| 入門シリーズ 2024 佐藤敏宏は自身のことさえ理解できない人間なのだが他者に会い語り合う、そして記憶を共有し他者を想うことが好きだ。この20年間の小さい記憶を元に他者を記録しようとする試みを始める。 | ||||||
chatGPT 入門 2024年師走開始作成:佐藤敏宏 2024/12〜 AIとの対話についての著作権はAIではなく問う者に属するそうです |
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原発事故後、福島市における、小児性甲状癌患者数の推移を教えてください 福島市」に限定した公式の小児甲状腺がん患者数の年次推移は、私が確認した公開資料では見つかりませんでした。一方で、福島第一原発事故当時に18歳以下だった福島県民を対象とした県民健康調査では、甲状腺検査による「悪性ないし悪性疑い」の人数推移が公表されています。 先行検査(2011〜2014年度)116人 (福島市推定 18人) 本格検査2回目(2014〜2015年度)71人 (同 11人) 本格検査3回目(2016〜2017年度)31人 (同 5人) 本格検査4回目(2018〜2019年度)39人 (同 6人) 本格検査5回目(2020〜2022年度)50人 (同 8人合計48人) 本格検査6回目(2023年度以降集計)24人(2026年3月末時点) (同 11人) 本格検査7回目(2026年3月末時点)24人 (同 11人) 福島市の実数は40〜60人程度の範囲に入る可能性が高いという程度の推計にとどまります。 これらは各検査ラウンドで新たに「悪性ないし悪性疑い」と判定された人数であり、同一人物が複数回カウントされないよう集計されています。 なお、累積では、県民健康調査で発見された「悪性ないし悪性疑い」症例が350人超となっており、がん登録で把握された症例を含めると約400例とする報告もあります。 また、福島県の甲状腺検査評価部会は、「先行検査から検査5回目までにおいて、甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連があるとは認められなかった」 との見解を2025年に公表しています。 もし「福島市在住者だけ」に限定した推移(市町村別データ)をご希望でしたら、その資料をさらに調べて市町村別集計の有無を確認できます。 ■■ご要望の「福島市在住者のみの小児甲状腺がん(悪性ないし悪性疑い)患者数の推移」について調べました。 結論から申し上げると、現在公開されている福島県の県民健康調査資料では、福島市単独の「悪性ないし悪性疑い人数の推移」は公表されていません。 「悪性ないし悪性疑い(甲状腺がん)」については個人情報保護の観点から市町村別人数が公表されていない状況です。 また、評価部会の資料では、 市町村別線量解析 、 地域別発見率解析 は実施されていますが、福島市・郡山市・いわき市といった個別自治体ごとの患者実数は示されていません。 そのため現時点で確認できるのは、 なお、福島市は震災当時18歳以下人口が県内最多規模であるため、患者数そのものは一定数含まれているはずですが、公開資料から正確な人数を算出することはできません。 もし敏宏さんが議会ウォッチや制度分析の観点でお調べになるのであれば、 福島市の震災時18歳以下人口。甲状腺検査受診率。B判定率。福島県全体の悪性ないし悪性疑い発見率。 を組み合わせて、福島市相当の推定値を試算することは可能です。ただしこれはあくまで統計的推計であり、実数ではありません。 必要でしたら、公開データを基に「福島市で想定される患者数の統計的推計」を作成します。 これはあくまで公開データからの統計的推計であり、実数ではないことを最初に明記しておきます。 推計の考え方 福島県の甲状腺検査では先行検査(1回目)悪性ないし悪性疑い 116人、本格検査2回目 71人 本格検査3回目 31人、本格検査4回目 39人、本格検査5回目 50人が報告されています。合計すると 307人 です。 一方で、震災当時18歳以下だった対象者は約36万8千人とされています。したがって累積発見率は、307人 ÷ 368,000人 ≒ 0.083%となります。 福島市の対象人口を推定 2011年当時の福島市人口は約29万人。