佐藤敏宏  HOME 2019年12月へ 
   2020年01月の日記        

 1月30日  久しぶりに晴れた

■西の山に高湯スキー場の跡がくっきり出る。雪は山裾まで下りて来ているようだ。高湯の辺りのスキーが出来るほどに山は雪があるのかも。

■呆け防止のために受けているような、一級建築士の定期講習。12000円を支払い、2月中頃受講することにした。
■高知紀行と名付け、12月の初めにいった高知市辺りの記録をつくるために、傍の県図書館に行き、高知関連の書を借りてきた。鉄道開削の苦労話があるのではと思い、高知県史(近現代編)を借りたが、政治がらみで幸徳秋水、や板垣退助、岩崎弥太郎(土佐屋善兵衛)のことなど目につくも、書きたい紀行文ようの資料は少なく、無理に政治がらみの話を書く気にもならず。サッと目を通してお仕舞にしよう。
 『ジョン万次郎漂流記』を書いた井伏鱒二さんの資料もかりてみたが、室戸岬周辺の記述がすくなく、こちらも使えそうにない。
 観光案内所でもらった無料の資料が現在的である。もうすこし探してみよう。

 1月29日 きのうから季節外れの大雨がふっていたが、3時過ぎにあがる。例年なら大雪となっただろうが、今年は暖冬だ。

■数日、変な恰好で読書三昧していたら、昨日から偏頭痛が出てしまい、困った。体を温めて、ゴロゴロしてたら回復した。季節外れの低気圧のせいかもしれないし、年老いたからかもしれないし、寒いから運動不足なのかもしれない。

 1月28日 真冬だというのに 一日中 雨

■『古代出雲ゼミナールV』を読み続けた。 古代文化連続講座記録集で、島根県古代文化センター編。1000円と安価であるが、中身がぎっしりつまっていて。
 古代史には興味がなかったが、偶然縁ありて「今年は出雲旅行をしてみよう」と思いたち、出雲本や古事記関連本を読み始めた。研究者たちの熱量と出雲文化センターや島根県に関係者の思いも大きいので、読み応えあった。
 古代史はこのように楽しむのか」と目からうろこが落ちた感じだし、大和朝廷とどのように共存に至るかなど、政、オトコたちの権力闘争に偏るんだけど、日本を精神をつくってきた精神の一つの背骨みたいなものだから、知って楽しむのに限る、と思いだし。(すべて講義録なのでよみやすいし研究の最前線の思いも知ることになった)
 今年は日本書紀編纂から1300年なので出雲でもイベントが企画されているようだ。その時期に合わせ講演を聞きながらの旅も面白いかも。

本の内容は以下
 1部は、古代祭祀と出雲世界(笹生衛さんによる基調講演)
 2部が、古代学が明かす古代出雲。 増田浩太による「再考 出雲の青銅器文化」。岩橋孝典さんによる「古代出雲の玉造とヤマト王権」 
 3部が、語り継がれる古代出雲。遠藤慶太さんによる「『日本書紀』出雲から熱田へ」 斎藤英喜さんによる「国引きするスサノヲ もうひとつの出雲神話

■中国武漢で発生した新型ウィルスによる肺炎患者は増え続けているニュース。今日は武漢に行っていないバスの運転手が国内で発病したとのこと。運転手は旅行客の送り迎えバスの方とのこと。国内でもどの程度広がるのか、政府も水際防止対策をしないといけないのではないか。人ごみに行かないとか、手洗い、うがい薬でうがいとか、体力落とさないとか、予防策はしたほうがよさそうだ。


 1月25日  暖冬にて雪ふらず。

■菊眞さん建築展体験記を書いてのんびり一段落。薪ストーブで芋や餅をを焼いたりしつつ、県立図書館から借りて来た本を数日読書している。次に何を記録するかなどあれこれ思いながら。

