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2025年1月の日記 2024 12月の日記へ FBへ |
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1月21日 日がながくなってきて嬉しい ■午前中と午後前半は鈴木先生により2011年3月から2012年の4月までの、FB投稿を文字にする作業をした(記録)。佐藤の同時期の日記はある。比べて思うことは、原子力についての知識の有無が、災害時に無駄な行動と心労を重ねかを分けてしまうとうことだ。原発の安全神話の中で暮らしていたとはいえ、不勉強を恥じ入るばかりだ。 ■午後後半は花田達朗先生のweb記録、第三のジャーナリズムに絵をつけ始める。だいぶ見易く、親しみが感じられるようなweb頁になりつつある。絵の力、動画の力、で文字を置くと理解が進むような気がする。 ■第二期トランプ大統領の就任演説を聞いた、アメリカ第一主義、メキシコから流入しつづける移民をブロック、化石燃料を掘りおこし、モノづくりの邁進し、強いアメリカをつくるという宣言だった。日本の政治家の力量が問われる時代になったことは歓迎したい。 ■FB投稿 磯崎新「モンローチェアー」に座り台所・食堂でweb更新作業 この冬、こたつで作業していたが腰が辛いのでモンロー椅子に座りなおしてしまう。40年弱座り続けているけど、モンロー椅子はいいよ、この椅子は推し!(高いはず、40年前の値段は知っているが現在の価格は知らない─天童木工に聞いてね) |
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1月20日 ■1時か遅く起きて、午前が短かったが、花田先生から以来のweb頁作成をコツコツこなす。 ■午後、鈴木達治郎先生の2011年のFB英語投稿をグーグル翻訳しweb頁を作り始めた途中、食材をかいだしに近所のスーパーに行く。 佐藤は2011年3月11日以降、どんな活動をしていたかは日記にある、で原子力工学の科学者と、佐藤の捉えの違いがクックりとして、立場の違いによってげん原発事故の捉え方は多様にあるんだと再確認できている、2年分ぐらい文字にしたいが、どうなるか。 ■FB投稿 『ビューティフルマインド』と『屋根の上のバイオリン弾き』 my長女dvdコレクションにある二本で時々観る。二作推し! 映画『どうすればよかったか?』の鑑賞録は公開した。書いている途中で『ビューティフルマインド』と『屋根の上のバイオリン弾き』それを思い出した。前作2002年福島市で観た。内容は妻の困難な視点と、本人の病ゆえに起きる幻想の数々、その2視点が混合され、統合失調症のアウトプットを具体的様を描いていて、興味深く印象に残ってしまった(妻とまったく同じ室内のz様で研究室と住宅の離れの内装の美術製作は圧巻である)。 後者は故郷を追われてしまう家族の物語だが、父は、伝統的考えに縛られ娘たち離れがなかなかできない。だが考えた末に娘たちが選ぶ道を許す、普遍的な父と子離れの困難を描いている、これは有楽町で1970年代前半に見た。 現在の少子化の中でもおきてしまうだろう、両親が子離れできず娘(子)たちを囲い込んで自由と人権を奪えば、『どうすればよかったか?』に描かれていた、雅子(長女)のような困難な病に家族そろって陥るだろう。脳の働きはそれほどにすごい威力を秘めている活動だ。家族の、あるいは親子の関係は尊属殺人をもちだすまでもなく、身近、日々交流しているから起きる、困難この上なしの問題に発展してしまうことがある。 |
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1月18日 ■午前中は花田先生から以来の修正をし、映画鑑賞録を読み直す。 ■午後、映画鑑賞録に絵をつけるかなと迷い、読み直しながら、2015年6月のガムテープアートをつけることにきめた、現在の妻の部屋も立体曼荼羅で、唯一我が家にしかない様子なのであるが、これは何かの機会があれば紹介しよう。 ■午後、鑑賞録を公開する。統合失調症の話に合わせるように繰り言のような構成で書いてみた。くどいかもしれないが・・。 ■FB投稿 映画『どうすればよかったか?』