佐藤敏宏  HOME  8月の日記へ 
   2019年9月の日記        

 9月15日 
 真夏のような快晴なので、9日に使ったシーツなど洗濯する。小さい洗濯機なので、何ども洗わねばならない。
ひさしぶりの建築あそびにて再確認した課題

イ)支援者要る。以前は手伝ってもらえたmy支援者多く、日ごろから交流していたのだが、3・11の混乱期を経て見回してみると、亡くなったり音、信不通となるなど日頃からの交信と交流がなくなってしまっていたと気づく。さてこれから以前のような人間の関係を手に入れる事はかのうなのか、まず最初の課題

ロ)体力の衰え対策要る。以前より体力が衰えてきているので、準備作業の時に思ったより時間が掛かる。ほぼ一人であれこれ準備しなければいけない環境になてしまった。身近な友達がいないのが問題なのだろう。これから友達手に入れるのは面倒でもあるから、準備を共にしてくれる人の確保をどうするかが課題。

ハ)資金の無。わいわいするためには、準備のために食材やお菓子、酒を買ったりするのにする、ささやかなお金も無い。収入ほぼ無い状態なので運営費確保の課題

ニ)集める人数 4,5人までか。今回は8人、家人を入れて合計10人だったが、もう少し少なくして、4、5人の客人での濃い建築あそびワイワイが年齢に合った手法かもしれない。人数対応の課題。

ホ)記録写真確保。音声を保存しているので文字にした、WEB文字記録は作れるが、写真がほとんど無い。以前もそうだったが専属カメラマンを確保しているわけでないいので、建築あそびでの記録写真確保の課題

ヘ)開催の季節。今回は千葉県や神奈川県でも台風15号の被害が甚大だった。しかし台風襲来は予測できないし、9月は雑魚寝も快適だし、福島市産の果物も多いので、建築あそび開催時期としては9月〜10、11月初旬までが最もよい。最悪は真夏、今年なら7月中頃から8月お盆辺りまでは福島盆地特有の猛暑日が襲来するので避けたい。春先は果物がほとんどない、5月初旬の果樹の花をめでるぐらいだ。地酒は通年あるので酒好きなら3月下旬から7月初旬まで建築あそび時だろう・開催時期の課題

こんな課題のあらましかな





9月14日 

■福島市公文書開示の返信が来ていたが文書不存在が多い。福島市が作成した東日本大震災の記録平成26年3月に刊行されている内容についてのデータさえないのだろうか。原子力災害の記憶の継承と謳うが、それ記憶を育むための肝腎の記録が無いではないか。根拠なき空言だろうに。ま市の姿勢を叩くのが目的で請求している訳ではないんで、市の公文書はこれからもコツコツ集めよう。

■40年ほど前に設計した木造住宅の壁から雨が浸み込んでいるとのことで、シール材を持参し応急手当をする。発注者は小学校の恩師だが数年前に亡くなられ、現在は奥様と娘さん、そしてお孫さん夫妻が暮らしているとのこと。好い感じだった畳敷き廊下、和室は板張り床になっていた。奥様は勝手に板張りしたと嘆いている。なかなか住み手が変わると好さも失われていくのかと、眺めた。
 応急作業を終えると奥様の日頃の話を聞かされてしまう。俺の数倍の年金を得ているのだが、暮らしぶりを聞いていて、なんだか気の毒・可哀そうになってしまった。お金というのはどう使うか。幸いというのはお金では手に入れないといことを改めて想うのであった。
 お金の使い方を知らないと豊かで幸せな日々を手に入れることは出来ないと今更ながらシミジミ思う。好き友達はお金では手に入れることが出来ない。暮らしの中の豊かで安定して平穏な時間もお金では手に入れられない。90歳すぎたおばちゃんの話を聞いて生き方、子どもの育て方、他者とに関係構築のしかた、それらによって老後の幸はひどく変わるものなのだと実感した。

 人それぞれの生きて来た過去に見合う、現在の暮らしに合った豊かさと貧困が(物心共に)で覆いつくされてしまうようだ。俺はお金はさほど要らない、自分の自由な時間と精神活動ができれば、他はほぼ欠乏しているのは無いと思う。いままでどおり活動して、色んな人を支援したり、励ましたり、手入れしてあがたりできればそれいいだろう。

 9月13日  夜は肌寒い

■真夜中までかかって、9日に県庁を訪ね対話させていただいた内容をweb記録にまとめて、少し資料もつけて仕上た。
 3部印刷して連休明けに県庁に持参しようと、印刷しだしたら、用紙が切れてしまい真夜中コンビニで200枚買う、一枚4円弱とコンビニ用紙高価だ。仕方ないので買い印刷する。