■中国の武漢で発生した新型コロナウィルス・風邪菌による、新型肺炎が起きている。死者を41人を出し、世界に拡散しているとのこと。春節によってさらに拡散しそうだという。周近平氏じきじきに肺炎対策をしているようだが止まらない。そのようなニュースが連日流れている。
 高齢者や糖尿病を持つ人が症状が重くなるようだ。日本でも患者が現れたという。人混みに行く場合は、手洗いマスク着用を忘れないように、さらに体力の保持にて免疫力を高めておくしか対策はないのだろう。

■『優しいサヨクのための嬉遊曲』を読む。1月いろいろ活動したので気分転換読書◆1983年『海燕』発表の島田さん(22歳)デビュー作品。6年後冷戦崩壊。島田さんはこの作品で芥川賞候補となりなるも、まだ芥川受賞ならず気の毒なり。バブル経済前夜におけるサヨク学生運動と恋物語 (2020年代の学生恋物語 性欲録も注目してみたい) 若い者も老人も性欲をどうコントロールするか男の人生における大問題だから興味深かった。
 女性の性欲問題をテーマにした小説が有れば、読んでみたい、本との出会いもなかなか不思議な、運命的なものを含むめぐり合わせがあるような気がする。
 島田さんの2017年講演動画 内容も話しの進行もうまい。話し方の鑑としていきたい。
 この動画も参考にしたい著者と語る」若竹千佐子・芥川賞作家 『おらおらでひとりいぐも』 若竹さんは50代から小説の勉強を始め、62歳で芥川賞を受け注目を浴びた高齢者だ、老人はおおいに彼女の生き方参考にすべき。

■これはmy長女がドイツではたらいてバイリンガルくらしなので、気付かなかったが興味深いテーマだ。リービさんも日本時以上に日本語が達者だし、語りは遣唐使にて若くして亡くなった井真成さんの碑や日本に帰化した山上憶良の和歌にもふれ、越境というテーマに導かれてしまった。ドイツと日本で活躍している 多和田葉子さんの本も見つけて読んでみよう。
年を重ねるほどに読書が面白くなってしまう、どうしてか。若いとき読まなさすぎたのかもしれない。

越境の声
リービ英雄さんと多和田葉子さんの対談を読む。両者とも、日本と他国を行き来し、文学を創作している方なので面白い。古事記などの神話の文学世界は、政の文学なので、現在の政の闘争様には飽きていて、そんなもんだよなと。
◆永井荷風の断腸亭日乗にある、日米開戦前後12月8日から、敗戦1945年3月9日、東京大空襲で自邸である偏奇館全焼(家人の母親が浅草から上野公園に逃れ生き延びた日)そして、同年8月15日のワインだったかで祝った、あの日記はしみじみ、いいな。放射能沈着戦争はいつ終わるのか。しみじみワインで祝いたいが、おれが生きてる間には、やってこないだろう。
◆「東北のボブヘス」と称された、会津高校から慶應で学んだ、故・室井光広さんの著書もいずれ読もう。
◆福大卒の中村文則さんの著書も今年は読もう。


