漢那潤さんと語る 03 その02へ戻る 
法正林思想恒続林思想か そこから脱するには
  所有者不明の山


漢那:恒続林をつくったあと一本一本とるんだったら、細い方がまだいいんじゃないかなー。そう思ったりして。材料が細くってもいい建築であれば、早い段階で少しずつ伐採し、採ったあとの場所に植えるのか、自然に育つのを待つのか。

坂巻:その斜面のきつい所は林業活動しない、とか。木を伐り出しやい斜面の所で山づくりをしていく。そういう手法をゾーニングというらしいんです。今、僕の住んでいる所でもそれをやろうという話に最近なってきているんです。一言で山と言っても形状も斜度も違いますので。

漢那:そうすると、早い段階で全部リサーチしてゾーニングを決めて、ある程度、計算できますよね。ここからどれぐらい出るだろうと。
坂巻:そうです。
漢那:とにかくやっていく。

坂巻:今は林野庁とかも木材増産と言っているので、かなり進んでいるとは思うんです。ですが、日本の山って所有者不明の山がかなり多く在る。所有者探しからしなければいけませんよ、と。どんどん追っていっても、所有者不明です、みたいな風になって、相続がどうのと、山に手を付けられない、という状況もあったりするんですよ。

漢那:ゾーニング的にこの山は生産に適しているけれど、所有者不明で手を付けられない。
坂巻:民有林、私有林だったならば、そういう問題はあります。
漢那:そこが整理されたら、逆に日本の生産量が数字として出せるかも知れない。

2:24:59


三重県では、国のゾーニングの考え方を基本に、地域の森林の利用実態に合うように、林道からの距離などに基づいて森林を区分し、木材の持続的な生産のための「生産林」と、公益的機能を重視した「環境林」に大きく区分し、森林の管理形態に合うよう、よりきめ細かくゾーニングすることとしました。

文絵:三重県HPより







坂巻:もう一つ言いたいのは、美しい山、針葉樹と広葉樹が入り混じって、動物もいますよという山をつくって、そこから伐り出された木というのは価値の有る木ですよね、と。そうなっていけば、山側からすれば、良い山を作る。そこには景観を考えられる人が集まってくると思うんです。そういった山間地域になれないのかなー、でも難しいな、と。そういうのが、今の僕の現状ですね。答えは出てないです。

漢那:これは政治の話になる。

花田:徐々に転換していくっていうことだから、そこには凄い計画性が要るよね。

絵:三重県HPより 左に針葉樹広葉樹が混じった山の絵が少しある

漢那:移行するには、100年、200年だとしても、今の10年、20年ぐらいで計画を組み立てないと、移行できないですからね。

花田:何世代にも渡ってその計画の実行を継承していくような、そういう事ができないと不可能だね。
坂巻:実際には、森林計画とか、それの前提となっている法正林思想という、林野庁と国の考え方に引っ張られている。今後立てる計画が法正林思想側に寄ってしまっているんです。最近は若干恒続林思想的な要素も入ってきているんですけれども、そこまで振り切れていない。

花田:まずは思想の転換をしないと、長期計画は立たない。
坂巻:そうです。
花田:長期計画を担保するのは思想だからね。その思想をどう築いて、どう共有して、それを何世代にも渡って引き継ぐぎつつ更新していくか。

坂巻:ここでまた一つネックは、本当は法律とか計画とか立てるのは政治家の一つの役割だと思うんです。けれども、山間地域から人が居なくなっているので、政治家はこの問題に目を向けないんですよね。票にならないから、仕事にならないんですね。
漢那:山間地域が都市部のベースになっているわけで・・・。だから、地域の話ではなくって広い話だと思う。山間地域の生産だけの話ではなくって、全部、裾野へと広がっていく平野の商品というんですか。

花田:その意味でもトータルな話だ。
漢那:トータルにやらないと。逆にこういう思想を語れる政治家が評価される社会に変れるかどうか。
花田:そこがネックだ。政治家は次の選挙までの短期的な視点しか持っていないからね。トータルかつ長期的な構想・計画、これが日本という国でどうしたら可能なのか、至難の技だよね。
坂巻:小さな一歩ずつ、積み重ねでいくしかなくって、そこで木を使って家を造ってもらうのが第一歩ですよ。木はいいですよ、この木はどうやって伐り出されたのかなーと。そこにストーリー性を出せて、そこに思いを持ってもらえるかどうか。

漢那:ストーリーが出せて、メディアが面白く取り上げてくれて、伝えてもらって。

花田:メディアも短期的なんだよ。
坂巻:僕も高知新聞の時代に山の記事を書いた事があって、凄く考えている人は考えていて、そこまで反応してくれるのか!というぐらいでした。会社にまで来て、この記事はこうでと言ってくれる人もいたんです。熱い思いを持っている人はいるんですよね。それが少数派というのは、そういう事なんです。

佐藤:この植林から山づくりへと至る景観づくり問題は継続的に語り続けていくしかないので。今日は第一回目で、いろいろ問題が出て共有できいるのはいいことではないですか。
花田:佐藤さん、そろそろまとめをして、終わりさせようとしている?
佐藤:そんなことないです、次に移りたいんで、まだ話していていいですよ。









動画:山師という選択


動画:森林・林業政策の基礎知識

 絵:漢那潤さんによる新民家。沖縄TV動画より

■ 新民家のユーザーは誰か

花田:もう一度新民家に戻って、漢那さんに聞きたいことがあるんだけど。今、新民家はツーリズム用に使っているでしょう。インバウンドの、旅行者の宿泊施設としての実利性のようなことで新民家を使っている。それは確かにビジネスモデルとして、そこに可能性があるというのはよく分かるんだけれど。
つまり、それは沖縄がツーリズム経済に依存しているのと似たような話です。新民家の本当のユーザーはインバウンドのツーリストではなくって、沖縄に住んでいる人たちのはずでしょう。その人たちが、新民家がいいと言って購入して使ってくれないと本当の新民家の循環性は生まれない。

漢那:沖縄の外の人に使われていては意味がないので、そこが課題だったんです。
花田:お金の、単なる過渡的な問題なのか。ビジネスモデルとして、要するに稼がないといけないわけだし。ツーリストに使ってもらって、資金を回収するというビジネスモデルとして、ある意味短期的な展望だと言えますね。
漢那:短期的なイメージ戦略で。
花田:そうするとね、それが短期的だとしたら、長期的に見て、沖縄に暮らしている人たちが新民家を使う、あるいは使い始めるためにはどういう条件が必要なの?

