HOME           佐藤敏宏
     2013年  08月の日記
     
 
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 8月29日  快晴 

給湯用ボイラーの灯油切れで給油管に空気が入ったようで着火せず、設備会社に電話し灯油も満タンにしてもらう 家人病の性なのか日に4度前後シャワーをしていたが うっかりし油断にて油ぎれだ。余計な手間を掛けることになった、時々注意して観てないと油ぎれする

■昨日は今年初桃 雨が多かったので暁に喰わず 快晴が続いたので川中島という品種を買ってみた 甘みあるも例年より 薄し 今年は桃に縁が無いとしだった


■ 原発事故現場から出ている処汚染水の処理の問題が 大きな問題になってきている 伏流水と汚染水が混じり合わないように東電は多様な策をろうしているのだが いっこうに信用されない 一時情報の無いメデイアとのズレも激しい事実がある。東電は超泥縄作戦で今後廃炉まで4〜50年 こんな調子なのだろうか?とあきれたりするが 安全神話によって動いたとても危険なシステムが破綻したのだから このような様が続くのだ。被災民としてはやり切れない気分だぜ。
  原子力学会での説明によると 俺が生きている内には廃炉が叶わないようだ 太平洋に流れ出る汚染水の10年間のシュミレーション動画があったので眺める 
 濃度は不明だが 太平洋はほぼ汚染され尽くすような絵だ


■ 25日は原子力学会が コラッセであったので 東電の方の報告「東京電力福島第一原子力発電所の現状と建屋内除線の進捗状況について」の報告だけ傍聴した。 貴重な資料をいただく

 汚染水の問題に限らず 超泥縄作業にもかかわらず 国 経産省の長を頭に東電 研究者 日立、東芝、三菱重工をはじめ主要ゼネコン大学 米国の技術者と連携し自信万万 廃炉技術が開発され試行錯誤しつつ着実に進展しているとの説明に やや戸惑いを覚えた
 確かにこのような規模で廃炉作業をする人類は居なかったのだから 自信満々にきこえるのか そうなのか 定か成らず 

■フクシマでは原子力学会に限らず 多様な学会が開かれているのでアンテナを立てて 出来るだけ参加し 資料を頂くのが とりあえずの仕事となってきている  多様な人々がフクシマに集う現実を全て追うことはかなわないが 出来るだけ時間を割いて うろうろしよう

■ 25日の夜 my長女と スカイプ 2時間する 俺もドイツに移住したくなるも 言葉が話せないし ドイツでぶらぶらしているよりは フクシマで家人の世話をしている方が まだ存在価値はあるように思う

■18〜24日まで何度も書き直し 分かり易い原稿にし 学会依頼の原稿データを送る 字数制限と テーマがあるので 整理し書くのは難しいと思った 「お前の建築家人生振り返れ」ふうの大きなテーマだったので 書き始めると飛んでもなく長くなるのだった 2800字ほどになんとかまとめて


 8月18日  お盆仕様にて のんびり過ごす 明日から色々活動するが 今日まではお盆で暑いし〜なにもせず のんびり 過ごす それにしても暑いような福島盆地

 17日 「ちょっと現地に来て観てよ」と10日ほど前にお願いしてたので 午後 my長男がやって来た。観ていただいた後色々相談する その後 場所を駅ビルに移動し 生ビールなどごちそうになる 2杯ほど呑み解散する

my長女がドイツの公務員・研究者となり5ヶ月が経った。 my長男も東北大の研究所の仕事が多様になり、10月からは授業も沢山増えるなど なかなか忙しそうである。
 2月に北海道に移住したmy次男にも電話してワイワイ 声の張りなど元気そうである 体力的には大変そうだが空気も景色も 接する動物たちとの関係も 良さそうでなによりである 


我が家族は 311後の大混乱には 2年5ヶ月は掛かったが 
まずますそれぞれの希望に合った人生の道をそれぞれ探し当て 対応し 動き出して 5ヶ月 まずます なんとか成るだろう そんな気分がする

