佐藤敏宏    HOME  

2026年9月の日記     2026年 8月の日記へ 







 9月9日 と雨繰り返す 

■午前、浅野翔さんと語り合いをまとめて、校正依頼をする。

■午後、中谷ミチコさんの展覧会について書きだす。書き出したら長くなってしまうのは近頃の傾向。webは紙媒体とちがって字数は幾ら書いてもさほどデータ量は多くならない、で、気楽に書いてしまう。

■FB投稿

浅野翔さんと「名古屋市緑区の有松」に関する語り合い文字化完。
合計6時間半のワイワイだった。すべて文字にしたので、校正依頼を終えたので、いただいた資料に目を通しながら、資料をどうweb記録に貼り付けるのか・・ノンビリ思う、空は相変わらずの雨だよ。





















 9月8日  一時陽射しあるも、午後雨降り、夕刻あがる 目まぐるしくかわる

■午前、浅野さんと語る、web頁を校正用にしあげて、40分ほどの量の校正依頼をする。

■午後、ノンビリしたが昼寝はできず。鶏めしを作り喰らう。

■FB投稿

尾張藩有松村における2026年の町づくりと浅野翔さん

浅野さんの有松町づくりへの本気は、昨日投稿した通りだ。有松に住みつき「結婚式を挙げ」夫妻で町に関わって暮らし続けていることで明らかだ。

311後各地被災地の町づくりをチラ見している。けれど、町に住みつき、住みついた町の再興支援をたった一人だけの遊軍として活動している人には出会ってなかった。それを実践中の浅野さんただ一人に会ったことになってホットした。いろいろ感じることは、語りあって文字にしたので、町に住み作り継承することの課題について興味のある方は、その浅野さんとの語り合いを文字で公開web記録を見ていただけたら嬉しい。くわえて浅野さんの現在を知り、町に関わる学生の育て方についても分かると思います。

3・11直後から地域づくりを、国や県、市町村などの行政サイドの者でもない、地元の人であり、町づくりを大学で学び、被災地や衰退した町などの再興・起こし種を作る人としてかかわっている、職能をもった人にはほとんど出会うことがなかった。
官主導のまちづくりは税金つぎ込まれる時は派手なだけ 無駄にでかい施設だけ残され、移行期が吹き飛ばされいるので、やがて維持費が町に掛かり続やけるだけで地域の人から暮らしが奪われているので消滅する、廃墟町が現れるように思う。それらを見物記録する時間は飯炊き爺さんにはないのだが、
想像してみるのもいいように思う。(安倍のミックスはそれを加速させ続けた、株が高くなるだけでは地域の人々の暮らしは継続しない。株投資からみれば町づくりなどは実に貪くさい仕事なんだ。)

浅野さんのように、どこにも所属しないけれど京都工繊大で学び、デザインリサーチャー実践できる人を養うことが可能な町しか、次の世には生き残っていないだろう。 そんな思いが浮かぶ記録づくりをしていますだ。俗な言い方をすれば、互いに人生を賭して町に暮らし続けているんだよね。

〇1980年半ばに植えた庭の無花果
15年ほど実りつづけ、大木になると髪切り虫が幹に侵入し枯れてしまった。根元から生えて来た枝を庭に植え替えてから初めて実をつけだした。だが秋雨前線の影響で腐り落ちてしまう。一つだけど、今日は早めにとってみた。無花果本来の艶はない。

いちじくや 秋雨に遭い 腐る哉

桃は買わず仕舞いだった。庭先の日除けの葡萄はどんな味になるやら。















9月7日 のち曇り

■午前は浅野さんを肉声を文字にしつづけて、文字化済んだ。
■昼過ぎ徒歩で家を出て、町にでて、雑用と食材を買いだす。
■昼寝し、飯をつくり、夜記録作りする。

■FB投稿

浅野翔さんの本気度は結婚式の花婿・花嫁の衣装にあらわれてる。
先月末名古屋市緑区有松をおとずれ、浅野さんの家に2泊させていただき、浅野さんの暮らしぶりを体験させていただき、その間のワイワイ肉声をすべて文字にし終えた!(明日からは仕上げ作業)
町づくり支援に関わる人々の本気度をどこに見るべきなの?・・飯炊き爺さんの俺はまったく知らない。

