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 質疑応答


 253 (女性)


 よろしくお願いします。私は卒業制作で、霞が関ビルの破壊を行いましたが、これは前期に描いた漫画が元になっています。(裏方のPC操作がおくれている)

 この漫画は怪物が都市を食べ破壊していくというものです。「なぜ私が都市を破壊したかったのか」というと、現代の資本主義に三つの違和感を感じたからです。



 一つ目は都市をつくり、都市の記憶を奪った事。
 二つ目はお金を産んだことにより全てがそれで計られるるようになってしまった事
 三つ目はその社会に息苦しさを感じる人が生まれてしまったことです。

 この漫画では破壊されるという行為により、これまでの当たり前が当たり前じゃないということを読者に伝えようとしています。



 そして卒業制作では、ゼロからではなく、破壊を手法として新しい建築を生み出すことを行いました。





 すこし昔話をします。

 昔々この地には縄文人が住んでいました。彼らの間には階級は存在しせず、狩猟採集を行い、生活していました。己が生きるためには他の動物たちの命をいただかなくってはいけません。彼らにとって生と死はとても近いものでした。自然から多くのものをいただき、多くの物を還す。彼らは自然と共に自由に生きていたのです。

 しかし時が経つにつれ、人間たちはこの自由な生き方を捨て、生き辛い時代に を迎えます。それが現代です。現代ではお金という存在が絶対であり、人々はそれを得るために、日々を過ごしています。

 やがて、都市が築かれていき、彼らは自然から離れたとこで住むことになりました。もう狩りをする必要はありません。お金を払えばお肉や屋魚など様々な物が加工された状態で手に入るのです。そこに死を感じる瞬間はありません。

 自然は今も昔も変わらず、たえず私たちに多くの物を与えてくれています。しかし今の私たちは自然の恩恵をもらうばかり、それどころか、自然を操作し、土地の記憶まで奪ってしまいました。人間と自然の共生は終わってしまったのです。



 自然と共生せずして、私たちは生きていけるのでしょうか。我々は今の社会の息苦しさに気付いています。そしてもっと自由に生きることを願っています。

だって私たちは、みんな縄文人だったのですから。

 まちがった建物を建て過ぎてしまった私たちは、新しい時代を迎える必要があります。これからは自然に多くのものを還していかないといけません。



 東京の霞が関には、かって入り江が在りました。水の都として栄えて、水辺には葦が生息していました。しかし、今は埋め立てられ、平らな土地となり、ビルが建ち並び、均質な空間が広がってしまいました。



 私は敷地を、かっての入り江に面した場所に建つ、日本で最古の超高層ビルであるとし、霞が関ビル、このビルを破壊することによって、ユートピアを設計していきまいした。



 これが断面図で、これが各階のアクソメになります。


 私の設計はまず入り江を再生するところから始まり、入り江を造るために掘った土は建築を覆いのみ込んで行きます。






 その土には緑が芽吹くだけでなく、樹木葬のお墓としても機能します。人間も動物も関係なく共にこの墓に眠ります。自然の中で最も恐ろしく、もっともリアリティーがあるものが、死です。その死を建物の中心にもってくることによって、死をより近くに感じさせます。







 理想を追い求めた結果、出来たように思える現代の中に、この建築を存在させていることによって、今の生活を疑うことをしない人々に、自然の恐怖を、死の身近さを、今までの生活や見えてこなかったものを、この建築は思い知らせます。以上です ありがとうございます

 5:30




 質疑応答

門脇:設定を確認したいんですけど。周辺では今まで通りの生活が営まれているのか、あるいは漫画で描かれていたように、縄文人的な生活が復活しているのか、どっちなんでしょうか

253:敷地の周辺では、今ままで通りの生活がいおなわれています。敷地の内部だけ特別な空間が出来上がっています。


磯:最初に描いた漫画では、怪物が都市を破壊していくみたいなストーリだったということですが、そのストーリーとは直接は関係してないっていうこと。

253:直接は関係してなくって、私が最初に思った都市への破壊の衝動を初めに漫画として描いて、自分の中でも整理をしていくという過程で、出来たものです。


赤松:ここだけで営まれていて、他では今ままで通りの生活があるって言ったときに、ここで、じゃー生活する人たちは、どういう人たちなんですか。選ばれた人たちなのか、自分たちで選んでやって来た人たちなのか、どういう人たちが生活しているイメージなんですか。

253:ここには、自分で来たかった人が、生活したいと思う人が、来てるんですけど。なんていうか社会に、資本主義から始まった社会に、大きな流れが出来ちゃったと私は思っていて。

 進学して高校へ行っていい大学へ行って、いい就職先に行って、っていうのが何か幸せみたいなふうに感じられてて。それのために皆、必死に勉強して、でも本当の自分のやりたいことって、自分のやりたいことを潰して、その幸せだと思っている方向に進んでる人がたくさん居るなーと思っていて。

 その流れに乗れない人、私もそうなんですけど。そういう人が社会にはたくさんいるんじゃないかなーと思って。そういう人たちが暮らせる場所を造りました


辻:253さんは縄文的な暮らしをやってみたの。

253:私はそういう暮らしはやってみたことは無いです。

辻:やってみなかったのはどうしてなの

253:やってみなかったのは、

辻:ドングリ食べたりさー、

253:あードングリはたくさん集めました。

辻:例えば、電気を使わない生活をしてみたりとか。そういうリサーチというか、この提案をちゃんと説得力のあるものに近づけるために、自分がやったリサーチっていうのが、もうちょっと、ないかなーと思って。聞いてたんですけど。