 311以降大混乱続きだった 俺のことも腰を据えて考えられる環境が整ったと 実感できたmy長男との 呑み会であった

 家人の病のせいか 俺の能力不足なのか分からないが それにしても なかなか 安定しない my人生であるよ。 それなりに対応し無理せず 大きな欲望を持って自滅しないよう戒めて暮らして来たがので相変わらずの鈍足が身に染みてしまった感じだ 「でもこんな暮らしでいいや」 などと思った すこしは建築の事も本気にならなければとも思うので 俺も元気になってきたのかも知れない
 
 my長男とは 家人の病の現実を観て診ていただき 今後の対応についても あれこれ話し合うことができた。 家族の病は俺一人では解決できない 無理がたたり負の連鎖が始まっては 共倒れになるので 一人で対応する問題でもない。親子でワイワイできるようになって10数年経ったな。 my子達が学生だった 20年前とくらべると 学費を稼ぐ必要がなくなった分 俺の気は だいぶん楽になった。(年取ったので 鈍感になったのかもしれない)

■モラトリアムに使われては困るし  あらゆることが無償でいいとは思わないが 学問を続けたい若者には もう少し手厚い 社会的対応があってもよいと思う  大学生を何に人も抱えて 滞りないよう 学費稼ぐ 親は大変だよ  経済格差が学問の就学格差になってしまうのは 問題が多すぎると感じる


 8月14日  福島盆地は仙台より暑いような気がする今日

午前中はゴロゴロ資料読みをする

午後 昨夜偶然 会った 今中哲二先生をたずねた 先客があったので 一度家に戻り 家人の対応を済ませ 再度 3時頃 駅前傍の3階にある 飯舘初期被曝評価プロジェクト 福島事務所を訪ねる (JAのビルらしい) 取材は続いていたので 外で待たせてもらった 

 今中哲二先生に色々伺いする 広島市出身のいわゆる被曝二世の 同年だった 体調が悪いことなど ワイワイする 交通費無し無料で講義が可能かどうか 打診した OKとのこと 気さくに自撮り 2ショットもしていただく 

 

 2012年11月に発刊された 『サイレントウォー』をいただいたので サインしてもらう 飯館村の方々に沢山お会いしたいそうです。 原子力に携わってきた者として、責任を持つて初期被曝の線量評価に取り組をはじめたとのこと 
福島には多様な知性が集まって いると実感 飯舘村に申し入れたけれど 断られたようだ 多様なデータを採取しておく方が 未来の人々の智になると思うのだが 政治の世界は複雑である 

 いただいた 『サイレントウォー』を一気読みした。セシウム都市福島で生き続ける 生きねくために、(実はほぼ日本全国が汚染されたのだが )必要な放射能についての知識を再確認した 先生は閾値なしの直線的に 癌が発生するとする立場である このところ各種会議に参加しているが 遺伝子に問題は健康にほぼ害は無いなどの意見が多数だったので 心身害は無いのだと忘れたり日々の注意に手を抜かず暮らすことが大切だと 改めて思った

放射能を恐れ自ら判断しながら 生きることが肝要だと再確認できて よかった 
原発事故現場がとうなってて今後どうなるのか?その1次情報を得ることは困難なので 多様な2情報に頼り 暮らし方を判断しなければいけないので 今後も 方々情報を探し 歩くことが フクシマ問題を他者と共有するための基盤作りに役立つと改めて確認することもになった

 フクシマでは各種研究が盛んになっていると実感した 今後多様な会議が行われると思うので 色々資料を集めたい なーと思う次第 

 8月13日  仙台で目覚める あまりにも暑いので 洗濯などして 朝から昼間でゴロゴロ 昼飯2度喰らう

■ 夕方4時の臨時各駅 2両列車に乗り 各駅といえども 白石から 福島までノンストップ 編成替えで空車で走らせるのはもったいないので ついでに人を乗せちょびでも稼ぐよ 稼げ^お〜 という せこい JRの考え方なのかもしれない 色々想像してみた

■鉄路の道道激写するも ろくな絵は撮れず 


 上絵 白石駅からノンストップで福島駅までのアナウンスがあったので 車窓から 絵を撮るもろくなものに成らず 幹線のバラストをまく基地が白石駅南に在るのは知っているけど 真夜中まいているのだろう 人影見えず