 1月20日 

 正月明けからこつこつ記録づくりした渡辺菊眞建築展体験記を公開した。思わぬ方に展開していき、記録づくりも面白い。老後の楽しみまた一つ見つけた気分だ。

■FB投稿
2019渡辺菊眞建築展 体験記 公開しました
http://www.fullchin.jp/hito/waki/12/12wk.html
 内容は12月3〜4日高知市で開かれた建築展を観・体験し、渡辺菊眞さんが25年にわたる思考と,その間に手に入れた建築の意味などを、ここで記しておこうとしたものです。
 「全・渡辺菊眞作品を紹介するための記録を作ろう」と思い福島市を発ち高知に行きました。会場に着いてみると、作品数と鑑賞者の数が多過ぎて「これでは思いを果たせない」と知りました。そこで場当たり的な聞き取りと、場当たり的な作品の紹介記録になっています。加えて、会場で偶然に出会った鑑賞者の感想・声の記録を保存することにしました。それらは以前FB板で紹介したものです。
 今日、公開した渡辺菊眞建築展体験記は2009年に12月に聞き取りした内容を整理し、菊眞さんが大学を終えるまでの菊眞さんの姿を描くことと、建築家修行時代の10数年間の実践を観て、菊眞さんの心の軌跡を追い、一旦記録しておうとしたものです。...
 実建築は自邸一つだけ取り上げ、体験記としました。父である建築家・渡辺豊和さん1978年・自邸(菊眞さん実家・物置)と、菊眞さん2015年・自邸(宙地の間)を観ることで、浮かび上がる両者の違いと、それぞれが生きている社会状況の差異を加え、両者の「建築の質の違い」「建築家が生きる各社会における、建築的営為の意味」を比較することを試みました。
 そうすることで、渡辺菊眞さんや若い建築系の人々が、これから造るであろう、建築の意味なども、見通せるようにしてみました。
 長い体験記かもしれませんが、眺めていただき、感想など聞かせていただけば幸いです。

(註:感涙の風景も菊眞建築展の主題の一つでしたが、風景に関しては、布野先生が間違って「進撃」に書かれているのですが、タイトルは「「風景」建築 -- 風景」です。観念がイメージで塗り固められた「風景」に建築を介することで、生身の風景がたちあらわれるという意味でした。よろしければ、そこだけを修正いただけたらと思います。という指摘があり、修正しました)



 1月19日  今年の冬は雪がつもらない、曇りの日が多いかも

■上京し、展覧会と國學院大學の博物館を観たりして、神話の世界以前の事を調べるための基礎知識をいれる。国学院大学博物館は石器時代から縄文、弥生の土器などもコンパクトに展示してあり、鑑賞者が少なくてのんびり休みながら、日本古代史などの勉強の場としては、初歩者には親切であった。上野の東京国立博物館は鑑賞者が多すぎて、薄暗いし、疲れる。実物を観ることに集中し、解説を読むのは図録を買ってから家でするのが好いと思ったので買った、オールカラー図録2500円は安価で情報満載だ。 国学院博物館の展示品図録集は販売していなくって、残念。だが一部神道の場は写真撮影禁止だがそれ以外は撮影ができるので、スマホ撮りをすこしした。

■fb投稿より
初 國學院大學へ
國學院大の、博物館にある古代日本の品々を観て、言葉では分からない、日本文化の精神を概観する。コンパクトで神紙習合以前の日本を、想う予習の場として山勘にて國學院學へ行ってみた。樋口清之先生とも、2ショット。
 売店には、島根県教育委員会で刊行した『古代出雲ゼミナール』もおいてあり、出雲旅行予習本として買う。
 高知市での渡辺菊眞建築展いこう歩くたびにに日本古代精神史よような路をたずねているような気になる。
つぎに
出雲と大和 @東京国立博物館
 「今年は出雲に行くよ。」そのために予習しようと資料など昨年末から集め始めた。『古事記』読んでみたが、古事記以前の「神・神習合」のあれやこれや。例えば、山かける人人の「修験の世界」かなども粗に勉強しないと神神習合の面白さは思えないなー、と思っていた。(日本に文字がない時代の出来ことなので、1300年前に編まれた古事記、日本書紀とて、真に受けては、いけないだろう。このような物語を記し編む人の個性や、時代背景を想って読むことが肝要だ)
 ??今年は運良く『日本書紀』成立1300年だそうで、東京国立博物館で「出雲と大和」が開かられていた。で福島市から出向き観た。展示品も、情報も多量だった。
 出雲に行き、神神が習合した場を体感する前に、予習しよう。やっぱ 心御柱(しんのみはしら)を撫でたい!と思うのが人情だ。 入口にドカンと展示してあった。が、撫でる事など叶わぬケース入り。本物ではなくレプリカで良いんだけど撫でたい!手で触って想いたい。仕方なく、心御柱を観ながら予習した気分に。
神話以前の、出雲地方の圧倒的な地力と、...暮らし、文化的な豊かさも身体に染み込んだ。観ただけでも良かった。出雲への旅行の予習としては、充分過ぎる。稀なる品々が沢山並んでるいた。鑑賞者多いし薄暗いので、視力の衰えた者が観るのは大変な、東京展覧会系の一つだ。
 概略は分かった。出雲も予習のための本のひとつとして、図録を買った。