漢那:今、条件と言っても、一旦は徹底的に安い建物を提供するというか、安いパターンを造って、それがアパートに賃料を払っているぐらいだったら、買えるなーという値段にして提供するというんですかね、それが一つ手っ取り早い。手っ取り早いというか、一旦はコストを下げて広げていかないといけない。今の僕の造った新民家だとまだ値段が、そこまで落ちていないんです。ちょっと拙いなーというのがあって、もっと安価に落とさないと。ということで、ここ1,2年、もう少しローコストのものも造った。

花田:それは価格だけの問題なの。
漢那:面積を小さくしていくとか。
佐藤:新民家の大きさ、現在の案は何坪ですか。
漢那:20坪ないぐらいです。小さいですけど、あれでもちょっと贅沢に造っている。もう少し削ぎ落としたら手に届くなーと思う人は増えて、買うかなーというのはあって。
花田:あのコンセプトは設計上、四角い枠は一応プロトタイプで、中の間仕切りは自由に変更可能にするわけでしょう。その枠の部分、基本構造、四角いところはある意味で量産できるわけよね。
漢那:そうですね。
花田:それであとはユーザーのニーズに応じて中の間仕切りをセミ・オーダーメードみたいにして、造っていく。

漢那:寝室二つなんですけど、一つのパターンに割り切ってしまえば、二人暮らしまでだったら40u、35uとかにも落とせるので。二人暮らしのアパートだったら、もうちょっと絞れたりとかできると、もう少しコストが下がる。中の間取りは自由で、基本は自由に使ってもいける。

花田:沖縄って土地代が高いの?
漢那:上がっているんですよね、上がっているから今家を建てれる人たちって多少ゆとりのある移住者だったり。

花田:その移住者が狙い目だと思うね。
漢那:移住者、それは、ありますね。
花田:移住者についてはあのサイトを見たらいいと思う。
漢那:沖縄に住みたいなーと思う人はそもそもああいう部分が好き。
佐藤:外国人の移住者ですか、日本人ですか。
漢那:日本人です。
花田:私も見てるけれどね、凄いよ、沖縄移住者や移住希望者のサイトが有るのよ、「沖縄移住計画」とか。

 会場、ほほえむ

脱サラにとっては憧れの的だよね、沖縄移住って。私も半分はそうしたかったわけよ。ところが、東京にいなければいけなくなっちゃった。本当は漢那さんの隣人になりたかったの。宜野湾市のどこかに住んで。だけどその夢は叶わず。
沖縄に移住するってなったら、ああいう新民家みたいな所に住みたいよね。ブロックの住宅じゃなくってね。
漢那:そうですね。
花田:沖縄で育った人よりはヤマトからの移住者がまずはターゲットか。
漢那:問い合わせは外の人の方が多いですね、移住したいけれど、と。最近は沖縄の人たちも増えてきたけど。でも、値段がまだ。今準備しているようなタイプの新民家は安く圧縮できたし、逆に僕もそんなに手間を掛けないで提供できるので、これから普及。
花田:スタンダード版をつくって。
漢那:スタンダード版、廉価版。


















絵:新民家廉価版の提案例










絵:新民家廉価版の提案例


絵:沖縄県HPより 昭和47年から平成30年・2018年まで

素人でも造れる部材について


佐藤
:先ほど花田先生より新民家の外枠をキットにして売り出す話があったんだけど、外部の部材は全部同じような部材ですよね。
漢那:はい、はい。
佐藤:それをキットにして売り出して組み立ててもらうと。施工は誰でも問題ないですね、昔の福島の民家もそうですが、普通の人たちが大工さんを手伝って建てたわけだから。
花田:土台だけ専門家に造ってもらって、あとは上を自分で組み立てる。
漢那:頑張ればできる。
花田:ドゥ・イット・ユアセルフ。

佐藤:25年前ぐらいに木造住宅を設計したんです。丸い平面に仕立てて造りました。平面が丸いから柱はほぼ部材同じなの。発注者が手作りするための計画だったんだけど、部材など買って1000万円でセルフビルドで造る予定だった。
漢那:「千万家(せんまんいえ)」の建築ですね。

佐藤:そう、一人の人が自分の生業・仕事の合間に材料を刻んで組み立てるとすると、1年では出来ない。銀行に金を借りに行ったら、完成まで4カ月ですよと、工事が長く掛かっても半年で造らないとお金貸さないと言われた。で、借金して抵当権設定して大工さんに頼んで造ることになってしまいました。セルフビルドは短期間では造れないからね。大工さんに頼んだから総額は高くなるよね。キットで売ってセルフビルドで建てる場合もローン組むような場合は工事期限の問題が残りそうだ。キットでセルフビルドは抵当権設定通過は難しいかもしれないよ。

漢那:厳しい。
佐藤:造る技術を簡単にするということと、、誰でも建築造りに参加できて一緒に組み立てられる、そのことが出来ると、意外に安価で造れていいかもしれない。脱専門職で造るっていうことだけど。子供の頃に木造で土壁造りをしたことがあるが、土壁乾かすために民家造りは1年ぐらいは掛かっていたような気がする。

漢那:近所の人集めて10人ぐらいで造れちゃう。

佐藤:材料を買う現金を持っていないと建てられないのでは、サラリーマンはセルフビルドでは造れないかもしれない。銀行ローンが組めないかもしれない。そういうところで足を引っ張られるかもしれない。安くキット販売で造ろうとして、木造を設計して、銀行ローンの足枷があることに気が付きました。
こつこつサラリーから捻出して、ひと月に柱を二本ずつ買いためていく方法もセルビルドではできるかもしれないけど。長期計画にするしかない。ですから、家造りするのに何で1000万円なの?と聞いたら、月々支払いが3万円じゃないと暮せないと言っていました。収入から逆算して総額借入可能額が1000万円だと言っていた。なるほどと思いまして、設計しました。設計料もったいなくないのか?とも聞きましたが、頼むということでした。
工務店に頼むと会社を運営するための必要経費が20%ぐらいは要るので、安価に造るには、そこを節約して自分で造るしかない。材料費は数百万じゃないかな。工事費に占めるのは経費では手間賃が多いので。木材費は3割占めないんじゃないかな。今どうなってるのか、設計してないから分らないけれど。

