支払っている。ですから、オンライン授業のつまらなさは骨身にしみて、詰まらない!とむかっ腹を立てている方も多いことでしょう、役に立つけど面白くないうえにお金もむしり取られる。  今年流行りのンライン会議はcovid19によって強引に立ち現れました。そうして、教育現場をふくめ多くの会議の場はオンラインによって事足りる。それのことが明かされてしまいました。  一方「リアルな現場で会いたい人に会う」そのことの意義も深く痛感させられました。愛し合う者に会いたいな・・・と深い息をつき続ける人も居ることでしょう。人は次の瞬間死ぬ可能性が常にある生き物や「会ったらいいんや!」と私は思います。

 12月06日 

 建築学会によるZOOm会議に会員でもないけれど参加して拝聴する。10人の講師による発表でお題は「歴史意匠部会、地方計画部会、建築計画部会による、「災害の記憶を継承するまちづくりをどのように進めるのか」(東日本大震災10周年シンポジウムWG5)
 東日本大震災の被災上状況も人の数だけあるので、それらを抽象的にまとめて語ること、そしてフクシマ被災の事実は仕舞が不明で継続中の放射能災害なので、カレンダー的にまとめようとすること自体が問われなければならないだろうと思った。10年区切りで語り合う意味はあるけれど、当然拡散するだけで、まとめようとするとそれぞれの方の結果報告会になってしまう。
 日々の暮らしどうように地道な日々の行いと人間関係のなかから被災支援も成り立つことないので、当然の結果日々なのを成していきているかに収斂されてしまうだろう。

■zoomの活用法を体験するために参加したので、すこし書いておこう
 Wi-Fi環境によって通信制限が掛かるのでzoom放題の2万円とWi-Fi通信料が要ることになるので、誰でも気軽にZOOm会議を主催者になれるわけではない。建築あそびを開いた時に会場を開くまでには食材から光熱費、交通料は要るのでお金に関してはさほど違いが無いかもしれない。しかし地球の裏側の人と会議する場合は断然ZOOm会議はお得だろう。
 ことば悦覧のような、聞き取り活動にも使えることは以前のスカイプ同様だが、現地に行って、その場の空気と無関係な人々の生き様の中で聞き取る事に意味があると。そう考えているのでZOOm会議参加し経験を得ても、my聞き取りをZOOm機能で済ませる気分にはならなかった。
薄い人間関係の中で情報を伝え合う、教育のような機能は置き換え可能大だ。でも関連機器を購入し通信関係費用などを含めIT環境を整える能力に差があるので、リアルの場同様格差は消えない、お金持ちが教員をやとって家で教育することが出来ると同様、ZOOm教室の教育レベルはお雇いできる教員の質に左右されるので変わらない。むしろ義務教育の教員にあるだろう質の差は消えてなくなるだろうから、子供がモニターの前でじーっと学ぶことに耐えられるかどうかは別にしてZOOm教室いは一定の意義がある。

 12月05日 
 名取市文化センターに出かける 以下FBコピペ

第17回 #全国高専デザインコンペティション
@名取市民会館。お題は「こどもパブリック
○空間デザイン部門を観に来た。全国高専から参戦した110点ほどの中から、予備選で16点に絞り、7分プレゼ6、分質疑応答計13分をもって、5、6日の二度の審査員との応答を経てようやく、日本一を決めるのだそうです。二日に渡り二度と丁寧な審査方法です。予選を経た16個人あるいはグループで本戦模型は1.5メートル立方体に収まることが条件だそうです。
ボランティアで参加の高専生は的確に応答してくれるので、理解しやすいコンテストと展覧会です。日本一になると副賞は何か?とたずねても分からないとの事です。

会場に入る前に検温と手の消毒さらに連絡先を記すのでcovid19感染が発生しても追跡可能となっています。主催者の対応は万全ですね。

zoom in全国大会におけるプレゼンの可能性を堪能中。動画を見せながらのプレゼンは、コマーシャル動画を見まくっているので、高度な動画を学生がこなすと無敵だ。だがコストも膨大にかける事ができる!縛りをどう設定するのか?それは難問だ
音は空間デザインzoomが断然聞き取り易い!同じ名取市民会館なのに?


zoom動画審査が進展すると模型の意味意義が変容してしまう感じ。発声方法習得が必須かも。アバタープレゼもプレゼできるので応答もアバターを動かしてと。ほれも可能だな、うん。zoomじゃなく実は2時間の審査動画だったと、騙すこともできるね