 1月17日  
 昨年12月3,4と高知に行き「渡辺菊眞建築展」を観て、その体験記をようやく真夜中に出来上がり、菊眞さんにFB機能にあるメッセージにて知らせる。
 菊眞さんから元気な応答・返信があったので掲載する。

■佐藤さん、ご連絡ありがとうございます。今自宅のネットが、本当に限定的なサイトしか見れないというヘンテコな状況です。治すのも面倒なので、これはこれでいいかと思い、今日はスーパーの一角のイートインコーナーで、ネットをしてました。そこで、佐藤さんからの連絡を確認した次第です。
 個展体験記、一気に全て拝読いたしました。自分で自覚していることももちろんありますが、佐藤さんの丁寧で、深い洞察を介した記録を通して、あらためて、自分がしてきたことや、これからすべきことなど、すっきりとした地点から考え実践したいと考えるようになりました。
 昨日、研究室の院生が、修士研究の論文を提出し、その本当にやりたい内容を聞いているなかで、彼らとの出会いをとても有難くおもっていたところですので。本日、この体験記を読めたことにとても大きな意味があるように感じております。

 問題なんてことは全くございません。ひとつだけ。98年の個展ですが、布野先生が間違って「進撃」に書かれているのですが、タイトルは「「風景」建築ー風景」です。観念がイメージで塗り固められた「風景」に建築を介することで、生身の風景がたちあらわれるという意味でした。よろしければ、そこだけを修正いただけたらと思います。面倒でしたら、このままでも構いません。本当にありがとうございました。

 今現在は図録作成に頭を巡らせているとともに、現在までやってきた軌跡を論理づける学位論文(うまくいくかはわかりません)、そして大阪の展示でやることを考えています。それと同時に高知で15年に初めていまだ未完の「地空庵」という建物の実践再開、また香川ミュージアムの佐藤さんとの出会いをきっかけに考えたくなった現代竪穴というものを考えています。頑張ります!


 1月15日  たり薄

 暖冬だけど火はいる福島市 9年ぶりの薪ストーブ順調に燃えて温かし
1週間 渡辺菊眞さん高知個展体験記を書くために、渡辺豊和さんの著書などを読みながら必要な点などをメモしたり、絵を造ったりしていたら あっという間に時間が過ぎた。夕方になるとお酒を呑み夕寝をしたりしているので、根を詰めて作業してるわけではないからだ。老人のなすことは、とかく時間を掛けて成す事と、急がず淡々と続けることに注意しているだけだからだ。

■ FB投稿 より
 2019 渡辺菊眞建築展 体験記作成中
 12月3から4日高知で体験したことの記録を作成している。渡辺菊眞さんと渡辺豊和さんは親子であり、プロフェッサー建築家としては共通する処もあるけと、まるで違う建築家像を見ることができる。さらに我が身を逆照射することにもなり、興味が尽きないので、思いのほか長い、まとまりの無い体験記になりそうだ。
 2人の建築家の違いは、なにから生まれるのか?それは例えば、活動している社会状況がまるで違う。
 菊眞さんは失われた日本の30年と言われる社会状況のなかで、さらに少子高齢化による縮退した地域で建築を造っている。
一方、渡辺豊和さんは高度成長からバブル経済真っ只中の波上にのり有名建築家がたくさん建築を造った、あの社会状況を謳歌出来た一人でもある。一例にしただけでも、同じ日本国の人の心の激変がもたらす、新国立競技場を持ち出すまでもなく、社会のヘタレかたの不思議を思う。まるで違って、吹き出してしまうほど。(表裏一体で違うように見えるだけなのだが)