浅野さんとの語り合いや聞き取りしている中で知ったことが一つある。それは浅野さん夫妻は2018年に挙げた、結婚式の様子と花嫁・花婿の衣装が「有松そう絞り!」で決め、有松の町を練り歩きしてました。絞りによって成る有松の愛し方は並外れているように感じんです。デザインリサーチャー称し町の人にはほとんど理解されない中で、有松の良さを伝えるため、マルチタスクふうに関り広報し、祭りを仕掛ける・・・など、浅野さん夫妻の本気度に触れる2泊三日でもありました。貴重な体験を得てありがたい気分があふれてります、聞き取り交流から文字起こしし発信するはおもろいです。
まだのかた、これからするわい!のかた、結婚式をは有松で挙げてもよさそうですよ。

〇曇りや雨ふりばかり。辛い麻婆豆腐を作る。
飯炊き爺さん、近頃の空模様は好かない。洗濯物が乾きにくいしね。今日はボケたようで、豆腐の切り方もざっぱになって見栄えしない。が、自前の辛い麻婆豆腐美味い!んだよね。食い過ぎ注意の後期高齢者となり。(自前の山椒味噌つくりたくなるもんだね)









 9月6日  気温さがってしまう。 

日照すくなく今年の果物も野菜なども甘味は期待できそうにない。

■FB投稿

浅野翔さんとの語り合ったものを今日も文字にしつづけている、
浅野さんは宮沢賢治の農民芸術論をさんこうに、有松絞に完全放牧の牛のうんちを原料とした「有松・運知絞」として新しい生地絞りへ挑んでいた。
男性の成功モデルには循環しているという観念が欠けていて、次を生み出せないのではないか、と佐藤は疑問を呈し、中谷ミチコさん一連の最新作を生み出す過程と意味を加えている。
紋切り型の街づくり話とは異なる視点に移動していて面白い話合いになっている、そんな気がする。

















9月5日 ひさしぶりの

■午前から2時ごろまでは浅野翔さんの肉声を文字にしつづけた。そのご17時から始まる藍原寛子さんの話を聞きに行く。

■FB投稿

藍原寛子さんの話を聞きそして語り合う会に参加した

昨夜、福島市の「コトウ」という書店にて、主催者を含め10数名で藍原さんの話を拝聴した。その後1時間超で感想ふくめ意見交換などもあった。
藍原さんは福島市生まれで福島民友新聞の記者を経、原発事故後独立系ジャーナリストとして県内はもとより地球上を駆け巡り、原発や水爆実験地の被災者の声を聞き取り、記事にし多様な媒体で発信されている。日本でも福島県でも希で貴重な女性。
福311と原発事故とその後話を拝聴したのは一月ほどまえ。廃炉法の無いなかでの福島の原発廃炉(特定原子力施設の廃止措置)の問題点を聞いた。
昨夜は、被災者である藍原さんが原発事故の県内の被災者などを聞き取り『フクシマ、能登、そしてこれから』の紹介と取材動機、著作物に仕上げるときの思いなどを詳細に語られた。

あまたいるだろう県内の記者たちと交流したことがないので、あくまでも感想なのだが、藍原さんは弱者に寄りそう。フクシマの小さな声を集め世界に発信続けようとする意識を明確に自覚し、継続性も強いと感じる。かといって左翼政党人のような偏った固い主張もされない、ない。柔らかさを含んでいてその点に藍原さんは被災者にも関わらず、人間性の温かさ見失うこともない。おいて、福島人の豊かさと逞しさを今も見ることが出来る希な人だ。
(殺人以外はなんでもするかのような、建築業界に長年くらしていたので、藍原さんのような独立してもなを記者魂を保ち同じ立ち位置で活動する人には興味をおぼえる)
大地動乱、異常気象による災害など世に災害による被災者は尽きることがない21世紀前半。だから、藍原さんは福島原発事故後を見つめながら、日本列島の新たな被災地に入り被災弱者からの声も発信しつづけるように思う。自身の健康に配慮し活動続けてほしいものだ。