福島盆地に入ると 雨が多あとの照りなので 水蒸気が多すぎて 靄っている緑美しいね 霊山がアイストップになり遠くに見えおる ことしにモモは 喰わんでもいいわ^〜 日照りじゃないと 甘みがでないのに決まっているので 買わない俺 

でも福島のモモ美味いよ などと 有名人がTVで宣伝ししてるの 一度観たが あれは逆効果 まずいのは お布施かわりに買い喰らなら未だしも 美味いよと TV福島モモ宣伝にのって 買って喰うなら 二度と福島のモモなど誰も買わない だろう いつも美味いわけでないと 断り入れろ TV もも宣伝の者ども



 左の絵俺が冷蔵庫の余りの食材で造って飯。 真ん中 セシウム都市に出来たにわか飯屋  1枚 800円のピザ 喰える代物では無い でもセシウム都市福島では これでも繁盛している というセシウムバブルに 年老いた俺は セシウムの馬鹿野郎−と 心で 吠え 語る気にならず  こんなまずめし 喰って 楽しむ若者味覚は 壊れているとしか思えない  福島の観光地の喰いもは 録でもないけれど 福島市内の飯屋もそれになったね セシウムバブル都市福島

■ あんまりまずいので 店内を見渡したら 今中哲二先生が 隣の席におったので 挨拶致し スマフォで示しながら このweb頁を 俺が 今中哲二先生の講義録を 無許可で つくり公開してますと 伝えたましたです 遊びにおいでと応答いただきました   フクシマ問題を語るために沢山の知性が集まっていると実感した 一コマでした です





 8月12日  

 11日は夏風邪が悪化しだしたので休養しつつ飯など喰らい 体調の回復を待った 峠は越した

仙台にて 花田ゼミの研修旅行の件について 高木大毅さんと打ち合わせ 河北にインターンシップで10日ほど来ていたとの事  現在の学生事情など合わせ ワイワイ 21にゼミ生集会があるので再度煮詰めるとのこと 
 

よるmy長男と 町中で呑む 早めに仙台疎開部屋で寝る フクシマよりやや気温低めかも

 8月10日  6時前に目覚め 夏風邪かやや喉が痛し 薬をのむ

 雑事を済ませ pcデータ整理をする 
■ 三島香子さんの聴き採り文字起こし webデータを整理 公開する

 (下絵 三島香子さん「o邸を語る」の一部) 

■ 午後ヘリテージマネージャー講習会第3回目 降旗廣信さん 根本一久さん 宗像智加枝 さんの講義 計 4時間  クーラーが効いているので長袖にすればよかったが 鼻水出過ぎている
     
■ 菅野村長の講義の鈴木先生のFBに大切なご指摘があったので主な点を記録し  紹介
1) お金の世界」から「いのちの世界」へ 10年前から始めた「までいライフ」の取り組みの成果が徐々に見えつつある中、7年目で原発災害に襲われた。

2)放射線量の高い長泥地区の避難指示は3/19、20に出した、その際に強制するか協力を求めるか、でも悩んだ 「放射能のリスク」と「生活を破壊するリスク」とどちらを重視するか 緊迫した課題だったそのときに生活破壊のリスクを重視した

3)先生は その双方を重視することが 今回の災害では重要だったのではないか

4) 除染について 1mSv /年の呪縛に陥っている、除染はきちんとするが5mSvを目安にすべきではないかとの発言も  原発被災地が足並みを揃えて、政府や県ときちんと向き合うことが喫緊の課題のように思われた。 

5) 原発災害において被災自治体の首長が孤独なる決断」を迫られたことを明らかにし、政府などの災害に対するガバナンスの問題を指摘してきた。 避難行動はもちろん、避難所・仮設住宅の確保、避難している町民への行政サービスなどがばらばらな状態が今日まで続いている。なぜこういう状態がいつまでも解決に向かわないのか、内心忸怩たる想いが続いている



 8月09日 薄 だが気温上昇し蒸し暑し 野鳥 アブラゼミ 裏の建築現場の工事音 まじる 

■ 昨夜の 菅野典雄飯舘村長の話の中に 50年前に卒業した 大波小学校のたった1人小学生のために 地域の人人がささえ運動会を開いたとの紹介があったので 動画をググってみた 落ちていた 一寸長めのドキュメンタリーふう 映像もあった URLをメモしておこう 40人ほどいた小学生が 原発事故後1人になってしまった。ようだ。 運動会のようす動画へ  学校生活の様子の動画へ 

