sunchild てつがくカフェ@ふくしま 2019年2月16日   2019年 作成
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見たいという人に観せるのが現実的

高3女性:いまの話をうかがったうえでの思ったんですけど。自分はサンチャイルドを見たときに、正直。わーすごいなーと思って。批判的な面も持たなかったし。かといって凄い好きって、最初からなったわけではなくって、周りの人でも興味ないという人もいれば、批判的に捉える人もいる。面白いってあの前で写真撮っている人もけっこういたんですけど。自分はこむこむの前に置くのは、興味ない人も見るし批判的な人も見るし、好意的に思っている人も、いろんな人が見ると思うんですよ。ギャラリーとかに展示しているうちは、自発的に見たいと思って見る人しか見ないから、批判とかも大きな声に上がらないし、見たいと言う気持ちがあるから、自分で見に来ているので文句は言わない人が多いと思うんですよ。
 空港とかも、目的が飛行場に来て、どこかに行くとか、もしかしたらサンチャイルドを見たいからと言って来る人もいて。でも、こむこむの前だと駅の前で、色んな人が見るじゃないですか。見る人の中で、なんて言うんでしょう、見る側を取捨選択できない、というのはちょっと問題なのかなーと思って。少しでも不安・批判の声があると今の世の中は、批判の声が大きく捉えられがちだと思うので。
 どうしても、もしまた設置するのであれば、今度はそれじゃ意味ないかもなんですけど、見たいといって来る人に見せた方が現実的だと思うんです。見たくないと言っている人に、見せようと言うのは難しいのかなーと。何も具体案を出さなくって申し訳ないんですけど、自分は今のうかがった話とか、ギャラリーに設置してとかの話も踏まえて思いました。以上です

W氏:まさしくその通りなんですが、ただ例えば越後妻有アート・トリエンナーレとかね、今、芸術祭で地域の中にアート作品を持ってきて、そのまま見せてしまうのが一杯ありますよね。僕はいつもデザインはね、デザインであればそれは問題を解決するけど、アートは問題を提起してしまうので、必ずしも100%受け入れる人がいるとは思わないけれども、逆に言うと、そういうことで今の考えで言えば、町の中にある彫刻作品とか、今「日本中にある、立体物はそれが嫌だと思う人がいたら全部撤去しなければいけない」という考え方にもつながると思うんですが。その辺はどうですか

高3女性:確かにそうだ通りと思いますけど、ヤノベさんの作品はいい意味でもメッセージ性が強すぎたのかなーと思って。なんか。正直、アートで問題提起する作品についても分かりづらいモノがけっこう多いと思っていて。防護服を着ていいるとかは直接的な感じなのかなーと。自分はあれを見て。すごい好きなんですよヤノベさんの作品。一回見たかったなーと思ったんですけど、観に行こうと思った前に撤去されてしまって。駄目だったんですけど。 会場ははははは なにかそのー。自分が思うなかで、町の中に残っている何か訴えかけるアート作品で、直接的なものはあんまりないかなーという印象なんですけど。自分が知らないので、たぶんみんな分からない人は多いと思うんですけど。なので今も自分の印象としてはああいうメッセージ性があそこまで強い作品は初めて観ました。

N氏:僕も彼女と非常に近い。前回のときも主張したんですけど、やはり見たいくない人の権利は守られなければならないと思っていて。先ほどの話で、「町中ギャラリーに置くのはどうなんだ」という話なんですけども。結局、あれも町の中のどのような場所を選ぶのか、それから、どれくらい大きいのか。という全ての条件で、たえずバランスを取った結果で存在が認められるだろうという、今の思いですね。今の話で今後どうなるか分からないと思いますし。そのように考えた時に、あの大きなものを、駅の人から強制的に見せられるような位置に在るというのが僕は問題だと思うんです。
 あの作品自体がどこかに飾られている時に、どこか、それが観たくない人の権利が守られる限りは基本的になるべく・・(聞き取りにくい)・・だと思うですけど。ただ少なくってもそのバランスで考えた時にあの場所は拙いと僕は思います。

