中谷ミチコ影とぽっこり」展を観る  2026・8・21
作成:佐藤敏宏

その2 中谷ミチコ 「影とぽっこり」展)   (その1浜松駅から美術館まで )

■秋野不矩美術館( 村上亜沙美さんからいただいた一枚の招待券から始まった体験記)

幹線道路を離れ高低差24m。U字に曲がる坂道を後期高齢者・佐藤は息を切らせ途中休み、登り切った。外壁は黄土色と黒く煤けたような色の2色、屋根は檜皮葺きに見えるがこれも真っ黒。第一印象は田舎の煤けた味噌蔵にでも入るかのようだ。美術館の入り口に見えない。手前に黒ヘルメットに窓を付けたような妙な藤森茶室があり、ここは不思議な異界であることを演出してた。



大都会にある美術館とは異なるんだよ!と告げている。表象を凝らし意図し茶室を配置し2つの建築物を共振させているのだろう。だけど砦には見えるけど、味噌蔵のようでもある。そういう味を醸し出していて、好き嫌いは訪れる人に任せているようだ。

扇状地と山地の堺にあるから、山のてっぺんに意図してこの意匠で建てたとしたら腑に落ちる。昔日本中にあった田舎を遠い時を越え再現している気分だろうか。今更のポピュラー主義の表象と言える。

そっけない入り口を入ると、受付があり靴をぬいで鑑賞する館なので、靴ロッカーに脱いだ靴を放り込み、荷物は受付嬢に預け、鉛筆を借りしメモしながら鑑賞することにした。

結論から

作家あるいは他の鑑賞者が、傑作と思うこととはズレ、異なります。けれど佐藤は 中谷ミチコさんにとって大傑作ですと言える。とても充実した展示内容!でもあり、佐藤は心にそう刻み込むことにしました。

女性の主体─その確立も含むでしょう─という概念に苦しめられ続けた、苦しみ続けざるを得なかった、希なアーティスト・中谷ミチコさん ─佐藤はそのように想像した─。 彼女の制作の軌跡を遡上しつつ、そのことを確認することが可能な展示構成となっていました。

昨年、中谷さんの家に泊めていただき、家屋内のそこかしこにある中谷作品群を、説明なく順不同に観る、触れる機会をあたえられました。 その時初めて、彼女の制作意図に思い巡らせた経験がありました。秋野美術館の特別展は中谷さんの制作意図の理解を支援する明解な構成でしたから、大傑作展だと感じたのかもしれません。

佐藤が感じた大傑作とは何か・・・そのことを順を追って少し細かに記録していきます。鑑賞者は誰でも自由に感想を持ち語り合う、中谷さんはそう願っているはずです。鑑賞者の思いの事例となれればいい。さらに異なる感想を聞かせていただく機会がめぐりあい、中谷作品について語り合うことができれば嬉しい。

































はじめに会場の展示構成


右欄に会場構成を理解し易くするため、平面図に佐藤は番号を附しました。この番号は中谷さんの制作意図を受けとめるためで、制作された新しい作品の順となります。鑑賞者は新しい作品から見始める会場構成になっている。そのように理解することは「影とぽっこり」展の受け止めには欠かせないとおもいました。最初に気付いてくださいと、展示サイドが設えた関門あるいは親切心の現れだと思います。

@の展示室は最新作が展示されていました。「産む人とそれを助ける人たち」と題する6作品の連作群像彫刻。部屋の仕舞に「落下の法則」(2023年)が吊るされていました。

最初に出会った作品  「産む人とそれを助ける人たち 」(2026)←の数字は制作年



会場に一歩入るとこの作品に出会います。佐藤はこの作品を一目観て、中谷ミチコさんは主体を探求しつづけた孤独で寂しく辛い閉塞的孤立から脱し、世界(人々の営み)と連なった、そのことを宣言する記念すべき作品となっていた。とても強い印象をうけました。

昨年、白山町を訪ねてからこの1年間の間に凄い作品を制作したものです。一連の作品は─誰でも知っている、生と死の循環─、強い、そして女性の視線から彫刻作品をつくりだした目の前の作品は、コロンブスの卵と似ていて、女性作家として希な性格を持つ作品だと言えます。ですから一連の作品を前に、目を大きく開いてじっと観てしまいました。

女性像だけ、最新の連作も同じ傾向を持っています。そのことを鑑賞する者は気付いたかもしれません。展示された中谷作品に男性が表されることはほとんどありません。だけれども。夫である建築家にしてアーティスト大室佑介さんとともに生活を営む、暮らし続けたことで、中谷さんの目の前の作品が生まれる必然は約束されていた、との思いも湧き上がります。これらの作品を鑑賞することで、夫妻の暮らす基盤から生まれ出てる、幸せな時間と空間を同時に行き来することが可能だと思いました。概念からはなれ、中谷さんの日頃の暮らしから自然に生まれた作品でした。