子供の居なくなった地域は消滅するかもしれない 20ミリSv/年の線引きによって外れた地域の人人は 自主避難を選択肢 賠償金も無しで 闘っているのだろうが そろそろ 心身と金銭で疲れ切ってしまうのではないか? (下の絵はユーチューブ動画より採取しました)
 
 こういう形で母校が 紹介されるのは 辛いなー 

■旧知の 田中浩也先生が 第9回 世界ファブラボ代表者会議 横浜 -FAB9 を 8月21日から27日まで世界は「ウェブ」から「ファブ」へ 開くフェースブックに紹介されている 田中さんの寄稿文「「3Dプリンタ」と「ミシン」の意外な共通点とは?」 

■国の財政赤字 月末の時点で1008兆6281億円となり、初めて1000兆円を超えたと発表とのニュースあり 地方にも500兆円あるだろうから 返済するするきも出来そうも無い 金額 利子だけで 税収に届きそうだぜ
■ スゲ−量の雨だぜ!東北地方北部で豪雨ふりのニュース 鹿角市ではこの半日の雨量が290ミリを超え、平年の8月1か月分の2倍近くに達する記録的な大雨になっています


  8月08日  蒸し暑い

 メールなどチェックしFBをみたら 福島大学行政政策学類2階大会議室で午後1時から4じまで 社会政策学会が開かれると知った。 原稿書きをさておき 「フクシマ問題コレクター」となってしまった俺は 早速必要なことを整理し 各駅停車乗り金谷川駅まで行った。 夏休みにもかかわらず 学生の姿が多いのはなぜか判らない  緑が美しい それに構内がさほど広くないので迷うこともない

仙台や岩手からも大学の先生達が参加されていた。丹波史紀(ふみのり)先生が司会であり『双葉地方の住民を対象にした災害実態調査 基本報告書』資料とし配布される 貴重な会議であった 学会員外は俺を含め三人ほど 冷房もゆるめに掛けてあり 静かな環境で 中身の濃い 議論が開始された

 

まず 初めに清水修二先生の 「福島原発事故の被災地の課題」と題した講義45分 前半は「県民の健康不安に関する問題状況」と 後半が「放射能災害と地方自治体の将来」について

 前半は「放射能が遺伝に影響を与える」とあやまり考える被災民が多く それは科学的な根拠がないにも関わらずそう考えている人が多数を占め 大問題だし 今後深刻で大きな広がりを持つ社会問題になる でそこで 正しい情報を多くするにはどうするのか、その点の 問題提起が印象に残った
  後半は賠償問題で賠償金を払い続けると被災民から就労意欲が失われつつある その現況は人間の尊厳やアイデンティティーの崩壊や喪失に関わるので 賠償金は期限を切ってという話は説得力を持っていた 。自立支援と支援者支援のありかたも印象深かった

二番目は今野順夫先生「復興主体の形成について」主体という 懐かしい言葉が使われていた 女川と福島の災害の状況を比べて 主体的市民の連携の在り方を中心に話があった。 ふくしま復興支援フォーラムや生協の活動を通して語られた実践の豊かさが示されていた  フクシマ問題を多くの日本の人々の知ってもたうためには 被災民自らが各地に出向き 伝え歩かないといかんのだが 福島問題は無かったことなる と 発災後から思いる俺で 色々やっているが それしか無いし それを実践せずにフクシマ問題支援も 各地の人々と連携したよき今世紀の自立も成らない と覚悟している んだけど そう考える お1人であることが判る講義だった

全体の後半の1時間は 討論会となり 多様な問題が語られた。男性より女性の方が自立しようとする動きが早い事例が「かあちゃんの力プロジェクト」で示されていた。 被災地に戻るにしても 生業やその場が作れるのか? 支援はどうするのか 3割強が戻らないと予測される被災地で 大きな課題になっている 雇用の場を作ったけれども就労者が戻って来ないという事例が示され 関連づけた問題も語られた。 移動の自由が保障されている現状では意義深い内容となっていた。