鑑賞録を公開 http://fullchin.jp/eiga/20250113/dousu.html 統合失調症に関し患者家族が撮影し編集した映画の感想録です。多様な受け止め方があると思います。AIに読ませ聞くためのWEB頁なので、読み方間違えるAIですが、それも面白いので聞いていだたければと思います。 ■感想投稿も遠慮なく。家族であることによって起動しちゃう病は古くて新しい。でも、症状はさほど変わりなだろうが、隠ぺいされているので社会性をもつことが極めてまれだ。大概は父の圧が強すぎて子が各種変わった変調と行為をする、そう思う。ご意見指摘があれば投稿くださいませ。 映画『どうすればよかったか?』感想録 ほぼできてきた 2015年妻が福島市に積もった放射能を恐れるあまり、放射線を幻視し防御しようとけなげに作為した、そため妻の室内はこのようになった、記録絵である。(内鍵をつけて籠ってしまい佐藤はでいりできなかった) 〇観ての通り、椅子は世界的建築家であ、磯崎新のモンローチェアー三脚、伊東豊雄のふーふー一脚。それらは妻のガムテープによる二次創作へと加工された。(現在はガムテープをはがし椅子としてどちらも使っている) |
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1月17日 朝方うっすらと積雪あり 晴れたり曇ったり ■朝から晩まで、映画『どうすればよかったか?』の感想録を仕上げる作業をしていた。文字だけだがざっとできたかもしれない。(ざっと感想)絵をつけるかどうか明日検討する。 ■午後米を買いにスーパーに行く。 ■16日おならとともに血糊が出たので、病院に行かねばとおもったが、数日出血があるのか様子を見て、来週行けばいいかなと思いなおす。 FB投稿せず |
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1月16日 ■午前と午後も切れ切れに、花田先生の英文つけ、と訂正の入れかえ作業する。 その間、鈴木達治郎先生の記録を修正し続ける。時々映画の感想も断片的に書いている。 ストーブで小豆と大根を炊きながらのPC作業、思ったより忙しい。 ■午後2時、おならをしたら、血糊が出てしまい慌てて病院に電話しまくる。日赤は断られ、近所の荒井胃腸科は休みだった。慌てて電話しまくって、無駄だった。静かにして明日相談するだけで良かったのではないか、と反省する。 ■FB投稿 薪ストーブ、上部も内部も使い食べ物づくり@pc作業中 あんこ粒粒綺麗にできたぞ!おでん用大根たいてもいる。焼き芋も焼いている(笑)薪熱使い勝手いいよ。 |
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1月15日 ■妻よりズボンの注文を受け、近所のカワチに行く、セーターと色合いなど合わせを考えて茶色のものとした。ついでに薩摩芋など食材も買う。 家に戻り、統合失調症をもつ家族が20年間撮りため、編集公開した映画、『どうすればよかったか?』の感想録を書き始める。統合失調症ではなかった、そう思ったのでまま書き出す。 ■午後、妻が入院し通っている病院に行う。受付を済ませ人が多くたまっているので、受付にことわって抜け出して、衣料店に行き、妻のズボン2本と、俺よう冬シャツを買う。戻ってもさほど患者数は減らず、30分まって診断を受け。音にすると同じ音だが人違いの診断書だと途中で分かり、妻用のものと交換してもらい、先生を話合う70日分の処方箋をいただくいた。薬局では移転まじかのため、64日分しか無く、郵送で送るとのこと。 帰り道にスーパーに寄り、白菜とキャベツと小豆を買う。キャベツは一球500円もしている。 ■FB投稿 精神科に行、薬70日分を処方してもらう! 低気圧通過ごとに乱調となり、今日も安定せずなので、今日は俺だけで診察をうけ処方箋をかいてもらい、薬をもらってきた。 ドーパミンの出を抑える薬は心臓や唾液など自律神経系の器官にもダメージを与えるので、半分の量にしてもらって8ヶ月、人間らしくなっている(気がする─10年かかったな・・・) ■福島市に放射能が積もって、直後から4年間、妻は引きこもった。すぐに統合失調症の様が激烈にあらわれ手に負えず、穏やかになるのを待つこと4年。それだけ経っても一向によくならず引引きこもりつづける。2015年6月のある日、縁者に手伝・支援してもらい強制入院させた。その時は連絡ノートを作り、思いのままを書いてもらった(絵がノート)。そこには妻の心の動き(病)がまま表現されていている。貴重なので保管している。 あれから10年間でなれた・・この病院は5月から我が家から徒歩では行けない、遠くの場所に移転となる。施設と施設の関係者のみなさんありがとうございました! ■右の手紙は1997年(発症後7年後)入院時に書き置いていった手紙の一部(被害妄想で満ちている) |
