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 9月21日  秋雨つづく気温さがり22℃

 夕方東北工業大学の竹内康先生が来福され呑み会する。準備のため午前中にデータ整理。午後果物を買いに産直販売所、その後スーパーにて買出し。午後3時までかかる。





 9月20日 のち小雨 

眠いので明日訂正するのでメモ書きしておく

 昨日撮った多量のデータを整理し、真夜中まで掛かっても終わらない。昨日のサンチャイルド本体の解体撤去作業を知らせるのが先だと思い、フェースブックに書いたり、ツイッターに動画投稿や書いたりし寄り道ばかりしているからだ。データ整理もざっと見通しが立った。ツイッターとフェースブックにあげた動画を見ている人がいるようで、英語版でも配信された。サンチャイルドは世界のニュースなのだ。
 NHK=プロの配信とmy配信の差異とそれぞれの価値についても解体現場で学ぶことが出来た。望外にも、それぞれの可能性と役割、そして価値について考える機会が偶然にも訪れしまって思考の広がる機会になってありがたかった。現場に立っておきる誤配の妙と言えるので野次馬爺さんのススメは高齢者にも効くと思う。
 少し詳しく書くと、一緒に撤去現場にいた、プロ例えば、NHKニュース福島と全国版で流れたのでmy動画と比較し易い状態になったからだ。SNSは便利だけど、データが消えてしまうと手も足もでないので、対策として日記で肝腎で主な内容はコピペして自分でデータ保存したい。NHKには巨大なアーカイブ庫があるらしい。

■フェースブックに投稿した内容。
さようなら ナマクビ君20180919の動画はFBのこのULRで(FB使ってない人は見ることができない)ユーチューブだと日記にはめ込めるが、SNSはそこまでできていないのか、俺が手法をしらないだけなのか。分からない。
解体現場の前面道路を行きかう小学生の群れから一斉に「生首、なまくび ナマクビ namakubi」と知らされた。ただのFRP製の物なんだけどなー、こむこむは子供の、ための公共施設なので、その場に立つた小学生に習います。で、今後はナマクビと書いて統一してもいい、そのように表記する、少し検討しよう)

 この騒動は我が家のそばの事態なので観に行きメディアを色々使って伝えるための準備もできる。さらに対話できる最も可能な場に暮らしている。だからサンチャイルドを解体してる昨日は動画を努めてたくさん撮った。動画は手間が掛かるのは体験済みなのだけど。例えばデータを別HDに移動するだけで半日かかった。解体初日からのナイスな動画作りたいが、手間掛かるんで手持ちの作業を終えたらそうしたい。(忘れちゃうかも)
 解体作業の核心などの動画、途中を省きサヨナラ、ナマクビ君の動画をあげ公開する、反応良好。
 ナマクビ君などは私の母校に保管される。そうさ、闇夜快晴の天に立ったアート神の声が聞こえたんだ。こう書くと安アニメふう漫画っぽ感じ。でも母校だ、後日確認作業する。昨日撮ったサンチャイルド生首との別れ。昨日最後の動画

■サンチャイルド 紫外線に攻撃されつづける?!
(添付のサンチャイルドの吊るし晒し首とのツーショットは唯一無二)

 ピーカン晴れのもと、サンチャイルド撤去作業は 古関裕而さんによる 高原列車はゆく の曲 、演奏の開始に合わせるかのようにスタート(2018年9月19日AM9〜)撤去現場に立つと、日頃ひきこもり爺さんを決め込む私は紫外線と微量な放射線さらに撤去工事の警備員、道行く人々の視線に晒されてしまった。
最も堪えるのは高温の中にある見えない紫外線であった。「白内障を加速させると美人が見えなくなるから外に出てるとまずいよ」と神様に告げられているのだが、昨日は野次馬爺さんを決めてみた。神様のお告げに従ってればなーと後悔するほどの眼の痛みと疲れ。鼻の頭天辺もヒリヒリする始末。
今朝もっさりとNHKのサイトを開いた。撤去現場で取材を受け、カメラ、取材記者、アナウンサーを一人でこなす神業をもった女性職員に会い、聞き取りを受けたからだ。撤去作業は夜の9時前まで掛かったが「今夜6時のニュースでながしましたよ」と聞いていたからだ。で、TVを持ってない私はサイトを訪ね見て放送内容を確認した。一部は全国放送されサイトにもアップされていた。サンチャイルド撤去は全国、世界に配信されていた。どちらにのニュースにも私のアリバイがしるされていたので絵に加工しメモにしておく(さらし首2ショット、片や両手に花の絵)。
福島駅に鎮座する古関裕而さんの長崎鐘や高原列車ゆくよは、私をどこに連れて行ってくれるのだろうと、今日はひきこもりをしたいのだが。別れ際に生首が、お前の母校に行て休ませもらうよ そう語りかけていた。のんびりした地域のなので、呼びに来ますので、どうぞどうぞ気兼ねなく休んでてください。