 
水際の子                     眠ってしまった
 
話合い                      埋葬

誕生から埋葬へと流れる意識をあらわす実像の連作を見ていますと、初めて中谷さんが人の誕生から死亡までを自然にある循環として捉えている。捉えたことで孤立した女性・主体の悶絶と、継続する苦悩から脱出することが出来た、記念すべき、記憶すべき連作が目の前にある、と思ったのです。

死をも引き受け、一端、内部化し、生の循環へと表現を昇華させた。その過程を彫刻作品として展示することは、─自明の生の連鎖であるから─ 中谷さんには戸惑い、大き意思と強い勇気が必要だったことでしょう。

中谷さんと大室さんの書斎には隣り合う机も設えていました。また食卓での会話に参加したり、何気ない会話を聞きいてもいました。二人の豊かな対話のある暮らしや書斎の机、食堂のテーブルから言葉が生まれ、創作の概念として融合し、生命の循環へ辿り着いた!と言えます。夫妻の対話から中谷作品のめざすべき像が明解に現れでた、と繰り返し思います。

やがて生み出される作品群は、女性も人も孤立することがないという確信に満ちた作品になっていくだろう、と想像することも可能でした。

秋野美術館あたりは、戦国の世には合戦場でした。いまも、遠州大念仏が開催されてると聞きます。「多数の先人たちの死から私が生まれ育っている。」その思いが継承されている地とも言えます。中谷さん新作の一連の仕舞は女性が女性を担ぎ運ぶ姿「埋葬」であり、弔い循環する生への意思はこの地域の意思と共振しています。生と死の永遠の循環は二俣地域の遠州大念仏を開く精神とも連結可能です。やがて各地域の伝統行事や意思と中谷作品は繋がる普遍性を身に付けた。そのことを示す連作でした。

中谷さんの凹彫刻が生み出す女性像の影(幻影)、孤立から生の循環を掴むながい内向の果てを経ることで、中谷さんは生の確かさと安定した制作への熱情が一体となった、と確信したように思います。

ですから、これから安定して傑作が生まれ続けることを予感させる、最初の展示室でした。女性の方たちは特に、中谷ミチコさんの今後の作品に注目すべきだと思いました。













Aの展示室

影、魚をねかしつける 全長1081(2025年)



中谷ミチコ凹彫刻の一つの到達点と捉えることができる作品。全長12mほどで、2025年兵庫県立美術館の企画「美術の中のかたち─手で見る造形」にて制作した、とある。「凹彫刻なんで観るだけでなく空洞に手を差し伸べて気配の曖昧さを確かめてほしい」と、作品リストに説明文があった。

全体を右から左へ絵巻物語のように観ていくと、母娘とおもえる二人は争っている意見の対立からであろうか、娘が母を振り切る姿が見える。母を離れた娘は大勢の女性たちに囲まれる、そこで喧騒と愛情渦巻くなかで成長し、そこも出て行く。やがて大きな魚を抱え一人立ちし群れを去る決意をしたように見える。そのような物語が描かれている、と思いました。一人、群れを去った娘は初めに観た、@の展示室の連作へと繋がっていったのだと思います。そう理解すれば中谷ミチコさんの想い描いてきた意識も理解し共有可能となるはずです。

現実の話とは異なるはずですが図式すると、家族内での対立一人立ちする⇒人間の世界とその喧騒を知覚しながら成長する⇒自立を確信する⇒「産む人とそれを助ける人」へつらなる。中谷ミチコは生が循環する構造を発見し制作しようとしていたことが、明確になった、と言い換えることができます。

「影、魚をねかしつける」は中谷ミチコ凹彫刻の一到達点である。それは「デコボコの船(2022)を再確認することで理解できると思います。「影、魚をねかしつける」については右欄にも少し書いた。映像でもあるかのような凹彫刻を言葉にするのは愚だ。だから現物を観て体験してほしいというのが佐藤の言いたかったことです。この凹彫刻は固定した像を鑑賞者に結ばせない、おおきな魅力を持っています。

(蛇足:一切着色していない点もこの作品に力を与えた一要因だと思います)











中谷凹彫刻作品「影、魚をねかしつける」の最終場面をデジカメで撮る。
このように立体像が浮かび出てくるかのようにしか写らない。天窓の光が定まっていることが肝である。