花田:大工さんは沖縄にはいないので、ドゥー・イット・ユアセルフはいいかもね。

佐藤:これから日本中、大工さんと職人不足ですよ。



住宅を手に入れる方法あれこれ 借地タイプなど

木村
:僕、ちょっと思ったんです。都内だと例えば古い空き地、空き家がたくさん残っている。あれを更地にしちゃうと固定資産税があがっちゃうから、わざと古い家を残しておくという人がいるんですよ。壊しちゃった場合にはどうやって固定資産税を抑さえるかというと言うと、駐車場を造るんですよ。駐車場を造るのは固定資産税を軽減するためには有効ですよと、そういう文句を聞いて、みなさん駐車場をどんどん造っているんです。
そういうモデルでいくと、沖縄の遊休地、そういう所ってどれぐらい有るのか分からないんですけど、それを持っている所有者の人に向けたビジネス案。ツーリストの話に戻っちゃうけど、安い価格でそこに、固定資産税を安くするために、更地を活かすためということで、新民家を造ってらって、それを賃貸に出して稼いだらどうですか、というビジネスモデルはどうか。

佐藤:漢那さんはすでにやっているんじゃないかな。
漢那:ありだと思います。木造の賃貸ってまだまだ少ないし、2階建てのアパートも在ってもいいのかなーと思うんです。

木村:そういうのはさっきのツーリズムだけじゃなくって、移住もちょっと経験したい人たちがいきなり家は建てられないけれど、とりあえず木造の、ベラさんが造った新民家、沖縄らしい風通しのいい家に住んでみて、体験をしていく。そういうモデルになって。
漢那:たしかに、今は土地込みで2000万円ぐらいだったら、買えるかなーということでやっていけば、沖縄でも何とか土地付き1戸建てで出来そうかなーと思っているんです。







絵:webより空き地コインパーキング活用例

花田:新民家が?
漢那:廉価版ですよ。
花田:土地代込で2000万円でできるの?
漢那:ただ狭いですよ、30uとか40uぐらいですけれど、そうすると沖縄では母子家庭とかそういう人たち向け。

花田:沖縄、離婚率高いからね。
漢那:そういう人たちとか、アパートに払う賃借料とほとんど一緒だったら、結構需要は増えるんじゃないか。

絵:沖縄の離婚率PDFより 

花田:100%沖縄に移住する人もいるけど、半々生活の人というのも多くいるね。沖縄で半年暮らし、例えば東京で半年暮す。そういう人って広い家、必要じゃないんだよね。

漢那:そうかもしれない。賃貸だと土地を持って建物、賃貸で十分成立しますね。

木村:土地は地主に提供してもらって、建物をアパート運営会社みたいな処が建てて、それを10年ほどで回収していくというスキームなんだけど。駐車場などもそういう図式で、土地は地主に提供してもらって、設備は駐車場屋が提供して、上がりを分けるわけなんですよ。
漢那:借地をして建てるということか。
木村:地主にも家賃が行くし、設備屋にもお金が行くから、まとまるとビジネスとして成り立つ。コインパーキングの民家版。
花田:それ、いいね。
佐藤:その場合、新民家の所有者は誰になるの。取得税や固定資産税などは誰が払うのか。
木村:建物の所有は運営会社になるんです。
漢那:朽ち果てそうなコンクリートの住んでないような家を壊して、そういうスキームに切り替えていくっていうのもありえますね。いい案ですね。

花田:うまくいけば、沖縄の風景は変わるよ。
漢那:ですね。
木村:だからどんどんコインパーキング出来ていく、同じようはスピードで新民家が建っていく、みたいな。
漢那:そうすると、大きなマンションは建てる必要がなくなる。沖縄のボロボロの家は放置されて空いているんですよ。でも綺麗なマンションが建って、そこにみんな住んでいるような状況なんで。

新民家づくり 外部の人にも参加支援していただく

木村:東京から来た人たちは、たぶん沖縄の平均の家賃より高く出してくれますよ。沖縄で5万円の部屋が都内の人だと10万円ぐらい出す。安いと感じられる人がいると思うんですよ。沖縄の人の値段と、外から来た人の値段、それは変えても僕はいいと思っていて。理由は利用しない期間にメンテナンスをしてあげる、そういうスキームですね。花田先生がおっしゃったように、半年しか来ないんだったら、残り半年は管理しててあげるから、家賃は10万円ねと。そうであれば決して高い値段ではないと思います。

佐藤:外から来る人と沖縄の人の差額料金制度、それはいいですね。

木村:外から来る人は納得できると思うんですよね。都内と比べると絶対安いし、それに当たる理由がある、キチンとストーリーが組まれていれば。沖縄の現地の人と同じ金額にしてくださいって言う人もいるかも知れませんけれど。ベラさんが造っている新しい形の新民家であれば、凄く贅沢なものだから、そこに住めるというのは、とくに沖縄の中心部とか便のいい所にそれが出来てくると、さらに価値が上がるんじゃないかと思いましたよ。

花田
:前に聞いた事なんだけど、ヤマトンチューが沖縄で不動産物件を買おうとするとか、賃貸住宅を契約しようとするとか、難しいと聞いた。沖縄の人じゃないと土地を売らないとか、貸さないとか、ヤマトから行くとなかなか住宅が手に入らない、と聞いたけれど。
漢那:そうですね、地域によってはそういうのもあるし、離島なんていうと、その島の出身者以外の沖縄の人にも売るなーというムードがあったり。もっと昔は沖縄内部でも対立していたんで、部落ごとに対立していて、今はだいぶ無くなってはきている。
たとえば、東京からふらっと来てアパート借りたいと言ったときに、誰か沖縄の人で保証人を立ててくれと。賃貸なのに沖縄に住んでいる誰かを保証人に立てないといけないとか。そういうのはチョロチョロある。マーケットに出ている土地は誰でも買える。売ってくれは怒鳴られるかもしれない。この土地を買いたいといきなり行ったらさすがに。

花田:じゃー、さっきの木村さんのモデルで新民家を建てやすい、あるいは購入しやすいシステムというかな。手続きのスタンダード化、それをやれば、ひょっとしたら沖縄のランドスケープのオールタナーティブの起爆剤になるかも知れない。しかも漢那さんが言っていたように耐用年数過ぎたブロック住宅とかが腐食し始めている時期と重なるなら、切り替えていく絶好のチャンスだ。