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1月14日 ■鈴木達治郎先生との語り合いの文字起こしをし続ける。 ■午後一番で台所断水したいた設備屋さんが修理しにきてくれた、2時から元の生活ができるようになった。台所に水がでるのはとても楽だと分かる。 ■FB投稿 台所の断水生活終了! 40年ちょいまいに自分が設計した水回り。お湯と水の配管の途中に止水栓をつけておらず(設計ミスといえる)大弱り。設備屋さんに依頼することになってしまった。でも、3・11の大災害に遭いサバイバル生活を思い出せる、新年そうそうのアクシデントはいろいろ思いだすことができし、洗面所で食器洗いして右往左往し運動量が増えた、それはよかったかも。 |
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1月13日 すこし気温があがったような気がする。 ■10日に鈴木先生に教えていただいた、映画『どうすればよかったか?』を観に徒歩でいった。感想は書く気になってしまった。こないだ書いたばかりなんだけど書かずにはいれない。 ■FB投稿 映画『どうすればよかったか?』を観た。 1月10日、鈴木達治郎先生の2010年代後半語りの聞き取りを終え、雑談していたら・・・観ましたか?と聞かれたが、知らないと応えた。統合失調症を抱えた家族が撮影したドキュメンタリー映画だ、と教えていただき──佐藤の妻は統合失調症歴35年なので、FBにも書いているので知られているかもしれない。またこの病に偏見をもってないので隠さない、かなり対応しにくいが人間の個性の一つのあり方だ── 検索するとフォーラム福島で10日から2週間上映とあった。で、13日10時から上映を観た。鈴木先生に教えていただかなけえれば、見過ごしてしまう一本だった。 ●統合失調症についてと映画の感想は今週中に書く予定。暗い映画に仕上がっているのか・・・と思ったが予想は外れた。どうしてこうなっちゃうのとも思った。完璧な人間はいるわけないが──自分が完璧だと思い込む人間は時々見るが阿保だね──そう思いこみ仕事に励む大人はいそうだな。 予想がはずれたのがもう一つあって、観客の多さだった。映画館の受付からあふれ出て道まで人が並んでいた、まさかこの映画を観にきたんじゃないよね・・・並んでいた人に聞くと、この映画を観にきたという。驚いた!─統合失調症に興味を持つ老若男女(若いカップルが多かった)で席の75%ほど埋まった。 佐藤は35年も付き合っている病なので、映画を観て新しい気付きは無かった。家族が映画を撮って他者に伝える方法はナイスだとは思った。泣きながら撮影した、と思えるシーンは無かった(勘違いかも)。問題と距離がある、あるいは編集で外したのかもしれない。 とは書いたものの多くの人に見ていただき「統合失調症について、これを機会に調べる、語り合う、その扉にしていただきたい、と思った。詳しくは感想録に長く書いちゃうだおろうな・・俺・・注意しても長くなりそう。 |
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1月12日 ■午前中、鈴木達治郎先生との語り合いを文字しつづけていたら、途中で花田先生にいただ、音だし用で使っているwin7が電源が無くなって動かなくなってしまった。線が外れてそうなることはあるのだが、見ると線は外れていない。 壊れたと思い、一台のPC音と文字化してみたが、全くはかどらない、 ■午後、食材買い出しにスーパーに行く。 ■家に戻り、あれこれ思案して、念のためと抜いたり押し込んだりしていたら電源が通じて古いPCが立ち上がった。繋がっていたけど線がばらけていなかたので、接触が緩んでいただけだった。原因が分かり良かった。文字おこし順調にする。 ■FB投稿 餡子を炊きながら鈴木達治郎先生の肉声を文字にしている PCは文字起こしには欠かせない、今世紀に入り花田達朗先生にいただいたダイナブックwin7。aiで文字するるのが流行りみたいだけど、老人は手打ちで文字起こしするのが好き。(理由省略) 今日も朝から餡子を炊きながら文字化作業しているが、餡子は人気あり、半分も汁粉で食べられてしまう・・・まいいね。 台所断水ぷちサバイバル生活は続き、あちこち作業をこなしながらなので気が散りまくりっているようで、充電線んはずれているのも気づかずPC壊れたかと解体しはじめた。ふと思って線を調べたら抜けていた。やれやれ壊れてなかったPC。お互い元気で壊れないようにいきていきましょう。 |
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1月11日 気温さほどあがらず ■昨夜の鈴木先生2010年代後半語りを文字にしだす。 ■昼過ぎ、スーパーに買い出しに行く。 ■昨夜は鈴木先生に語っていただいた。公開できない最後部がとても興味深く面白い。映画『どうすればよかったか』を推されたので、明後日観に行くことにした。 ■FB投稿 映画『どうすればよかったか?』明後日、観ることにした! 今日は鈴木先生の肉声を文字にしながら小豆を炊いて餡子をつくる、薩摩芋を蒸かしていたら、先に妻が食べ「すごく美味しい」と。俺は薩摩芋の見分け方まだ分かってない。蒸かしても不味い芋もある。まったくお手上げで蒸かさないと分からない。 ■さて、映画のポスターはパパ60才還暦を祝う家族のスナップだ。娘さん高校生、息子さん中学生ぐらいかな。この家族のドキュメンタリー映画だそうだ。娘さんは統合失調症を発して、弟さんが20年間お姉ちゃんと家族を撮影しドキュメンタリー映画にまとめたという。 統合失調症のmy妻対応歴35年ちょいなので、この写真をちら見しただけで、娘さんの症状は悪化し続けることは読み取れる、ほどに統合失調症とは縁が深い(四半世紀前は分裂病となずけられていた。だが俺は統合失調症とラベリングされるが、「病ではなく個性だ」と思うようになった。そうすると改善、というか対話が可能になる、ので普段の暮らしができるようになる。 だが社会は平安無事ではない、例えば311原発事故直後から放射能が沈着したりする、(戦争も起きる、新型コロナにも襲われる・・)妻は数年間引き籠り暮らしをひたすら続け、お祈りしていた。同時に家族との会話も拒絶した。原因は社会のことを想像しただけで「現代の環境が怖い」のだろう、だから数年も引きこもる続けられる。 家族が統合失調症を治療しようとすると、本人には暴力に写るので、治療してはいけない、単に存在を認めてしまえばいい。本人が病気かもしれないな・・と思うまでは言葉でも治療してはいけない・・など統合失調症と共に暮らすと人間の不思議がわかる。 ■予告をチラ見したが、娘さんが「暴力団だ」と言葉を発していたし、親が外からガキをかけて座敷牢にしてしまうという人権侵害の暴力まで起こしているようだ。両親はいいことやっていると勘違いしているのだろう。明後日、観て感想書くのが楽しみになってきた。 座敷牢にぶち込まず美味しい飯を娘さんに作ってたべさせる、一緒に食べる父親になっていたら、娘さんの恐怖は消えてしまい、他者との対話もさほど問題なく、(今後も可能性あり)こなせるようになるだろう、と予告を見て思った。 鈴木達治郎先生2010年代後半を語る 2010年代は原子力委員会委員長代理に就任され、翌年、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故がおきるなどした事を振り返るには2時間では時間が足らず、昨夜、10年代後半を語っていただきました。 主な内容は長崎大学核廃絶センターに(RECNA)にうつられ、2015年バグウオッシュ会議、長崎世界大会を開催されました。続いてポスト福島の原子力政策、核なき世界への提言など精力的に活動されてきていきました。それらの内容を2時間弱にわたり語っていただき肉声収録できました。ですから、鈴木先生の身体を通し日本の原子力政策史を語っていただいくことになっています。お付き合いいただき感謝いたします。福島の特定原子力施設廃止措置の問題の根本もはっきり把握することにもなりました。 |