 サイトにまだある NHK全国ニュースで流れた内容 絵もナレーションもかっ飛ばされてかつかく動くのも面白い 瞬間絵だが俺の両手に花の絵も貴重ので「子ぴ」した https://www3.nhk.or.jp/.../20180919/k10011636351000.html...


サイト NHK福島放送局から流されてる内容 https://www3.nhk.or.jp/.../fukus.../20180919/6050002719.html

NHK福島より ナマクビと2ショット画像は貴重だ
 サイトにまだある NHK全国ニュースで流れた内容 絵もナレーションもかっ飛ばされてかつかく動くのも面白い 瞬間絵だが俺の両手に花の絵も貴重ので「子ぴ」した https://www3.nhk.or.jp/.../20180919/k10011636351000.html...
まちの人になった俺は十分老人となる、でもずーっと立ち会って動画撮りしているのは俺と東京からやって来て人一人だった。

マスコミ人は瞬時に撮りさっと去る

■ サンチャイルドの解体作業はアートを搬送専門のアートトランジットの方々6名でおこない、ヤノベケンジサイドからは指揮者と動画など記録の方2名。市役所からは1名の管理者、夕方一人で追加点、さらに5時前から偉いさん3名。市内の建設会社から監督と監視員2名。そのた専門野次馬3名など http://arttransit.info/

 9月18日  

■福島駅東口に突然設置されたサンチャイルド像を巡る騒動は今日からの撤去工事によって潜在的な存在に政治の闇に埋め込まれてしまう。(観察し続けよう)騒動は原発事故が起きた原発の起源や福島県が原発を受け入れた経緯、そして安全神話によって補助金行政にて県民全体が惰眠をむさぼっていた、その私たちの存在を再自覚するためには必要な、アート起動であるがよい騒動である。
 そのような単純な理由でサンチャイルド像に別れを惜しむ、または胸ねをなでおろす、さらに無関心な人々が行きかう場に立って聞き取りしようと思い立た。数日通って肉声をメモ記録した。思いもよらない声が続くので新鮮であったし、撤去へ至までの議論もさほどされぬ、されているのかも知れないが分からない。首長の撤去早業が成す真の意図を聞き取りに立つことで、なんとなく分かってきたようなきがする。現在その根拠が無いので日記に書けないが、調査してみる気になtっている。


昨夜のツイート。
今夜もサンチャイルド前で聞き取り。お母さんと中学 2年生の長男、小学1年生の次男の三人の語りたは、未曾有の災害を逞しく生き抜いた内容だ、味わい深かった。夕方聞いて中学3年生の男性の語り、フニャ大人に比べて希望そのものであった。明日から解体撤去。

聞き取り記録を作って保存する予定 。マスメディアの情報に浸りすぎる大人が多い。何でも流れ来る情報は参考にとどめ、自ら現場に立ち情報をつくるのが、これから少ない時間を生きる者の必要なメソッド。

サンチャイルド問題については福島市の市民が論をまとめたり、語り合って内容を記録にし公開するのが最良。マスメディアに甘えて鵜呑み暮らしは危険過ぎる。

数日サンチャイルド前で聞き取りしたが、市長の独断設置と短期で撤去の判断は、マスメディアから流て来ている理由ではない。像があると分断と対立を助長するの言い訳は捏造だと思うようになった。さらに確かな情報を収集する

それらについての、おおよその的が分かつた。聞き取りして自分が真の問題を手に入れ、記録して置くだけでよい。サンチャイルド問題は撤去して終わりではないからだ。迂闊に勇足は禁じ手だ

