県立美術館に聞く   2018年11月08日 2018年 作成 
 ■サンチャイルドを受け入れなかった理由など

佐藤:データも持ってきたんですけど。
荒木:なんのですか
佐藤:2016年11月17日のGOGに寄贈した時の話合いのデータと、2011年11月22日に行われた、ヤノベさんが太陽の塔の下でサンチャイルド設置初記者会見の内容です。
荒木:いやいや別にいいです。

佐藤:荒木さんと博物館長の赤坂さんと、エネルギー基金の佐藤さんとヤノベんで語られた、自然エネルギー基金のエネルギー基金に10分の一の模型を寄贈しますという会だったのですが、話の流れと勢いで、ヤノベさんとしては福島に設置したかったようで。原発事故とヤノベさんがテーマにしている核兵器の死の灰とは関わって語っていいのかどうかは分かりませんが、その関係でどうしてもチェルノブイリでのアトムスーツプロジェクトの挫折をどこかで巻き返したと思っていたのでしょうが、私にはそう見えます。挫折を機にラッキードラゴンという船をつくって、多くの人をヤノベさんの妄想の世界に導いてゆき、幸せにしてあげたいという発想だと思うのです。
 それと福島における低線量被ばくとか、その事と関係し語るのがいいのかどうか 私には近いけど違うように思うですけど。そのような状況の中で自然エネルギー基金の基金の関係者は再エネの発電所をつくり基金を創設して、プラス文化的な行為もやって、情報を発信していくんだという話でした、それだったらヤノベさんは、実物を寄付しますという話で、寄付の条件としては、世界からクリエーターが集まって来て、フクシマの情報を発信する文化センターのような発信基地を作ることとセットで現物を置いてくださいという話でした。
 ところが、文化発信基地構想の部分は全てちょん切られてしまい福島市にきたら復興に向かって力強く立ち上がる子供の像なんだという、7月6日には、市長によって「サンチャイルドは、原子力災害を受けた福島の再生を願って制作された作品です。放射線量ゼロの環境で防護服のマスクを外した男の子がほほ笑むもので、安全・安心で平和な福島と、未来に向かって復興再生していく、希望をイメージしています」そういうことになってしまいました

そこでは、福島県立美術館と博物館に設置したいとうヤノベさんの寄贈の時の話は蒸発してしまっていました。GOGの会見であったヤノベさんの意志がなぜ消えて福島市長の語る内容になってしまったのか知りたいのです。

荒木:その辺のところはGOGの方がどういうふうに、お考えで、ああいうふうになったのか、というのは私は(GOGの)中の人間じゃないのでよく分からないですけども。(福島県美術館)うちは、あの作品って屋外に置けないんですよね。

佐藤:プラスチック製だからですね

荒木:だから、ここ(美術館のエントランスホールに)に置くしかないいんですよ。県立美術館は、こういう所なので、しかも(現在)あそこに彫刻が在るじゃないですか。あれは動かせないんですよ。で、ここの中で開会式をやったり、色々なショップを置いて色々な、なんだろう、たくさん人が来る展覧会の時なんかも、ここは人が溜まるんで。エントランスホールに置くことはちょっと難しいんですよね。

佐藤:なるほど、サンチャイルドの専用置場としてこのエントランスホールが設計建設されたわけですないですからね。鑑賞に来るお客さんが出入りしたり、待ち合わせたり、交流したりできるような多目的な場所ですからね。

荒木:だから、サンチャイルドを一端、設置すると、その後撤去したって保存する場所も無いし。だから、物理的になかなか受け入れ、ここでお預かりするというか、受け入れるというのは現実的に難しいなーと。という現実的な問題としてあると。
 ただ、うちの美術館で作品寄贈といっても、購入するわけでなく、寄贈を受けるにしても、私たちだけで決められるわけじゃなくって。購入や収蔵するための委員会というのがあって、色んな人の手を経ないと、決められないんですよね。
 私たちが自分たちがいいなーと思ったってそれがその通り行くわけじゃなくって。ということもあるので、そう直ぐに私たちが好いから「はい、OKです」というわけにいかない。そういう仕組みに公立の美術館はなっているんですよ。私立の美術館と違って、どこの公立美術館もそうなんです。
 すぐに、お返事する訳にもいかない、出来なかったし。現実問題としてはなかなかちょっと難しいなーと。
 うちにも作品をお預かりしているものがあって。うちで展覧会をやっていただいた時に、あれは一月半ぐらいの短期だったので、このホールにおおきな、サンチャイルドとは違いますけど、ジャイアントトらやんという大きいな、