・市民と行政と 有識者の連携をいかに作っていくのか これも難しい問題だが つくろうとしている姿勢が表面化し実例も多いので 継続的に実践していくしかない だろう。 

■ 福島大学から戻り 今夜はふくしま復興支援フォーラム 「おカネの世界」から「いのちの世界」へすごエグ タイトルだな〜と思ったが 飯舘村の菅野典雄村長。講義と質疑応答 の2時間。司会は大宮からわざわざ来福島された松野先生だった 質疑応答はコンセプト部分と 発災後の部分とに分けて行われた その点が今回の特徴だった

 印象としては 村長の語りは今までの「むらづくりのコンセプトとその延長上での避難や今後の村の在り方」が主で 被災状況やそこでの問題は語らない抑制していた 点である。 被災現場と被災民の状況は多様なので 一つ一つ例をあげていればきりがないし 余計な好奇心をあおるような余計な結果を招きたくないのだろうと推測した 60人の参加で 最も人数が多かったとの報告もあり 

 

  動画も 音も採っている人多し 人気の村長さんの印象がつよい
クウラー じか過ぎて 熱奪われ 手術した鼻にも悪く 講義会場の空間環境は悪かった 夜 喉が鼻と 痛くなる クーラーも効けばいいってもんじゃない

■ 30年以上 クーラーを掛けた生活をしてないので 強く感じ細胞が反応しただけかも知れない 今日も沢山の資料をいただきました

 8月07日 薄曇りの  短い夏を生き急ぐようにアブラゼミ鳴き出す ひさしぶりに賑やかな蝉の夏がやってくる 雨が多かったので 蒸す蒸す午後

■ 家人 日に3、4度シャワーを浴び 洗濯機を朝から晩まで回し 掃除機も暇さえあれば唸りを上げる 庭のアブラゼミの鳴く音より騒々しい限り 仙台ガールフレンドから携帯メッセージ 数度届く いろいろアドバイスする

■ 建築学会から依頼があった特集 「建築家」が問われるとき〜自己規定の奇跡と現在(仮」

 原稿を書き出してみる まず項目を書く

 1)自己紹介 2)三冊の本 3)ゼネコン時代=建築士取得 4)独立系設計事務所を開く 土湯温泉まちづくりイベント BOX2 ギャラリー+ジャズ喫茶+住居 5)1994年 『建築文化』11月号に特集される 建築家の時代 6)エア建築家の扉 2000年「千万家」県紙の社会面に載る web活動開始 建築あそびの記録公開始まる  家人病が再陽性期となり であるき聴き採り=ことば悦覧開始 7) 2011年311大震災に遭う 多様な活動が連携しだす 鮪立まちづくり(2012年9月号に報告) NPO宮城資料ネット建築班の活動 ジャーナリズム教科書出来る  2013年5月19日ことば悦覧活動再開 6月小さな建築着工 8)まとめ

1)自己紹介の自己紹介を書き出したら 短・簡潔なつもりたが文字数を見たら1600字だった 依頼文字数は 2600〜3800 全部書いちゃうと2万字で収まりそうもない。 全部書いて必要な箇所だけ取り出してもらうのもいいように思う (この際だからね) それを避けるなら方針変更しないと収まらない 要点を絞って311以降の活動から辿るのがよさそうな気がしてきた。一つ一つ濃い事件が多いので どうするかだ 

■ 蝉の鳴く音を聞きながら 練り直すため 夕飯用の炊飯器のスイッチをいれる 缶ビールの栓 抜く 夏の夜はじまる  



 8月6日  梅雨みたいである じめじめ蒸し暑い 

■ 資源ゴミを出すのを忘れ 不燃ゴミとして整理する 

■ 宮城資料ネット建築班 石巻市本間家土蔵修繕工事の中間報告が配信されたので 同 HPも更新 ニュース204号 ←← 2年四ヶ月かかってます 簡単にまとめましたので 読んでみてくださいませ

   