3Dアニメ動かしてプレゼ中。やはり模型より断然説得力ある(アニメ動画の威力炸裂しまくる、で共有共感強まるんだねー)

会場に来る、zoomに入室する。それぞれの違いが会場に来ると分かる。リアルかオンラインは。オンラインはたくさん方とある種の情報を共有可能な点は優れている。が、zoom送り手が情報をコントロールし易い負の面もある、


高専生のzoom対応力に学びまくる!来てよかった。明日暇なかたはぜひ名取市民会館にきて(プレゼントあるか?不明です)体感されるとよさそうです

zoom見た目は男女不明(観音の世界)なんだけど、プレゼ力は女高男低かな

学生が選んだよ!日本一。それもあるといいなー。zoomで審査員と学生の視線は等価に成りつつあるけれど求められるている振る舞いは等価ではない。審査員3人と学生一人がzoom画面は均等に並ぶ


zoomの登場はアカディミックハラスメントを駆逐する可能性が高い。また教員抜きで学生同士が議論ができてしまう。大学って何なんだったんだ?問題浮上するし、
 参加者は地域をこえ時間を合わせて議論すれば、等価で民主的な場が成り立つ、面白いツールなんだね

高専という等価平等の在り方が前提となりzoom講評が成せるんですね。
 大学間ではこのクオリティと共同感は成せないでしょうね(大学間の価値がバラバラだからいいんだけれど)
だから大学日本一展は大学自身が大学の特性と個性を間違えて捉えてるから出来てたんですね。ですからダメ元出品で、翌日には次の審査会場に運び込んでおなじ行為を繰り返してしまうと


 12月04日 たが風は冷たい

■家人は緑内障の手術を受けたので、通院している。だいぶ経過は順調で良さそうだ。
■my長男に農協直難所からリンゴを送る。ついでの甘味が薄い規格外のリンゴを家ように買う。帰り道にスマフォ会社により、ストレージを50GBに増量する。月々140円の追加を支払うことになった。自撮り動画を撮っていると途中で切れる不具合は解消されそうだ。
■床暖ボイラーの交換現場による、一人親方なので予想道理行き戻りつしていて、現場の様子を見ると明日に終わるのか?疑問である。 いろいろ言い訳をしているのは仕事が出来ない奴だという証だが、修理する人がいないので仕方がない。
■自撮り動画を撮りYouTubeにアップした
タイトルは「岡田栄造さんのこと」 
岡田栄造さんの博士論文『材料技術と道具観の相互依存に関する研究ー金属回転昇降椅子の歴史的展開と社会的知識の創造』を読み返しました。面白いですね! 2009年8月6日とサインがありますので11年前の原爆投下という記憶すべき日に手渡しで頂戴しました。昨夜、11年ぶりに読み返し副題にある研究内容の意義を改めて噛みしめることになりました。歴史的展開と社会的知識の創造についてですね。私はこの11年の間、岡田栄造さんにも「人生の幸い」というものをたくさんいただいて生きることが出来ています。そこで岡田栄造さんのことを思いつくまま、記憶違いもありますが、そのまま話しました。(自撮動画2020年12月4日)

12月3日 寒風吹いて雪かと思うほどだが晴れたり曇ったり。夜になっても顔が寒い。薪ストーブそろそろ使いだすか。

 my長男が河北新聞社会面トップに載ったと知る。311以降歴史資料レスキュで何度も掲載してもらている活動内容だがまだ15%ぐらいしか、津波でよごれた古文書を綺麗に整理して所有者に返せてないそうだ。綺麗にするめに多くの市民ボランティアの方々がほぼ10年続けている貴重な支援だ。予算も人材もないなか続いているのがいい。
 web版の一部をコピーした。紙面も県立図書館でコピーしておこう。い


■北側の庭に生えてる冬枯れの紫陽花の一部をを刈って処分した。

■岡田栄造先生の博士論文『材料技術と道具感の相互依存性に関する研究』を読み直してみた。面白い内容だった。多くの人にも読んんでもらいたいものだが、日本では博士論文を読める場所がないのかもしれない。俺は「博士論文をください」といっていただいている。
■自撮り動画を休んだらweb日記アップ速度がスムーズだ!やはりこの数か月にわたりWi-Fi環境を使いすぎていたのかもしれない。1日おきに動画日記にして様子をみよう。

