佐藤敏宏    HOME  

2026年5月の日記     2026年4月の日記










5月7日  日中は夏ような気温になる。

■午前町に用事がありついでに写真美術館でデジタル印刷した国宝模写を見る。
■午後、堀内誠一『ぼくの絵本美術館』という絵画を解説した内容をノンビリ読む。絵を見たり描いたりするのは言葉とも違う面白さがあるので飽きがこない。

■FB投稿

高精密複製品@花の美術館 チラ見する

デジタル複製品なので本物とは異なるけれど、寸法は同じようなので体験する。照明はいまいち。本物を現地(建物内部とセット)で観るのが制作当時を想像できるので最もよい。複製図録を見る原寸じゃないので空間を想像しにくいかも。デジタル複製を貼り合わせた品を見るには多少の想像力で修正しなければならない。図像とデジタル技術の進化などに興味があるかたにはおすすめかも。各種メディアのイラン戦争漬けの方はぜひ足を運んでみるのがいい。
図にされている対象は特別な階級の人々の生活図像だろう。江戸期の「川遊び」や「野遊び」の図柄は、現在どのように遊ぶことが動物本来の遊戯なのか分かるので、好感もてた。日々「あそぶことを創造するのがよい」と分かる。

千葉市美術館で6月7日まで密やかな美 小村雪岱(せったい)のすべて開催中。 小村 雪岱のことも調べよう。堀内誠一三昧から 周辺の装丁や挿絵作家たちへと調べてみたくなる

仙台市は大手門復元工事へと着々進めている (河北の記事)
(my長男は仙台空襲で燃えてしまった門の金具発掘)


















5月6日  

福島市からの商品券交換し午後映画館に行く。 1本見て戻り感想をFBに投稿する。現金より映画館サイドも俺の煩わしいく、窓口で時間が現金より3分ぐらい多く必要だと感じる。郵送など手間がかかるので、一斉振込にするのが良いけれど印刷会社などへの支援も必要なのだろうか・・・。

■FB投稿

『オールド・オーク』を観る。

社会派映画を作り続けてきたケンローチ監督が「最終作品」と語っている、最新作の『オールド・オーク』を見逃すわけにはいかない。
イギリス病の後の英国社会はスタグフレーションが続き、高い失業率とインフレも重なり、脱失の手も見つけられない英国の地方都市。そこへ異国から難民がやって来てしまう。どうなるだろうか?現在の日本も似たような経済状況になりつつあり、重ねて人口減少が続き、人手不足で移民労働者を教育しつつ受け入れないと、次の社会はこうなるよ・・・という舞台設定だった。

だから、他人事ではない。だが、ケンローチ監督にだって手があるわけではない。で、『オールド・オーク』観たとて次の希望が湧くわけでもない正直さ!ケンローチ監督から「近代後から次の社会へ進めるために、まずはこの映画を見て観客各人が地に足をつけて、貴方たち自身が解決すべき社会問題、いの一番をこの映画に描いておきましたよ・・」と宿題が与えられちゃう映画だった。

冷戦崩壊の資本主義社会後の実相は、アメリカ社会の戦時混乱と日本の現政権のするよりぶりを指摘するまでもなく、解決する手はないのよと、振りをする政治家に騙され続けるしかない現在である。

イギリスのゴミ捨て場と呼ばれている旧炭坑村の潰れかけたパブ「オールド・オーク」が映画の具体的な舞台。そのパブに集まるは、炭坑村のせがれたちだ。だが年老いてしまい満足な仕事もなく、毎日酒を呑んではぐだをまき付け合い互い承認し合うだけ。目的合理の手法が終焉して仕事がない。だから次の社会を開く扉を見つけられない男たちなので、やることは呑み三昧だ。
福島市は現在町が消えてしまったので、満足なパブだって無い(探しに行かない、で知らんのだ)。店を営む店主だってワクワクしないので、おとずれる客にだってわくわくを伝授できるわけがない。そこで若い市長だけが、わくわく愛を注入し盛り上げようと始動し始めた。
福島第一原発事故後にも地域を追われて仕事もなくなってしまった、老・農夫男たちだろうが、朝から呑んではパチンコ三昧という姿を見かけた。世界でも、男から近代的な仕事を取り上げてしまうと、唯一の居場所としてあるの場所は、補助金もらっては呑屋に通うしかないようだ。楽し気に呑んで歌って踊るような新しい芸能を生み出す、動物生活にもなれなかった、しおれた近代キングゴリラたちにも見える。(近代化がとん挫すると途端に現れる現在の端的な病状は興味深い)。