捏造と、書いたが間違えてるので訂正。関係者にとつての急場の火消しにとつてナイス言い訳なのだ。

太陽太郎の関係は一段落したので、明日から他の事をする

■『新復興論』を読了。現場に立つ、生ききることで得られる思考満載である。日頃のマスコミの二次情報に浸り切ってこれが事実論だと洗脳され切った者は新鮮極まる書であろう。一読されますようお願いします。

 新復興論で特におすすめは第3部「文化と復興」である。人々や各地にある歴史や文化に対する関心のなさを「魂の欠落」と著者は表している。魂のない人間や地域に仕立てるは近代の教育の150年の成果であり、近代産業には不可欠な奴隷なのだろう

ツイートでは「魂の欠損」と書いたが本の表記は「魂の欠落」となっている、間違えだ。欠落の方が何も無くなって空っぽ感があることで意味がキツイでしょうか。グローバル企業やサプライチェーンの下になたらく現在の人々は 現在の「無自覚な奴隷人」ともいえる。

21世紀の新たな奴隷たちにならない、新たなる植民地にならないために考え立て、と。人に寄り添う神が与えた災害と試練が311と原発事故そしてこの後のマスコミによる災害であると捉えることに同意した。さて21世紀人は現場に立ち自ら行動してるだろか

我が身に返せば、1980年前半から始めた我が家での「建築あそび」の再開そこその答えであるが、「病」が鎮座し続けて居て叶わない。我が家に代わる場を構築する手掛かりを探すことから始めるか、情報のみ発する者に留まるか悩ましい。

身体の内にある揺らぎの中に次からが芽吹くのは確かである。身体から出たり入ったり、他者を招いてたり訪ねたり。今までの活動と重ねて合わせて暮らすのが易い。

 9月16日 

五十嵐太郎先生より近著『モダニズム崩壊後の建築-- 1986年以降の展開と思想』を送っていただく。
五十嵐先生にはこれまで多数の著書を頂戴した。不勉強な俺には身に余るほどのありがとうございますなのだ。2001年にいただいた『終わりの建築/始まりの建築--ホスト・ラディカリズムの建築と言説』の続編の論考をまとめた本だと思う。時間を見つけてコツコツ読んでみます。

 建築学を履修していない俺は建築系の本を読でも理解できないことが多くっても、子育てのため現金を稼いでいた時分には友人が開いていた書店から、友の経営支援のため英語も読めないにアートや建築の多くの洋書まで買った(押し売りされたら直ぐ買った)。昨日FBに貼ったゴートンマッタクラークさんの記録集も洋書店から数冊買った。今までmy建築が掲載された雑誌以外で最も多く買い配ったのは、1995年に刊行された友人の北山研二著『マルセル・デュシャン全著作』で20冊以上まとめ買いし知り合いに配った。意味が分からないんだけどめっぽう面白いのだが定価6000円もするのに、あげても迷惑がるので面白がった。読むより本...を手に持っのが好きなのだろう。

 21世紀になりWEBの時代になると、不勉強の俺には拍車がかかり、WEB情報ばかり楽しみはじめた。21世紀は労働の時代じゃないと思ったので、銭を稼ぐことも熱心に力を注がなくなり、当然のことだが銭も無くなる。本を読みたくなれば近所の県立図書館に出向いて借りる。それで用が済むので新刊本をほとんど買わなくなった。しかしwebで知り合った人を招き、我が家で「建築あそび」と称する雑魚・寝夜通し呑み会を年に4度ほど開いていたので、ゲストから色々な本をいただく事になった。日本語が書いてあるにに意味が理解できない本。最も難解だったのは、1996年刊行された花田達朗先生の『公共圏という名の社会空間』であった。理解できなかったけど最後まで読んだ。その後20年ほどの花田先生との交流期があって、花田先生の論考の意味はほぼ理解できるようになった。「難しい本を枕に20年」眠り続けると理解できるようになる。同じ日本語も多様で面白い。

 五十嵐太郎先生も建築あそびのゲストとしてお招きした縁にて、2001年からたくさんの本をいただいた。せっかくの機会なので、今までにい頂戴した主な本を紹介しておこう。