佐藤:ピカピカで口から火を噴きだす大きな像ですよね。ここで火を吐き出したんですか
荒木:火吐きましたよ。でもあれは1ヶ月半ぐらいで、また撤去されるので、展覧会の期限付きでしたからね。そういうこともしたんですけど。
 それ以降、ヤノベさんとはね、お付き合いをさせて頂いて。作品もお預かりしてるし。色々な機会にそういうこと、展示はしているし、震災後もすぐ来ていただいてね。色々やっていただきましたけれども。だから私たちもお世話にはなっているんですけども。現実問題はなかなか厳しいなーと。物理的にね。
 
佐藤:サンチャイルドはデカすぎて置く場所が無いぞ〜問題ですよね。それが受け入れにくい一番目ですね。加えて屋外だと風化しやすと。ヤノベさんは屋外展示用に処置して福島に持って来るとは話てましたが、FRP製ですから長時間紫外線にさらして置くと、、サンチャイルド像と言え表面などは風化するでしょうし、色も飛ぶでしょうしね。毎年手入れしないといけないですよね。

荒木:そういう現実的な問題があるなーというところではありますね。


佐藤:放射能とアートという問題でについてお聞きします。
 ヤノベさんはチェルノブイリの事故後に事故現地に行き、アトムスーツを着て活動していこう、そのような考え方でしょうか。
 福島原発事故のもとにある被災者の気持ちは理解できていないように推測いたします。たとえば、自主避難した人たちの気持ちとか。3月12日の政府からの避難指示命令に遭い泣く泣く避難した人で、身内、知り合いなどが311の地震で倒壊した家の下敷きになって生きている、その人を見捨てて命令に従い悔いをのこしている人。転々と避難場所度渡りあるいた人のなどの、当時の気持ちを理解咀嚼できていないと思うんですよ。
 アートを作る人がそこまで理解できる必要があるかどうかは判断できませんが、フクシマの現実を分った気分だと思うのですが、福島の子供を声を掛け、夢を託すような言動をされました。政治家やアーテスト子供に希望とか未来とかいう言葉を背負わせて、語るのが目につきます。ですが、あれは自分たちで責任を回避する、ごまかしの呪文でしかない訳です。大人がきちんと自分の言葉で今起きている現状を語り対処法を語り、このように実行して生きていくんだという事を語り示さないで、子供の未来に夢を託すなどとなで言えるのか、その問題は語り合われていません。 子供に未来をたくし、元気づける風の語りは、原子力事故災害の中に置かれた人々をまとめるためには上手な語り方ではないと思います。大人自らの苦悩を子供に語らず共に考えようという姿勢を示さない、大人に任せておけよふうな、無責任な大人たちの言動だなーと思うんです。

 荒木さは長年アートを展示されている現場に立っておられて、アートが子供を元気づけるということはできるのか、アートはそれほど有効な事態なのでしょうかね。そこをお聞かせください。

 繰り返しになりますが、私はサンフランシスコ講和条約が成立した年に生まれました。つまり日本が独立そ果たした時の子供です。で核兵器や原発の設置と破綻は自分の人生とかさなって見えてしまう、重ねて考え直すととても理解しやすいんですよ。
 福島県民は原子力発電所を誘致し、福島県の方々や福島の政治家の方々が東電と一体になって県内に10機も建造してしまいました。原子力発電所を誘致するための調査の時は双相地区はチベットのようだけれども原子力発で作って世界のエネルギーのセンターにするんだと意気盛んなわけです。福島の子供だって、大沼勇治さんの言葉を採用し、双葉町の看板「原子力明るい未来のエネルギー」として掲げました。そのような経過があります。政治家などが自分たちにとって都合のよい、子供の声を選別しそれを使って政治利用する事実があったわです。

 政治の場でアートや子供という言葉を使う、使われてしまう危険性が幾度も現れています。荒木さんは研究者としてさらに、アートを展示する現場に長年立って、見続けておられので、もしアートの政治利用とう考えに関して思いがありましたらお聞かせください。それはいたしかたがないのでしょうか