与えられる情報の質でサンチャイルドに対する感情は異った

右1男:福島空港の時は反対意見はなかったですか、

W氏:反対意見が全くない、というのは、けっきょく具体的に、まず二つなんですが、ガイガーカウンター、というもので説明をしていたわけではないんですよね。私自身が考えていたのは実はガイガーカウンターのヤノベさんご自身が、スーツを着てガイガーカウンターを付けているのもあったけど。その後に出来たアトムカーみたいなものがあって、それは放射線を受けてカウントされて、カウントが10位になると動き出す車というのがあったんです。だから僕はゼロというのはガイガーカウンターが自然科学的な事実というよりも、「カウントされていない」というふうに僕は受け止めました。もう一つは、あの黄色いスーツや角の生えているヘルメットを見て、ジャーすぐにタイベックス・スーツみたいなものを想像するかと言うと、ほとんどの人は想像しないで。
 実は私も大学の中で300人ぐらいの授業でアンケートをとったら、宇宙服だと思う、説明しなければね。だから、それは言葉を受けて視覚的なものとして見た場合と、直接その情報が入って来て、物を見た場合の差異みたいなものも大きくあったんではないかなーと思うんですよね。 だから、もともとそういった情報が流れていたと思う。で、それで、そういった形の反対も無いし。新聞記者もたくさん来て、テレビも出ましたけど、一言もそういう意見は当時は無かったですね。

右1男:最初っから、だたのこむこむに設置するに当たって、きちんとした設置表明をすればここまで反対されないで撤去されなかったか、という事もあるんですかね

W氏:どうなんだろう。だから私も自分でね「こむこむの中とか美術館の中とかに展示してくれないか」と頼んでみた時期もあったので。今の当事者的な感覚も含めて分かるんですけどねー。ただそこまで、何って言うんでしょう情報は操作と言っては悪いかもしれないけども、偏った形では伝わってなかったとは思うんです

右1男:じゃー最初っから市政だよりとかあるんじゃないですか、それに対して福島市は「こういう意図でこのヤノベ先生の作品をこむこむに設置しますよ」という事を事前に公表してれば、そこまでにはならなかったと、いうことですよね。

W氏::たぶん市長がその時に、設置するときに伝えた言葉、とか。どういう状況の中で設営されたのか、という問題が含めて、ネガティブに働いたといのはたぶんあると思うんですよね。
 その時にヤノベさんという国際的に有名な作家の作品が寄託されて「こむこむに飾りました」だけだったら、そうだけども。そこに復興の意味合いとか、具体的に放射線を防御服みたいな、裏のなんていうかな、説明が始まってしまうと。よりその情報から・・・とは思うんですけどね。視覚と現実と情報の関わりで、アートは出て来ることが多いので。

右1男:こむこむに設置されて、一番最初に反対したのは誰なんですか

反対アンケートとその数の受け止め方について

佐藤
:公式市に表明したのは共産党の人たちです。、共産党の人たちが申し入れしたんです。それが新聞などで大きく伝えられて

右1男:なんで福島空港の時は言わなかったのかです

佐藤:パブリックな場ということでの批判です。先ほど述べられた、見たくない権利が守られてないという話です。

右1男:例えばこむこむでなくって信夫山の中腹にぼーんとあって、そこから見れば、
佐藤:先ほど言ったように、最初寄贈を受けた人たちが私有地に立てれば、自然エネルギー発電所に立てれば問題にならず、だれも文句は言わなかった。それをパブリックであり、かつ(子供だから子供が使う施設へと安易な)公共空間に立ててしまったという話です。いいですかしゃべっていて、
 アンケートで反対している人は50数人しかいないんです。アンケート110通しかないのに、市民は何十万人もいるんですよ。それで反対多いという、あの結論にいきなり行ってしまうのは、どう考えても。前回のときもその批判がありましたが、そこのところが問題なんです。僕はA館長さんに政治利用しているんじゃないですか。だから「不安におびえるカナリヤよ」という県紙のコラムをご存知でしょう。アートというのはいつも不安でいっぱいであると、僕は作者がそうだと思うけども。カナリヤだから地下鉄サリン事件を思い出すじゃないですか。作者はいつも不安におびえているんだよと、と言っていて最後にこの作品を元手にみんなで議論しようじゃないかと決に書いてあるんです。(首長もA館長さんも、未だ議論の場をつくろうとしていない)どう考えても(集めたデータを重ねて考えると)A館長さんが全体のシナリオを書いて、このようになっちゃったとしか思えないのです。それについては、疑念を払しょくして欲しいので、直接会って「ちゃんともう一度県紙にコラムを書いてください」とお願いしたんです。反撃されまいたね。中身はA館長とオフレコの約束なので言いません。
 首長も撤去会見で、「ヤノベさんと市民を一緒にして話し合いの場をつくりますよ」と言ったけどもサボタージュしているんです。「てつがくカフェ@ふくしま」の人たちがこうやって、二度も作者と語りの場を設けてくれてありがとうございます。でも、ここは市の主催じゃないのでパブリックな記録にはならないわけですよね。
 A館長さんも、首長も「市民のみんなの話を聞こう」「議論の場をつくっていきたいと願う」と表明してるんだから、場をつくってそこで自ら説明すればいいじゃないですか。関係者の仲間割れはグじゃぐじゃになってますよ。W氏が言われたように善意がすこしづつズレながら階段を上っていって 僕から見るとぜんぶ政治利用にみえちゃうのは、関係したひと皆の責任なので公の場に出て修正してよ というのが、僕が政治利用と語っている目的・本質です。