この映画の始まりは暗黒の画面内で家族の会話・肉声だけが続く。だから咄嗟には意味不明なのだ。しばらくするとバスの中から女性がカメラを構えて集まっ人々を撮影しだしたことで移民と廃れた炭坑村の住民が対立しだす・・そこからストリーが展開しだす。映画の仕舞は、廃炭坑村人とシリア難民が旗頭になって祭りの街を練り歩く。
シリアからの難民と廃れちまった炭坑村の人々は共に女性たちが次の社会の扉を開いていく、その姿がえがかれていた。これも世界共通の姿だろうが福島市では女性が活躍し廃れちまった職業人たちに希望を与える現場を知らないので、これからもっとどん底経済に襲われないと、そのようにならないのかもしれない。

イラン戦争とトランプのやりたい放題によって日本の円はさらに値下がりし、油もかえなく敗北の一途をすすむシナリオだ。加速主義的に語れば「もっと不景気になりなさいそうすれば地域の女性たちが立ち上がり、地域の男たちは彼女たちの尻にぶらさがり付いて歩く世がくるのだ」、とケンローチ監督が予言しているようにも思えた。
ネタバレ筋に書けばいいんだが、書いても分かりにくいように思う。だから味わって振り返り簡潔に言えば、「ケンローチさんは相変わらず、現在の社会に対し面白い指摘をする監督だった。」

傑作、『麦の穂をゆらす風』のように民族対立を象徴的に描くような作品制作は、現在は体力が衰えてきて制作できないのかもしれない。ということで『オールド・オーク』を観る前にDVDを借りて観て、それから映画館にいきましょう、と追記しておこう

プラダを着た悪魔2』を観た(女性編集長は辛いでは観客動員見込めないか?)

堀内誠一著『父の時代・私の時代』など読み終え、いわき市美術館で開催中「堀内誠一展」を観てきた。堀内ほどの才能があったとしてもファッション雑誌の編集はキツイしストレスが溜まるのだろう・・絵本の制作や旅行記などへ転身し始める。住居もフランスへ移し、そこでの暮らしぶりと滞在記のような内容をアンアン誌上で発表する作家活動に転じていく。
きついのは流行を作り出す作業など(もっと使用させ路・・捨てさせろ・・・無駄遣いさせろ・・流行遅れにさせろ・・など)とファッション系にはつきものの過剰消費へ消費者を誘い常に「私の洋服は時代遅れ」あるいは「私流行の最先端に身を包んでいるよ」と自己満足の沼に落とし込む作業でもある。加えるる最悪のもう一つは雑誌は広告収入と売り上げ部数でペイする媒体なので、常にスポンサーの意向に対応するため顔色を窺い忖度づくしでピリピリしている・・ようだ。
●20代半ばに商社と組んで、東京発プレタポルテの工場を日本各地に造っていた。70年代の縫子さん賃金の安い宮崎県、山梨県、福島県などであった。工場を造るためには洋服製造メーカーやバイヤーの肉声を常に聞かなければならない。結婚しているのに社長の奥さんに「見合い相手を見つけて来てやったわよ・・」と聞かされるなど業界の面白い経験もしていた。
●プラダを着た悪魔2はタイトルミスであった。アメリカにあるファッショ・雑誌製造販売することを仕事にしている編集長と記者ともに女性が主役だった。彼女たちを主にアメリカの雑誌系スポンサーの心情、新自由市議の例の儲けろ、利益出さないと全員首という・・アメリカを吹き荒れる株主至上主義と雇われ者の悲哀を描いた映画だった。男性が脇役になっていて、現在のアメリカ主流なになっているの分かるような気持ちになった。都合よく女性大金持ちがスポンサーとして現れるという、ばかばかしい内容でもあった(笑。












5月5日  例年のように夏日ような気温になった。

my長男のからカーネーションが届く。妻大喜びし写真を取って喜んでいる姿を伝送した。


■FB投稿

鉢植えカーネーション届く(母の日近し)
母の日になると、40年弱前の母の日に妻を強制入院させたあの日を思い出す。警察と医師にお願いする、「措置入院」で対応するか・・・家族で協力しあって病院につれて行くか・・・統合失調症を家族内にかかえる者なら悩み尽くしても最適解をみつけることはできないだろう。(相談できるような機関も人間もいなかった)
しかたなく現・飯炊き爺さんは子供たちに協力してもらい、自力で病院につれていった。その際、大乱闘+格闘のような状況になってしまった。家具はめちゃくちゃに壊れた。妻を捕まえた瞬間、あらん限りの抵抗をした。俺は左腕をガブリと噛みつかれた。痛いけど開放するわけにもいかず、食いちぎられる痛さを耐えぬき、縛りつけさせ、自家用車に推しこんで、病院に連行した。

噛みつかれた腕ははれ上がっていた。その歯形は今も消えず残っている。このような体験をすることは、幸なのか?希なこと貴重なことなのか・・いまでも分からないけれど、この悲劇のような喜劇のようなことを忘れないために、病院から戻り一句つくっておいたことが記憶の保存にやくだっている。