荒木:いたし方が無いという、事もないし、うーん確かに、子供を利用しちゃうというね、ふふうふふふ

佐藤:8月18日から撤去現場に通ってみました。こむこむの解体撤去の様を観察しながら、市民の方々にインタビューし記録を保存してみました。
 就学前の小さな子供は、サンチャイルドの前に来ると、怖いと言って母親にすがり付いてましたし、泣き叫んで車から降りて来ない幼児も居いて、両親は仕方なく車から降りずに戻ってしまう方も見ましたね。小学校は高学年や中学生や高校生は、怖がる反応はしてないですけど。撤去現場の前面道路を行きかう小学生の行列からは、胴体から切り離された頭部を観て「なまくび」「きもちわるー」など声があがり、苦情がでたのでしょう、トラックに載せ敷地奥の見えない場所に安置していました。
 解体現場に立ってみると、アーテストが語る子供っていうのは、妄想の子供なんだなーと思いました。、あるいは、デカイ像を見ても怖がらない特異な子供像であって、福島の解体現場を行きかう現実の幼児や子供ではないんだなーと現場に立っていて分かりました。
 首長さんは一度も現場を観に来ませんでした。首長さんやアーテストが使い倒す「子供」いう言葉がこの件に関しては適切は言語なんだろうかと、あの場に立って考えてしまいましたね。ちっちゃい幼児を対象にして巨大なサンチャイルド像を見せ語るのは無理強いだと思いました

荒木:確かにね、それはあるかも知れません。ただヤノベさんだって自分にお子さんがいらっしゃるし、大学でお仕事されているから、日々若い人たちと一緒に色々創作活動をされているんで。そんなに色んなことが分かってない、もちろん無いとは思いまし。

佐藤:ただ作家として、創作したい作りたいという欲望は先に出てしまうんじゃないですか。創作への強い意志はあっていいのですか。作家が作りたいために現実を再解釈してしまって、自分が作りたい方向に子供像も歪曲させてく力が知らぬ間に働いてしまうのではないでしょうか。
 サンチャイルドが生まれて来る前に、、チェルノブイリの村にアトムスーツを着て立行って、そこで普通に暮らしているお婆ちゃんから総すかん喰うわけじゃないですか。その挫折、そこからどうやってヤノベさん自身の創作意欲を手に入れて立ち上がるか、その課題が刻印されてしまいますよね。
 あの挫折から転向して、第五福竜丸の記念館からも依頼が重なり合い、森の映画館という作品が出来て来るわです。釈迦に説法になります済みませんです。森の美術館で語られている内容は、子供たちの父親であるヤノベさんは「核シェルターを作ってんだよ」と。トらやんのお父さんが「そこにはジュース類もお菓子も保存してある、核兵器が落ちて来て、ガイガイーカウンターから音が出ている間は、そこに隠れていて、音が止まったら外に出てきていいんだよ」と子供たちに語りかけています。核シェルターの話をしているんですね。
 現実のフクシマに起きた原発事故被災のもとで暮らしていると、核シェルターでは生き続けられない。5年も7年もヤノベさんの考える核シェルターの中では暮らし続けられないことは明らかなんです。
 アーテストがフクシマの現実を咀嚼しないで、作りたいための物語を作ってしまい事実を短絡させることで、福島に移植しようという力を感じますね。自分が創り出した衝動が、フクシマの事実を自分にとって都合の好い事実に作り替えている事に気付かず、フクシマの現実を切断して、作りたいと思っていた創作行為を実現するために、ありえない現実を創作してしまう。二重の創作行為が入ってサンチャイルドが実現してしまっていますね。想像力が暴走するというか、膨み事実を覆い隠してしまうというのか、そうすると今回のような表現者と被災者の間でズレ生じ始め、最悪は対立に至るような事になってしまいました。このままサンチャイルド事件を放置すると、そうなったままになると思います。
作家が作りたい気持ちは歓迎すべきですが、福島の現実の人たちの声をちゃんと聴いて創作すればいいんだけども。対立を続け設置場所を探し出すのも一つの手だとは思います。
 ヤノベさん語る福島の人々の声を聞いたと、その声はGOGの関係者や博物館関係者、自然エネルギー基金の評議員でもあり福島県立博物館の館長さんでもある赤坂先生だったり、喜多方の佐藤さんだったり、フクシマの深刻な現実においては、周縁の人たちからの声ですよね。後で飯館の自然エネルギー発電の人達、や元アナウンサーの菅原さんや会津で本をだされている方などの声もお聞きしているようですが、自然エネルギー基金の関係者の声が主なんですね。
 深刻極まる浪江の町長さんに合い肉声を聞いてないんですよね。浪江で被災者を見殺してしまった消防団員の方の声も聞いてないんですよね。ど真ん中にいた警察官の方にも聞いていないですよ。自主避難させ福島で一人暮らしている父親の声も聞いてない。