 1月08日  時々氷雨ふる
 この冬初めて庭に雪が積もった。夕方から雨になる。渡辺菊眞さんから作品リストが送られてくる。プリントアウトして公開していた記録に正式名称を入れる。
 12月3〜4日の渡辺菊眞建築展の体験記を書くために、2009年12月に聞き取りした分を含めすべて印刷して読み始める。分厚く片面だけで150頁ぐらいありそうだがメモをとりながら読む



 1月06日  新年になっても積雪なしで温かい。 

 夕方から薪ストーブ薪ストーブに火を入れて、今日はけんちん汁を作り、餅を焼いてけんちんお雑煮とする。お屠蘇でかった地酒も残っているので、正月の延長だ。7日までは松の内なので、明日飲み干せるかもしれない。

FB投稿内容
 9年ぶりのけんちん雑煮@薪ストーブ福島市
薪ストーブで料理することは、原発事故以来、放射能薪による放射能灰にて、濃縮するような気がして、薪ストーブ料理は9年行っていなかった。(福島県北の多世代・広域連携によって成してる生活断念)
 薪火による遠赤外線によっての煮炊きはじゅんわり火が通るので、野菜の細胞を崩さず美味い。原発の是非については、いまさら論じてもせんないこと、だが放射能を振り散らし沈着されられた大地を作り出す悲劇は、二度と日本列島では起こして欲しくない。
今日も福島産地酒を呑む、
(酒米は福島産ではないだろうが、杜氏たちも福島の面々は少ないだろうが、広域連携の巧みなんだが、蔵やからは、我田引水のし様相にして、何年連続金賞蔵だのと騒ぐ。原料、造るひと、なんかなんでもいい加減な情報が多すぎる)
 (下の写真や動画を拡大してみる



 1月03日  

■今日のFB投稿 お屠蘇二本目の天明へ@会津産日本酒
甘さ抑えめを呑みながら、花田達朗先生の投稿ページを仕上げる。新聞記者や新聞社人には、新年早々耳や目が痛む内容だ。
それは、大石泰彦先生の『ジャーナリズムなき国のジャーナリズム論』に書かれた「日本『マスコミ』はジャーナリズムではない〜その虚構と擬制の構造分析〜」を書いたときの様子にって。花田先生からの、愛する友達、知識へのお別れの言葉だろうかな。(未読)
http://www.hanadataz.jp/0hk/20191231/191231ha.html

■2日のFB投稿 お屠蘇で読書 @薪ストーブそば
会津産の地酒を呑みながら「現代アートや身体表現は、商品にしかならず、今なぜ、伝承され難いのか?」という仮説をたて、鎌田東二さんが編んだ『心身変容の、ワザ?技法と伝承-身体と心の状態を変容させる技法と伝承の諸相』(論文と講演録)を読み始める。
◆ 呑み過ぎなければ三編の講義録読よてい
1)松岡心平さんによる「世阿弥の演劇と心身変容技法について」
2)内田樹さによる「世阿弥の心身変容技法と武道との関係」...
3)鎌田東二さんによる「世阿弥と修験道と山伏の心身変容技法について」



 01月01日 

酒瓶を立て間からオッパイハウスを拝む
新年あけましておめでとうございます!
アフリカ・カメルーンの土製オッパイハウス、今年も凛として、我が家と世界の隅々までの安全を見守っておします。足下では、飼い猫、炬燵で丸く成らず「そのような年じゃ」と、でかい口をあけっひろげ、お告げ。
ドイツのエルベ川、陽射しあり、彼の地も暖冬の様。あったかい元旦、会津の生・地酒で新年を祝っております。
福島駅西口の物産館には、福島県内の美味い日本酒が年中休みなしで売っております。甘い酒選んだら、本当甘い!甘露が空から降って来た!神仏協働にて幸いをつくってくれるとのこと、メデタシ


12月の日記へ