佐藤敏宏の 2008年 03 月の日記       home  

 02月へ  01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 
 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  4月へ 

 3月14日 曇りのち雨 

デングリ返りが2回出来た。高校生の時 クラブは機械体操だったから、曲芸まがいのことが出来た。今は幼稚園生だったできるだろう、デングリ返りだって出来なかった。 いきなりやると怪我するからしないように!

去年の暮れから体操などをコツコツやって準備して、やっと今日グルンと回転してみた。 腹筋が無いので全くもって酷いスッと立ち上がれない!。デングリギャールってな様相だった。が、回れた。 2年ぐらいかけて後転倒立ぐらい出来る様になりたい。3年後にはバック転クリンクリンと連続出来るかもしれんんな。オヤジ元気でバック転(爆笑)そうなったらいいいな〜。

皆を呆れさせたやろう(笑い)今は手首と腕の筋力が無いので、挑戦すると手首捻挫する怪我だからしない。倒立は出来るので 準備すればなとか成るだろう。

●文字起こし、してたら 何時の間にかに成ってしまった。暖かい。春だ予想通り同居人に心配な点が一点出た。覚悟してる。予想では去年のより平安なのだが?予想は当たったためしがない。突然来るより心構が常にあればショックは和らぐ。 

他者との交通・交流の要点は、異なる他者、つまり「考え方が全く異なる人間と交通の可能性を確保、常備する」と言うことなんだ。

気の合う人間との交流交通は常にやることなので、それが無いとなれば、もはやその世界は「砂漠だ」と自認すべきだろう。

一番厳しい他者との交通、その点は相当鍛えられてしまった。何しろ10数年体験しているのだから当然かも、身についちゃうのだ。 オネイチャンの心変わりだろうが、気まぐれだろうが 仕返しに〜(なんの〜爆笑)ラブラブデシカメネタをウィニーでばらまく事は無い。 オヤジの怒りだろうが無知だろうが、2チャンに書く事もない。

 立場の異なる他者の我欲に面しても、こなせるようになった。予想もしてなかった人生の戦利品


 3月13日 晴れ 大蒜の芽がぐんぐん立っている 円高100円切 

 毎年今頃の確定申告は14日までか!作業を始めたら、17日が締め切りだった。やれやれ。

黄砂じゃあるまいに目がチカチカする。花粉症状がでのかな。4、5年前からこの時期になると自覚症状が出るようになった。

家の内にも自分の眼の内にも問題が顕在化する季節だ。 気の重い陽気が2〜3ヶ月続く。今年は軽い症状でありますよう祈りたい気分だが、祈っても効果は全くない。焼酎瓶を撫でてるほうがましってものだ。 呑んで症状を加速させると(笑)酔っているのか花粉症状なのか分からなくなって、暮らすと(笑)

街に出た大学講義編、文字起こを始める4時間ほどあるらしい、コツコツ起こそう。

3月12日 晴れ

文字起こしが過ぎたのか?。PCが不調になり、昨夜は日記書けず。文字は起こせた。1年分の大学講義文字起こしはよそ見しながらも3ヶ月ほどで済んだ。すっかり講座受講生気分(爆笑)未消化の部分も多いけどね。学問の面白さとスリルとその濃密を知った、体験したと言い替えても良いような気分。

 それにしても、学問はエビセンである。一度食い付いたら終わりがないほど、食べれば食べるほどに良い味を出すものだと、つくずく。悩みも知った、判る事と判らない人の溝の大きさ、深さの現実に目眩がするような気分。