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1月9日 気温さがるも、さほど積雪なし ■台所断水になり、食器など洗い物を洗面所でやるしかなくなり、右往左往し、運動量が激増した。体を動かしたのでぐっすり寝込み起きたら8時だった。 朝飯の後片付けは油を使ったので、片付け大変だったから、今後は油禁止にして、と伝えたが実行してくれるかははなはだ疑問。しかたなし。 ■午後近所のスーパーに買い出しにいく。毎日買い出しに行く時間は散歩を兼ねているので、1時間ほどの往復し気分が整う。時々買い忘れたりして、追加は翌日に買うことにしている。 一日中後片付けしている気分だけど、これは戦前の主婦はみなこのように朝から晩まで後片付けはと調理をしていたのだ、と気付く。現在は働く女性が多くなって、さて快適な人生をてにいれているのか、女性陣に聞いてみたい気もするが、縁がない。 ■今日のFB投稿 (とあるグループに招待されたので参加することにした) 最初の投稿で弾かれるかもしれない 以下投稿ないようだ 佐藤は「サンチャイルド像」事件を切っ掛けに関連する公文書、新聞記事などのおおかたを所有してる、福島市民(老人)です。 あの事件はなぜ起きたのか、どういう経緯で事件化したのか、決末はなぜああなったのか、今はどこに保管されているか、今後プラゴミとし処分されるのか・・・などを注視し、公文書開示申請を続けています。 ■サン・チャイルド像事件当事者と関係者がも多く参加されているグループなので、迷いましたが以下の理由で参加することにし、承認されました。美術作品がなぜあのような扱い方をされたのか、どのように扱われるべきなのか、作家はどうすべきだったのか、芸術作品が放置保存され続けていいのか、など興味のある方だけと、ワイワイしたいです。(地域の美術文化などを守り継承するために地域を目覚めさせることに働くのは学芸員ではなく、美術系教員をおいていないと思います。) ■美術作品はどのようなプロセスをたどり公的に所有されるべきか。 それを確かめるために、県立美術館に「齋藤隆さん日本画一対」と瀬戸正人さんのジナルプリント一枚を寄贈してみました。2022年投稿した絵がその日です。(瀬戸さんはお父さんが梁川町出身、お母さんタイ人のあいだに生まれ)高校まで(?)梁川暮らし著名な写真家(知らない人も多いかも) ■ヤノベさんとの関係を簡単に 五十建築史、建築教育、美術批評)2001年我が家で講演してもらって以来交流しています。五十嵐先生はキリンビールの作品展の審査員もやっていて、賞を矢延さんに与えた関係で、(詳しくは聞き取りしてない)2004年ヤノベケンジが『森の映画館』などのレクチャーを行いました。場所は仙台の阿部仁史さん(現在UCLA学科長)が開くハウスレクチャです。その会の仙台打ち上げで知り合い、原発事故直後、京都造形芸術大学を訪ねヤノベ先生部屋でワイワイしました。(途中省略) →2018年7月6日市長記者会見 福島市でサン・チャイルド像事件発生し、以後先に紹介したように公文書請求、ヤノベ先生+渡邊先生に我が家に来ていただき、聞き取(記録あり)済んで、のちの調査など続けております。 (人が生ること、ゴミや汚水を出し続け末は自身も産業廃棄物灰) ■楽しんで暮らしていくよ。我が家は現在、台所が断水してる。で俺様「プチサバイバル生活」2日目。後片付けや調理前の洗い物は洗面所で(冬場なので庭の洗い場は避けた)。戦前までは台所など無いにひとしかったので、張り巡らせた水路や池にしつらいた洗い場でワイワイしながら、炊事・洗濯をしていて、井戸端会議がかしましかったろうし、地域の情報交換も対応できただろう。米粒などは鯉のや淡水魚の餌となっただろう。現在は山登りで澤水をのむぐらいで、町には以前のような水路はない。上水と下水と普及したことで井戸端会議は蒸発したし、行政のゴミ収集車が運び焼却場で燃し、人里離れた隠されたような場所に焼却灰を埋め立てる。煙はダイオキシンは除去しているのだろうし、分別焼却したりして大気に放出しつづけている。これが俺の暮らしのゴミの行先実態だ。下水は糞尿ともに終末処理場を経て川に放流するだけ。 原子力発電所は使用済み燃料をゴミとして処分できず、数十年あえいでいても出口がみえない。地下処分と乾式地上一時保管するしかないのだが、政治家も官僚たちも実行する能力がない。