サンチャイルド2018入門@福島市のための基礎資料 01
 寄贈された瞬間  2016年11月17日
2018年 作成 
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■ 本当に世に発表していいのか

ヤノベ:90年代初頭から「サバイバル、未来の世界を生きるため」っていうことで彫刻作品を作っているアーテストですね。
 1995年に阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件。そういう社会的な検証をうけて「自分によりリアリティーを求めるために」っていうことで、このように「現実と未来の廃墟に向かう」ことをアートパフォーマンスとして、プロジェクトプロジェクトとして行ってました。

 (1995年の)暮ぐらいにチェルノブイリの立ち入り禁止区域に。誰も住んでいないはずの、立ち入り禁止区域の、原子力発電を稼働させるために造られたた、町に向かいました。(外部と)内部被曝しないために、自作の防護服(を身に着けて)ですね。ガイガーカウンターを装置を付けて、、派手に染めて、作ったスーツを着て。「現実的な未来の廃墟の旅を行おう」としたんです」けれど、許可なしに元在った村に戻ってしまう人たち、老人たちや子供たちに会って。
 
 (絵:ネットより 以下表記無きは同じ)

 自分の作品のメッセージを伝えるために、パフォーマンスのように自分の作品を持ち込んだことに対して、非常に後悔をして、葛藤もして。この作品自体が「本当に世に発表していいのか」 迷う時期もありながらも、「芸術活動が社会をどう変容させていくか」という事を、チェルノブイリに行った体験があった後も作り続けていた訳なんですね。表面的には軽く見えるかも知れないけど、そういう形で「多くの人にメッセージを受けてもらう」という活動をし続けていて。


 絵:ヤノベケンジ ラッキードラゴンの伝説 2009 4/5より

■ 2010年福島県立美術館よりオーダー

 その後、ラッキードラゴンという第五福竜丸の名前をもらったドラゴン船。これもエンターテーメントの装置のように思う作品なんだけど、いメッセージを抱えている作品も2009年制作しました。2010年に福島県立美術館で展覧会を企画されていた荒木学芸員に僕の「ラッキードラゴンを展示して欲しい」というオーダーがあり、福島に作品を持って来ることになったんですね。



 福島県立美術館のコレクションに第五福竜丸の船員をモチーフにしたベンシャーンの「ラッキードラゴン」という絵画作品がコレクションされていまして。荒木学芸員はその研究者でありました。「ラッキードラゴン」と僕の「ラッキードラゴン」。
 これはエンターテインメントの装置に見えるけど、ヤノベさんはチェルノブイリにも行ったり、(放射能を)テーマで作品を作ってきたから、きっと福竜丸とのつながりあるはずだ。ということで2010年の夏の「胸騒ぎの夏休み」という企画でされたときに呼ばれたんです。
 作品を福島県立美術館に作品を展示したり、このチェルノブイリのプロジェクトも見せることになったんです。2011年に大震災と原発事故が起こるのは、荒木さんも僕も思ってもいてなかった。2010年には福島県に入って福島県立美術館の方や、福島大学の学生さんたちにも関わってもらいながら展覧会を開催しました。



 半年後に大震災が起こり、東京電力福島原子力第一発電所の事故が起こりました。僕自身が今までやって来たこと、社会的に問題提起して来たことが現実に成ってしまった。当然ショックを受けて。で、荒木さんにも連絡をしようとしたが、なかなか繋がらなかったりして。「何か自分に出来ることを」あるいは「アートで出来ることが何かないか」とを思い悩みながらも、「一早く何か協力したい」ということで2011年には福島県立美術館でワークショップをさしてもらったり。美術館とか大学の人たちに協力を仰ぎながら「現実的に放射線量を避けるような展示が出来ないか」と、格闘するような日々を送っていて。「もっと芸術として答えを出せないか」と。
 僕はチェルノブイリ(原子力発電所の事故)で着想していたアトムスーツ「放射能の防護服をモチーフにしながらも、希望が見える作品を作れないか」と。「2011年に起きた出来事を記録しつつ未来に何かメッセージを送れるような作品を作りたい」と。

■ サンチャイルド初期スケッチ

 僕は京都を拠点に、京都の造形芸術大学で教鞭をとりながら、学生たちと一緒に作品を作るプログラムをやっていまして。若い人たちにも(福島の事故のことを)問いかけて。サンチャイルドという、この作品ですね。
 初期スケッチがここに有るんです。防護服を脱いでも思いっきり空気を吸える世界を、皆が想像できるようなね。子供という未来、顔は傷だらけなんだけど、たくましく立ち上がっている。まあ未来像ですからね。そういうものを提示して人々の心に希望の灯をともす。
 要するに傷なりに、チェルノブイリを訪ねた時の保育園に似た風景ですね、これはたまたま撮った写真なんですけど。打ち捨てられた子供が遊んでいた人形。そして壁には 現地の先生方が描いた太陽の絵が有った。この太陽というものが、ある種、再生復活のシンボリックなエネルギーを降り注ぎ、その子供が再び立ち上がる。そういうようなイメージを結び合わせて、このサンチャイルド、太陽の子供っていうものを作ろうと決心したんですね。
 

