東日本大震災 東京電力福島原子力発電所事故 新コロナ災禍を記録し記憶を継承すること
 
■ 2021年4月07日
 先日のメッセージこころよく受けていだだきありがとうございます。
謝礼は福島産地酒 4合瓶1本だけなんですが差し上げます

動機 語り合い頂きたくなった動機
 3・11被災に関し福島に暮す者の視線から記録しておきたいと思ってましたが、2月13日の地震で「早く記録つくらねば」と思い(高齢者だし)ます。東京の建築系博士たちと新グループをつくり発信準備中<「福島から」を意識する起因の一つ

人は記録しないと忘れる (だから生きていられる)

■ 記録はどうつくるのがよいか  
 
行政発行の手持ちの資料 見てる記録) 
 1)福島市災害対策本部福島市復興推進本部
   『東日大震災の記録ー発災から復興に向けた取り組み』2014年3月刊行
 2)『南相馬市災害記録誌』2014年3月刊行
 3)県立図書館に取り寄せ依頼中『東日本大震災の記録』南相馬市博物館発行 
 4)原爆被災民の長崎広島 第五福竜丸乗船被災民や高知の遠洋漁民の記録
   1957年以降の週刊誌と新聞 映像と本の記録
 5)日本記者クラブが2012年発行非売品『会3、11大震災日本記者クラブの会見から』
 ★行政の記録の問題はデータの羅列 ★ 2)は最後に職員の取組と市民4名声が記録されている
 ★南相馬 元桜井市長のYouTube
 (3月26日・4月7日・4月22日・5月2日・7月5日・8月1日・10月6日・12月28日・1月4日 4月16日 ・9月3日10月8日)
 6)福島民報新聞DVD 3月〜12月持っている 
マスコ)
 ・記者の資質と新聞社の体質によって偏る 人間が書いているから仕方ない
 ・マスコミによって風評がつくられ、読者視聴者がSNSで感情的で間違った投稿をすることを止められない(ヘイト罰則できた)
SNS
 ・マスコミが!311後使い出した。個人のSNS嘘投稿と交じりポス・トツルースの時代と言われるようになった
 ・
(スマフォ発信)
 ・Twitterは大活躍して安否情報に役立つた YHooとGoogleが安否情報確認に参入
 ・Twitterには自衛隊 米軍も参入
 ・外国・ドイツの放射能拡散シュミレーションが素早く公開されセシウムの拡散が可視化され国・行政の情報より先んじ
  そのことで「国・行政の情報遅い」との批判が高める要因ともなった
 ・SPEEDI はなぜ活かされなかったか (気象庁職員の講義録記録へ) 
 ・公共放送(NHK)がYouTube動画を使い出し同時にそこで発信しはじめた 他のマスコミも倣う
 ・ラジオ福島はUstreamで発信しつづけた
 ・新聞社もSNSに発信するようにあって 県単位の紙媒体を越えてしまった
 ・ウエシマ作戦 (譲り合い)ヤシマ作戦(節電)といれるものが拡散し波をつくた
 ・スマフォ民と非スマフォ民の情報格差が明らかに(高齢者とスマフォを使えない子供)
記憶を保存している物を 瓦礫と呼んでいいのか
・被災した物・家屋などは国と自衛隊によって瓦礫とよばれ人々の記憶を二重に消してしまうことが明らかになった

地形 風景を変えてしまっていいのか
・土地のかさ上げ 防潮堤の築造によて地形と景観を著しく改変した 現代人による未来人への記憶の破壊・廃棄は許されるのか
・人が安全を求め一時しのぎの構築物で永遠に繰り返す自然災害に対抗する滑稽さは記録・記憶される必要がある

10年経って市民の間で 歴史家の役割が明らかになり共感しつつある
 地域の記憶保全 あれこれ 
・国に主導の伝承館問題 (チェルノブイリ博物館とあまりにも違いすぎ。市民主体・既存施設活用 祈りアートが混在保存)
・県博博物館の記録 (国、地方自治体のアーカイブとの連携はどうなっているのか)
  気仙沼誌東日本大震災遺構伝承館などの他県との連携はなされるのか
・市町村がつくるアーカイブ施設 富岡町アーカイブ最初の事例
・アーカイブ施設の抱えている問題・課題

■ 被災民のアイデンティティを保ため不可欠な歴史資料 医療の面からも(全国資料ネット総会でもテーマになった)

■被災者とは誰か 歴史家から見える被災者とは
・誰の記憶が保存されるために記録されるのか (被害が多い人、痛々しい人に偏り 心の病への対応がない)
・被災地の外部と内部の交流は貴重である 
 気仙沼市唐桑町の港町づくりの体験から 外国人や若い学生が被災民を癒していた

紙媒体かweb媒体か どちらもか問題 (これはweb媒体20年ぐらいだから、やらなくていいかな)

(以上ざっと メモ的に書きました) 佐藤敏宏拝

■ 第一回目のメッセージ録

sn様 KI 様 DS様 2021年4月4日
 
突然ですがお願いがありメッセージいたしました。原稿事故から10年が経ちそれぞれの記録や記憶をどのように継承していくのか。あまたの領域で課題になっております(想像です)。建築の領域でも物か文字化どちらで被災の記憶と記録を残し継承し続けるのか、その問題と被災やのケアできる建築とは何かが課題になっております
 そこで、新しいwebメディアを作り、311以降の課題記憶と記録に関する課題を共有すべき・・・と思い建築系の若い研究者と活動し始めました。webサイトは5月から6月に公開する予定です。(4月7日現在もめごと発生中)
 でお願いがあります。以下3人で語っていただきたい内容です(一緒に語りたい方がいれば加えてください)

■福島では、出来てしまった伝承館の問題。計画段階からKIさんが吠えていたように、問題だったのですが、国主導で出来てしまいました。富岡ではこの夏に伝承館(たぶんT大からmy新聞に入社し職員になったかたが主でしょう)ができるようです(地域自立独自のメソットなのか分りません)
 311の記憶は何をテーマに誰が行うのか。被災時にある新しくて古い問題ですが、共有されている節が見えていません。(因はマスコミが煽気味でそれに洗脳されている人が多すぎて敵味方になって満足している人が多いから

そこで
双葉町の当事者であるKIさんと 歴史家であり他所の研究者=さほど遠くないDS氏、ずーっと遠いSNさん(県博物館や地域の自治体と濃い人) 3人でzoomを介して「311は歴史家にとって何が課題なのかどうして記憶と記録をつくり問題になるのか、つづいてそれらを後世にどう活かすか」など語っていただきたく思います。

 阪神淡路大震災で課題になっていた、室崎さんが言っていたのは、日向の部分だけ残して人間にとって日陰の重要な点が隠される。それは福島原発事故でも同じ事が起こっています。飢饉のときの人が人を食っている絵は残ったから分かると同様に マイナスな部分こそ強い喚起力をもっていますよね。

■はじめの司会は私がしますが、あとは自由な語り合いで、1時間半ほど (足りなかったら 次にまた語り合う)

語り合った内容は全て文字にしweb公開します。(問題発言したいのであればweb記録は匿名でも構いません) 文責は私佐藤敏宏です
 zoomあるいはroomでのワイワイ日時はメッセージで調整したいと思います。ご検討いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。