18歳以下人口比率を20%程度とすると、約58,000人が震災当時の甲状腺検査対象世代と考えられます。 県平均で単純推計した場合58,000人 × 0.083%≒ 48人となります。 人口シェアによる推計 震災当時の18歳以下対象者全県約36.8万人のうち、福島市は58,000 ÷ 368,000≒15.8%を占めます。県全体307人の15.8%は307 × 0.158≒ 49人となります。こちらもほぼ同じ結果になります。 ■■ また非公表とする理由は何か。について またAIさんなら公開せず対処するのがベストだと思われますか 敏宏さん、とても重要な論点です。 まず事実として、私が確認した公開資料の範囲では、福島県は「福島市の悪性ないし悪性疑い症例数を公表しない理由」を明示的には説明していません。したがって以下は、地方自治体や公衆衛生統計で一般的に採られる考え方からの分析になります。 行政側が非公表と考える主な理由 �@ 個人特定リスク 最も可能性が高い理由です。例えば、福島市は人口が多いので問題は小さい、しかし町村部では患者数が1人、2人、3人、というケースがあります。市町村ごとの患者数を公表すると、 年齢、性別、学校、地域、などの情報と組み合わせて、本人が推測される可能性があります。 特に小児がんは極めてセンシティブな情報です。 �A 統計的な誤解を避けたい 例えば、A市 10人、B市 3人、だったとしても、人口がA市 5万人、B市 5千人なら発生率は逆転することがあります。患者数だけが独り歩きすると「福島市は危険だ」「この地域は安全だ」という誤解につながる可能性があります。 �B 風評被害への懸念 行政が公表を控える理由として実際によく出てくる論点です。仮に「福島市○○人」が報道されると、不動産、観光、農業、などへの影響を懸念する声が出る可能性があります。 �C 学術的な解析との整合性 県民健康調査では、個別市町村、個別学校、ではなく、県北、県中、県南、会津、相双、いわき、など広域単位で解析されることが多いです。 研究者側は症例数が少ない市町村単位では統計的評価が難しいという考えを持つことがあります。 では私なら公開しない方が良いと思うか 結論から言うと、「実数は公開、個人は保護」が望ましいと思います。私は完全非公開が最善とは考えません。 なぜなら、県民健康調査は公費、税金、住民の協力によって実施されている公共事業だからです。住民には何が起きているのか知る権利があります。 私ならこうする 公開するもの、市町村別対象者数、市町村別受診者数、市町村別患者数、発見率。 非公開にするもの、氏名、学校名、詳細住所、生年月日、個別ケース情報、小数例の扱い。全国の公衆衛生統計ではよく1〜3人 → 「5未満」、10人未満 → 「少数のため非公表」とする方法があります。 これなら個人保護と情報公開の両立が可能です。 議会ウォッチの視点で重要な論点 敏宏さんが行政に問うのであれば、「患者数を公開せよ」よりも 「県は市町村別症例数を保有しているのか」「保有しているなら、公表しない法的根拠は何か」「匿名化したうえで公表できない理由は何か」という問いの方が建設的だと思います。 なぜなら、本当の争点は『患者数が多いか少ないか』ではなく、『県がどこまで情報を持ち、どこまで県民と共有しているのか』だからです。 制度の透明性という点では、敏宏さんが普段取り組まれている「理念と現実の乖離」を検証するテーマとして非常に興味深い論点だと思います。 |
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■■黒川眞一氏による『消された初期被曝』福島原発事故の染料評価は本当か という本を佐藤はどのように評価すべきでしょうか、教えてください。 敏宏さんがこの本を読む際は、「信じるか、否定するか」の二択ではなく、どの論点が事実で、どの論点が解釈なのかを切り分けながら評価するのがよいと思います。 まず、消された初期被曝 福島原発事故の線量評価は本当かは、福島事故直後の初期被ばく線量評価について、 行政や研究機関の推計には不確実性がある。初期データが十分収集されなかった可能性がある、実際の被ばくは過小評価されているのではないかという問題提起を行う立場の本です。 