漢那:今、沖縄の若い人たちはもう家を建てることが出来ないんですよね。高額になり過ぎて。だからこういった工夫が必要。
花田:マンション価格も上がっているんじゃないかね。
漢那:東京と比べたらまだまだ安いけど、土地に建物を普通に建てるよりかはマンション、まだマンションに憧れがあって、沖縄の人たちがパーッと買っちゃう。

花田:ウチナンチューはマンションに住んで、ヤマトからの移住者は新民家に住む。
漢那:そうして影響を与える。移住者が切っ掛けをつくっていくと思うので。

花田:しかし、移住者って多いよね参照web情報。3年前かな沖縄に行って、漢那さんに会った時も沖縄で1ヶ月間いろんな所に行ったけれど。居酒屋とか宝石店とかそういう所に行っても、お店をやっている人と話をしていると、「実は、私、東京から来たの」と。

漢那:なにかの話なんですけど、移住者の8割ぐらいがその土地で事業を起こすらしいんです。移住者が土地の経済に与える影響って実はすごく大きい。ほどんどいいなーと、楽しいなーというのはほぼ移住者がやっているんですよ。
花田:その移住者たちに言わせると、沖縄の人たちは商売が下手って言っているね。移住して来た人の方が商売上手なようね。

木村:沖縄県の行政というのは招致しているんですか。移住を奨励するみたいな動きはあるんですか。
漢那:地域や村によっては移住をサポートするとか、そういうのはありますね。沖縄の中でも過疎化が進んでいる所と、人が増えている所の差があるので。離島は移住歓迎なんですよ。

木村:そういう所に古民家、ブロック塀の古い建物との建て替えと新民家が合体してやっていけると、行政にとっても古いものをどうしていくかという問題を同時に解決していける。そこにツーリズムとか、移住者の人の体験みたいな要素が加わると、意外とお金を出す企業も出てくるんじゃないかという気もするんです。どうなんですか。

漢那:ようやく、今までも準備段階だったので。
花田:その会社をつくろう、新民家を普及させるためのシステム会社をつくる、それで狙いは離島だよね。渡嘉敷とか、ああいう所に行くとスキューバダイビングの会社とか、みんな移住者が経営しているよね。そういう人は新民家に住みたいと思うよ。そのために離島に来ているんだから。ブロックの家には住みたくないよ。

























絵:沖縄移住支援サイト
佐藤:シェアハウスのアイディアが出たついでに話します。戦後、都会に住んでいる戦争未亡人がいて、その女性がどうやって都会に家を持ったかという話を思い出しました。家を造って学生や若いサラリーマンに間貸ししてしてたんです。少し大きな家を建てて自分たちで全部使わず、借金返済のために部屋を貸してて返済する。
新民家も大きな家を建てて間貸しできる部屋が付いていると、その部屋にツーリストを入れて家賃をいただく、ツーリストに一部返済してもらうというものあるんじゃないですか。

花田:あー、なるほどね。家賃収入で返済していくと。ホテル代を家賃返済に使わせてもらうと。
佐藤:一部屋半年貸しますと。ホテル滞在費用より安くって地域の人と交流も出来る、そういう「建築あそび」的な新民家の平面で簡単な朝飯は付けてもいい。(建築あそびつき新民家計画)今の話を聞いてて、借りる人々の姿が思い浮かびました。どうですか、半年ずつ入れ替え続けて返済する。自分で使うものいいし、ツーリストに貸し出してもいいし。新民家+ベラさんの離れキット付でもいいし。セットで造るのもよさそうだ。戸建て住宅という発想をしないで古民家にあった作業空間を現代に読み替えて貸す、作業部屋が付いているとの考え方で。観光産業と住宅を持つ営みがつながっている居住のあり方ですけど。半移住者が多い沖縄だからこそ、世界に先駆けたシェアハウス形態、新しい家、居住の形式が出来るんじゃないですか。世界の金持ちは所有しているだけで使わないようだけど、小金持ちの社会革命になりますね。

花田:コンビネーションのプランだ。

佐藤:コンビネーション、その方が昔からあった農家的古民家の暮らしに近づくね。農業じゃなく観光業を個人の家で、それぞれがやって世界の人々と家をシェアするって発想で沖縄の景観も作っていくという発想に展開していけるし。

漢那:沖縄の民泊はもともとそういうスタイルなので、離れがあったりする。

佐藤:新民家泊スタイルをつくる。
漢那:沖縄の新民泊スタイル、いいかも。
花田:私はそういう住宅が沖縄にあれば、半年沖縄に住みたい。新民家の間借りでいいよ。新民家泊みたいなので。家の一部屋を半年借りて住むと。

佐藤:新民家泊の建物の所有者は建築資金もツーリストに払ってもらえるし、ツーリストは沖縄の風景づくりに貢献するために一部屋借りて寄付するような、ちょっと高いけど、それは沖縄の景観や森をつくるための寄付つき部屋代なんだと。商売になるし、景観改善できる可能性があるね。地域と景観を再生する新不動産屋さんが誕生するね。

花田:木村さん、会社つくらない?
佐藤:木村不動産沖縄支店だ。
花田:トランジスタ沖縄支店を作ってさ。

木村:法人化も必要な規模になるでしょうね、そういう事をすると、1戸、2戸だとなかなかそういう風にならないかも知れないけれど。

漢那:動き回って話を組み立てる人も必要なので。
花田:それは木村さんが出来るね。

佐藤:全国どこででも地域や景観の再生と建築の使い方の更新だから、全国で可能な手法だね。
花田:九州がいいんだよ。新民家を展開するんだったら、九州。気候的にあの新民家は南の地域に合っていると思うんだ。新民家は北海道じゃむりだよ、全面ガラス張りだから。それが場所性の問題だ。場所に規定されるんだよ。マーケットは九州。

佐藤:ベラさんは外壁を断熱壁で囲ってもいいと思っているんじゃないですか、全面窓硝子である必要はないんでしょう。
漢那:ないです。壁で囲えば構造体になるし。
花田:暗窓にすればいい。会社つくるか。







絵:沖縄民泊事例サイトより

■ 形態つくりしたくないの


佐藤:今までの話から外れますが、ベラさんに質問があります。2010年の4月に聞き取りをしたときは、生い立ちから学生時代までが聞き取り内容でした。そのなかで、東京の有名建築を虱潰しに見て歩いて、「塔の家」という東孝光さんの自邸ですね、あれを見て感動したと、それは覚えてますか。
漢那:一年生の時に見ました。
佐藤:漢那さんがどうして感動したかというと、全体の造形に感動して憧れていたんです。形を造ることに興味が向いていました。お父さんも造形作家でありますからね。それで、この11年間で沖縄に行かれて、新民家に移行されたわけです。造形の面白さの魅力は薄れたというか、無くなったような気もします。その辺りは矛盾が無かったんですか。