(県立図書館には津波被災と福島原発事故によってつくられた書籍の特設コーナーがある。日々増え続けていて、開架コーナーの2割をしめているのではないか、全部に目を通すことはできなので、背表紙だけ、時々眺めている)
















 9月4日  このごろ秋が色濃くなりつづけている 夜コオロギ賑やか

■今日から浅野翔さんの肉声を文字にしはじめた。肉声データたくさんあるので文字化には1週間ほどかかるかもしれない。写真データは彼のFBを埋め込むことに承諾を得た。絵だけにするかリンクでこなすか、迷う・・・後のことを思うと、埋め込まずに絵を小さくして無で日付を書きもぬのがいいかもしれない。


■FB投稿 

浅野翔と語り合い肉声を文字にし始める
浅野さんとの最初の出会いは2009年の12月京都。彼は学生でなぜか、俺・主催の京都ワイワイに参加した。その時すこし記録したが、聞き逃していた点も多い生い立ち篇、そのあたりからその出会いまでを含め詳しく聞き追加するために名古屋市にでかけた。そのことに加え彼が現在、名古屋市緑区有松で行っている町起こし活動の詳細を体験し友人たちにも集まっていただきワイワイし記録も残せる作業をしてしまうような体験もできた。
そのために浅野さんの家に2泊させてもらった。家は建築家が設計した家ではなかったんで部屋の仕切りがきちっとあり、夜中客の俺が起きて、勝手に作業しても浅野さんの睡眠を阻害することもない作りだったので、大変に快適だった。

理由はわからないが、建築系で縁ある人に多く出会い語り合いも多く持つことができている。老人にしてはジジイ特有の凝り固まりから、俺は防御されているようで、恵まれすぎる。
若者たちとの交友関係の中で暮らしつづけているんだな・・と再確認できた。
トヨタという巨大企業があるけれど、現在の政治権力の中枢都市で過去のそれでもない地方だからこそ、今を生きている人々の営みの背景を深く理解できることは多い。だから名古屋圏ワイワイ漫遊は今後も継続していくつもりだ。平で山は見えない名古屋圏。晴れていない太陽の位置を確認できないと、どこを彷徨っているのか、確かめにくい地でもあった。




 9月3日 曇ったり雷とともに雨降ったりし、夕刻曇りと

■朝方まっくらで照明をともして作業しなければならなかった。今日は博多漫遊記の最終日2本を仕上げた。
明日からは 東京〜名古屋圏漫遊などの文字起こし再開しよう。

■FB投稿

博多漫遊録、最終日篇を仕上げる。
板付環濠遺跡と大宰府政庁跡について簡単に書いた。縄文後期の米作りとして最古だといわれている佐賀県菜畑遺跡は寄らずだった。すこし残念な気がし筆が重い最終日篇。
今日は朝から闇のように暗い空模様にも影響されてしまったのだろう、それにしても福島市も覆う秋雨前線による雲雲雲はいつまで続くだろう。

















 9月2日 曇りのち一時晴れ、にわか雨のあとまた晴れ、初秋の空になる

■博多漫遊記の仕上げ作業をしつづける。

■FB投稿

多漫遊記 能古島へ渡る篇を仕上げている。

檀一雄の飯炊き叔父さんぶりは 貧乏な俺・飯炊き爺さんの鑑であったな・・・能古島に渡り後、『火宅の人』を通読して確認したことだ。

火宅の人を読むと、永井荷風、谷崎潤一郎とは異なる女性との交わり、契り方なので無頼の女性の扱い方対応に興味をもつことになった。永井はアメリカでもフランスでも日本の生活でも、女は男性を相手にする職業女・セックスワーカーを一筋で女性を扱う変種だ。そして彼きょくたんなケチなので結婚はしない、女に対する気合が違うエロるなのだ。谷崎は他人の奥さんをとってしまって作家活動に励んだそうで、加えて、自らのマゾ体質を好んで丹念に描写している。細部の描き方の『陰翳礼讃』を一読したものなら分かるだろう、描写の細密さは群を抜き突き抜けていて、オモロイ老人だと分かる。サラリーマン化しまくる身の回りにはいない変種男性だ。
火宅の人が描く男性は推測だが、檀は先立たれた妻の思いを追い続けた、それが書く動機になているように思う。女を連れ歩きエロ三昧に書いてはいるが実態はどこまで本質的なのか、たぶんこれも推測だが、小説の材料にするためにエロおやじを決めていた勘はいなめない。