■ 

 8月05日 仙台疎開部屋にめざめる 昨夜は仙台ガールフレンドが来て 共にのみ もりあがった 「今晩は仙台花火だ」と 誘うが 花火はもういいやb〜と 思ってしまうので セシウム都市福島へ午後 4時あたりの各駅停車で戻る


■午前中は色々整理して 昼前に一番町あたりに食材を買い出しながら 七夕飾りの準備風景を一番町通りに出て眺め歩く。 宮城大卒の熊坂友輝さんに偶然 で会う 「名古屋のアトリエ事務所の初所員となった」とのこと で はりきっていた。アトリエ事務所そうとう辛そうだし 将来が尻つぼみ のように思うが・・好きなんだから やるしかないでしょう」ねと話し合う。 2ショットなどしてFBに貼ってみる

 

仙台 疎開部屋にもどり my長男の花火鑑賞しつつ  それ用の夕飯をつくる。刺身は藤崎の地下が超高いけど新鮮この上ないのである 格差社会の 仙台は地下に入るとその様が明瞭にわかってしまう 福島市内のように ほぼ金持ちがいないデパチカとは訳が違うので オモロイ 東京には もともとあった格差であるけれど 貧乏の俺は デパチカを観察し 社会の変化を知るわけです

□ トウモロコシの美味しい季節 毎日ゆでまくっている トウモロコシ茹で野郎となり 夕飯の支度を終え 4時当たりに仙台駅に着くも 浴衣姿の少女多し 七夕飾りで演出するJR  とうほくは夏祭り真っ最中
  

■仙台駅から各駅に乗るも 関西夫妻が 仙台〜福島までだべりまくる 関西の茶の間とかした車両内 県境から雨が降り出すも セシウム都市福島市はカラカラの乾き

 夜半雨降る 大雨注意報が出て 中通り中部あたりは洪水模様だと ツイッタータイムラインに落ちて来る

■ 新聞に福島県博で 民家の甲子園 が開かれたという 記事を見つけ 

ヘリテージマネージャーの講義も始まって 古建築の見方 古い町並みの見方など それぞれ 競い合うようなことらしい

 ××甲子園 名称が多いように思う

 競っていいものもあるけれど 競った結果じゃなく 事物の見方を記憶してほしいものだと思う

古い建築 古町並み よいい〜なんて 人間の過去の排泄物を愛でるようなものだと きつく書いておくけど 未来の人々が古い建築の記憶に縛られるのは 疑問に思うからだ 

21世紀らしい 町並みや建築を発明するために こそ過去の建築の見方解釈の仕方を知り 土台とするのがよい そう思うね 

 今は 面倒な議論大嫌いで 分かり易くしてほしい ファシズム型社会に入ったので  古い建築=よい=価値がある そんな空気が生まれるのかもなー  単純に若者がすり込まれてはいけません 若者の能力を 溝にすて漬け置くような事態になるよ 

■ ふくしまの 女は だだをこねるのが お好き なんだな 夏力弱いなー今年

 8月04日 仙台昨日梅雨明けしたそうで 夏の空が戻って来た だが 7月初旬のあのカンカンと比べると 暑さは弱い感じ。明日の夜仙台西公園傍で 打ち上げ花火があるとかで なんとなく人々はお祭りモードの振る舞い

■今年後後半から 福島県の建築士会では ヘリテージマネージャーの養成講座を15コマ 60時間のタイトだけど 貴重で面白く実社会にはあまり役立たないかもしれない 重要な講習会が開かれている 知人の指示でとのこと 普段は建築系活動を福島市内でしてない俺にも案内が届いたので 2万円の受講料 2コマ目済んだ
 その時の様子を忘れないように 貼っておこう 講師は大工道具など持ち ちょうな掛けを実践したり 和釘や かんなを見せたり 実践したりした しぐちや継ぎ手の模型もあるったのだが 組み立てに2時間かかるので 次回 行うそうだ。

貴重な建築土木に関する 本も紹介されたので メモしておこう

1) 『明治の洋風建築= 福島県西洋づくりの記録と研究』 草野和夫
2) 福島市の文化財 消え行く福島の民家 教育委員会編 
3) 民家・町並み・洋風建築 草野和夫
4) 福島県の建造文化財  草野和夫
5) 福島案内  福島市役所
6) ふくしまの歴史と文化の回廊集
7) うつくしま土木建築歴史発見
8) 福島県の近代洋風建築
9) うかれいずるこころ

