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   2019年11月の日記        

 11月14日  時折 時雨来て冬まじか

■初短編小説を、簡易書留にて、投稿する。懸賞付き公募なので、WEBにはまだ公開できない。いろいろ勉強になり書いてよかった。なんでもやってみるのがよいと改めて思う。
■my長男がニース9に出たと知らせがあった。TVないので見てないが、データを知り合いに、いただいたので短くしてYouTubeにアップした。  https://youtu.be/itz7LWUgzMY 

■ FB投稿  my小説、初投稿する
 あつかましい!そう思ったが、人生初小説を出版社にむけ、書留にし福島中央郵便局から投稿してしまった。書いたからには誰かに読ませよう。なんて思うのは凡人の証。そう思ったが現在は選択縁を飛び越え、縁を探しに動かねば無縁孤立する社会だ。たくさん人が住んでいるのだから。そうしていては、お天道様に申しわけがない。知らない人と縁をつくる。案外難しく、ひとは知った蛸壺コミュニティに安住してしまう。蛸壺をでて、危険で自由に満ちた未知の縁をつくろうと行動する人はまれだろうか。
 年老いた俺は、能動し未だ見知らぬ人縁をつくり、そのコミュニティに参加することが、よさげだ。そう思う。
 初投稿によって「危険な縁」が飛び出してしまったら望外だよな。発送し終え、内田栄造さん著『阿房列車』を参照にし、あのような文脈にすればよかったなと、すこしくやんだ。お題は『カシオペア』で昨年my長男に招待され、盛岡から上野まで乗った、カシオペアの旅。あれを題材にした紀行文がよかった。次作にすればな、いいな。そう思いなおし、小雨のなか郵便局から戻った。
 阿房と書いて あほうと読む。そのなかで内田百閧ウんと編集担当者二人で、何の目的なしに一等車に乗りこみ、大阪駅おりたなら、なにもせで、東京駅めざまし戻ってくるという紀行文、俺好みなり。やおい系文の走りみたいな内容にて、じんといいな
 

 11月13日  日中ぽかぽか 朝夕冷え込む 

 FB 投稿より
 1時間ワイワイ@福島駅ビル昼飯屋。 ヤノベケンジさん、渡邊晃一さん、秘書の方と四人。(近況についてワイワイ)。東京仕事前の「新幹線待ち1時間」と連絡あり馳せ参じた。(福島市内で中学校でワークショップしての帰り間際)


 11月12日  

 この2週間、で人生の楽しみ一つみつけた気分
 懸賞つき短編小説の応募するために人生初小説(これは小説なのか?)書き上げたようにおもった。何度も訂正と読み返し済んだ。公募を知ってから2週間で原稿用紙50枚、それを35枚に削った。これで小説行為はしばし休み。
 
 午後から日常に戻す。庭の柿をぜんぶ採る。明日から、皮をむいて干し柿にする。放射能を測ってもらう予定。
■FB投稿より   できた。(人生初小説)
これは小説なのか?小説じゃないかな、分からない。が、今はっきりさせたいことは、書いた。決めて始めた最後の焦点へ強引に、書きすぎに削りまくって、捨てまくって、着地させた。気持ちよい。(手作り原稿用紙使いにくかった)
俺は、舞台設定したその場に立って、その空気に包まれないと、書けないと知る。勉強になった。取材や勉強メチャしないと書けないと知り、今回程度のネタ採りでは不足すぎた。
できた?いつものあと勉強。『高校生のための文書読本』を開いた。(1987年発行)
紙は酸化し製本の糊が劣化していて、ページバラバラななってしまう。が、読める...
「作家はなぜ小説を書くのか」の問いにたし芥川さんの文が載っていた。