ヤノベさんがフクシマの声を聞いたと言いう方々は、事故の周縁に暮らしている元気な人々の声なんだと思うんです。深刻極まるど真ん中の人々が声を出したり発信しない、出来ない。その問題を棚上げにして語るのも問題はあるのです。
 元々声の主たち、福島県にあっても、生活にも困らない、線量も低い地域の、元気溢れる人々と関わってしまった。元気な人々が引き合ったというのでしょうか。  繰り返しますが、本当に困ってしまい、辛くって声も出せない被災弱者の声、棄民されたんだなーと思ているお父さん。家族を遠くに自主避難させ何の補償もえられない、フクシマで一人暮らしている、家族からも子供からも切り離されて毎晩悩み苦しみむ父親の肉声を聞いてないですよ。ヤノベさん自身が「原発事故など気にせず、福島で元気に起業できる人々の話を聞いてアートを作る」と宣言している居れば、このような事態にはならなかったと思いますね。

 災害弱者の声を、そこを経ずに「これは希望を表すモニュメントですね。綺麗な空気を吸っても生きていける世界を求めて、左手には小さな太陽という心の希望の灯ですね。それを携えていて、二本足でしっかりと立ち上がって遠い未来を見つめている、そういう像です。」と語ってしまう姿勢に、疑問を持ってしまいます。この問いは直接ヤノベさん自身に聞きますので、荒木さんにお伺いする話の内容ではないかったですね。
 ただアーテストが、社会状況を都合よく、身勝手に解釈して創作するというのは問題ないと思います。アートに社会性を背負わせる必要はないと思うんですが。


荒木:うーでも、そういうふうなスタンスで制作をしている人たちは居ますしね。それは、その人が、どういう立ち位置で制作するのか、という事にによるので。色んな考え方があっていいだろうとは思いますけどね。
 日本は割と政治的な事を作品の中に反映する人は、ヨーロッパやアメリカよりはぜんぜん少ないけど。あちらの方だと作品を作ること自体がある意味政治的な意味を持ってたり、とかというような創作活動をしている人たちも居るわけなんで。それはそういう性格をおびても、そういうものだろうとは思います。

佐藤:国内では政治性のある表現を公共施設で発表すると、すぐ問題起きてニュースになりますよね。日本の鑑賞者というのは政治性を持った作品を観ることができない、見せられない、政治的なメッセージのある作品があるという存在自体も知らない状況に置かれてしまってますよね。

荒木:日本の鑑賞者はあまりそういうことに、けっうナイーブですよね。

佐藤:公共性のある施設には、施設のローカルコミュニティーの中に独特のルールがありますよね。独立系の写真家が大沼勇治さんの標語を写した写真を川崎市の公共施設展示を拒否されたというニュースがつい最近も流れていました。有名な看板になってしまいまいたが、そこに大沼夫妻がたって標語と共に写した写真でさえ飾り難い現実はあります。