それは、人が移動すること、呼吸することによるし、目玉の上下によっても
凹彫刻は変化してしまい、固定した像では成立しない、まるで生きては消え、消えては浮かび出る・・・かのような像としてしか捉えられない。生の中(目玉)でしか凹んだ彫刻は固定されて観ることはできない。人も生き物も、刻々と変化し続ける幻影であることを確信させる作品となった。だからこの作品も再び傑作なのである。


次に2022年制作の「デコボコの船」。これはラピュタ・飛行石=瑠璃色地球の言い換えで、宇宙を移動する詩型を創造した作品だと思います。

中谷ミチコさんの刻むこの凹彫刻には樹木子供たち、子供たちをを護る女性たちどこかへ脱出しようか・・・と船旅の準備をしているように見える。




 
野鳥と犬、子供たちと女性の脱出前の群像が刻印されている。成人男性は刻まれていない成人男性はいない、中谷さんにとっての魅惑あふれる、ここではない異なる地へと、脱失を試みた、そのような作品だと思います。

中谷ミチコさんにとって成人男性から脱出したい、とは何か。この点に向かう、創作への動機と、この境地への道のりに彼女にとっての創作の秘密があるのかもしれません。男が刻印されていないがゆえに浮かび上がってしまう創作の裏ミッションと言いかえることも出来ます。

デコボコの船から3年かかり、大作「影、魚をねかしつける」に至ります。日本の社会はようやく2020年に起きた新型コロナ禍・騒動が収束へむかう状況でした。そのこととも、重ね合わせながら観るべきなのかもしれません。デコボコの船、この作品を経ることで色彩も、樹木も、野鳥の群れも、消え、女性だけに焦点が当たった。これは印象深い出来事です。そうして、とうとう魚を抱え少女一人へと至るのです。さらに最新連作へと展開してしまう。素晴らしい作家の軌跡ですね

2025年作「影、魚をねかしつける」
が制作されたことで、二作品の軌跡を合わせ見ている第2室はあわい自然光に満ちた場でした。中谷ミチコ作品が頂点へ至る軌跡を体験できる好ましい展示室となっていました。




2025年5月17日 三重県のアトリエにて「影、魚をねかしつける」を制作中の中谷さん

Bの展示室
には「すくうすくうすくう」2021年 

漢字に変換すると、掬う救う巣食うと作品リストに示されています。それらは能登芸術祭で訪れた石川県珠洲市に暮らす男女20人による「水を掬う、両手」の仕草を写真で撮り、データ画像をもとに粘土で作成し型取した・・・と記されています。

展示された「すくう」という3作品は、1階から2階へ至る階段の足下に展示されていたので、気付かず見過ごしてしまう鑑賞者もいたことでしょう。佐藤はこの3点から大きな中谷凹彫刻が始まった、重要な展示品なのだと、理解することにしました。

しかし最初の凹作品だとしたら、なぜ?階段室に置いたのだろうか・・・疑問は消えないので、中谷凹彫刻のスタートはもっと遡ることが必要なのかもしれません。いずれにしても地震の被災地で人間、他者の手の温もりに注目しだした、このことは大切なことのように思えます。災害の中にある他者の手のぬくもりは人をすくう姿に結実したのでしょう。でも、やがてそこからも去り自立し魚を抱え生きる少女を肯定しています。


Cの展示室ドローイング48点 」(2006〜2025)

2階の細長い展示室 (図示4)には中谷作品の始まりが紙に描かれていて貴重な場でした。中でも 「産む人とそれを助ける人たち 」の連作、水際の子へ連なっているだろうスケッチは男性彫刻界に衝撃を与えるほどの力のある、よい作品だと感じました。だからデジカメを押しました。

秋野美術館で最初に出会った連作の印象が強く、スケッチの見方も歪んでいたように、それら連作に関連するスケッチばかりへと目が移ってしまうのでした。ですから展示されていたドローイング48作品に関連する事の全ては書けません。そう断念し秋野美術館を去ることにしました。年を重ねて体力が落ち易くなり集中継続する気も弱っている。それは寂しくもあります。無理し大切な記憶を台無しにする愚かさを経てはいけないとも思い、退館することにしました。

秋野美術館を出ると、久しぶりに強くて暑い陽射しは肌を刺しました。2ヶ月ほどに渡る、中谷ミチコ「影とぽっこり」展は2日後にはお仕舞となりました。今は鑑賞者一人一人の内に各作品が息づき、中谷ミチコの次を待ち望む時空へと移行しているはずです。

佐藤は男たちが作り上げた天浜線のディーゼル車に揺られ、刻々と変化に富む豊かな遠州の山裾を西に向かいました。


(以上でお仕舞です。その1浜松駅から美術館までへ)