 日本中の人がいっぱい傷ついたし、今、自分に何が出来るのかっていうことを思い悩んでた。その時に希望の光のイメージ、雲間から光が刺すように(神の)与えてくれた啓示ののような作品でもあったので、これをぜひ造形したい。
 このスケッチを具体的な巨大なモニュメント像とするために、まず僕は彫刻家なんで、原形の模型を作るんですね。巨大なモノを作る前に。でその時にその模型、構想した模型を具体的な形にするために、1/10の模型を作った。実際6.2mほどの巨大な子供像になるんです。作る前の原型となる雛型となる彫刻作品、いわば僕の彫刻造形の美意識みたいなのが一番宿る重要な作品になっています。
 多くの人がこの作品を観たときに、意味が分からなくっても、何か、未来に希望が持てたり、愛らしく可愛らしい子供の顔が造形できるように、そういう祈りを込めて作った作品でもあって。
 (原型模型は)僕の思いとか造形のエネルギーが一番、濃縮され注入された結晶みたいなものなんですね。2011年の夏ごろにやっと完成して。これを巨大化していく作業を行うんです。本当にそれの思いが一番詰まった、僕にとってはとても重要な彫刻像です。この世界には二つと無い物にはなるんです。

■ 太陽の塔 

 2011年に、とにかくこの作品を作って、まず置きたいという場所があって。一つはこの大阪万博会場の太陽の塔の前なんですね。

 ご存知のように岡本太郎の作品ですが、1970年の万博のときに作った一つのモニュメントなんです。2011年は岡本太郎さんの生誕100年の年なんですね。太陽の塔は、僕は大阪に生まれ育ったので、幼いころから見ていた、一つの象徴的な造形物でした。で、2011年の太郎さんの100年の生誕の年に、福島原子力発電所の事故が起きまして。何か、僕が「その次の未来をつくるような、芸術作品を作らないといけない」と。岡本太郎さんの小さなものも含めて「太陽の子」「サンチャイルド」を作った。まず太陽の塔の前で2011年の秋に展示させてもらいました。
 その後、東京の岡本太郎さんの記念館で展示さしていただき、第五福竜丸の展示館でも展示しました。(第五福竜丸の記念館は)夢の島に在るんですけどね。
 その後「世界に発信していくような出来事ではないか」ということで、2011年にはサンチャイルド、6.2mの作品を三体も作っているですよ、ふふふふ。
 同時に世界中に見せれるように作りました。イスラエルとかね、モスクワとかにも展示さしてもらった。で大阪の太陽の塔と本物で、臍の緒で繋がっているような場所にも2012年の3月11日には建立することが出来たりね。これを今パブリックアートとしても2011年の記録(記憶)、そして未来を考えてもらうために置かしてもらった作品なので。
 


 2012年には福島ビエンナーレに参加しました。福島からアートを発信する活動を震災よりも遥か前からずーっと活動されている。渡辺晃一さんに2011年に福島で出会いました。2年ごとに開催する「福島ビエンナーレにぜひもサンチャイルドを展示させて欲しい」という話もあって。
 2011年にクラウドファンディングという形で日本全国の人から協力を頂いて、福島空港の方に輸送させていただいたり。

■  国に復讐するような気持ちで

 2012年に福島で活動している時に、佐藤に喜多方の方で出会いましたね。「エネルギーの問題に福島から答えを出したい」という話をお酒の席で持ちかけられまして。その時「君は何か作れ」とか言い出して、次の朝には「なんか言ったかな」みたいな感じでした。会津若松の方で、自費で人を使って、「大手の電力会社に頼らない自立したエネルギーの仕組みを作ろう」としていまして「国に復讐するような気持ちで」ね。物凄いエネルギーで取り組もうとされていて「ぜひそういう形でならば、何か協力をさして欲しい」っていう事で佐藤さんとも繋ができ。

 飯館村電力を立ち上げた、「何か関わることが出来きないか」と言われて。そのテーマで(風神の塔)作品も作ったり。

 福島ビエンナーレは今年(2016年)も開催されました。二本松を拠点に菊人形の会場にはサンチャイルドと巨大なフローラという女の子の像を菊人形の会場には展示さしていただいているんです。
 というような、大きな福島との繋がりから生まれて来てここまでの活動があるわけなんですね。

 (私の作品にある)その一連の流れは再生エネルギーの基金の活動ともシンクロするような(気がします)。

 資料的な形での話ですが、一連の流れを理解していただけるような形で展示させて頂いてます。重要なサンチャイルドの(模型)です。実物は6.2mあるので持って来ることはなかなか出来ないんです。そのオリジナルの原型を展示させて頂くことになりまして。(原型模型を)贈呈するという流れになって、今日に至ったということなんです。

 その02へ続く  14:50




■The Way of Sun Child 2011 2018

 矢延氏誇大妄想都市言葉文字化要
ヤノベケンジEXPO'03 誇大妄想の都へ 1/4

■ ヤノベケンジ 「核時代のサヴァイバル/リヴァイバル」


■「トらやんの世界」2004(『森の映画館』上映作品)











■ ヤノベケンジ 水都大阪2009













































 後半のヤノベ言葉文字化要

<サン・チャイルド ドキュメント2012>ヤノベケンジ Kenji Yanobe