荒木:特に公立の美術館ではね、ということはあるかも知れません。

佐藤:ヤノベさんのサンチャイルド、寄贈されたイチ・チャイルド像は自然エネルギー基金の支援と寄贈だ、そういう政治的メッセージを身に着けてしまいましたからね。原子力発電所は福島県自身と県民の総意で誘致したわけで、多様な公共施設も東電からいただいたお金で造って利活用した現実はありますから。
 原発事故の原因と誰の責任であのような事故になったのか因果関係は究明されてもいません。東電の役員が強制起訴され係争中なので、結果はまだ先ですからね。それに廃炉福島県内全機廃炉と県議会で決めたわけですが、燃料デブリが残ってままで廃炉可能のか、そこも不明です。原発事故起きて、それみたことかと自然エネルギー万歳で、原発を打ちのめ倒して勝ち誇るとう気分にも成れないのが県民の多くの方々だと思います。思いのグラデーションを抱えたままで暮らしている人が圧倒的に多数だと推測します。
 県内において、事後後のこういう中で原発推進派も、自然エネルギー推進派も合流して語り合う一番いい方法は何かないのか、そこを考えてみたいです。それを考えるためには、関連死した2千百人の人々の霊を静めることが県民の皆が最初に行うべき行為だと思います。
 昔の神社やお寺を思い出してみるしかない。それらの宗教施設は対立した人々も集い交流したり、仏像も、絵画も建築も、環境も全て今で言うアート空間だったわけですから。鑑賞する場でもあったわけです。
いまだ関連死者の霊が鎮められていない、福島県に独特に生まれてしまった、原発事故による関連死者たちを鎮魂する施設をつくって、日本全国に暮らす生き残った人々は集い、毎年3・11前後に集いも、原発事故などに関連した様々な事を語り合う場をつくるべきだと考えています。それが一番最初にすべき行動・行為ではないのかという考え方です。

 そのための資金が無い現状ですから、毎年3・11前後一つ月間でいいので福島県立美術館でまず鎮魂の行為を始める。その後大きな施設を確保して移動し鎮魂と共にこのサンチャイルド問題が起きた事も語り合う、そうするのが対立を放置したままにしている現実へ対応なのではないかと考えます。サンチャイルド像のもとには関連死者数と同じ、二千数百体のトらやん地蔵を並べる鎮魂する。継続するなかで対立が解消されずとも共存できる状態が生まれてくるように想像します。

 その場をもっていることで、原子力災害が起きるとアテーストも庶民も対立してしまい解決の糸口さえつかめなくなる、この困難な現実を世界に発信する機会を毎年つくることにもなります。それを知ることで「原発はやっぱり要らないなー社会がいいなー」という話になっていくのか、先は分りませんが、そういう横へ繋がれる問いを福島から提示し続けことが肝心なのだと考えます。

 現状ではそれをせずに、何か模索せずとも、試行錯誤せずとも答えがあるかのように振舞っています。この状況で再度大きな像設置案を提示しても、「放射能災害下ではアートは使い物に成らない」という結論に達し続けてしまうでしょう。被災者同士が対立したままが放置され、不要な不幸が続いてしまいます。サンチャイルド像事件をこのまま放ったらかし状態にしてしまう、これが一番不幸な事だと私は考えます。

今のところは誰に語ったらいいのか分かってないので、だらだら話してしまいました。


 私の思いはさておき、サンチャイルド像は福島市の財産になってしまったので、これをどうしましょうか、「考える会をつくるしかない」でしょうね。

荒木:とりあえず福島市が受けてしまっているわけで、福島市の所有物になっているわけですからね〜。

佐藤:荒木さんも、GOGでの寄贈の瞬間に立ち会われていて、1年半後にこのようなサンチャイルド騒動になるとは夢にも思ってなかったでしょう

荒木:あの時はねー、そんなふうにも。だいぶ昔ですし、
佐藤:2016年の11月17日ですから、やく2年前ですね。しぜんエネルギー基金の方々のように、野心がある方にアートが活用されたり、もちろん政治家もそれをするわけですが、アートと政治の関係というのは、そういう本を読んだことがないのですが、何かお勧めの本がありましたらお聞かせください。

荒木:アートの政治利用、うーん

佐藤:サンチャイルド騒動なるものは完全に政治利用の失敗ですよね。
荒木:そういう側面がけっこう大きいですかね〜。
佐藤:まさかの1、3号機爆発して、多量にプルサーマル使用済燃料がある4号機も壊れ、2号機が3月15日に壊れ、雨雪によって放射能が身の回りに沈着したと詳しい分布状態が分かったのは2年後ですよ。311直後からヤノベさんと共にワークショップを実施されていますよね。私が考えるに、それも残酷な仕事だったろうなーと私は思います、60km圏とは言え、逃げるのを多くの人が覚悟した直後ですから。よく若い人を集めて、WSを実施されたなーやれたなーと感心します。逃げたかったんじゃないんですか