 京大の柳沢先生にも連絡し目を通しておくよう伝える。参加学生さんの各自の感想文が送られてくれば、web頁に仕立てよう。

■内容の全てを公開できるかどうかは、県職員の方の判断に委ねたい。web記録の頭はこんな感じ



 9月11日 曇り時々雨。蒸し暑いが夜はコオロギがさかんに鳴く
■台風15号の影響で千葉県内の一部で停電、水道がでない、防災無線が使えないなど問題が多発しているようだ。首都圏直撃した台風の影響は人々に大きく困難をもたらしているようだ。
■京都大学柳沢究先生とゼミ生とで9日夕方から10の郡山までほぼ24時間お付き合いして得た各種データを整理する。画像データの整理はPCの能力が低いからだろうが移動に時間が要った。
■FB投稿より
京都大 柳沢究先生の講義@我が家9月9日
県庁で1時間40分ほどの加藤主幹、新関参事と濃い対話。そこから4時間半ほどかかりたどり着いた我が家。久しぶりのプチ建築あそび始まりました。アップ忘れの分追記(我が家でのことはよく覚えないが写真と音源あり)
途中でmy建築突撃体験。夕飯屋で紹興酒たらふく呑んでも講義する柳沢先生と聞き入る学生さん。その後は先生と雑魚寝です。てんこ盛り過ぎじゃないか

9月10日 晴れ
FB投稿より
柳沢究先生と郡山駅で別れる
柳沢先生とゼミ生とで浪江の現状を視察し帰還者の話を聞く。大熊町役場にて災害復興住宅を視察し役場の方から説明を受ける

福島を体験しよー!
昨夜の我が家での雑魚寝を紹介します。久しぶりに我が家にきてくれた県外から訪ねて来た若者と雑魚寝して撮った絵をアップ


 9月9日 台風15号襲来 浜通りをかすめて通過した。JR東北の在来線と飯坂線運転せず。
飯坂線止まってた!
アナウンスでは川が氾濫する可能性があるとか。雨あがり駅まできたのだが。家にもどり自転車にしよう

京都大学の柳沢先生とゼミ生とで、午後4時から県庁で講義を受ける。その後、町にでて中華を食べ、町をうろつきmy建築を体験して午後8過ぎに我が家に着き。呑みダベル


 9月08日 
 台風15日の影響なのか昨日から真夏日の気温にて、暑い。夜になっても2階の仕事場は32度ほど。明日京都大学の柳沢究先生の先生とゼミ生が福島市にやって来て、県庁の方々と交流し意見交換したりの後夜は我が家で久しぶりの「建築あそび」をする。
 我が家での建築あそび311以降、だから10年ぐらい開催していないのだ。でいろいろあって食器、支援者など失ってしまった。盃に皿に箸、などさまざまな物と支援者から頂いていたお金。そして労力。それらが無くなってしまった自覚すできて、なかなかよい。何も出来ないけどきちんと若い人と交流しながら対話が成立するよう動いてみたい。
 柳沢究先生一行は郡山からレンタカーに乗って、大内宿、左下観音、そして喜多方の長床へ行くそうだ。会津古建築巡りということだろう。今夜は喜多方泊で明日の午前はさざえ堂を経て夕方福島市に入る予定だ
福島市は明日午前は大荒れみたいだ。風害水害に遭わないよう祈っている。

■ 近所の直販所で桃を20個仕入れる。スーパーでお酒のつまみや不足している品々を仕入れて明日に備える。
FB投稿より

秋刀魚より安価の真鯛2尾
台風の影響で真夏並みの気温となる。近所のスーパーで真鯛を250円で手に入れ夕飯の調理。塩焼きとオイル煮。真鯛はクセがないので何にもでも調理しやすい。火加減と焼き加減はいつまで経っても習得出来そうにない。下手くそだけど食い物になってしまうからよしとしよう。
◆明日は京都大学の柳沢究先生と研究室の皆さんが台風15号とともに我が家にやって来て、「建築あそび」を開く。この20数年の体験で語ると「台風と共にやって来る人々とは長年の付き合いとなる」台風は脅威でもあるが幸いももたらすような気がまする。
台風で直販所明日は休みかもしれないので、夕方出向き桃を参加人数の倍20個買う。