屋外恒久設置が可能な作品なのか

佐藤:
もう一つ大き過ぎてどこにも置けない、それから屋外設置する作品じゃないということですが。今日はA課長さんが来ていらっしゃいますけれども、A課長さんにのところに聞きにいきました。県美だめですかと。でかくて置けない、外に置くには問題だということです。ヤノベさんにお伺いしたいんですけど、あれは恒久設置は無理ですか
ヤノベ:
屋外に置けるかと言う意味ですか。
佐藤:永遠に置いて大丈夫ですか
ヤノベ:大丈夫です
佐藤:300年、400年大丈夫ですか
   会場はははは
ヤノベ:300年はどうか。メンテナンス次第なんですけど。今回のこむこむの前に設置するために、実はその前に段階では骨格が鉄で造っていたんですよ。で今回は鉄材ではなく、こむこむの半屋外ということで、鉄骨の構造を全部作り直して、表面の塗装も全部耐久性のある。メンテナンスしたんで、だから全く屋根のない屋外に置いても大丈夫という構造です。

佐藤:弱点がある方がいいと思っていたんです。なぜかと言うと皆で修正しつづけるといい、お祭りのように定期的に、足場作って塗り直したり補修したり、それをイベントとしながら3年に一回ぐらいづつ修復して、300年やれば100回やることになるじゃないですか。そうすると、伊勢神宮の式年遷宮じゃないですけども、修正し続けることで世代が変わってもこの作品の意図や経緯も一緒にそのときに伝えられるからです。弱点があって言ってほしかったんですけど。経費は除いて「誰が補修を続けるのか」問題が解決されるはずなんですよ。

ヤノベ:いやいや、弱点はありますよ。もちろん塗装も10年経てば劣化することもありますし。

佐藤:それからもう一ついいですか。福島市ではバラバラにして置いてあるはずなんです。ヤノベさんがある所に保管している像というのは組み立て保管してますよね。バラバラでも大丈夫ですか
ヤノベ:ばらばらです
佐藤:バラバラにして置いて30年経ったら組み立てられなくなることはないですか。それは大丈夫ですか
ヤノベ:大丈夫です
佐藤:バラバラで永年置いておいても問題ないと、

会場 はははは 30年もバラバラですか

佐藤:ばらして置くとパーツが歪んでしまって組み立てられなくなるのが心配だったんです。それでお聞きしているです。
ヤノベ:もしそうなったとしても、もちろん修復することはできます
佐藤:そうか、なるほどバラだら置きでもOKと。聞いてよかった

サイレント・マジョリティーの存在と扱いを巡って

右1男:
信夫山でいいんじゃないですか。

N氏:反対の人が一定の数しかいないと、さっきおっしゃったんですけども。たぶん同じように賛成している人もそんなに多くの人は無関心になっていて。なので、問題が起ると、どうでもいい人たちは反対派につくか、そうでなければ賛成派に数えられる、社会調査をすると典型的なパターンなので。おそらく今回の問題もそのように捉えられると思うんですね。 なので論点として、反対派が数えられるほどしかいないから、だから設置するのはそもそも問題がないんだという論理は成り立たない。

老女:アンケートが、福島市民全員に配られていて調査されたものでない。それは明らかですよね。個人的に、私の周りというのは、私がサンチャイルドをとりあげられたので、見ようと想ったら、20mぐらいから近づけないんです。何が理由なのと言われるんですけど、説明できないです。感覚的に、もうできない。もしかして 後ろからだったら近づけるかなーと思って、コムコムの建物の向こう側から入って、図書室の後ろからなら近づけるかなと思っていったんですけども、やっぱりなんか嫌で、壁が出来ちゃったみたいで近づけないのね。
 そういう 感覚的に嫌だっていう声が聞こえて来るし。そこまでじゃないけど、・・・・嫌だねっていう反対派といえば反対派ですよね。サンチャイルドを設置された、こむこむの近くに知人がお店を開店しているんで。彼女に話を聞いてみたら「私もあれはだめだわー」って言うですね。「もし自分のお店の前に見えるところにあれが在ったら辛いよ」というのが、けっこう私の周りにはいたんです。いますね。・・・嫌だなという人もいるわけですね。その反対にもちろん「あれは面白い、いいじゃないか」という人も一定数いるわけです。なので、その中間もいるのに。その両方・両者、たぶん両者の者が納得できる場所に、仮に元に戻すというであれば、両者が、じゃーここだねーと、(例えば)信夫山のね、なるんであれば。
 あと一つ、地震が起きたときに、あれだけの大き像大丈夫なのかなーとその辺はどうなんですか

