CE建設業界』 2010年12月号       HOME 

(リンク有り画像は各webサイトより採取しました)

     






About this talk

The controversial website WikiLeaks collects and posts highly classified documents and video. Founder Julian Assange, who's reportedly being sought for questioning by US authorities, talks to TED's Chris Anderson about how the site operates, what it has accomplished -- and what drives him. The interview includes graphic footage of a recent US airstrike in Baghdad.

NHK総合テレビ「クローズアップ現代」『機密告発サイト・ウィキリークスの衝撃』


英国ガーディアン紙のサイトに掲載されているアサンジュ氏のインタービュー映像


ウィキリークスの公開した米国政府公電を材料にして記事を書き続ける英国ガーディアン紙




 今頃になってやっとインターネットについて書きたくなってきた。にわかに政治性を帯びてきたからである。WWYが政治的に騒がしい。Winny、Wikileaks、YouTubeのことである。それに関連して、『CE建設業界』12月号に一文を書いた。編集部の了解を得て、ここに掲載する。原稿を送ったのは11月23日だったが、この間に事態はさらに進んだ。同誌には1994年6月号より「社会情報学からの鳥瞰図」を年2回のペースで書いてきた。今回で通算34回目となった。 (2010/12/14 花田達朗)



            安堵か、落胆か

                               早稲田大学教育・総合科学学術院教授
                                               花田達朗





 師走。今年もまた暮れようとしている。情報とジャーナリズムの間で目まぐるしいばかりのせめぎ合いが展開された年だった。その行方は知れず、今後一層熾烈なものとなっていくことだろう。

 10月後半から11月初めにかけて、一週間おきに連続して三つの出来事が起こった。共通の舞台はインターネットである。10月22日、非営利ウェブサイト「ウィキリークス」はイラク戦争に関する米軍の機密文書40万件弱をインターネット上に公開した。2004年から2009年の文書で、その中の文書はたとえば10万9032名の死者のうち6万6081名が民間人犠牲者であることを記録しており、民間人犠牲者が60%を越すことを明らかにした(ホームページ参照10月28日、警視庁公安部外事3課などの国際テロ関連の内部資料114件がファイル共有ソフト「ウィニー」を通じてインターネット上に流出した。そこには捜査員の顔写真つきの個人情報や捜査協力者のイスラム教徒の外国人および捜査対象者の名前などの個人情報が含まれていると報道されている。これについては11月9日以降パタリと報道が途絶え、意図的流出の可能性が示唆されているだけで、いまだ藪の中である。そして、三番目、11月4日、尖閣諸島中国漁船衝突事件(9月7日発生)のビデオ映像が動画投稿サイト「ユーテューブ」に投稿され、インターネット上に公開された。

 「ウィキリークス」は元「天才ハッカー」のジュリアン・アサンジュ氏によって創設され、2007年に正式に立ち上げられたメディア組織で、財源は寄付金。ホームページによれば、重要なニュースと情報を公衆にもたらすことが目標であり、情報源に対して革新的で、安全で、匿名性の保障された仕組みを提供し、情報をジャーナリストにリークしていくと謳っている。そして、世界人権宣言の第19条に依拠しつつ、活動原理は「言論およびメディアの自由を擁護すること、われわれの共有の歴史的文書を活用すること、新しい歴史を作り出すためにあらゆる人々の権利の支援すること」だとしている。実際には、内部告発者が政府や企業や宗教団体の機密情報を匿名でサイトに投稿し、専門家がその信憑性を検証し、確認されたものを公開してきた。さらにその情報をもとに、ジャーナリストが調査報道の記事を書き、ニューヨークタイムズなどのメディアに掲載してきた。したがって、ウィキリークス自体はジャーナリズムだとは言えない。上記のリーク以前には、4月にイラク戦争での民間人およびロイター通信カメラマンの殺傷映像の公開、7月にアフガニスタン戦争に関わる2004年から2009年の米軍およびCIAの機密情報の公開を行ってきた。

 さて、尖閣諸島中国漁船衝突事件で喧々諤々の状況の中に起こったビデオ映像流出事件であるが、それに輪をかけて議論百出となった。映像が神戸市内のインターネットカフェから投稿されていたことが突き止められたところで、神戸海上保安部の海上保安官が名乗り出て、警視庁と東京地検の事情聴取を受け、結局庁内ネットワークで誰でも見られる状態にあった海上保安大学校の共有フォルダーにアクセスして入手された映像を保安官が流出させたことが明らかになった。保安官の逮捕は見送られ、在宅での取調べが続くことになった。映像の公開によって、議論は中国への批判拡大やナショナリズムの高揚へと向かうよりも、むしろ民主党政権の外交的判断の誤りや情報政策の拙さの批判へと向かっている。同時に、保安官を「英雄視」する風潮よりも、むしろ文民統制を心配する声のほうが大きいように見える

 その帰宅にあたって保安官は「今回私が事件を起こしたのは、政治的主張や私利私欲に基づくものではありません。ただ広く一人でも多くの人に遠く離れた日本の海で起こっている出来事を見てもらい、一人ひとりが考え判断し、そして行動してほしかっただけです」とのコメントを発表した。しかし、これだけではリークの動機は十分にはわからない。ただ、保安官がインターネットカフェで投稿したのは11月4日夜9時ころだとされているが、実は直前の7時30分からNHK総合テレビ「クローズアップ現代」では『機密告発サイト・ウィキリークスの衝撃』を放送していた。単なる偶然であろうか。保安官はこの番組を自宅で観て、最後の背中を押されて夜8時の街に出て行ったのではないだろうか。その番組では、アサンジュ氏がインタービューに応えて、「プレスは政府のいいなり。権力の監視役を果たしていない。だから我々がその穴埋めをやっている」と述べている。

 ここにネジレがあるのではないかと感じる。ウィキリークスは政治的主張をもち、保安官はもっていないという。前者は国家権力の非道を暴こうとしているのに対して、後者は国家権力(およびその末端の執行機関)の正当な行為をアピールしようとしているのではないだろうか。

 この事件で、では、既存メディアはどうか。これは頭の体操に過ぎないが、もし保安官が映像を新聞や放送局に持ち込んでいたとしたら、どうなっただろうか。「自首」前に保安官は読売テレビの記者と接触したことが明らかになっているが、投稿後とは言え、同局はどう判断したのだろうか。多くのマスメディアの編集局で、この「もし〈マスコミ〉に持ち込まれていたら」は果たして話題となっただろうか。私の想像では、その際二つのタイプがありうるのではないかと思う。一つ目は安堵であ。映像がヨソに持ち込まれず、各社一律横並びでよかった。映像がウチに持ち込まれず、面倒な難題に直面しなくてすんで、ホッとする。二つ目はある種の落胆である。どうしてマスメディアではなく、ユーテューブなのか。マスメディアは信頼してもらえないのか。もし持ち込まれれば映像の信憑性をまず確認し、情報提供者の意思と動機を冷静に判断し、実名で出てくれるかどうかを尋ね、記事や番組の出し方を慎重に検討し、最終的に厳しい判断を下すだろう。それはやってみなければわからないが、やってみたかった。そういう機会が来なかったことにガッカリし、ある種の敗北感を味わう。

 この安堵か、落胆かに、日本の既成メディアにおける情報とジャーナリズムのせめぎ合いの帰趨を占う試金石があるような気がする。