再エネもやがてはゴミになって処分にあえぐことだろう。 暮らしからゴミが消えてみえなくなっただけでで、大災害が起きると一気にゴミが露わになるので覚悟して暮らした方がいい。東京大震災が来るといわれているけど、関東大震災の比ではない多量のゴミが出て、東京湾に埋め立てるしかなかう、そうだろうな。 ■プチ、サバイバル生活のため、いろいろ思い、ささやかに抵抗する。洗面所のため炭酸飲料ペットボトルを使って網を作る、油汚れはティッシュを交換してなるべき配管を通さない。食べ残しの野菜や飯粒も流さすこす。新年早々の台所断水なので、設備屋さんに依頼し応急処置してもらったが、以前のように上下水道が復旧するのか不明だ。こつこつ工夫してくらそう。 使い捨て食器を買ってゴミで捨てようかとも考えたが、応急ペットボトる転用こし器でのりきろう。(冬は洗い物すると手が荒れるよね) |
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1月8日 気温下がり曇り、時々小雪ある ■昨夜、my次男が台所の混合水栓を交換していたら、配管の接合部が折れて、家の全ての水お湯が使えなくなった。 朝一、会社始業前にメッセージを入れ、対応していただいて、11時前には台所以外はお湯水使えるようになった。台所は配管と混合水栓を取り替えるまで使えないので、洗面所で代用する。後片付けが大変なので後片付けが大変なので油モノは食べないことにしよう。 ■午後、妻の依頼でセーターを買いに駅ビルに行く、駅周辺には洋服やさんはなくなってしまい駅ビル内に数店舗あるだけだ。三着買ってくる。ちくちくするとかで、春になるまで着ないという。やれやれ。 ■台所無の水栓無の生活は、井戸水や川の水を汲んで生活するに少し似ている。災害時の対応とも似てる。あちらへ行ったりこちらへ来たりと、足腰ばかり使ってるわりには料理ができあがらない。飲料水は一人2Lぐらい常備しておくほうがいいのかな。ゆっくり考えよう。 ■今日のFB投稿。 1989年上野千鶴子著『スカートの下の劇場』をひらく 台所の水栓を止めたし、下着の話も投稿したので、上野千鶴子著の本をひっかりだした。彼女の本は『近代家族の終焉』を俺はよく読んできたし、今でも時々読む。スカートの下は全共闘臭がするので、一度読んだだけかもしれない。台所も、飯炊き爺さんも活発にできない、薪ストーブを焚ながらスカートの下を再読しよう。 ■上野さんは『おひとりさまの老後』は一人世帯が全世帯の4割にどどこうとしている昨今、タイムリーな本だった。大ベストセラーになったので購読した人は多いだろう。俺は買わなかった。上野さんは夫、色川大吉さんを看取ったことでも名高い。(知らんけど炎上したかもしれない) 装丁も挑発的だし、中身は女性の下着談義で埋まっていたような気がする、1990年前後上野さんはこの手の本を勢いよく刊行してたので、大方持っているはず。捨てたかな・・。暇になったら探そう。 妻の下着をふくむ衣類を買い続けて30年 今日は白菜柄のセーターを買う。 最初に妻用に、婦人ものの下着を買ったのは1990年代半ばだった。最初は買いにくかったが、近頃では慣れてしまって、売り子さんに「そういう旦那さん欲しい」などと励まされる始末だ。人に会うことができない、人混みは情報量がおおくて、妄言を吐きまくる妻なので、あらゆる妻用の買い物は俺がする。 今年も新年早々、パンツ下着とブラジャーを買って差し上げた。今日は春物の白菜カラーで白菜を結わえるかのような紐飾りがついて半値なので買った。掘り出しものを探すんも楽しいし。 ・七草がゆを食べた後は例年値下げ競争をするので、買い物の季節なので、男性諸君!たまには妻にセーターをプレゼントして、「あんたセンスないわね!」と言われてみるがよい。女性を理解するにはいい行為の一つなので推します。 ■俺は細身なので夫人モノの衣類は着ることができる、色柄も豊富で、安い。品のいいものを探し当てれば数十年は着ることが可能だ。人と同様に衣類も出会い、と目利きが肝心なので、うろうろきょろきょろするのがいい。夫人モノの下着を身に着ける嗜好はないが、身につけて見たことは何度もある、ああこういう点が良いないと分かる。奥様の下着を借りてお試しください、たぶん殴られるよ、娘に嫌われるよ。 新年早々、我が家は 断水! 築41年我が家、台所に止水栓つけておらず(私の設計ミスでしょう)。で元栓しめるしかなく、災害時のような全面の断水に遭ってしまう。さてどう対応するか、あれこれ思案中。お湯の配管激劣化、材料の選択ミスだよな・・・。(午前中にて応急措置完了した─洗いもので台所はしばらく使えない。紙コップと紙皿か・・な。 |