大学の先生って大変だね! 精神科医と幼稚園の先生の気質が合成されかのような、人格じゃないと勤まらないだろう。

他に、今時の学生さんの気質にも触れた気分。その触れを通して家庭に居る親の心理が透けて見えたような気分も。一気に時代を味わえた3ヶ月。なんとも濃い時間

学外編が4,5時間あるので、まだまだ終わらない。PCなんと順調に動いて欲しいのだが。

 3月10日 くもり 午後から雨 

文字起こしをしていたら、ブツと音を立て、一つのモニターが真っ黒に。ウィルス感染した!か〜、糞〜。キョロキョロ見回すと、方々の電気器具の稼働ランプが消えている。

ブレーカーでも落ちたかとブレーカーを見る。落ちてない。 階段下りて各戸電気の計量器が回転してないので停電だと判る。5分ぐらい掛かった。15分位で東北電力の黄色い車が沢山行き来してハイデンセンのコショウです〜告げる。復旧するまで50分。データは保存されていた

●何も出来なく無くなってしまったような、錯覚に陥るね。人々との交流もeメールで連絡も電気使ってしている。情報が無いための被害に突き落とされた気分になったりする。お姉ちゃんとの性愛的デジカメデータを見ることだってできない(笑) 文字だって起こせない。

東京新聞WEB版によると(優れて近代機械人間=)校長先生が「彼に写真を送る」「君の裸の写真がある」とオドシて逮捕され(笑)。電気が来てないと性器の写真は送れないんだね(爆笑)こういうオヤジが送りつけて来た生写真を女性から見せてもらったことがある。

彼女に相手にされなくなった男は幼児帰りしたかのように、性愛生写真をばらまくダダ者に成る輩は多い(笑)憎悪は対切り分け不可。 停電でそんなことは考えなかった

●生まれた時から電気はあった。

無い暮らし振りを想像してみた。

俺がやっているような建築あそび的交流は無かったのか?。

有った。電気が無くても人々は交流する。高度に人間的な文芸的交流もしてた。頭の絵は電気無き時代の連歌会様子をWEBからいただいた。商人や百姓の像が加えられないので、事実の全てでは無いと思う。福島近郊では連歌や句会が多く催され交流があった。

上の絵柄は江戸末期と明治を生きた河鍋きょうさいさんと言う人が描いた、書画会の図の一部。電気なんか無くって書画という概念を共有し老若男女一心不乱に交流しているでないかい。身分制は文芸的な場では働かせていないのだろう、武士も芸妓も色々な職種の人が交流してる その証拠の絵。ライブ 即興性 速報性を比較してみても 今の時代を 遙かに圧倒している

今の社会の方が 各戸。各個が分断され、貧しく見える・・そういう気分になる
 レブラブ写真ではなく 
● 停電になって俺はこの絵を思いだし 連歌会の事も考えた (笑い)   

 3月09日 晴れ 暖かくなってきた

15日までには、大学講義文字起こし残り4コマ分 6時間分の言葉を1週間で頑張れば文字に出来そうだけど、無理しないで作業を休む。 耳休み。PC音は疲れるので、ナイスな高性能ヘッドホンを頭に付け聞いている。で、昨日の信夫山の山火事に気付かなかった、目と鼻の先なのにだぜ。トホホ。 

 朝から1日当てて、2月10日に行った建築あそびin竹屋のWEB頁を作成をし続けmp11頃終了。4時間ほどの音声を13頁ほどのWEB文字に仕立てた。 参加者の 皆さんにデータを送る。絵は付いてないものでWEBアップなら即出来る。 絵がや写真がないとオモロク無いので 数ヶ月かかって作業予定。  


 3月08日 晴れ あれ、昨日日記カクのわすれてら〜(笑) 

貯まるものは税金の督促状の枚数と、焼酎の空き瓶の数と、文字起こし後のデータ量である。

・無収入の上に暖房用灯油代が高くなり過ぎて税金が払えないので枚数が増える、差し押さえて下さいと市役所に伝えてあるので、金が出来るか差し押さえで処理してもらうか(笑)俺はどちらでも良い。財産に魅力を感じ無くなってしまったので未練は無いから。