 最初は五十嵐先生の博士論文を簡略化し文庫本になった『新宗教と巨大建築』これにはオーム真理教の施設が入っていなかったと思うが、社会情勢が激変し次の世紀にへの移行期に起きる人々の不安心理を写す鏡の機能を果たしている建築の紹介となっていて、めっぽう興味深い内容である。次に(以下いただいたを省略する)2001年刊行、五十嵐先生最初の建築批評集である『終わりの建築/始まりの建築--ホスト・ラディカリズムの建築と言説』。次に博士課程時代のフリーペーパーを南康裕先生と五十嵐先生が編んだ『EDIFICARE RETURNS』この本と共に私は南先生より手製のエデフィカーレ賞の賞状をいただいた。次に2005年刊行 『オルタナティブ・モダン-- 建築の自由をひらくもの:全5巻』次にすこし時間を飛ばして、2011年刊行『現代日本建築家列伝-- 社会といかに関わってきたか』そして今日送っていただいた2018年9月28発行『モダニズム崩壊後の建築-- 1986年以降の展開と思想』である。

  宮本常一評伝本の名に倣ってしまうけど、五十嵐先生のツイッター投稿を観て建築界の「旅する巨人」でありると称するに異論を挟む愚かものはいないだろう。世界各地の建築はもとより、アート、演劇、映画、などあらゆる人間が行う多様な表現領域を行き来し論じ続け、著書を刊行し続けている。酒もよく呑む。いったい、いつ寝、ていつ原稿を書いているのか分かりようがない、現在の怪物君である。五十嵐先生が薫陶を受けた横山正師匠は「知の巨人」だそうである。図書館から借りて横山先生の本を手に取ってみたい。

 建築そのものより、建築を作りだす人間臭さに目が移ってしまう私であるが、五十嵐先生にいただいた著書を読むことで、大学で勉強をすることがなかった者でも、他者が作る現代建築の多様な面白さ知ることになった。持つべきものはお金ではなく、巨人の称号を与えてあまりあるような研究者の友達と知人たちである。さらに狂気に包まれたかのような建築愛好者達である。その上に彼らと長い付き合いが可能な時間を持つことである。五十嵐太郎先生の近著を手に取りそう思った。



 9月15日  のち時々晴れ 気温25度 通年この気温ならいいのだが

■日記に手が回らない日が多かったが、ようやく思い出し日記を更新しておこう。
■数日花田達朗先生のweb頁を更新しつづけていた。昼頃ようやく終わる。仲間の死者や無念について語ったり書きだすと憑依されちゃうかのように、止めどなくなるような気がする。花田先生のタイトルは
  --〈日本版9.11〉4周年記念日に想う不可解さと違和感-- 911も多くの人が無念にも亡くなっている、世界に記憶されている日だ。

 9月12日 

 FBによるとmy長男体調を崩して休んでいるとのことで、お見舞いに行く。この時期は秋雨前線と台風の影響で天候・気温の変化が激しいので体調を崩したり、風邪ひきの人があらわる。my長男は仕事のし過ぎなどストレスと野菜不足の食性活にあるのではないか。などと想ったりする。

直販場から桃、リンゴ、葡萄、梨を手に入れ背負う。やや重い。家から持参した鯛のあら汁で雑炊をつくり食べる。翌朝回復していた。帰路の仙台駅周辺は相変わらず人が多い。

 9月9日 
■SDL2018に関する記録は出来ているのだが、なかなか公開しようという気が起らず、気が向いたときに公開し続けている。今日は堀井さんの記録を公開した。以下FBに書いた紹介文


■ SDL2018入門のための記録を公開しました
 6人目の記録は在野の建築家で「エスキス塾」講師を3期務めた「堀井義博さんに聞き語る」です。http://www.fullchin.jp/sdl2018/kiku/01horii/01/horii01.html

 堀井さんとの出会いは2000年ごろ、槻橋修先生の結婚披露宴会場でした。ドメインが http://www.fullchin.jp/ だったので「ふるちんのオヤジが来た」との第一声でした。六本木の二次会でも元気のよかった堀井さんの姿が目に焼き付いております。今は閉じられていますが、世紀をまたいで「アーキテクト カフェ サイバーメトリック(architects`cafe cybermetric)」という人気webサイトを堀井さんは自宅のサーバーで運営されていました。ネット黎明期において建築系サイトは「みんなの建築」と人気を二分するサイトでした。五十嵐太郎先生など若手・著名人が名を連ね参加されていましたので、ご存知の方も多いのではないかと想います。...