漢那:これまたいろいろあるんですけれど。
佐藤:建築の形を造りたい欲望はまだあるんですね。
漢那:さっき言っていた、住居と神殿の話で言うと、今は住居、住居がなければならないし、ベースとしての住居がしっかりしていれば、神殿造るのはどこかで造りたい。
花田:あーそうか、神殿も造りたいんだ。建築家っていうのはやっぱりそう思うのかな。
漢那:たぶん人が集まると、住居じゃない何かは必要になってくるので、家だけでは集まった村は成り立たない。みんなが集まる場所とか公民館とか。
佐藤:お祭りする場所も要るよね。
漢那:そういったちょっと皆の建物みたいなのは。
花田:パブリックな構造物ね。
漢那:パブリックな建物も同じような価値があるんじゃないですか。
花田:それはある。理想的なのはフィフティー・フィフティーなんだろうけど。だけど有名性、無名性との絡みに戻って言うと、今の有名性キャピタリズムからすると、建築家、とりわけスターアーキテクトは神殿造りばっかりやっていると思う。

佐藤:そうでもないですよ。
漢那:事務所が大きくなり過ぎたら、神殿造りでしか資金が回らない。たまーに住居をやるぐらい。
花田:だから住宅、人間が住む場所を造ることをスターアーキテクトは忘れ、かつ放棄していくのではないかと。
漢那:それをしたから、こんな汚い町が出来ちゃった、というのは建築家の責任だと思うので。




絵:webより


絵:webより 塔の家
建築家は加害者か


花田:私は建築家の被害者という意識を強く持っている。
漢那:一般的な人たちは悲惨な目に遭っている。
花田:建築家のためにずいぶん被害を受けている。なんでこんな建物の中に自分が居ないといけないのか。なんでこういう景観を目にしないといけないのか。なんでこんなアンサンブルや調和ぶち壊しの建物を造るのか。私は本当に建築の第一級被害者だ。だから建築家には文句を言いたいことが一杯ある!

佐藤:被害者の声をこれからZOOMを使ってどんどん聞いて記録していきましょう。
花田:建築家って空間のユーザーのことを考えているのか?と思うんですよね。それはとりわけ神殿系建築家に多いんだよ。

佐藤:昔建築界で、批評書で『神殿か獄舎か』長谷川堯さんが書いてます。私は持っていなのですが、web版「建築討論」に少し載ってます。権威的な「神殿」は欺瞞、「獄舎」にこそ建築的な想像力があるとも語られています。
花田:監獄の事ですか。監獄の建築はパナプティコンだよ。超監視建築。
佐藤:多くの建築家からは住居は神殿の下位として扱われている歴史があります。
花田:それが日本の建築をプアーにしている。住居こそがアーキテクチャーのね、基本中の基本だよ。人間のための建築。神のためではない建築。

佐藤:大学では古民家の歴史は教えてるのかもしれないけれど、卒制は神殿計画が多いように思う。その方が評価が高いのかもしれない。神殿教育にウエートが置かれているようです。

漢那:そうです。
花田:それは教育の目標が間違っているんだね。建築の意味とは何かとかね。そこの哲学がないからそんなことやっている。
佐藤:多くの建築家が哲学は無いと批判されていた場に居たことがあります。商売ですね。哲学を学んでいる人もいますけど少数ですね。あまり会わないですね。

花田:日本で設計している建築、世界もそうだと思うけど、私が言った第二番目と第三番目の、神殿建築と機能的な施設建造物。後者はオフィスとか工場とかああいう建造物ね。あるいはアルカイダに飛行機で激突されて崩れ去ったニューヨークの貿易センタービルとかね。それらは第三カテゴリーの施設であり、設備であり、資本のための設備ですよね。やっぱり住居だよ、建築家の基本は。
たしかに名だたる有名建築家も若い頃住居から出発しているよね。安藤忠雄さんだって大阪かどこかの長屋でしょう、最初に名を馳せた建築は。






寝殿造りか居住づくりか

佐藤:明治維新以降、建築家は神殿がメインですね。安藤さんの世代は野武士たちの世代と言われていて、高度成長が止まって戦後の神殿建物が建てられない時期に東京オリンピックが終わったあとに登場した若者建築家達です。住宅の設計しか無かったので住宅を真剣につくりだした時期があるんですよ。そういう姿勢の建築家も増えた時期でもあります。でも、彼らも目指す王道建築は神殿造りですよ。今彼らはそうなって評価されている。当時は神殿造りまで至らない若い人たちは自邸をつくったり、親戚の親兄弟の家を設計し写真を撮り建築雑誌社を巡り歩いて掲載をお願いして、世に出て神殿を造ることが目標でした。野武士の時代には住宅からスタートして歩み出すサクセスストーリーのテンプレートが作られていました。
それ以前は国家のための建築、あるいは大資本のための神殿建築を設計することが中心だったと思います。いまでも神殿・施設造りの設計を目指し教育していると思います。

花田:それを建築ジャーナルが煽っているのではないかと思うんですよ。前回の建築家と編集者を語るの話に戻ってしまうけど。建築ジャーナリズムが神殿建築に集中していって、歪んだ建築観を流布させているのではないかと思うね。今日は建築雑誌の編集者が居ないから、前回ZOOMはいたけど
そうしていると、編集者も建築家もどっちも堕落するんだよ、これは。神殿建築造りすることで、建築家は堕落していると思う。それをやっていて許されているから、誰が許しているのか。それは建築ジャーナリズムもそうだし、神殿を発注する施主。有名だからこの建築家に頼もうと。神殿造りにたずさわることができるのは選ばれた建築家であり、ある意味で特権を与えられた建築家です。資金と資材を与えられ、それを使って人の住まない建築を造るという特権です。その特権は有名性に与えられる。神殿は神殿だからこそ一般社会から遊離している。その人が造った建築を我々は当てがわれて、どうぞお使いくださいと。それで非常に不快な空間に我々は置かれてしまうということ。

佐藤:今は日本各地津々浦々で東大出の隈さん建築詣でになってしまいました。








絵:webより貿易センタービル 


■ 他者と同居でき外壁が溶融した 千万家(せんまんいえ)