 11月11日  さむくなってきている

my長男 NHKニュース9に初登場したとのこと。 めでたし。
■絵は my長男FBよりコピペする


 11月10日  

 放射冷却で、夜になると気温さがる。PC作業の保温のために電熱線が入って毛布を寝袋に入れ、そこに両足を入れこつこつ。石油ファンヒーターは苦だ。
■ 人生初の短編小説は出来上がった。題も、ペンネームも、思いのほか好感がもてるものと成っている。自画自賛かな。懸賞論文に応募するためには、1200字から1500字削らねばならない。 書くのも初めてなら、削るのも初めて。手こずるものだ。 小説は俺にとっては異界だったが、書いてみると俺自身のあらゆる欠点、そして特徴、個性ともいうんだろうが、未熟さとでもいうのか、人には完熟はないのだが。自分に関するいろいろ見えてくるようで、とても興味深い領域だということを発見してしまい。楽しくなってきた。なんでも知らないことでも挑戦してみるものだ。しみじみ いままでの不作為を反省したりして、年甲斐もない。
■ FB投稿
仙台空港にて思案
 人生初の小説よような文を3日ほど前に書き上げた。だが、文字が1500字ほど多かった。書くのも始めてなら、削るのも始めてだ。2日削り作業したが、増えてしまったり、100字も削ってなかったりと、呆れてしまった。
「国境」のようなものを舞台に設定し、行き交う何かが展開する、物語にしていたので、仙台空港に行って観察したら、バッサリと削るかも知れない、そう思って、あてもなくでかけた。
 国際線のロビーで、東アジアの老若男女のかたまりの大きさと、彼らの元気溢れる様子に、胸を打たれた。意外なことだった。
削る、案は浮かばなかったが、福島とは異なる地域に暮らす人に、会いたくなった。なぜか理由は説明できない。が、いずれ今日の感慨を書いて解き明かしてみたくなった。今夜もまだまた、削り作業に取り組むよ



 11月6日  晴れていて気持ちよし

■予定の原稿をかいてPC原稿用紙に打ち込んだ。削りながら打ち込んだのだが、打ち終えてみたら制限枚数を10枚超えてしまっていた。推敲しながら10枚分削ろう。
FBにも投稿してみた
人生初! 小説を書く
 これは小説なのか?分からんが「懸賞あり」下世話だが、今の俺にはとても魅惑ありーの文言に誘われ るまま、原稿用紙の使い方分からないのに!小説を書いた。
 テーマはスッキリしてるし、何処かへ行ってしまい終わらなくなると、困りそうだったから、仕舞い方は明確映像とし目に焼き付くほど決めて書き出した。
今、そのまんまに成らぬよう注意したが、現世から離れた物語には成らなかった。
そうしてダラダラ書き進めたら要項の原稿用紙制限を10枚ちょいの、書き過ぎだった。削りまくらねば。...
 pcに原稿用紙機能も、ある。それを調べず、ノートにマス目を描いて、鉛筆手書きで書き始めたのが間違いの元だったと、昨日気付いて、pc原稿用紙を発見し打ち込んだから、書き過ぎとわかった。
たぶんノートにマス目を作り過ぎていたのを、数えもせずスタートしたのが因だろう。 ヘマをやっても「人生初」年寄りの冷麦茶、も身体もよくないが続けたい。
 4日の表現の自由???の会場で知り合った福島大学の大学生は「映画、撮っているんす」と話すので、「役者で俺を使ってよ」と頼んだ。「いいすよー」と快諾。その場で彼のツイッター板を聞きフォローした。たから連絡DMはいつでも出来る。
人生初だが、映画の役者もやってみよう。若い大学生は俺にどんな役を担わせるのか、未体験の異界に連れてってもらいたいよー。本当の冷水に潜らされたりするかも?!



 11月5日  快晴が続いて気持ちがいい
■うっかり強烈な咳止め薬を飲んで寝たら、筋エロ、肉親の変身が強烈強烈極彩色の場面の展開に襲われ、これは夢かと気づいて目覚めてしまう。忘れぬうちにメモして、次の小説のネタにしてみたい。薬中毒の患者の脳の動きはこんな感じなのだろうか、と思ったりすした。 現実の世界が退屈に想えるで薬に浸り続けるのかもしれない。それほどショックの多く魅惑的な夢だった。

■家人に「誕生日には新しい箸がほしい」と言われていたので、町中の銀行に行くったつでにデーパートに寄って買う。駅前でパーとは客の姿がちらほらで、スーパーやアマゾン購入に押されやがて消えてしまう業種なのかもしれないと見渡した。50%引きで家人に合いそうな背丈の長い袋状のセータが吊るしてあったので、それも買った。家に戻ると早速着用してもらった。長い間心の病をもって暮らしていた家人だが、理由は分からないけど四半世紀前の発病前に心持と、表情が戻って来ているように思った。
 発病にままだと、いろいろ気配りしなければ暮らせなかったのであるが色々の数は半減した。それで賞金付きで広報されている、公募の小説にも応募してみようと、原稿を書きだしている。
 文字書きそふと、一太郎の原稿用紙に打ち込んでみたら、応募要項の35枚に近づく32枚になってしまった。まだ半分も打ち込んだと思っていないのに、このままだと50枚超えになってしまうかもしれない。さてどうする。
11月04日  朝夕冷えがましてきた