荒木:いやいやそれはねー。なかったですけれども。あの時は色々ありましたよね。

佐藤:スパーから品物が消えちゃい食べ物を買うのに行列に参加してましたし。美術館の裏の信夫山のタンク麓の水道管破裂していたので、蛇口からは水が出ませんでした。ヤノベんさんは、3・11直後から荒木さんに連絡して何かしようとしていたんですが、被災直下に暮らす私たちはまずは、生活が成り立つかどうか、ぐらぐらしていたわけです。何かするなんて状況ではなかったと思います。
 作家の前のめりの考え方と、それを受け入れられない市民というのが、7年経っても、サンチャイルド事件という形で噴出し、顕在化してしまいました。今回の状況をこのままにして置くと何十年経っても同じことが繰り返されと思います。どこかで作家と市民が合意できる案なり、ヤノベさんと市で市民共に意見交換会を開いて語り合うしかないと思います。8月28日の市長による撤去会見の中で、市民と話し合う場をつくるという趣旨で語っていましたが、3ヶ月経っても実現していないのでそのままになると思うんです。

 善意と善意がぶつかり合ったら不幸な状況や人間が出て来て、アートなんか大嫌い、アートって酷いねってみたいな印象になってしまったり、ヤノベ作品の価値は上がると思うのですが、不幸な関係で価値が高まるというのは、ヤノベさんは意図していなかったでしょう。
 善意の前のめり行為で、野心的な福島の人々に出会ってしまい、会津博物館系の人々にヤノベさんが吸引されていくという、何て言うでしょうか、ヤノベさんは可哀そうな事態を招いたなーと、調べてて思いました。ヤノベさんは福島の普通の庶民的な人と、原発事故被災下においても、本当に救わなければいけない弱い人と出会えば、今回のような事態は回避できたのではないかと。アーテストは博物館系の人々や地域の有力者に寄っていってしまうんですかね。

荒木:そんな事もないと思いますけどね〜。

佐藤:ここに至る経過を調べて分かったんですけど、今回の事件は気の毒な状況へとまきこまれ、飛び込んだか不明ですけれど、その方向へ進んでいったんですね。後知恵なんですけども。ヤノベさんは福島の人々の声を聞いたと語るけれども、はっきり言えば福島で社会的地位の高い、福大の大学の先生や生徒、県内の学芸員の方々、地域の有力者・資産家の声を聞いただけで、被災弱者とは縁の薄い人々の声を聞いてしまった。本当に困ってしまっている人は声が出せない人々だと思います。声を出して元気に立ち上がるなんて語る人はほっといてもいいわけですよ、元気で何かやるでしょうから。彼らをまともな福島の人々だと思い込んでしまった事が、チェルノブイリにアトムスーツを着て活動してら、おばあちゃんたちにしっぺ返しされた。同じことが福島でも繰り返したな〜と思いました。

最後にですね、荒木さんが考える今回の事件の好き落としどころがありましたら、教えてください

荒木:いやーそんなの分かりません〜。それがわかったらねー。何かしら色んな人と意見交換したり、話し合ったりして、もう一度アートって何だろうって考えてみる事は必要だろうとは思いますけど。そういう機会、場がねすぐ作れるのかどかは分りませんけども。

佐藤:ヤノベさんはアトムスーツを着ると神の目を手に入れたと語っているんです。ガイガーカウンターガ付けて放射能といういう話ではなくって、変身するという事です。モビルスーツを身に着けると神の目線が手に入れらるというようなサブカル・アートの特徴を表す発言だと思います。サンチャイルドがアトムスーツを着てなかったら全然違う状況になっていたように想像しますね。

荒木:まそうですね、そうでしょうね。
佐藤:どうしたらよかったのか私には分かりませんけれども
荒木:それは誰にも分らないでしょう
佐藤:考え続けるしかないですね、それはフクシマに暮らす人々に与えられた課題ですし、それを放置して置くのは好くないと思うので、今後も何かわかりましたら、色々教えていただければと思います。よろしくお願いいたします。

荒木:とんでもないです

佐藤:どうもありがとうございまいた

荒木:どうもありがとうございました

佐藤:一方的に話してしまい、こんな長時間になってしまい失礼しました

荒木:いえいえ。はははは