漢那:
建築家たちは住居をつくる楽しさを発見してないのか、自分は運よく家造りで楽しいストーリーを見つけることが出来たから満足しているんです。自分の、昔の目的と今の目的で全然違うんですけれど、満足度合いは今の方が高い。建築していて楽しいのは今の方です。
花田:それは、建築家の正しき実践をして、快楽を味わっているということだ。
漢那:そう、そうです。昔はもっと他に目が行っていたけれど、その能力をもっと難しいフィールドに向けて、造っている面白さっていうんですかね。
花田:ずーっとこっちの方が難しいよ。何故かと言ったら、神殿と違ってトータル建築にならざるを得ないから。一杯いろんなことを考えないといけなくなる。
漢那:難しい、だから楽しい、そこは大発見だった。

花田:私は佐藤さんの建築でいうとね、先ほど出た「千万家」を見て、その空間を体験した時にね、感動したね。
佐藤:現在の住宅における21世紀版建築の提案でしたから。多様な他者とシェアできる形式だし、外壁の一部が無い居住形式なんです。
花田:1000万円借金するから1000万円でつくってほしいと言った施主が居て、上空から見たら1000っていうふうに見える。

佐藤:千万家は一部外壁が消滅してて、誰でも出入り自由なんです。
花田:廊下に壁が無いよね。
佐藤:壁の一部が消滅してて、離れているけれど、門や塀で囲い閉じていないので誰でも出入り自由で多様かつ、他者と共有できる21世紀にして初めて可能な居住形式なのですが、確信犯でそうしたけれど、想定通り笑いとしての住居として受け取ってしまう人が多かったかもしれません。





絵:千万家 Google地図航空写真より


 「千万家」雑誌情報へ 2000年春・竣工当時 森に囲まれると柱など架構が背景と一体になり消えてしまうので、色付けしている


花田:あれを見たときに思っただんだけど、造ったアーキテクトも偉いけどさ、ユーザーも偉いよね。
佐藤:奥さんが喜んで選んで、あの計画と模型を見てとても気に入ってくれた。

花田:ユーザーはあれを受け入れて、住んでいるんだから。
佐藤:でも造るまでの前段の、申請で4年掛かったんですよ。何故かと言うと、各行政機関に住宅で申請すると「これは住宅じゃない」と言われ続けたんです。
花田:倉庫?

佐藤:なんだか分らないということでしたね。農家の次男だったので、実家の農地に建てたんだけど、農地転用が要るんですよ。で、ユーザーは住宅で許可申請してたんだけど、農業委員会の面々は住宅としてなかなか認めないんです。でも「前例がないけれど許可する」ということになりました。
開発申請でも同じようなことになりました。そこでユーザーの知り合いのトップ行政マンにプッシュしてくれて、ようやく開発行為も許可になったんです。20世紀末には異端の住宅建築に見えたのでしょうね。「住宅に見えない」という欠点があったんです。全て申請許可になるまで4年間も掛かってしまいました。造るの3ヶカ月でして、2000年4月に完成しました。
お金はさほどかかっていないんだけど、設計図が完成してから着工までの時間が4年間だから、ユーザーも大変です。照明付きの大きな模型をつくってあげて、「くじけそうになったら毎夜明かりを灯して模型を見ていると実現するから」と励まし続けたら、完成しました。依頼されてからすでに25年ぐらい経っています。分棟形式なので、新型コロナ時代の命題、離れて暮らすそのことにも対応できる。分棟は私の自邸からずーっと提案して実施してきているのです。千万家はもっと分かり易く計画しました。21世紀に合っている住宅の形式だと思ってます。

花田:あれはユニークで、オリジナルで、おもしろい。

佐藤:でも、良いという人はあまり会わないんですよ。完成時に見学会開いてアンケートを採ったんです。若い女性たちが好いと言っていましたし、間借りして福島暮らしして住んでみたいと話してました。が、多くの大人達はいいと言わなかったですね。理由は千万家を良い家というと、自分の住居やそれまでの暮らしを否定することになってしまうんですよね。訪ねて来た建築家もワイルドとは言うけど、いいとは言わないですよ。大学で学んで積み上げてきた建築観が壊れちゃうからですよ、たぶん。
花田:いいよ、それは異端のままでいけばいい。

佐藤:確信犯だから、評価は気にならないです。

花田:あの千万家を見ても思うんだけど、「機能から形態へ」って言うでしょう。ファンクションからフォームへ。これは良識的だよね。でも「形態から機能へ」っていう逆のベクトルもあると思うんですよ。形から入る。千万家はあのスペース、あの造り、三つゼロが並んでいるスペースに、あの家族が住み始めると、その形態からどのような機能を引き出すか、そこから自分たちの生き方、生活の仕方が決められていくんだよね。どう暮すか?ということ。
部屋が全部独立しているわけだ。0,0,0で、渡り廊下でつながっていて、1の所に共有の洗面所や風呂がある。こういうスペースで暮らしなさいって、あの家族は挑発されて、挑戦されて暮らしているのね、だから私がさっき言ったように、あのユーザーも立派だと。

佐藤:樹木にすっぽり包まれてしまいましたが、今も家族3人で住んでいますけど、子供が自立して親元から飛び立ったら、他者に貸すこともできるんですよ、そう伝えておきました。シェアハウス可能な形式なんです。家族の構成員が変わって他者とも家族になれる家の形式なんです。

花田:それはそうだ、そのフレキシビリティーもあるんだよね。
佐藤:まるい平面なので部材も単純なんで、セルフビルドも出来ると思います。










千万家基礎








2013年撮影 後半部に壁の無い渡り廊下の絵がでてきます

花田:一人一人別々の個室が持てるという家族の暮らし方でもあるよね。
佐藤:21世紀の今日に合った居住形式なんです。ベラさんの新民家もシンプルな形なので、千万家のよう居住形式、並べて造ることは可能です。千万家で提案した暮らし方は沖縄でも成立します。丸くしないで四角い枠キットで建てて並べていけばいいので。新民家も最初から住機能があるわけじゃなくして、買手が新機能を発明し続ければいい。家でもいいし、作業場でもいいし、子ども食堂でもいいし、自分の店でもいいし、事務所でもいいし、買手が自由に決められるようになっている。

花田:そうね、形態から出発することができる。

佐藤:ベラさんは新民家と言っているけど、ベラさんのイメージ・概念に合った言葉を見つけて名付けて売り出せばいいだけで。面白いストーリーを考えれば、ビジネスが展開しやすくなると思う。建築形態から機能を発明し続けることは人間がずーっとやってきたことだと思います。
近代になって機能から形態に変わっているけれど、目的合理主義だと息詰まるから、逆に戻るように思います。