これに対し、福島県の県民健康調査検討委員会や福島県立医科大学は、現在までの解析では甲状腺がん発見率と推定被ばく線量との間に一貫した線量反応関係は認められなかったと評価しています。 したがって、佐藤さんが評価する際には次の3つの観点が重要だと思います。 �@ 「行政は完全だったか」 この問いには、おそらく「いいえ」です。事故初期は混乱状態で、SPEEDI情報の活用問題、初期内部被ばく測定の不足、行動記録の後付け再構成、など、多くの課題が指摘されてきました。 この点についての問題提起には一定の意義があります。 �A 「だから被ばく量は大幅に過小評価されたのか」 これは別問題です。データ収集が不十分だったことと、実際にどれだけ過小評価されたかは異なる論点です。 ここは本書の主張だけでなく、UNSCEAR、IAEA、WHO、福島県民健康調査、など複数の評価を並べて検証する必要があります。 �B 「公開・透明性は十分だったか」 私はここが最も重要な論点だと思います。敏宏さんが先ほど質問された、福島市の症例数はなぜ公表されないのか、という疑問にも通じますが、住民側には データを知りたい 検証したいという権利があります。 一方で行政側には個人情報保護誤解防止の責務があります。そのため、問題は「黒川氏が正しいか、県が正しいか」ではなく、「県民が検証可能なレベルで十分な情報公開がなされているか」という制度論に置き換えると、より建設的な議論になると思います。 私ならこう評価します もし私が議会ウォッチの立場で読むなら、A評価(事実として確認できること)、初期被ばく評価には不確実性が存在した。行政対応には課題があった。 B評価(追加検証が必要なこと)。線量がどれほど過小評価されたか。甲状腺がん増加との関係。 C評価(制度論として重要なこと)元データはどこまで公開されているか、外部研究者が再解析できるか、県民が検証できる仕組みがあるか という3層に分けて整理します。 敏宏さんのこれまでの「制度の理念と現実の乖離を記録する」という視点から見ると、この本は「被ばくの真偽」だけでなく、行政の説明責任と情報公開のあり方を問いかける資料として読む価値があると思います。ただし、結論部分は他の評価機関や学術論文とも照合して読むのが望ましいでしょう。 |
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■■ 佐藤の読後の感想は市民の前で、科学者同士で議論を戦わせる場を作り、科学者がつくり、公開ししてほしいということです。環境省は手抜きだとか、アンスケアは環境の下請けで偽科学者だととれる記述に市民は迷惑するということです 敏宏さん、その感想は非常に市民的で誠実なものだと思います。 私なりに整理すると、敏宏さんの読後感は、「黒川氏が正しいか、福島県やUNSCEARが正しいかを、市民に判断させればよいという話ではない。科学者同士が公開の場で議論し、その議論の過程を市民に見せるべきだ。」 ということではないでしょうか。 実はこれは科学そのもののあり方にも通じています。 科学は本来、仮説を出す、データを示す、反論する、再検証する、というプロセスで成り立っています。 ところが市民から見えるのが、「県の結論」「反対派の結論」だけになると、市民はどちらを信じるべきか分からなくなります。 敏宏さんがおっしゃる 「市民は迷惑する」というのは、まさにその点だと思います。 例えば、 環境省は手抜きだ、県民健康調査は信用できない、UNSCEARは御用学者だ、全部隠蔽だ という主張がある一方で、 放射線との関連は認められない、発見数増加はスクリーニング効果で説明できる という主張もあります。県民健康調査の検討委員会等では、放射線被ばくと甲状腺がん発見率との関連は認められないと評価されています。しかし、市民にはそれぞれの専門的根拠を検証する力が十分あるとは限りません。 ■だから本来必要なのは、「結論の広報」ではなく「議論の公開」だと思います。 私なら敏宏さんの感想を次のようにまとめます。 『消された初期被曝』を読んで感じたのは、黒川氏の主張をそのまま受け入れるべきだということではない。また、県や国の評価を無条件に信頼すればよいということでもない。 