253:そこまでは、出来てないです。

青木:破壊というのがテーマなんで。一瞬やっぱり、誰が破壊してるのかなーと思ったら、貴方が破壊しているんだろーって思うわけですけど。
 でも貴方に破壊の欲望が有るっていうことでしょう。だけどたぶんそれは、そうじゃなくって、今の話を聞くと、同じように感じている人が居るっていう事だから、その人たちも共犯者になるわけで。
 もう一個、何かあるのかなーと思って、縄文だから、自然との共生って言っていいのかなー、自然というものと一緒になってるところがあるしゃないですか。そうすると、これは自然も共犯者なんですか。破壊の

253:そうですね

青木:ということは段々段々自然と人間が共謀、協働して都市、霞が関ビルを破壊していくっていうストーリーとして、観ればいんですか。

253:はい

司会:そのほか何かございますか


司会:門脇さんどうですかね

門脇:すごい振りが今、来ましたけれども。意外と自然を道具として使っているんじゃないかという疑念が僕にはあって。つまり都市からはみ出た人たちが自分らしく生きるための道具として、色々な自然が動員されているのではないか。
 青木さんがこれは共犯者だと言ったんだけど、自然は。僕には道具に見えて、253さんとしては、どちらなんでしょう

253:取り掛かりは道具としても、でも初めはいいのかなーと思ってて。でも、どんどん一緒に共犯的になっていくというか。今の時点で何か人々が、自然をちょっと道具として扱っているなーという印象があって。

門脇:でもここでの生活は自然を殺すことよって生命を得るし、逆に自然に殺さるんですよ。きっと。

253:そうなんですか

門脇:だった縄文時代なんだもん。ってことは、どうなんだろう、それは共犯なのか道具なのか、ぜひ議論を深めていきたいなーと思って。

253:人間の、意思、あやつれる、あやつる、外に自然があるので、人間が道具として取り入れたとしても、共犯者としてとりいれたとしても、知らないうちに自然にそれは食べられてしまったっていう、流れ。

門脇:だから道具として呼び込んだ都市に、ここで暮らす人は場合によっては殺されるし、あるいは都市そのものが、この自然によって破壊されて殺される。そういう想定なんですかね。

253:ああ、そうですねー。自然に、自然が

門脇:何かね、例えば発電をしている事とか、エネルギーをとりだそうとか、食物を採りだそうとか。最初に呼び込んでいる、最初に道具として自然を呼び込んでいるんだ、と思うんですね。
 でも、しかし、その自然は明らかに何かを破壊していて、それは直接的にはこのビルだし。あるいはもっと深い射程は、この社会制度を殺している、と思うんだけども。でそれが、果たして、あなたの道具の暴走なのか、何なのか、253さんはどういうふうに考えているのかなーと思って

253:自然が人間より強いっていうのを、自然の恐ろしさを感じる場にしたいと思ったので。道具というよりは、自然の方が、自然に人間からやられていくっていう。のが近いです。



磯:この案を僕たち審査員が、この10選に選んだ残したのは、この霞が関ビルの、このモデル、立ち振る舞い、建ち姿が凄く魅力的だからだと思うですよ。 その魅力っていうのは何だっただろう。僕も一緒に考えてたんですけど。

 貴方はビルが嫌いだから、壊したいからこれを考えただと言うけど、本当にそうかしらって思う訳。ビルが嫌いだったら、これ、無い状態にしちゃて、端から考えなければいいじゃないですか。そうじゃなくって。ビルを突っかえ棒とか建てながら残そうとしているじゃないですか。これは幾ら自然が来てもビルを何とか残そうと、ビルをここに存在させていこう、という意思が表れているんだと、逆に思いましたけど。

253:このビルが在ることによって隣に普通の生活をしている人々が、よりこの意識を向けられるっていうか、そういうものに成ったらいいなと思ってビルを残しつつ、自然を入れ込んで行くっていう。


五十嵐:何か僕、こういうの聞くと、普通だと大激怒するんですけど。なんか、あんたのプレゼンは割と腹が立たなくって、すーっと入って来たんですね。だから思想概念みたなのが、けっこう割と本気なのかなーと思って伝わって来たのかな。

でも、あなたが考えた事は他の方法でも、何か、実現できたというふうに審査員の皆さんが思うから、そういう質問を全部やっていて。どうなの

253:

五十嵐:なんで、この方法を採んなきゃいけなかったの。

253:なぜこの方法、破壊。何か、建物をゼロから建てていって、どんどん増えているっていう、建物がどんどん増やしていくんじゃなくって、破壊から新しいものが造られたらなーって思ったのが最初だったので。なんで破壊しながら残しつつ、自然を


門脇:何か象徴として、超高層ビルの最初の建物をこうやっていって、しかも周りから見ている訳でしょう。
 だから、一種の象徴装置としてこれ働んだけども。でも同じように、もしこれが突っかい棒しながらでも、超高層ビルを成立させるようなものなんだとすると。この装置自体が何とか東京と言う都市システムを、生き永らえさせる、突っかい棒として機能してますと。そう読み方もできるじゃないかという気もしてきました。

司会:時間が来てますので、後ほどその辺、考えておいてくださいね。どうもありがとうございました。みなさん拍手をお願いします

 会場 パチパチパチ


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