古建築を改修して新機能を与えて使い始める人もいますので、建築家が機能を押し付ける必要はないと思っています。使い手が機能を発明し更新し続けるんだと思います。建築家は形態だけ造っていればいいかもしれません。そういう気持で私は自由に建築を造っていました、20年前にやめちゃいましたけどね。
依頼されて住宅だと考えて設計したことはなく、建築を設計していた。住宅にするなら多様な機能に対応できる建築にしておけば使えます。設計した形態に設備などを設えれば、どんな形態でも住居になる。建築を住宅と限定すると、戦後の家のようにとたんに建築が生き延びられない。空き家になってしまいます。どんな形態にでも所有者は機能を与えていいんだと、言っておくことが肝心だと思います。

ベラさんの新民家を見たときに住居だとは思わなかった、木造で造られた、近代を推進したあの均質空間だと思いました。だから資本と合流しやすいので、どんどん広がっていくだろうと思いました。そういう意味ではまだ近代建築だと思います。ただ景観と山づくりと関連させると、脱・近代建築にはなる。そのことはこの話し合いで合意できたことの一つだと思いまいした。

真ん中に協働炊事に当たる新民家があって、周囲に新民家が何棟も並んで配置された美しい全体があっても成り立つので、そこで共同生活することも可能です。新民家の新機能は住宅だけには限らないと思っていました。

■ 建築家と家を造る人は増えた

木村:不動産屋として、もともと会社をつくった時に、建築家の人たちと家を造る人たちの役に立ちたいという目的で、土地探しを中心に不動産屋を始めたです。
『ブルータス』というマガジンハウスのファッション誌で、建築家と一緒に作った家が紹介されると、連動するように一般の人が建築家と家を造るブームが始まった。それが2000年ごろだと思います。今、建築家が住宅についてあまり考えない、と言うお話でしたけれど。施主からの視点で見ると、今は、建築家と一緒に家を造った人たちの数、絶対数は凄く増えたと思います。ただ、そこに登場する建築士は、ベラさんのようにデザイン的にも社会活動的にもチャレンジングな「建築家」の人がいる一方で、プロダクトとしてのデザインハウスを設計する「建築士」が増えてきていて、建築家が造った風で建築士が造った家は、特に、東京では随分数は増えてきたように思います。
今は、「建築家と家を造る」というクリエイティブなイメージが、住宅ビジネスに利用されるようになってきていて、本来の建築家と施主が闘いながら家を造るというものからは、程遠い姿なんです。けども、建築家と家を造るということが、ハウスメーカーとのプロダクト化して一般化しているように思います。そういう状況は、この10年ぐらいで顕著になっているなーって思っていました。

ただ、最近は、一般の人が土地から購入して建築家と家を建てる、そのことが難しくなってきていると感じています。その原因のひとつとして、大手のディベロッパーが、一般の方が買えてた土地を早々と買っちゃうことですよ。一般の人が土地を買いたいと思っても、競争する相手がデベロッパーになっちゃう。ですから、一般の人が土地を買って建築家と一緒に家を建てることが、凄くやりにくくなってきた。それが最近の傾向だと思っています。

戸建てをめぐるデザイン環境は、一時期よくなったんです。けれど、「チャレンジングな住宅を一般の人が建築家と格闘しながら手に入れる」という視点からは、厳しい方向に向かっているんじゃないかなーと思います。今、僕が土地を仲介する立場からすると、そういう印象ですね。建築家とやりたいという人、エンドユーザーは増えてきたんだと思うんです。ところが、それが今はなかなか実現しづらい、という問題が起こっているなと思います。

新型コロナが変える

佐藤
:最近は建築家は神殿造りからも追い出されているようです。大手の建築会社の設計施工、デザインビルドです。企画や骨組みを造るベースは建築会社が行って、表面の装飾的なデザインを有名建築家が行うという分業化が3・11以降進んだように思います。建築造りの一部分だけを建築家が担っているという感じにもなっています。

花田:建築家はお化粧担当だけさせられているということ?
佐藤:規模が大きくなって建築家では手に負えないこともありますし、神殿造りにもファンクション施設造りにも関わらせてもらえなくなりつつあります。新国立競技場もそう見えていました。デザイン監修は世界コンペでザハ・ハディドさんが選ばれましたが、彼女の案は政府によって破棄されました。結果はスーパーゼネコンの設計施工ふうでした。その神輿に有名建築家が載っけられたという構図だと思います。日本では建築家は表面のデザインだけ担わされて、国家的プロジェットからも外され、神殿造りの骨格からも外されるんだと思います。3・11のときに建築家の設計した建築を各地で請負う業者がいなくなって、工期と予算を守るゼネコンの手法を用いる流れができました。

設計者は、人の原点に戻って、現在の住宅造りから始め直すしかないかもしれません。そうして信用を付けていかないと、神殿造りに参加させてもらえないでしょうね。そのための一つの手法として、不動産屋さんも兼ねながら設計し続けるような建築家の成功モデルはあると思います。重源を持ち出すまでもなく、建築家の複業的な活躍は日本の中世にもあったことですし、そういう多重的事業形態に変容するんだと思います。そうして建築家が建築造りの主導権をとりもどせるかどうかですね。

花田:何かメカニズムが必要だね、土地と建築と建築家の造った建物に住みたいというユーザーとを繋ぐ場。木村さんが言われたような事をうまく回るような仕組みをマネージメントするエージェントが必要ですね。

佐藤:それまでに多くは潰れてしまいますでしょうね。ゼロ金利時代ですから何をやっても儲からない。潰れますよ、いろいろなものが。そうすると、ベラさんのように地方で小さな新民家をコツコツやっている人がダメダメな大地から芽吹くんだと私は思います。悪くなってしまい底を打ってから加速主義的に始めると考えるしかないかもしれません。
新型コロナが来て、人と会うことができない、その対策対応をだらだらやっているだけだから、今までの手法が一気に壊れるんだと思います。隣の使っていない容積率を買い取って高く高くしてビルを建てても、コロナが人を集める場を阻止するでしょう。事務所ビルも完成した頃は借り手が居なくなってしまう可能性が高いですので。「床面積×貸し出す単価」でそろばん勘定しているだけで建て替えをしているのだから、新型コロナが新都市を造るんだと思います。空き事務所だらけになっちゃう、潰れざるを得ない。ホテルだろうが、ファンクション機能の建築は使われなくなってしまう。家でオンライン・オフィスが主になると、関心は住宅に戻るので、展望が豊かな沖縄の新民家でオンライン仕事をこなす案は有望だと思います。