 そのような出会いもあり2004年9月18日、我が家で開いていた「建築あそび」のゲスト講師として来福いただきました。夜明かしで長時間に渡り話した、いただいた内容の一部を「堀井義博さんと建築あそび講演記録」にまとめましたが、15年の塩漬け期を経てようやく今年、公開しました( http://www.fullchin.jp/aso/horii/01/ho01.htm )大学卒業後の堀井さんの様子とPC初期からweb初期の様子が語られていますので、興味のある方に見ていただければと思います。

 さて、私はSDLは建築系学生の集いだと思っていたのですが、初体験させていただいてみて、在野の建築家で唯一、参加されていました、堀井さんは建築に熱い方なのですが、学生の卒業設計日本一を決定するお祭りに、なぜ関わりエスキス塾講師をされているか、その点を知りたく、聞き語りし記録を作りました。
 関西圏の卒業まじかの学生が中心となり運営されている「京都建築学生之会(Diploma×KYOYO)」を創設したそうです。大学を出て学生同士で建築を語り合う場を創ることに情熱を注がれた一人であることも語られています。

 311後に堀井さんは来仙定住され、奥さま(福屋粧子・東北工業大学准教授)とAL建築設計事務所を共同経営されています。被災地の外と内を日々体験され、暮らしている稀な方でもあり、3・11当時の思い出も語り合っています。1995年の阪神淡路大震災が起きたときに「日本は地震活動期に入った」と言われました。この数年は「地球温暖化によるこれが気象災害か」と考えるしかないような災害が続いています。日本各地でも多様な災害が起きることが日常であるかのようです。そのようなおり東日本大震災の被災地で混乱し迷走した、お互いの様子を振り返るのもよいので語り合っています。

堀井さんは「教育、人を育てることは20代から興味があり・・・建築を創ることと若い世代を育てることは建築で、一緒なんだ」と語っています。熱い堀井さんの現在の思いを知っていただき、施工系の方も独立系・組織事務所系の方も、役所系の方も、全国津々浦々から仙台に集う大学4年生との関わり方を検討いただき、今年度からSDLに何らかのかたちで参加いただければ嬉しく思います。

(参照)エスキス塾は五十嵐太郎先生が「思うところあって始めた」そうです。SDL2018で三度目でした。抽選と講師が選んだ学生40人が、5人一組に分かれ、各自2分のプレゼンの後、質疑応答と講評がおこなわれました。10時半から午後4時まで、観戦学生もまじえ「語り場」でした。肝はなんと言っても、大学内では決しておこならないだろう二次会、三次会において、社会人や他大学の塾講師と学生のガチ生交流における対話があることなのです。
 公式パンフレットを片手に多数の作品を観て、夜は学生と呑みながら語り合う、欲を言えば学生に一杯ご馳走する大人が10名ぐらい出現するとナイスなのですが。


 9月8日 
■近所の産直へ果物を買いに行く 今年は桃もうまいんだけど さくら白桃という品種を食した事ないので食べてみた、甘みも果肉も歯ごたえありて美味い。桃は夏だとばかり思っていたが秋口の方が美味い桃が出ると考えを更新した。来年からはこれだな。生の南蛮も買うどっさりで80円 干す

今季最後の桃出始める@産直果物の里福島市
さくら白桃と称する品種で一個360円なり、まだ買わず、隣の一個40円ほどの小粒ゆうぞらを買う、美味い。調理に多用する唐辛子80円でたんまり、開封して干す。巨峰一房400円前後あまし食べごろなり



 9月07日 
■4日と5日仙台の建築学会にお手伝い参加。多様な人に出会う。学会員が1万人集合する建築学の年に一度のイベントに初参加。
5日の打ち上げで布野先生のお弟子さんに多数あうことになった。
明治大学の青井哲人先生が福島県に入り、福島アトラス03という地図集を完成させていたのをいただく。なるほど被災当事者には思い至る余裕もないよき資料なのだった。さすが青井先生である。

