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 11月10日 

参加!てつがくカフェ@ふくしま(2018年11月10日)
伝え聴く、民主主義発生の西欧のコーヒーハウスのようなそれなのか、そう思って参加したが、まるで違うのに驚いてしまった。(中身省略)誰でも発言は許せされる、それは当然なのだが、聴くためだけ参加してる、単に取材に来てる人が多過ぎる。なんやこれは。つまり、それぞれが現場に立ち一次情報を手にいれ、他者に伝えようとしていない、そして理解し合えない異なる他者と語り会って、違う思考をする方々を尊敬する場ではなかったのである。(りゆ不明)
一人一人肉声でそれを確認してないでメモとして理解してもらいたい。
このところ蔓延してるあれ、気持ち良いことしかこの世には無い、その響きで、そういう言葉に満たされたい方々、多いようなのだ、(勝手な理解)そう思えた。
(福島市にあるあのサンチャイルドを不快に思っている人が居ないない!騒いで恥晒してたんだ、首長!それはあんたの独り相撲を観てただけだったな!俺たちの3ヶ月は)...
snsでヤノベさんの作品をパッシングしているかのような、sns有名人、その方々は誰もこの場合にも現れないのなぜ?(出てこれないからsnsなんだけど許す)
そんな事で参加じゃ双方、全く緊張感に欠けまくる場だった。
緊張極まって来福されたのは、ただ一人ヤノベケンジさんだけ。福島市の市民はまたしてもヤノベさんを最も失礼な場に登壇させてしまったのだ。そう思って野次馬の私は恥ずかしいよ。
なので何とかヤノベさんにエールを送る活動をしてみたい、そう会場で呼び掛けてみました。何も考えず宣言するだけの、オヤジ、まぁお待ちください。
既に分かってしまったとで、あまり興味は湧かないけれど出来ることは全てやって、記録も公開できたらいいのだが、無理かな。
今夕の肉声、2時間ほど語り合ったすべての言葉は文字しにweb記録を作り公開しますので少しお待ちください。



 11月08日

ようやく福島県立美術館へ(昨夕)
ヤノベケンジ入門の基礎資料が整いつつあるので、学芸課長さんを訪ね、対話することができた。(音録、聞き取り) ありがとうございました。
内容はサンチャイルド寄贈を受けなかった主な理由を含め様々なこと。(過去におけるアートの政治利用と芸術表現や表現者の対応、311直後の美術館の様子、2011年8月28日のトらやんと福島の物語、高校生さんかのWSについてなど)
我が家の紅葉もそろそろお仕舞い模様



 11月07日 

■eメールを開いたらドイツ暮らしのmy長女から、提出書類の訂正依頼がある。my長男に頼めばよかったのだが、my長男も予定があるだろうと思い、急いでいるようなので東北大学の医学部へ持参した。道すがらの仙台の西公園は紅葉が見ごろで、上善寺通りの欅ももう少しで色づいてきていた。
 久しぶりに医学部を訪ねたが、敷地が広いので、所要の場所へたどり着くまでに時間を要した。午後1時頃着いたのだが、12時45分から1時間は昼休みということで、45分ほど間が空いてしまった。すこし見学しいる間に受付開始時間になった。昨日速達で送った書類は届いていた。日本の郵便って便利で正確を確認し、書類を差し替えることが出来た。事務の人も親切で助かった。
 医学部の建物は古く機能だけの割り振りで造られていた。現代の医学部建造物としては、ゆとりが無さすぎ、空間に工夫が無い。医学部生にも建築の楽しさ知る機会を提供して欲しいものだ。

■:福島駅にもどり、福島県立美術館に寄るう。連絡はとってなかったが、学芸課長にサンチャイルド事件にサンチャイルド事件に関する質問と聞き取りが出来た。
 美術館が寄贈を受けることがなかった主な理由を知ることができた。
 週末にはヤノベさんが来福され講演されるそうので、参加してさらに聞き取りを重ねてみたい。

■ 夕方、家人を誘い福島駅まで行く。冬に備えて家人のセーターを手に入れ、夕飯をたべる。
 海外で製造している衣料品は驚くほど安いので、手作りする者は居なくなってしまうのは理解できる。手作りセータを売るとしたら、毛糸代と手間賃を合わせたら、20倍ぐらいの値で売らないと商売にはならない。グローバル化は人々に考え方や暮らし方も変えてしまった一例。

 11月06日 断続的に小雨   

■my長女がドイツにある医師会への提出書類の段取りをする。メッセージを使って連絡し合う、瞬時に連絡できる、便利な情報社会になっていると実感する。

■サンチャイルド事件に関して、こむこむ館へアンケート110通の情報公開請求を提出する。市役所へ行く道程の中ほどにある県立美術館周りの紅葉が美しくなりだす、傍の欅はチリはじめ、参道のような道は落ち葉の絨毯状になっていた。
  
■原発関係の動画を古い順に並べて
 サンチャイルド事件に関する基礎データとしよう
 「原子力発電の夜明け」東京シネマ1966年製作  
 「福島の原子力」日映科学映画製作所製作 
 「目でみる福島第一原子力発電所」日映科学映画製作所1991年製作  

 11月3日  

■ サンチャイルド事件に関して私案を8月に書いたけど、さらに詳しく、さらに長い文章を書こうとおもって、調べ始めている。今日は関連死と鎮魂に関して新聞などを調べている。2011年4月28日 湯川村・勝常寺の鎮魂念仏踊りが奉納されている。
■関連死者への犠牲の祈りは2013年3月10日が初めて(3月11日民報新聞による)

 相馬市は鎮魂に関してはどこの市町村よりも対応が早い。さらに被災地での現況記録の保存が凄い(県図書館に行き関連図書書架が有り見ると一目で分かる)
 2011年6月3日に開いた市の復興会議で基本方針を決めている。
ソフト事業 仮設住宅での生活支援、医療・介護・健康管理、教育・子供たちの成長、経済対策(自殺対策)、孤独死対策、、市役所新体制・ボランティア支援受け入れ体制
ハード事業 がれき撤去、居住制限、住宅の整備、産業基盤の復興、相馬港の整備、道路・鉄道、警報体制、被災鎮魂記念館の設立 
 


 11月2日 

10ヶ月ぶりに家族全員そろって夕飯を食べる。日本料理がいいだろうと午後直販売所にいき、里芋や果物などを買い求め、生烏賊と里芋の煮つけをつくる。石巻の純米酒3000円で求め、水炊きをつくりみんなで7時ぐらいから食する。久しぶりに大賑わい、家人も病がすっかり癒えたかのようにうれしそうであった。
 ドイツに暮らすmy長女も国際学会の後半が順調に進んでいるようで、世界各国の研究者と日本の研究者を媒介する役割に忙しかったようで、疲れが出てて食するとぐったり寝てしまう。my長男大賑わい、my次男淡々として静かである。

■月末からロシアへ講演に行っていたmy長男戻る。ロシアみゃげ、あかしあの蜂蜜と、ロシアのお酒。くせのない日本の焼酎より美味い


■ 県立図書館に行きオッペンハイマーの関連書を借りる。核兵器をこの世に現実に造ったオッペンハイマーは広島に使用して以降どのような言動とどのような人生を送ったのか知りたくなった。兵器か平和利用かの中で彼はどのようにこころを動かしたのだろうか、調べ始める。核兵器使用後、彼は何も変わらないかもしれないんだけど
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