焼酎の空き瓶が増えるのは、毎日文字起こし三昧であり、9時過ぎると呑み、キーを叩いて居るのでついつい増えたわけだ。孤独死のテーマはようやく今日で終わったが、まるまる1本呑んでしまった、普段の3倍の早さだ、呑まずに起こせん孤独死文字まわり(笑)。 今日も1時間15分ほど孤独死文字起こし

●夕方 姉が来て「血縁者が死にかけているので覚悟しておきなさい」と言に来た。。行かないと告げた。俺は通夜にも葬式にも行かない。my兄弟にはその主旨を電話で説明。「母親が死んでも行かないかもしれないよ」と告げた。人間じゃないんじゃないと思われてもいい。

 葬式参加の不義理はこの数ヶ月で2回となり、白眼視されてるんが説明せずに、そう思ていただく。そういして置く方が、各自の生活に 平安をもたらすと思っているからだ。 弔いと言う人間にとっての大きなイベントかもしれんが。「死んだ者から見た意義を全く感じない」と言う心持ちもある。親しかった友人が数名若くして死んでしまったことも影響してる。人の「死」を単なるイベントで解消したいと思わない。毎日考えて生きる。まじなテーマであるし、何時死んでも良いように生きているから、俺の死も、他人の死の事実も大きな問題ではない。 葬式イベントは 強いて言えば者が生者を交流交通させる儀式である。そういう事なら

生きて居ても「会いたい!」と思わないので、死んでから会いに行くのはインチキだと言うことで正直に体現する。 俺は生きている人間に会いたい。俺が死んでから、会いに来て欲しいとは思わない。俺に会いたいなら生きている内に来いと言うことだ。 死んで自分の死体を俺の身体が 片づけられないなんだから他者「ウジ虫に食われてもいいじゃないか」 

(個人)人間の安全保障という概念に伴って各種制度を整え共有運営できれば、葬式イベント等という宗教的インチキ行為は 俺には不要だ。 俺が生きている内は出来ないのでそれなら ウジ虫の餌でもいいじゃないか

3月06日 晴れ 

昨日送られてkた講義DVD 1コマ分のTHmlデータを送る。孤立死の文字起こしをしていると 放置され腐り行く人間の状態が細かく語らえているので、腐っり人臭=タンパク質が腐った臭いやら、人間を食っ尽くすウジ虫や腹白鰹節虫の絵が見みえるようで、幾ら焼酎を呑んでも鼻孔に残る死臭は去らない。 

孤独死問題は小泉改革にて企業から法人税をとって、以前その企業に奉仕し廃棄された元会社人間廃棄機械にエネルギーを注がない様を見ているんだからな。

破棄された機械が立ち上がり運動を起こさない、小泉改革を支持したワーキングプア機械と親子関係にあるから悲劇が悲劇の首を絞め合う、それを眺め懐を肥やすグローバル企業や勝ち組とほくそ笑んでる者ども、死臭は避けられないぜ。

株安、円高(日本の米国預金は減る一方)、リベラルか社会保障か日銀総裁選び大もめ、国会審議は止まり、世界は去年から高波インフレ波動へ乗り入れ 孤独死孤立死の渦を加速さしている。 今年あたっりからよいよ移行期は本番だ。オモロイ社会波に揺られ生き続けょう。


 3月05日 晴れやや風があった

大学講義文字起こし用DVD5枚届く 早速1時間ほど起こす。孤独死孤立死)の話。それは近代主義が起こす窮極の悲劇であると思っていたが、その様な実例が語られていた。近代主義者は近代主義が起こす窮極の病を治癒出来ない自明の理だが救済すべく手を伸ばす者がその構造を理解出来てないから幾重にも悲劇繰り返され広がる。この問題は今後30年位繰り返されると思う。

米ドル印刷し過ぎによるインフレ傾向は、それを極度の事件とし顕在化させるだろう。そして豊かな社会に生きているにも関わらず「酷い社会に成ったもんだ」と人を嘆かせ続けるだろう。近代主義批判が俺の建築のテーマであるから四半世紀実践し続けていたので、孤独死に対しする概ねの建築的答案は持っている。一つの具体的案は、1年前、星座型居住事例 提案だが、それは僕の身近な社会から否定されて居る。近代主義者にとっては受け入れ難い案であるからである。大いに嘆けばよいだろう。