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1月7日 晴れたり曇ったり、気温高く3月並みとのこと、明日は寒さ戻るらしい ■昨年末、妻のマイナンバーカード発行を市役所に依頼してたら、今日午前10時に写真や書類をとりに女性職員2人でやってきた。30分弱で手続きは済んだが、発行まで2ヶ月かかるそうだ。デジタル化時代に時間かかり過ぎるだろう、そう思うも。彼女たちも苦笑していて。 ■お昼前町にでかけ、灯油、電気料金の振込を済ませる。帰りにスーパーにより、頼まれた食材を買い戻る。 ■辻さんの記録を修正したり、読み直しをし知らせる。一段落した。次は作品を見ての感想を書く予定。 ■FB投稿 妻用マイナカード申請してみた 市役所の職員の方が(外出できない妻対応)我が家に来てくれてっ続きした。マイナカードの効能は聞いてても、説明手続きしにきた職員のかたがたも、首をかしげるしまつ。カード発行まで2ケ月を要するとはデジタル化できてないんじゃない、と笑い合う。 |
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1月6日 晴れのち ■妻の心がやや落ち着いてきたかもしれない。my次男は明日から仕事だが、毎日飯を作り、後片付けは俺がしていたものの、疲れが溜まったのかもしれない。独り言を言い続けてはいた。今月半ばに精神科医に会いに行くので、相談するつもりだ。 ■午後一番で、食材の買い出しに徒歩で行く。体力づくりのために買い出しは歩くことを選んで大きなバックを背負って約一時間の運動となる。足腰は鍛えられていそうだ。 ■そのた空いた時間は辻琢磨入門、浜北高校サッカー部友篇を仕上げていた。サッカーと演劇についての〆になった。想定していたことではないけど、今後もこれを展開し語り合えが可能な気がする。こつこつ勉強しよう、脳も鍛えないと衰えるから。 ■夜8時に間違いに目を落としてもらうため、上記サッカー友達についての記録チェックのため辻さんにURLを知らせた。 今日はFB投稿しなかった。 鈴木達治郎先生の聞き取り日時が決まる。今月はその記録づくりでお仕舞になるかもしれない。コツコツつづけよう。 |
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1月5日 暖冬なのかもしれない。 ■朝、起きる時間が少し遅れ、朝飯の時間が家族と合わず、といっても自分でつくる飯なので、自由につくれるのだが、家人が台所に居るつくれない。どうも最近相性が悪い。 朝から晩まで起きている時間は妻がかけるドラーアーの音がやかましくって、かなわない。ネコ砂の埃が気になり、吹き払うという謎の行動が続いている。被害妄想の標的が見つからなくなると、俺に向けられてしまう。静かな暮らしをしたいが、死ぬまで叶わないと諦めると、余計に疲れる気がする。死ぬまで治らない妻の病に付き合う覚悟があるのだが、ときどき疲れる。年のせいか。以前のように仕事場が離れた場所にあって、寝泊りできる部屋は欲しくなるものだ。金がないので家賃支払いはできないので現状で我慢しよう。長生きしよう。 ■12時頃、my長男が遊びに来た。正月行事で疲れ気味なのか口数が少ない。いろいろ話題があって数時間わいわいした。妻の暮らしぶりをみにきたのかもしれない。 大学がさほど良い場所ではなくなって来てて、疲れる仕事が多いのかもしれない。この20数年の大学改革の影響かもしれない。昨年末I先生にあたら、愚痴をこぼしていたので、あんなに優秀な人でも、おかしなことになっていると思っているのだな。 ■FB投稿 my長男と50数年わいわい あそびに来たが酒無は初だ。縁あって(濃すぎるかも)、ともに50年ちょい互いに変わらずワイワイにぎやかに生きてきた。311後の十数年はお互いが濃い年月だった。思い出して語りたくもない。もうのんびり、暮らしていけばいいのではないかな。 ■昨日のFB投稿 『巨怪伝─正力松太郎と影武者たちの一世紀』(福島県人必読書) 原発の父でもある正力は日本社会に大きな影響をのこしている。(ナベツネ亡くなったが彼らの影響は消えるに何年かかるのか・・・) 日本ではプロ野球が先行し、なぜ「プロ・サッカー」の運営はなぜ遅れたのか。辻琢磨入門、サッカー友篇を書いているのだが、そうそうなぜ正力はサッカーのプロ化を推し進めなかったのか、それがきになり、久しぶりに引っ張り出す。 なるほど、そうだよ・・プロ・野球やプロ・レスリングへシフトするよな。 |