 

以上 ヘリテージマネージャー講習会で紹介された本 

■ 仙台疎開部屋にガールフレンドがやって来た アイフォン 睡眠をチェックしてくれるというアプリ ぐっすりーなを インストールしていただく 睡眠震度をグラフで表してくれるそうだ

■ 午後 仙台で余震のあと強い揺れが来た 震度4の地震がある  福一事故現場のことが気になるものだ 

夕方から仙台疎開部屋に新しい彼女が現れ 焼きそば じゃこチャーハンと 呑みやすく癖のない 香り好しの 新潟県の地酒 鶴齢(かくれい)純米酒を呑み 盛り上がり解散 よい日曜日であった
  
 
 8月03日  仙台疎開部屋で目をさます 目の前は花壇の部屋の評定河原には運動公園が在るので 早朝から学生や子ども達が 大きな声を出してサッカーや 野球やラグビーの練習をしていて 福島市の我が屋の野鳥の囀りとは異なる生活音に満ちていて いいなーと思う  瑞宝殿の方からはヒはかなき グラシの音もきこえてなかなか風情があってよい 仙台my 疎開部屋である

■ 午前中は 東北大歴史系の准教授になったmy長男と 飯喰ったり し建築系と歴史系の共有できる問題を ワイワイ それぞれにある老害をまづはこなしつつ 3・11ネクストを話し合う 

■午後 311以降ずーっと放置しつづけていて 気になっていた web頁を更新。手伝い続けている宮城歴史資料ネットhpの フロント頁を少し手を入れて 親しみ易く を要点にし 3時間ほど掛け整理し更新した 。 (web頁は出来てないことが多すぎてなんともならないけど) 一つ手を入れる気分が我に生まれほっとした 
 手直しはアイコンを多くし ここに「私の報告書てweb記録に参加出来る人に なりたーいなー」と思っていただけるように改良したつもりです  
 

■ 食材を買いに 一番町まで行く 仙台疎開部屋から廊下に でると・
   七夕祭りにさいし年老いた女性の嘆き
明後日から仙台は七夕祭り。仙台疎開部屋の隣りの年老いた女性は打ちあげ花火が雨で流れて欲しいと、愚痴つている。夫の友達がやって来た 花火桟敷と化した家に居酒屋のママやくを強いられる毎年、もうウンザリしてるんだそうだ。
 
専業主婦は絶滅するのが好いと考え行動してる俺は空耳か?と疑ったが、本当なんだよと。 ばかな男の子・老人がまだ日本には生息し、暮らしの何たるかもしらず能 書きたれまくり、家では鼻つまみ者だつてしらないのは本人ばかりの〜哀れな男よ、宴会飯ぐらい友達と作りママ接待を千回・せんかい!パートナーと うまき生き方をし始めてるは、40歳以下の者たちと感じる日々 老害は今後30年は残りそうだぜ。

 晴れてきた仙台疎開部屋あたり、仙台城からまっすぐ北東に伸びる旧道を歩くのがすきだ。芭蕉の辻まできた、びーとるずの音楽がなってる

 

今夜の純米酒は
仙台疎開部屋に居るけど、山形県は川西町のたるへい産の雪むかえ 生吟醸。故井上ひさしさんのふりさとの樽平と山形県の酵母かんりの豊かさは日本酒好きなら知る知る。スッキリのみもたつかねぇ貴女のあじつうかんじです。
仙台の町なかはお祭りモード寸前晴れて、よかばってん!大衆スーパーはだいえい でしいれ、藤崎より値段 品質は落ちらえーだが安い。酒ほ仙台の金持ちしか行かないみせに限る。 日々の気分です店を選択出来ちゃう格差都市仙台、この街をどう使い貧乏でも楽しむ暮らしをつくりだすには、すこしの努力と高いセンスが要るよね

 

■ 旧知の田中浩也さんが浜で 21世紀的 ものづくりの国際会議を開いてますよ 近くの方は参加してね 

  