母の日や 腕に真っ赤な 歯形花

忘れるために句を作るべきではなかったと思う人もいるだろうが、俺はそういう人間ではない、どんな悲劇でも記憶しておきたいと思うのだ。その日からぼーっと暮らしていた飯炊き爺さんには、強制入院を切っ掛けに、精神疾患患者に対する偏見や精神医療などをふくむ、たとえば精神病院は入院させるほと収益につながるなど・・多様なことを学ばざると得なかった。加えて40年弱前には弱い薬開発されていなかったので、強い強い薬の薬害で、妻は生きる屍のような無気力な女性になってしまった。この女性は人間に戻ることはかのうなのだろうか・・・(世間一般で言うよき妻が発病してからは激変した、薬を与えると死人みたいになっちゃうんだ!と大変な衝撃をうけた、薬は恐ろしいものです)
あの日から俺は、飯炊きをし洗濯をし、病院では売っていないので女性の下着を買いに行かざるを得なかった。毎日弁当をつくり病院に持参した、何をやっても薬害の表情が消え日はこなかった。
病の発症によって俺・自身が生きるために必要な基礎技術である、家事全てを身に付ける機会を得た。今も、日々必要なルーティンワークは苦にならない。






 5月2日  風強くJRのダイヤみだれたり運休とのこと。

■午前中 堀内誠一の本を読む。午後、山菜お蒸かし作ってみる。ついでにおはぎも。

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おはぎ、お稲荷さん、山菜おこわ 黄金週間は連日のおこわを蒸して楽しんでしまうお馬鹿な飯炊き爺さん。。
明日は海鮮おこわなんてのはいいかな、痛みが早くってだめそうだから作るのはやめよう。何がいいかな・・明日起きたら考えよう。
今日は電車が止まるほどの強風だったので家でノンビリ、山菜おこわを蒸してみた。ふかし鍋の水かげんが上手にできないけど、好評にてあっというまになくなってしまう。赤飯よう小豆を転用しておはぎも作る。餡子のあまさが俺好み、俺が味調整しているのだから当然だけれど、こちらは高評価。以前は握りこぶしの大きさになってしまっていたが、都会的に小振りに作ってみた。小さいおはぎの方が食べやすい。

強風があり怖い日だった
40年前神戸港で買った堀内誠一さんカラーのカーデガンを着て気を明るくする
風もやんで来たかも・・連休大渋滞のなか鉄道ダイヤみだれているみたいだ。15年ほどまえの妻制作壁・ガムテープアートなかなか劣化しない!気長に風化を待つが、俺の寿命の方がガムテープの寿命より短いのかも、と疑問も強風にあおられて湧く
















 5月1日  

■次男の誕生日なので、赤飯を蒸す飯炊きに挑んでみた。赤飯を蒸すには小豆からにじみ出る色素をもち米に移す作業に時間を要する。だから前日の夕方に小豆を水に浸し、浸したままの水と小豆を、翌日の昼から焚き、沸騰したら直ぐ茹でこぼす。水を入れ替えて固めに小豆を茹で、そのゆで汁でもち米を3時間弱浸す。そうするともち米は小豆の汁を吸うことで色づく。初挑戦だったので、長時間浸す方が色づきが良いように思うが、桜色のようにホンノリ紅色を目指したので3時間としておこう。もち米と小豆をそれぞれ三層にして蒸かしてみた。
15分弱ほどで蒸しあがる。柔らか好き、硬好きには、蒸しながらやけどしないように蓋を開けて、数粒食べて米の固さを調整する。上から余ったゆで汁を掛けるのもいい、のだが掛けるほど、蒸す時間がながくなるからだろうが柔らかくなる。

蒸かしあがったら魚の煮ものや山菜の煮もの、または鰹の刺身なを添えてたべれば、端午の節句飯にもなる。


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人生初の赤飯をむす!
赤飯弁当持参し「野あそび、しようぜ!」と思い立ち。野遊びには食い物や歌や踊りが付いていないとどうもあそびとしてはいけない。でも弁当はなにがいいかな・・・そうそう桜色の赤飯がいんじゃない!。赤飯の蒸しかた知らな。ので昨夜からお勉強したり、こつこつ下ごしらえ、仕込みというのかな・・整ったらあっというまの15分で赤飯らしい蒸し飯ができちゃったよ・・!やったね。
あとは死ぬだけの飯炊き爺さんなんだが、うまい飯を作り喰らうと死にたくなくな!と思わず叫たくなるような赤飯には、ちょいと遠い。だから想定より上手に飯粒に桜色が移ったので、人生初にしては「あんがい蒸かせるじゃない!爺さん」と一人喜んでいる。歌や踊りは美味い飯が蒸せるようになったら挑もう!