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1月3日 今日は風もなく、穏やかな新春日となる ■早朝から、妻が庭掃除をしていた。元気になっているのか、病できになっているのか不明だが、コツコツ昔から働く女性だったので復活ととらえておこう。 悩ましいのは投薬の是非だ。薬なしでも暮らせそうだが、以前のように引きこもり生活数年となるのは避けたい。 ■妻に下着とブラジャーの購入を頼まれて、近所の量販店に買いに行く、買いなれているいるが、どうも気分が良くない。それは男性意識が強すぎるからだろうか。ついでに米も5kg買う。値段は高値安定で去年の値段には戻る気配がない。 ■FB投稿 サッカーの神様 ペレを観た 辻琢磨入門「友達篇」を書き始めた。静岡県立浜松北高校サッカー部の4人と、年末ワイワイした。みなプロサッカーを目指したことがあると語るが、彼らはのちに断念している。 その時、俺は神様が来日した当時は恵比寿駅そばの独身寮に暮らしていたので、丹下健三の設計による国立競技場に行って、神様ペレのゴールを観た、あの日を思い出した。検索したら 53年弱前の動画があった。記憶にしか残っていなかったが、電気はくうが便利な世だ 妻の記憶によると俺は長髪にトレンチコート着て恰好をつけていた、という。自分の服装は覚えてないがペレのゴールシュートは鮮やかに覚えている。 映画『ライオンキング・ムファサ』感想録公開 http://fullchin.jp/eiga/20250102/raion.html 昨年末観たディズニー映画で筋はさほどではないですが、絵柄は手が込んでいて、ここまで描きこめるのだと、観てました。描きすぎてリアルさが欠落する点もありますね。 宮部みゆき原作 『ブレーブ・ストーリー』と併観ることをお勧めしました。(書き込み歓迎) |
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1月2日 昨年末より気温上っていて嬉しい。 ■午前中は年末に観た映画の感想録を書き出し始めた。まだ半分ぐらいだ。ライオンキングを日本の獅子舞について触れてみた。 ■午後、すき焼きを食べたいとの注文を受け、買い出しにいく。さほど混んではいず買い出しもスムーズ。近頃は運動を兼ねて徒歩で往復しやく1時間の散歩といったかたちにしている。毎日変わる風景を体験し書けばきりがないので書かず。 ■コレステロール値が高いと、言われて薬まで与えらえているが、すき焼きを食べ、美味しい。だが量は少なくして食べた。 ■夜、花田達朗先生とオンライン電話でワイワイ、主に、第三のジャーナリズム、英訳とweb頁についてだ。 |
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1月1日 爽やかな元旦の光あり、ことしはいいことありそうな。 ■朝起きて、台所をかたずけ、最初の朝飯をつくって食べる。昨夜炊きあがった餡子とバナナと牛乳を食べて飲む。酒は膵臓や胆嚢に悪さをすると分かったので今年から全く飲まないことにしよう。 ■午後、新年のメッセージをだしまくる。年賀状は出さなくなって久しいのでほとんどこなくなった。 ■寝床でスマフォ開いたら 下の動画の主題歌だったアクアタイムズというロックグループの「決意の朝だ」としる。決意してもいないのに、縁があると思い検索してみたら宮部みゆき原作のアニメ『ブレーブ ストーリー』だった。今夜観よう、ライオン・キング・ムアサの感想を書くための資料になりそうだから。 ■FB投稿 昨年より焚いておりました「餡子」ようやくできました! あけましておめでとうございます@2024元旦 (餡子も自前つくりがおいしいんですよ←老人の証) |
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