●松島潤平さんが建築あそびin竹屋編。1日目レポートに、続き二日目のレポートを昨夜半に公開した。潤平さんブログを見て頂ければ幸いです。

何が幸いかと言うと、近代主義が起こす悲喜劇のおおよそを知っていて彼らはそれを「批判的工学主義」と言うアイキャッチにて語っている事だ

松島さんの2目のレポートはそれをmy建築を語りつつ、近代主義の問題とポスト近代主義者達が取り組まなければならない課題と戦略を、レポートの中でそっと提示している。俺は彼ら建築主義者と問題を洗い出し始めただけで、総体はまだ照らし出し切って無いので。今日は一寸だけ書く。

形式によって建ち上げるアーキテクチャ型権力と東さんが情報自由論で紹介されている監視強化型権力相似だと言うことを知っている。建築で言う形式的図式はプログラミングで言う処のアーキテクチャーである事も知っている。

それらを展開するときに「建築家の倫理」そして「プログラマーの倫理」の重要さを問い出し語り合い、育成更新作業を続け、それぞれの場で手に入れ実行しなければ、技術の人間的進歩が意味を成さないと言う肝も理解しているのだ

●実はBOXを作りつつそういう建築主義者が俺の目の前に現れる日が来るなんて、夢にも思って居なかった自分の想像力の貧困さを同時に味わわせて頂き幸いなのである。建築主義者たちに対しても、俺は貢献せねばならない。そう思い立たせる潤平さんのレポートである


月04日 晴れ
 
大学講義文字起こし好評につき追加6コマ、・・だと思っていたら。学校外で行ったイベントの記録も見つかったようでDVD5枚送るとメールがある、ビッシリ書き込まれていると10コマ〜15コマぐらだろう これは大変なことに成っそうだ。今月後半よていの東京インタビューを行いながら 宿で文字起を続けるようになるかもしれないな〜。年度内に終わらないよ。

建築あそびin竹屋の文字起こしは後半部100分を95分を終えた。あと5分だやってしまおう。日付が3分ほ越えたが終わった


 3月03日 曇り黄砂の影響だそうだ

今日はひな祭りだと言うのに、姫の夢もみず。かわゆいお姉ちゃんが出てこないひな祭りは寂しいもの(涙)

昨夜ヨッパラッテ夜更かししてしまったので午前中グダグダと寝ている。

午後おきだして文字起こし。スターとが遅かったので50分ほどしか出来ず。音声データの半分は起こした。残り100分ほどだ。明日一日で起こしたのだが。夜になると焼酎を飲みつつ起こすのでスピードがあらがない。

音データは当日の音声がそのまま残っている、僕は1月、年老いたのに記録は当日の若さのままだから不思議「夢なぞってる〜」って感じで起こしている。

 夢の中の関係者そして特にガールフレンドが年老えないのはなぜだろう。他者には夢で会えばいいのかもしれない。良いツールを手に入れた時代になっているな〜

3月02日 晴れ 

2月10日の建築あそびin竹屋旅館で採取した参加者の言葉を文字にしはじめる。70分ほど出来る、イントロを俺が20分ほと話している 後は5人で話し言葉が小さな雲になったり大きな固まりになったり消えそうになったり進展して行く。

●ようやく坂倉建築研究所内建築家で建築主義者の藤井亮介さんのhpにて上記イベントの報告とコメントを読む事が出来るようになった。もっとも若い方だったのでhpの構成も異なりブログではない。チョイト風変わりな読みをしなければなならい。ドラックして見よ。新しネタほと最初に出る、で藤井さんの学生から成果物の 適宜な活動全体を見ることができる。 