ヤノベ:一応構造計算をして建造物では大丈夫だという構造計算のもとに設計はされています。基礎も、それは市の方も
司会:東日本大震災くらいでも
佐藤:内部空洞で軽いから風で飛ぶ方が、風圧の影響が大きいですよ。

大きさと色が 嫌 怖い

右1男:
等身大、185センチだったらいいのかという話

老女1:そこ像がありますよね、あると分かっていても見ないで通り過ぎることが出来ます。私が嫌いなものですよ。好ましいと思うものはそばを通ってみると思いますけれども。あれぐらいの大きさだと、ね。あとあの色ですね。あれだけのインパクトのある色と大きさと、人形であったら、やっぱり目に入ちゃうんですよねー、前回ヤノベさんが来て別の部屋でしたけども、話し合いをやったときに、参加できなかったんです

司会:僕がおっきいポスターを貼ったので帰っちゃった

老女:嫌でというか、怖くてというか、無い方がいいという感じで。そういうのは極端な例かもしれないけれども、そういう人もいるし。ただ単に小学生のおばさんでいいと思っちゃう人もいるし、さまざま居るから、そのへん両方の納得の行く所で。

建設よていの議会棟へ設置

y男:
話を進めたいので、最初に手を挙げては話そうとは思ったんです。私話してしまうと終わっちゃうので。そろそろ時間的にいいかなーと。 じゃーどこにサンチャイルドをどこに持って行くのか、候補地が一個あるですけど。それは今の市役所の隣の西側に広い土地があって、そこに議会棟というのが建てる予定なんですね。地震があったんで、そこまで至らなくて、本庁舎だけで終わって。議会棟というのは議場があって、一階には市民の交流スペースを持ってという話で計画がたてられていると思っています。だから、いっその事、西棟の方に福島市現代美術館的な要素を含んだ建物にもしちゃおう。まだ建ててないから、これから話をすればもしかするとひっくり返る可能性もある。瀬戸さんのときのプランでしたから、これから市長が二人代わってますので、市長に直談判して政治的ななんでも使っていいと思うので。とにかく西庁舎に1階ロービーにヤノベさんのサンチャイルドを飾る。見たくないひとは観なくていい建物の中ですから。
 それから市長さんが盛んに町中施設、をみんな駅前に持って行っちゃう性格というか、考え方お持ちのようですから。それでなくてもプランの中には町中の・・は残しておきたいということであれば、なおさら「市役所のところにサンチャイルドが在るよ」とい言えば観たい人は見る。そんな夢のプランを自分では持ているんですが、いかがなもんでしょうか。みなさんにお聞きしたいなーと

再設置場所 あち・こち

老人1男
:今のところ設置の場所が問題になっていて。芸術作品というのは何も予備知識が無しに見たと、作者だれとか、制作の意図どうのこうのと、ということを、予め知識無く見たときには、いろんな風に見える、それは当たり前なんですね。で今こういうふうになって、女性の裸婦とか、そういうのだって明治の時とか、こんなの絶対設置できなかった。大正生まれのお婆ちゃんは「とんでもない」と。「ああいうのは、いげつない」とか言い出した。・・・聞き取りにくい・・・。という見る人もいるんだけど。だけど、裸婦像がそうでなくなってくるというような・・・・、気にならない事になるなら。だからサンチャイルドも作者の世界観とかそいうものが込められているんですよと、いう事を理解すると、見え方も変わる可能性ある。
 設置場所として前回は言わなかったんですが。県立美術館の芝生の所に大きなの20年ぐらい立っているんですね、かなり色が剥げている。かなりどでかいし、サンチャイルドと同じぐらいだと思う。あそこ芝生の所にいいのかなーと思っていたです、そんなのは検討の余地にならないのかなーと

老女:嫌です、だって、あそこのお庭大好きで、サンチャイルドがどーんと立つなんて、嫌です
 会場ははははは

司会:あそこは断られた。はい

 
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