 全国津々浦々の地域にこの編集思想は感染してほしい!開き眺めそう思う。今回の発行は非売品なので手に入れられない。■青井哲人(あきひと)明治大学理工学部教授監修による 非難2市町村の復興を考え基盤としての環境・歴史地図集 2018年3月31日発行



 9月5日 

建築学会報を配る@仙台市内萩ホール
東北工大の大沼先生、新井先生、竹内先生ならびに学生さんが編集された記念シンポジュウムのための新聞です。9月5日発行。
■会場で配っていると、旧知の山中新太郎先生、脇坂先生、菅波哲也さんに会うことができました。会場は東北工大の先生と学会さん達がスタッフとして支えています。記念集合写真を撮る



 9月4日

布野修司先生とその弟子などと呑み語る
今夜は東北工業大学の竹内泰先生に設定していただき居酒屋て呑んで語り5時間なり。
竹内先生、柳沢先生、my長男、大沼先生、川井先生も合流頂き、批評合戦は楽しい。語りの内容は設計競技の問題、弟子と先生のあるべき関係、アベノミクスの功罪、東アジアの支援のあり方と研究の姿勢、など多岐にわたり、入り乱れるる稀なる語り場は熱くて長い。好き仲間達は時を気にせず店から追い出しくうのもよい




 09月01日  

昨夜は家人と共に古関裕而さんが毎日演奏する「長崎の鐘」を聞きにいき、駅ビルで夕飯を食べサンチャイルドを案内した。FBに書いたメモ書きを貼る。フェースブックにには30分ほどの自撮り動画も簡単にアップできることを昨夜しった。ユーチューブにアップするよりも簡単なのだ。(FB活用者は観ることができる昨夜撮った古関さんmy長崎の鐘の動画へ )福島市への観光などの機会に古関さんの作曲・演奏を聴いていただきたいと思います。長崎の鐘は18時ちょうど演奏開始です。

■長崎の鐘が流れる サンチャイルド夜景
(サンチャイルド設置問題は日本に原発が54機設置された因、原子力の平和利用が始まる前、その源流までさかのぼり語り合えとサンチャイルドは警鐘を鳴らすためにフクシマに現れたのだと考えてる者です)( 8月14日にFBに書いた私案は県美へ移設です)

■古関さんは毎夜・毎夜、定時になると自作の「長崎の鐘」を演奏しながら微笑みを絶やすことがない@福島駅 あ の大震災がおきた311の定時に 放射能が沈着した315から320だって途切れることなく演奏を続けていた古関さん。
■今夜は雨の中、サンチャイルド像の前では高校教師と記者どちらもそんななりな者たちが議論していた。撤去決定により議論が起きる。原発事故が起きてにぎやかになる、福島の風土の今は空のヒヨドリは賑わうも、大地には長崎の鐘はとどかぬようだ、哀愛が漂い行き交っていた


サンチャイルド撤去会見公開・・・・県美から要請があれば応じる・・(私案)まだ県美の道は消えてない。福島市長の撤去会見動画です
https://m.youtube.com/watch?v=Gzm9YL29DWg

サンチャイルド騒動を知らない人を案内し、像の足元で騒動について少し伝え感想を聞いた。可愛い顔、311のあの辛さを、忘れぬよう像はあった方がいいと語って、日々愛唱してるという 長崎の鐘 をか細い声で歌いながら帰り道をてくてく歩ていった
胸の計器の表示は夕方には見えないので、日中も元々計測器は駆動してないのではないでしょうか ですから000の表示に見えてしまっても問題はないように思いました。なぜ駆動していない計器と言わず、火に油を注ぎ気味になり批判が盛んになるのを嫌がり撤去・撤去と進んでしまったのでしょうか、色々考える事が多い騒動になっている。その点も興味深い。「構造災のアート版」と読み替えて語り合うと対立はすこし解消するようにおもうので、それも大切だと思っています
サンチャイルド設置騒ぎについて小松さんが語ってました。小松さんは今日発売の新復興論を著されました。、福島テレピの記者など様々な職業をヘて、いわき市在住の活動家のようです。ショックを得たらプラットブームをつくり過去に遡って考え語り合おうとの態度には同意します。販促公開動画の一部よりのコピーです。新復興論を手に入れフクシマ問題も考え続けましよー
■サンチャイルドについて小松さんが語っているの動画の一部をコピーしFBに貼ってみた 

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