 9月6日  久しぶりにカンカン照り。

9日の夜我が家で久しぶりに建築あそびをすることにしたので、寝具などを干したりする。夕方暑さがおさまった頃合いをみて庭の草をむしる。もう夜にあるとコオロギがが鳴いている。秋まじか。
FB投稿より
京都大学生7人と「建築あそび」の準備する
久々にブチ「建築あそび」を我が家で開催することにした。快晴ま久しぶり。かんかん照の下で寝具を干す。(雑魚寝しながら夜通しだへる、寝たい奴はワイワイの側でいびきokための寝具干し)数枚の寝具干すだけでも暑くて汗だく。が気持ちよい。
柳沢先生と学生さん8名による「建築あそび」テーマは福島県内の応急仮設住宅など、福島県内の伝建古建築について、三つ目は俺が長年にわたり実践している「星座型居住」について。てんこ盛り過ぎる内容だが、寝る準備はほぼできたかも。布団に転がりながらも駄弁る。
◆建築あそびの例としての集合写真。これは2002年11月花田達朗先生との「建築あそび」で撮影した絵で顔が参加した人でないと分からないぐらいに粗くしてある。(たぶん今年中に刊行されるときいているが、その時の記録は花田達朗全集の1冊の中にに編まれるとのこと)


 9月05日 曇り時々晴れ

F先生の家によびだされて行く。場所は八剱町、35年ほど前に家族みなで暮らした場所にも行って見る。昭和の住居は残っているものの、空き地が目立つし、昔あった店もなくなっていた。道路は整備されていた。でも昼すぎなのに人影がみえないのは少し寂しいかも。
FB投稿より
用事にて35年まえに暮らした矢剣町に
昭和の建物も残っている。知り合いの店を含め空き地となった宅地も目立つ。用件の家孫の子も生まれたとか子だくさん!
帰り道、一年前にサンチャイルドが立っていた場所に立って撮る。
 この当たりから福島版『墨東奇譚』が編まれたかったのは残念なように思う。日記文化とは言えそのような書がつくられるためには、必要な土壌がある。(土壌が無くてもつくり人間の方が俺は好きである。)



 9月03日 相変わらずグズグズした天気が続いている。

サンチャイルドに関する公開された公文書の中の電話苦情60本ほどを打ち込みながら見ている。苦情を言う方々はそれぞれの思い込み(自分が教育され身に着けた牢獄)の中で一生懸命、誠実であろうとしている。そのことによって対立が起きる、行政の仕事は正義にもとづいて行っているはずだと思うのはそれぞれ自由だと思うのだが、現実の世界は正義を仕分けできるほど単純な有機体ではないので苦情にはそうとうの無理がある。しかしアートは有機的な組成でなりたち多様な価値の中で発想されて善悪とか好い意見とかを得るために表現行為を表現者はしているわけではないのだが、苦情を言う方々はアーテストの多面的内面を寛容するたいどがやや硬直している。そんなふうに思う。
アートを批判し苦情を言い合い標的のアートを除去してしまってはアートに苦情を言いたい、不快を示した者の表現の自由を奪ってしまっている。自分の発言がそういう行為は結果として口封じ、言論の自由を封じているという事態を理解できてにない、つまり発言しる自分を客観視し視線の往復がおこなわれていない。
そんな事を市民の苦情を打ち込みながら思った。
酷く単調な価値かんで社会や行政が働いていれば好ましいと考える者は横穴式住居に戻り暮らすしかないのではないか、と極端ではあるがそういう猿に戻ろうとしたり、固形化しながら生き続けたい人間の類なのではないだろうか。
 不安定に行きつ戻りつしつつ、徐々に変わり続ける社会を受け入れたくない人々なのかもしれない。きわめてまれな人々の価値が社会を支配しているのはとても良くない。そう思う

9月01日
 FB投稿より

俺は口座やIT機器系に関するパスワードは紙に書いて子供達に分かる場所に保管している。
俺自身が忘れてしまう事もあるし、おれが死んでも簡単に分かるようにしてる。子供たちのそれは全くしらないな。なるほど、遺族はITでいろいろ困ること想う。
(関係する者全国、世界の津々浦々でスマフォやpc持参で暮らしていたり活動する現在

■プチmyブーム 『監獄』
鹿児島つながりで思い出してしまう。山下洋輔氏のお爺さんが設計された旧鹿児島監獄、ホテルとして活用(笑)奈良監獄など(千葉、長崎、金沢のそれも)いずれ調べてみよう
◆ベンサムやフーコーに関する監獄本を古書屋で手に入れちゃう(笑)
映画監獄からの脱走ものの主役ならスティーブマックイーン の大脱走、にパピヨン。こーれこれこれ。米国の保守 クリンストイーストウッドのアルカトラズからの脱出 もと思いDVDも買う始末となり。今月は監獄 もの月間にしよう。
◆監獄とは何か?監獄から脱出するとは何か。自分の身体こそ監獄ではないのか?...
面白いさ満載な気配の監獄。ベンサムという男は先の本によると早熟の天才であるが異性愛に関してはかなり変人だった。そう読んでしまった。

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