花田:そこは全く新しい条件だよね。パンデミック状況が続く中で人はどういうふうに住み、どういうふうなスペースで仕事をするのか。全く未経験の条件ですよね。

佐藤:エイズも騒ぎましたけど、医学史を見ると、結核の蔓延時に死者数が東京でももっと激しく長かったけれど、人々は対策せずに生き延びました。でも、今は恐れて萎縮していまして、今日のように、ZOOMで多様な人と簡単に意見交換していると知恵も一杯身につくので、時間は掛かるでしょうが、心配しなくても立ち直れるとは思います。今までのように資本主義をITで加速させて瞬間取引で利ザヤを稼ぐ、ネット株バブルはなくなって、再配分社会が強化されていくんでしょう。もう投資して利益をあげるフロンティアが無いんじゃないでしょうか。お札を幾ら印刷して、撒いても金利はあがらないし、資本主義の終わりの状況なので。

  
 絵『結核の歴史』より

ベラさんのように地方で暮らしながら、そこに根を下ろして、新民家から始めているのは好感が持てます。そこから森林づくりに発展していくのもいいし、観光業や不動産業に展開して、虎視眈々と次の社会を狙うのは賢いやり方だと思います。
ベラさんはそういう事を考えて移住したわけじゃないですよね。偶然の出会いがあったことで、新民家に到達した。東京じゃ新民家構想はまったく無かったと思うんですが。

漢那:東京では全然考えていなかったですね。一個大きなきっかけで自分がいいと思って東京で家を建てたときに、隣の家がたまたまハウスメーカーの、こんなのが隣になければいいのになーという家が建っていたんです。こんな所で建てたくないなーと思いながら頑張って自分なりにいい家を設計したと思っていたんです。お客さんも満足して、いい家が出来たなと話をしていたら、隣のしょうもない家に住んでいる人たちがクレームを言ってきたんですね。なんでこんな変なの建てるんだって。言われた時にショックで。いやいや自分はこの建物がなければいいのに、と思って、それが無いかのごとく造ったことが相手を傷つけたのか?何しろ文句を言われたんです。こっちにしてみたら、そんな汚らしい家をよくまあー造って、逆にこっちの価値が落ちると思いました。
そういう文句を言われた事があって。それがショックで何でそんなことを言われるような状況なのかなーと。
それで、自分が建てたことによって周りも良くなるみたいな、そんな造り方ってないのかなー。ちょっと悩み始めていました。自分が設計したことで、答えはお客さんとだけ合意がとれていれば、よかっただけじゃーダメなんだなーと、気付いて。もう一個難しくなっちゃったなーと。
そのことが沖縄で建てる一つの条件になって、民家とかそちら側に話が振れていって、一戸目を建てた時のことですが、沖縄で東京の人が土地を買って、集落のど真ん中に家をぼーんと建てると、けっこう反発を買う、危ないことで、勝手に家建てて何しに来たという状況だったんです。ところが、建物が出来てきたら、近所のみんながお祝いムードになったんですね。自分がデザインしたもので周りが喜んでくれて、しかもおばあさんが新しいウチナーヤだねーって言ってくれたんですね。ウチナーヤーって沖縄の家。

佐藤:そこで傷が癒えるので、それは良かったね。

漢那:それで、一つ東京でのショックがとりあえずクリアー出来たというか。こういう方向だなーと。
佐藤:良い話だね。

花田:東京から離れたことが漢那さんにとって良い選択だったと思う。東京は中心のような顔をしているけれど、実は空洞だと思うんだよね。空っぽ、エンプティー。むしろ日本国からすれば沖縄とか北海道って地理的に端っこにあるけれど、端っこにある所でこそ、そこの場所性を活かした意味ある建築というのが造れる可能性があるんだ。だから日本国のいわば周縁で、建築を造っていることのアドバンテージというか、実験というか、それを噛みしめた方がいいと思う。

漢那:それは意識しています。それは分っています。別の視点で見たらアドバンテージだなーと、それがメディアに発見されて載るかどうかは別の話。
花田:メディアはあんまり考えなくっていいよ、後からついてくるので。地理的に観れば、沖縄は琉球孤、もっと大きくみればポリネシア列島のど真ん中だからね。そこから見れば新民家のリーチと言うかな、到達範囲は北の方角では九州だけど南に行けば台湾とかフィリピンとか広がるわけよ。だから東京が中心だという刷り込みと思い込みが、いろんな事にブレーキを掛けていると思うんだよね。その感覚から自由になることが、凄いクリエーティビティを逆に産んでくれる。

佐藤:漢那さん、眠いんじゃないの?
漢那:まあ、そうですね。
     会場、笑う
花田:子育てで頑張っているからね。

佐藤:漢那さん眠そうな顔になってきたし、ベラさんのZOOM動画も動いていないので、そろそろやめましょうか。(会場 笑)漢那さんはお休みいただいて、ありがとうございました。

花田:私も休みます。

坂巻:お久しぶりでした。ありがとうございました。

佐藤:文字にしてweb頁アップしますので、見てくださいね。

 会場、はい、はい

花田:木村さんもお久しぶりでした。 
木村:先生、ありがとうございました。
漢那:坂巻さん、またいろいろ聞きたいことが出てくると思うので、よろしくお願いします。

花田:二人は何でつながるのが一番いいのかなー。メール、それともフェースブック。
坂巻:フェースブックでいいです。
漢那:なんでもいいです。
佐藤:坂巻さん、フェースブック使っているのなら、友達申請します。

花田:坂巻さんは森の話をフェースブックでも発信しているから。
坂巻:ちょっとだけですけど、花田先生、ドイツの森づくりとか調べられないですか。僕はドイツ語が読めないです。
花田:必要があれば、やりますよ。
坂巻:お時間があるときにちらっとお願いします。
佐藤:みなさん、どうも長時間ありがとうございました、さようならー。3:40:00





:漢那潤さん初期建築 
4戸・
共同住宅家賃は1戸8万円(2004年東京近郊)










2021年9月4日21時〜3時間半にわたるZOOMでの語り合いでした。長い記録ですが、目を通していただきありがとうございます。

作成・文責:佐藤敏宏     HOMEへ戻る