花田達朗 home

■2021年5月23日 サイトに幕を引きます

物事には潮時というものがある。6月末でこのサイトを閉じることにした。

このサイトにもそれなりの歴史というものがある。始まったのは2010年7月のことだったから、11年間の歴史がある。早稲田大学ジャーナリズム教育研究所のホームページとして作られた。そこに「所長の伝言」というコーナーが設けられることになり、その最初、2010年7月4日にはテストとして次の文章がアップされた。

「琉球の黒麹醪酢ロックを飲みながら、ホームページ世話人(Betreuer)の佐藤さんはビールを飲みながら、HP作りに邁進。やっと船出にこぎつけました。」

そして、翌日5日に正式オープンして、メインの情報をアップした時、「所長の伝言」の記事はこうだった。

「新しいHPでは、私たちがやっていることを地図化して公開しました。頭の中にあって は、個々のアイテムがそれぞれ意味をもちつつ、すべてが結びついていたのですが、外からはまったく見えなかったでしょう。それでいいとも考えていましたが、ちょっと考えを変えました。
これからは活動と痕跡を可視化していきます。ご支援いただければ幸いです。」

この時、抽象的な存在の研究所が見えるか化されたのだ。そもそもこのホームページを始めたのは、記録することにこだわりとポリシーを持つ佐藤敏宏さんからこれを作るように説得されたからだった。そして、佐藤さんは「世話人」としてすべてを引き受けてくれた。

佐藤さんのおかげで、ジャーナリズム教育研究所、次に2015年から2018年までのジャーナリズム研究所の活動と思考は情報として発信され、記録として残され、蓄積されていったのである。それは同時に、日本のこの間のジャーナリズム状況、メディア動向をも反映したものとなったと言えるだろう。まさに「活動と痕跡を可視化」してきたのである。「所長の伝言」のコーナーはそこでのごく一部でしかなく、大部分は研究所の活動・交流・研究などに関わる「お知らせ」であったり、案内であったりして、現在進行形の情報サイトだった。つまりニュースを掲載していたのである。

全学共通副専攻・ジャーナリズムコースのコーナーもあり、その授業「ジャーナリズム概論」や「ジャーナリズム演習」の学生向けのホームページの役割も果たした。ジャーナリズムカフェやWドキュメンタリーカフェなどのプロジェクト、そして2017年に立ち上がった早稲田探査ジャーナリズムプロジェクト(W I J P)など、活動は賑やかだった。サイトに掲載すべき記事も次々に発生した。あの頃はたくさんの招聘研究員を抱えていたものだ。最大時には31名。今は見る影もないけれど、バラバラになって、私の見えないどこかに消えてしまった。遠い昔のことのような気がする。

2018年3月末の大学定年退職のあと、研究所ホームページは私の個人サイト「サキノハカ」へと引き継がれて、続いてきた。そのようにして3年半が過ぎた。世の中はコロナ禍の長いトンネルが続く。もうあまり書くこともない。それは、書きたいことがないという意味ではなく、このサイト上に書くべきことがないということだ。このサイトはもう世の中とつながっていない。だから、書いても仕方がないのだ。それが潮時ということである。終わったものはしっかりとピリオッドを打って、終わらせなければならない。そうすることで初めて次のことが始まる。もしも次があるのならば ――。

このサイトにグッドバイ!


佐藤敏宏さんへ

11年間、サイト作成に始まってその後継続する日常的なサイト更新、いろいろお骨折りをいただき、ありがとう、サンキュー、ダンケシェーン!
このサイトはかつて成長する地図であり、成長する建築物だったような気がします。
建築物の終わり。
建築物にも終わりって、ありますよね。

イタリアのヴェネツィアの「建築ビエンナーレ2020」はコロナ禍により開催が延期されていましたが、今月22日から開幕しました。テーマは、「私たちはどんなふうに共に生きていくのか?」(How will we live together? )。つまり将来を問題にしているわけです。ポスト・コロナの将来を。115の出展者がそれぞれに答えを出しているのでしょう。その中に建築物の終わりを問うたものがあるかどうか。きっとないでしょうね。