 記憶や想像力と 過去や未来を行き来できたり自在に叶うかのような ものづくりがはじまるだろう、と実感できる。 pcと連動する する工作機械や3Dプリンターなどの出現で IT革命の なんたるかとその未来の全容がようやを現しはじめたように感じる 田中さんには21世紀的ものづくり教科書を


 8月02日 仙台 蒸し暑し午後徐々に青空見えだす

 早稲田大学花田ゼミ生の10月福島研修旅行の段取りにて 福島民報社をたずね ある部署の部長さんとお会いし 講習内容の問題点を語り合う 極めてスムーズであった
  

 後 福島を拠点にしフリーランスで活躍中の藍原寛子さんの事務所に行き 10日11日の講義内容など打ち合わせする 藍原さんは交際的に学問を積んでいいて 男思考で語りも20世紀的男性の優れた言説をなぞる女が多い中にあって 他者との境界や垣根がとても低き ポジティブナナイスな知性をもった温厚にして 福島では希な女性である そう思う 第三中学校卒だと言っていたのでこんど その当たりを語り合えれば 面白泉は吹き出しそうだ 

■午後2時の各駅停車で 今年の 3月my長女がドイツの公務員になってmy長男と集約をかね まとめて一緒に暮らし始ようとした 仙台セシウム疎開部屋に移動する 来週 月曜日から 七夕祭りがはじまるので 方々に七夕飾りを観る
  

仙台疎開部屋について 掃除などし終え 食材を買い出しに行くも雨に遭う 今年はなかなか梅雨があけない 福島市に東京から戻った1980年の冷害の夏をちらりと思い出す

 2013年 8月01日
     曇 やや蒸し暑くもあるが夏草が方々茂ったのでまずは北側の路地の敷 地側の草をむしる。フクシマ原発事故によって降り積もった放射性物質は 雨の度に移動し続けているのだが目には見えない 測定器を持たないので測りはしないけれど 北側の路地の我が屋側は周囲の宅地の高さに比べると1番低いので 養分も集まるしセシウムも集まる雑草が激しく伸びて放射線も高い

 周囲の敷地が高いので 草はえている側溝に雨水・泥水が集まって来て 栄養分多いので草はえる とセ同時にシウム分も集まるんだよ。 で隣のおばんが来て 「オタクのここ8μSV/hざーますわは〜 んとかなさったら 」だってさ (笑) 「だったらおめーたち 毎日使っている道路だろう 掃除・除染してはどうかね」と言えないところが フクシマ問題のややこしい点の一つです

 吸っても即死はしないので 20年後 おいらは 大阪の可愛いお姉ちゃんの悦子さんと結婚はできるぞー と思っております

 

 それにしてもまたか 原発事故 こども被災者支援法の指針は決める気が無い政府ってバレバレだと 今日もまた報道された こども・被災者支援法 先おくりの密議ありだそうだ なんだな フクシマの貧しさはいつまでも解決せずとも 文句を言わせない 構造をつくって原発誘致県になったので そこら当たりのねじれがあるので 被曝しても文句は言わんのだ

■ 駆け足で福島の新聞社まわりを済ませ中にて 昨夜は タリア映画、孤独な天使たち観たかつたけど、調整つかず。 最近は箱にいれるは息子らしい!がはははは でも含蓄あるじゃんな〜。 昨夜みた映画 「箱入り息子の恋」星野源さん主役の好演技が光りすぎていたね 

 異性を好きになったこと無い歴年齢で大きな街の市役所の記録係13年欲望無い まるで持てない35歳の男と お金持ちで視力が無い可愛い娘の恋のドタバタを 脚本鮮やかに飽きさせず 結論も大げさに示さぬ終わりに 日本の好きB級映画の傑作を観た想いがした。これぞ21世紀初頭に 恋の多様性の一つであろう。

 しかし異性愛の物語の 変容版にとどまっていて 興業成績を上げるのはこれ止まりだろうとも思う 観客が成長するしか 男女の恋愛映画の多様性はこれらを含め 同性愛を まじに描く日本映画が現れないかぎり成長しそうにないとも思った。愛の多様性を自在に描ける映画に おいても 日本はガラパゴス化状態であるのかもしれないね

 暇な人はお薦め映画あります