後の議論まだ始まっていないけど、参加者そぞれの内で発酵され、一段濃度が濃くなっているようだ。その結果それぞれが、誰でもが参加できる、話しあいの場を方々にそれぞれで設営しては行い、解体し、記録としアウトプットとし適宜な媒体にて報告し、交流しつづけて共有し温床を作る覚悟のようだ。

既存媒体とは異なる「建築ふうセルフ・ジャーナリズム」とでも言い得るよう概念が醸成してるのではないだろうか。

●既存媒体はマス度が高まるほどに、既存(政治・経済・知的)権力と添い寝しているので、セルフなジャーナルは発表出来ないわけだが、建築はようやく負け組のその中でもどん尻に成った事で、貧しさに震えながらも本来内包していたアナーキーな自由と無法知を体感出来ているわけだ

課題は既存権力に回収される事無く、建築主義者たちは独立を獲得出来るのだろうか?が俺の至近の興味である。お金をお金で交換することが最も収益を得る手段に成った現在だからこそ、物と知が合成されて在る建築の潜在力が顕在化されるのは当然の事であるから、活発な議論を行い交流し、粗奴らの脳天気な頬を張りつけ、痛さを教えなければ成らないと思うのだ。

俺たちはお金を流し続けるだで幸いに成れる 千ズリモンキーではない。叉地下かから沸き上がる物を供給して世界と言う奴を支配しようとしている輩でもない。

 唯一他者との交流(性行為に=文化的行為)によってのみ、悲しくもあるが 新たな生という物を産出する場に生きようとする、無謀なサルである
3月01日 晴れ 

2コマ分の大学講義文字起こし 真夜中までかかっってHTMLデータにし送る。ホッ。明日から建築あそびin竹屋言葉それぞれを、ピチパチ立てるゾ〜(笑)

今日の作業は予想より2時間ほど早かった。一安心。前期分の講義も起こしたから、ほぼ2月間、他者の話を聞き続け、聞く事姿勢に芯が出来た、そんな気がする。また話の進め方についても教えらた点は多い。 ほぼ一年分の講義を聴き続ける。学生の辛さも講師陣の辛さも良く理解できたと思う。 生きるって大変さ〜と捉えることもオカシイんだがね。講義への ゲストの姿からは社会が見えて面白いものだ。日々の会社暮らしがある種の人間を飼育してしまう事も、陳列ケースを見ているように分かってしまうのだった。恐ろしや 

● 論座来る。今月号は台湾の廻りが特集だ、日本とは奄美大島から一泳ぎ地続きって感じだけど、ほとんど知識の無い馬鹿なので、良い機会だ。

 韓国でも新大統領にが就任してアジアは政治の季節だ。政治を語らない者はもはや人間ではないのではないか、そんな時代に突入している。グロバル化が起こすう予想外のねりだからね、いいんじゃない、環境問題の解決の道程もそうだけど。国民国家と言う制度が無能になりつつるあるんだから新たな枠組みで生きていかないといけない人類の訳だからね。食いものも資源も同じさ環境問題のようにね解決しないと

逆噴射だよね、餃子問題で日本のナショナリトがマタマタ頭を持ち上げワイワイ言い始めている、予想通りだね。

宇崎りゅうどうさんナイスな演技の映画「復讐するは吾にあり」だったか原作者である裁判を傍聴し続ける佐々木隆三さんの裁判小説もはじまりオモロそうだ。

●身近な問題では、少子高齢化に進展してて年老いたら、どうやって暮らすのか?これは日本全体の課題になっているけど、勝ち組意識と負けた者を差別している意志が裏表で在り、お金で解決していできると思い込んでいる人は多い。おれも色々言ってきたけど「自分だけは安全だと信じ込んでいる差別意識持つ者ばかり」で、討論できないのが現実だ。「老い死行くための集合住宅」と言うテーマは建築家なら当然考えているテーマだからね。山岡淳一郎さん(1959年生)がレポートを始めたようだ。興味深し