男女の交わりの最適解は通い婚型のエロ爺さんを鑑とする俺は。女を愛し契るならば、女性が選択し許し招き入れる、平安型の男女関係にを見習うのが、男の性愛力鍛え、豊かさを手に入れる近道だし、ヘタレの多い世は争いが少ないのではと思うからだ。現在の男主導の結婚制度に縛られる愛情などどぶに捨てた方がいい。(ちかごろ優しい男も増えたけれど)通い婚は理想だと思い続けることで現代の男性性から解放されるし、その寂しさを生き抜く豊かさも知ることになるだろう。

灯りもない夜の闇にまみれ、暗い世な道を通い、暗い床に招かれる。そこでは顔も見えないので美人なんかシコメなのか判別できない。会話術と肉声質のみ指先の触覚のみで、高揚しあう男女の床戯は、ぴっかぴぁかに明るい部屋で、M字開脚をデじ撮りし、その写真をネットに挙げてしまうバカ男には理解できない性愛の世界だろう。

そんなことを想うと檀の女好きは小説家コンテンツを豊かにするための職業病だろう。真に受けては娘たちへの檀の手紙の意味が分からなくなると感じる。さてエロは求めても娘に生の厳しさを諭す手紙を書き渡せる大人の男なっています、でしょうか?だんのエッセイなどに触れるとそう思う、飯炊き爺さんでした。男女の性愛暮らしながら追求し豊かな死も迎えたいものです。今日から通い婚を実施してみましょう。その相手がいない奴は知らんよ


















 9月1日 曇り気温あがらず涼しいので昼寝は快適

■防災の日なのに県からも市からも防災啓発行動をしたとのニュースがないのか、見当たらない。
■博多漫遊記2日目を仕上げる

■FB投稿

今日は名護屋城跡、漫遊録を仕上げている。
先日、建築系若者の聞きとりをしていた時、インタビューweb記録は昔のようにい彩色したり、デカい文字にしたりして欲しい!と言われた。福島・原発事故以後、幼稚派手は手間かかるのでさけていたが、元のmyHPの様相を復活させる。そんなつもりで色付けしたが、まだ慣れなず、昔の勘は戻ってない。だから単調な色使いで幼稚派手の頁には至らず。徐々にmyHPのweb頁の面は下品幼稚派手を手に入れていきたい。呆けてきたからな・・・どんな面頁になるか試してみよう。

〇 あら、飯炊き爺さんは「おでん」をたいた。
おでんの季節には早い。福島市はこの頃、日中の陽射しが極端に少ないし涼しい。ずっと梅雨が続いたまま冬に突入しちゃうの!?だろうか。そう勘違いしてしまうほど変な空模様が続いている。名産の桃には、大根・・・とはいわないけれど手が伸びない。日照不足で果物から甘味が消え無くなってしまったんじゃないかな、分からんけど。

聞き取り活動でも漫遊旅でも、なんでもノートに貼る(ばかだね)

〇すっかり電子データの世になり紙現金を持ち歩かないmy子たちだけれど、俺は電子データもまるで使いこなせない。飯炊き日々爺さんの俺は、相変わらず大学ノートに「紙の資料」各種領収書、さらに紙の「乗り物の乗車券」などを時間順に貼り付けてしまう。こうすると聞き取りの記憶や旅の思いも立ち上がる気がする。時代遅れの者がするあほな手法だな自覚して、鈍足な行為をする。その方が整理し易い気がすると勘違いして暮らしている老人なのだ。
〇その老人には夢が教えてくれる。今朝は議論盛んの夢だった。最近夢を覚えていることが多いな〜10日前大洪水と巨大な崖と大地崩壊の夢告知。大地震が来ると予想したけど、土石流だった。)