■公開シンポ「表現の不自由??? 」@福大に参加した。FB投稿のまま写しておく

 副題は「あいちトリエンナーレにおける一連の騒動を手がかりに」4時間ぼど参加した。20分の持ち時間で各領域の専門家の方々の講義5本、そのあと自由討議1時間の構成。
 マスコミ2社は鼻面だけ参加し消えた。だが知る権利を支援する立場を放棄したような格好で記事をつくられた製品を数日後に読まされるのだろうか?購読者は気の毒かもしれない。このような場に参加し発言すべきだと思うが、マスコミ退職者さえ不参加だつたかもしれない。
公的資金で開催される各種催しは、今後電凸に悩まされてつづることになった。その現状認識は共有できた。公務員ではないから、「sns投稿なんて放置しておけばいい」と私は言っておく。犯罪にならない匿名書き込み者は応じてもらえると認識してしまった、その問題も語られなかった。公共機関に匿名で苦情を言えば応じてもらえる、それが確定してしまった、その禍根を残した。また匿名の発言者は主権者としての資格はあるのか?(自らの発言に責任を持たない者は)その問題は討議されなかった。
誰でも参加できるプラットフォーム...だつたが、行政職の方の参加は無かったように思った。今後は休日出勤と認め、代休を与え関連公務職員の参加も期待したい。
また、民主主義は可能なのか?そこに関わるので今日だけの単発でシンポに終わらないよう願ってやまない。
??今日 講演内容
永幡幸司先生(「表現の不自由 その後」をめぐって 参加者の視点から)
渡邊晃一先生(アートとは何か 主体と客体の狭間で)
久我光生先生(文化政策のありよう)
金井光生先生(自由であるはずの市民よる抗議が殺到し暴力に転嫁し、展覧会を中止に追い込んだ現象に注目し、私たちの社会生活を支える表現の自由の価値を考えます)
垣見隆禎先生(愛知県知事は補助金不交付決定を争いえるか?)




 11月3日 

■要件の文字を書き上げたので、昨夜からPCの原稿用紙機能を使って、その原稿に書き上げた短編小説を打ち込みだした。それは、あしたの自分に伝えるため書いている、それが目的なので、プロ作家の様に他者を楽しませ購読してもらう目的ではない。だから完成しても特徴が無く、小説として認められないかもしれない。そんな物語でも何本も書き続けるうちに、他人を喜ばせる技も身につくのかもしれないのがそんなことは後回しだ。

■市役所から公文書開示期間延長を伝える書面3通届く。1年半も経たないのだが、既に公文書のありかが分からない、あるいは端から作る気がなくないのかもしれない。しかし市民の問い合わせに答えてしまった内容に則した公文書なのでなければ、市民に偽りの答えを与えたことになる。
 今月末まで待たねばわからないことだ。

 11月2日  庭の紅葉すすむ

 先月31日が誕生日だった家人。次男の休日に合わせ誕生日のお祝いをする。
駅前寿司をケーキを買いに出かけた。駅は3連休のただなかでにぎわっている。いつものケーキ屋さんは行列ができていて、目的のケーキを手に入れるまで30分ぐらい並んだ。並んで買うのは東日本大震災以来初めてだった。

傍の寿司屋でマグロ尽くし一人前と握り2人前、エビとホタテと干瓢巻を買い、家に戻り乾杯。祝い酒は長男が送ってくれた、宮城県大崎市産のとてもうまい吟舞大吟醸酒だった。

家人大満足する。すこしずつ以前の感情を取り戻しているので、好い傾向だ。そんな家人の変化に伴いようやく、色々な活動が出来るようになってきて。家人の発病いらいお金を稼ぐ道は、仕事に伴う必要不可欠な人間関係が消えてしまったので当面は難しいのだが、やがて何とかなるだろうと気楽に構えている。

気持ちが軽くなったので、賞金稼ぎ、稼げるかろうかはまるで希望がないんだが、懸賞つき短編小説を書き始めた。つい先日知ったばかりで、締め切りが15日だ。なんとかなるだろうと手描きで書きだした。まにまずは思うままに書いてみた。原稿用紙16枚ほど書きたまる。あれも書きたいこれも書きたいと思うのだが調査している時間がないので、無難な綿密な調査で迫る内容にならず平凡な内容になってしまうだろう。だが何でもやってみる、そして続けることでしか何も得るものは見つからない。始めたら続けててやめずに育てる。


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