12月02日  暖かい陽射しがあったので昼前後にわたり布団を干す

地酒についての自撮り動画を撮る。動画アップは2〜3日に一度アップに抑えてHTMLで日記を書くようにする。動画を続けると声が出るようになるし、10分以内話すことで頭の体操や話をする練習になるので、動画の良さを捨てたくもない。

午後、所要にて町に出る、簡単に用事は済んだ。帰り道図書館によって古い週刊誌をまとめたもの7冊を借りる。生まれたときからのモノの値段をしらべていたら、週刊誌にそのときどきの値段に関する記事が多いことが分り、値段調べをつづけていると建築や土木、そして建築家の記事もみつかるのでフェースブックにグループをつくって、見つけた瞬間にアップしている。データはだいぶ溜まってきている。フェースブックは一覧性がわるいので、web頁にまとめ直そうかとも思っている。まずは60年代の記事を見終えたら整理してみたい。

■動画 タイトル 「地酒いろいろ・呑み方と味」 
師走は地酒を呑む機会が多いので「ふくしまの地酒」あれこれを話ました。お酒は食べもの同様「文化」そのものですから、人それぞれに深い思いがあるのは当然です。私が「福島県の地酒」について鍛えられる機会を得たのは、1980年代なかばから我が家で始めた「建築あそび」を介しでした。その後、不可思議な縁で「酒造組合の方」にお酒と必要機材を支援してもらうと同時に、県内酒蔵の「お家の事情」から蔵の特徴、蔵同士の権力抗争など裏情報も含めて20年以上得ることになってしいました。地酒の味は千差万別ですが福島の奥深い文化をそのものをお酒をとおして堪能していました。1980代半ばまでは不味かった福島県の酒が全国鑑評会で7年連続、金賞受賞蔵日本一になるまでの物語も直に知っております(現在は縁が切れました)愚痴を聞かされて呑むのが一番まずい地酒となります。二つの文化愛とお酒の掛け合わせると飛んでもない世界が現れるものです。どんな拙い!悪酒だとしても「ラブラブ彼女と呑むのが一番、うまい」ことは言うまでもありません。美味い地酒をラブラブ呑むなら天に舞う様となるでしょう。そんな地酒・文化あれこれを自撮動画日記しました。(2020年12月02日)

 12月1日 曇りがち 朝夕冷える

 27年前にできた設計したコンクリートボックスの床暖房のボイラーが壊れたので、器具を取り換えるために打ち合わせをする。設備を施行者も潰れた、身近な人で交換できる人がいないので、メーカーが使っている業者を紹介してもらう。一人親方だったので数十年はもたないだろうから、なんとか設備業者を探しておかなければいけない、と思う。

■食材を買えおいて、福島駅前の物産館に地酒を買い宅配依頼い行く。精算上で福島県が発行してるプレミアム商品券をすすめられたのでそれを買って地酒と交換した。4割増しの商品と交換できた。4割増しだけど使える場所が少なく限定されているので、地酒を買うだけの俺には好適商品券だが、目的を絞りきれず使わないでいると期限切れになるだろう。正月用の酒も要るので少し多めに商品券を買った。今年の正月は何を呑むかあれこれ観てあるく。地酒も売れ行きがいいので、希望酒が買えるとも限らい、早めに注文しておく方がよいかも。

■夕方から頂いてきた大根を煮て夕飯のおかずにする。味付けまあまあだった。

■昨日まで3ヶ月弱、自撮り動画日記をアップしていたけれど、動画はデータ量が多いからだろうが、Wi-Fiの通信制限が掛かってしまい、web更新もアップしずらくなっていたので、3日おきに動画を撮ることにしてみた。それでもHP更新の通信速度が重かったら4日置きにかえて、丁度良いWi-Fi環境を手探りで当ててみたい。

■大阪の下町の知人のオヤジが鬱病になっているとのことでメッセージをやりとりする。大坂もcovid19に感染する人が急増化しているので、そのストレスもあるだろうし、年齢てきな更年期障害も重なったりすると、欝に成りやすい環境なんだろう。精神疾患も感染するので傍に暮らしていると鬱症状が広まる。でなるべく離れて暮らしことに努めないと気分が滅入るだけでお互いによくない。そう思う