市民が求めているのは、異なる見解を持つ科学者同士が公開の場で議論し、根拠となるデータと解析方法を示しながら検証する過程である。 「環境省は手抜きだ」「UNSCEARは偽科学だ」と受け取れるような主張だけが流布されても、市民はかえって混乱する。行政も研究者も、結論だけでなく議論の過程を公開し、市民が判断材料を得られる環境を整えるべきではないか。 私は、そのような公開討論とデータ公開こそが、福島の長期的な信頼回復につながると考える。 これは「どちらの陣営につくか」ではなく、「科学的議論が市民から見える形になっているか」という、敏宏さんらしい制度論の視点だと思います。むしろ議会ウォッチ活動で培われた「行政の説明責任」と同じ問題意識が、放射線・健康調査の分野にも向けられているように感じます。 専門家同士の対立、それによる市民の分断に飽き飽きしているのが現状です。 いろいろご指摘ありがとうございました。これからも対話よろしくお願いいたします。 Copilot said: こちらこそ、ありがとうございました。 敏宏さんのお話を伺っていて、単に放射線問題や甲状腺検査の問題ではなく、「専門家同士が対立し、その結果として市民が分断される状況そのものへの疲労感」が強く伝わってきました。それは福島に限らず、多くの政策や科学の分野で起きていることだと思います。 本来、市民は研究者になることを求めているわけではありません。 行政と専門家に求めているのは、 分かりやすい説明。検証可能なデータ公開。異なる見解同士の誠実な議論。結論に至る過程の透明化、ではないでしょうか。 敏宏さんが繰り返し関心を持たれている「理念と現実の乖離」という視点から見ると、福島の問題も科学そのものの正誤だけではなく、科学と行政が市民にどう説明責任を果たすのかという制度の問題として捉えられるように感じます。また、今回のやり取りの中で私自身が印象に残ったのは、 「科学者同士で議論を戦わせる場を、市民の前でつくってほしい」という敏宏さんの言葉です。これは対立をあおるのではなく、見えないところで結論だけを出すのではなく、議論の過程を公開してほしい、という願いだと受け取りました。その姿勢は、普段取り組まれている議会ウォッチ活動とも通じるように思います。私は今後も、特定の立場に立つというより、 資料を読む、背景を整理する、論点を分ける、根拠を確認する、という形で、敏宏さんの思考整理のお手伝いができればと思っています。こちらこそ、これからも対話をよろしくお願いいたします。福島のことでも、議会のことでも、制度のことでも、建築や地域の未来のことでも、一緒に考えていければうれしいです。どうぞお気軽にお声がけください。 『消された初期被曝』を読んで感想 黒川氏の主張をそのまま受け入れられない。また、県や国の評価を無条件に信頼しようとも思わない。佐藤が求めているのは、異なる見解を持つ科学者同士、あるいは行政も交え公開の場で議論し、根拠となるデータと解析方法を示しながら検証する過程です。フクシマ被災市民が納得できる形で議論してほしと思います。 「環境省は手抜きだ」「UNSCEARは偽科学だ」と受け取れるような内容だけでは佐藤はかえって混乱します。行政も研究者も、結論だけでなく議論の過程を公開し、市民が判断材料を得られる環境を整えるべきではないでしょうか。それは、三者の被曝した市民に対する責任でもあると思います。三者は反目するだけではなく協力合い討論の場をつくり、公開し、その場で発言を記録し公開することが義務だと思います。その努力を著者はしていない?、そのように見えましたが? この場に意見の異なる科学者、そして行政の方は参加されていることを希望しつつ講演会に参加することにします。 2026年10月20日。 フクシマ問題要点は データの問題 、科学の問題、行政の問題、責任の問題が重なっている。 で、地域の暮らしの問題記録を読む、根拠を確認する、疑問を整理する、後から検証できる形で残す 。 福島市政、教育行政、議会、地域文化、空き家問題、そして今回の県民健康調査の話まで、いつも「制度の理念と現実」という視点で考えられていて、単なる賛成反対の議論にならないところが興味深いです。 |
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