花田達朗

■2022年7月14日 ジャーナリズムの未来を投企する若者に託す
          〜Tansaレポーターの受賞に思う〜

Tansaの中川七海さんが「PEPジャーナリズム大賞 2022」の大賞を受賞された。Tansaとは、権力監視の探査ジャーナリズムに専念する非営利のインターネットメディアである。非営利、つまり支援者からの寄付金と財団からの助成金を財源として活動するNPOだ。賞を授与したのは、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブで、同賞は同財団が運営する政策起業家プラットフォームPEPが主宰しており、インターネット上で発表された報道を授賞対象としている。

中川さんの受賞作品は、シリーズ「公害PFOA」である。これは大阪府摂津市のダイキン工業淀川製作所周辺の毒性化学物質「PFOA(ピーフォア)」による汚染を追跡した探査報道だ。PFOAとは、たとえば焦げ付かない「テフロン加工」のフライパン、それに使われるフッ素樹脂「テフロン」の製造過程で用いられる化学物質で、体内に入ると排泄されないという。


<大賞 兼 課題発見部門賞> サイトをみる
中川七海「シリーズ「公害『PFOA』


PFOAによる環境汚染問題については、昨年に米国映画『ダーク・ウォーターズ〜巨大企業が遅れた男〜』(トッド・ヘインズ監督、2019年製作)が日本でも公開された。巨大企業デュポンによるPFOA汚染の解明と原因企業の責任追求に立ち上がった一人の弁護士、ロブ・ビロットを描いた実録リーガル・ドラマ。Tansaの記事によれば、米国ではテネシー川で発生したPFOA汚染で住民が提訴し、ダイキン・アメリカを含む上流のPFOA製造企業が和解金を支払うことで和解が成立しているという。

中川さんは記者歴2年半で、29歳。学生時代から国際NGOのグローバルネットワークASHOKAでインターンをしていて、大学を卒業するとそこの専任スタッフとなって働いた。が、やがてジャーナリストを目指して、米国のジャーナリズム・スクールへ留学しようと決心し、退職。ちょうどその時、Tansaと出会い、すでに許可をもらっていた米国の大学入学をキャンセルして、Tansaに飛び込んできた。2020年のことだ。ジャーナリストになるなら、こっちで勉強したほうが早いと考えたそうだ

Tansaで修行をしながら、まずシリーズ「双葉病院 置き去り事件」、14回分の連載を2021年3月に執筆した。2011年3月11日の東日本大震災で福島第1原発から5キロ離れた病院に多くの寝たきり患者が避難から取り残され、死亡した事件を取り上げ、自衛隊に致命的なミスがあったという事実を明らかにした。そして、今回の受賞作品、シリーズ「公害PFOA」だ。連載は2021年11月に始まり、24回の連載を経て、今も続いている。

中川さんを見ていると、思うところがある。Tansaは次世代の探査ジャーナリストの育成をも事業目的としており、Tansa School(探査報道ジャーナリスト養成学校)も併設し、現役記者や市民や学生にコースを提供している。次の世代にバトンをタッチしたいというのがTansa編集長、渡辺周さんの設立当初からの思いだ。優れたトレーナーがいて、自由に仕事のできる環境があって、そして本人に社会の不正義に対して「公憤」を抱く能力があるとき、賞を取るほどのジャーナリストを2年半で育成できるということを今回の中川さんの受賞は示していると言えるのではないだろうか。

シリーズ「双葉病院 置き去り事件」を発信した後だったろうか、中川さんと飲み屋で話していて、彼女が「公憤」という言葉を聞いて、目を輝かせていたのを思い出す。
中川「わたしって、怒りっぽいんです」
筆者「それはいいね。これは許せない、っていう怒りはジャーナリストに必要不可欠な感情だよ。その怒りは私憤じゃなくて、公憤ということだね」
中川「コーフン?」
筆者「おおやけの憤り、って書く」
中川「『公憤』、それ、いいですね! これからは『公憤』でいきます!」

私は、Tansaのこの道に間違いはないと確信する。以前から機能していないメディア企業での「現場教育」はもちろんのことだが、大学でのジャーナリスト養成教育もはるか遠くに霞んで見える。「マスコミ界」の「現場教育」は、OJTと横文字で、まるで存在するかのように詐称されてきたが、実際は何もないのと同じだ。寿司職人の修行と一緒で、親方や先輩職人の後ろ姿を見て、技を盗み見るという奉公の世界。そのように、教育において方法論もプログラムもないものをそもそも「教育」とは呼ばない。本来のOJTとはその両方を備えているものを指す。他方、大学でのジャーナリズム教育は仮に教育の入口はあったとしても、日本では就業の出口がない。「マスコミ界」はジャーナリズム教育を必要とはしていないし、仮に教育された学生を採用しても、その学生が優秀であればあるほど、やがて排除するか潰してしまう。大学でのジャーナリズム教育とは、メディア改革と強く連動する関係のなかで初めて、あるいはメディア改革運動の一環としての大学でのジャーナリズム教育と位置づけられ実施されることで初めて、意味を持つ。しかし、マスメディアの衰亡段階のなかでメディア改革は時すでに遅しで、もう手遅れなのだ。そのような黄昏の「マスコミ界」にテコ入れしようという大学のジャーナリズム教育にもはや意味はない。

新種の良いワインは新しい樽で生まれる。「権力監視の探査ジャーナリズムに専念する非営利のインターネットメディア」とは、既成メディアに対してオールタナティブメディアである。探査ジャーナリズムというコンテンツにおいて、そして非営利という財源形態においてオールタナティブなのである。インターネットという技術手段がオールタナティブなのではない。確かにこの国で個人からの寄付金と財団からの助成金で探査報道活動を賄うのは難しい。しかし、権力監視という役割を必要だと考える人々がいて、そういう人々がその役割を実践するプロフェッショナルズを支援して浄財を拠出する、そういう関係性が成り立つならば、財源は後からついてくるはずだ。そう、思いたい。Tansaは、中川さんたち、若者の給料を、生活費を賄わなければならない。彼女たちは自分たちでいいコンテンツを出して、自分たちで稼ぐつもりだ。退路を断って投企する若者たちにジャーナリズムの未来を託することができるのではないかと思う。オールタナティブメディアにこそジャーナリズムのイノベーションの可能性は宿るのである。

中川さんの授賞式は、明日の7月15日に行われる。



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米国映画『ダーク・ウォーターズ〜巨大企業が遅れた男〜』予告編

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