HOME 年表 (原子爆弾)写し | |||||
1939年クリスマス ウラン核分裂の発見 |
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年 | ドイツ | イギリス・仏 | アメリカ | ソ連 | 備考 |
1939年 2015年4月刊行 |
4月)ウランフェラインを創設 9月)ドイツ、ポーランドを攻撃し、第二次世界大戦勃発。陸軍兵器局、核研究所を統合。 12月兵器局へのハイゼンベルグの第一回報告 |
3月)仏・核分裂の実証 7月)フリッシュ、バーミンガムに移る 8月)ジョリオ=キューリー、ハルバン、コワルスキー、酸化ウランに置ける分裂増を確認(仏 ・ハルバン、減速材としての重水素の可能性を確認。リンデマン、原子爆弾の潜在能力を過小評価(仏 11月)ロートラップ、高速中性子による核分裂の可能性を確認 |
1月)ポーア、プリンストンに到着 核分裂の発見を公表 2月)核分裂の実証 4月)ウラン235の役割を確認 7月)ハイゼンベルグ訪米 10月)ザクス、アインシュタインから書簡をローズヴェルトに呈示。 ウラン諮問委員会創設 12月)ローレンス、1984インチ、サイクロトロンへの融資の奔走 |
3月)核分裂の実証 9月ソ連、ポーランド侵攻 11月ソ連フィンランド侵攻 |
絵:ウイキペディアより |
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1940年 |
2月)兵器局へのハイゼベルグの第二回報告 4月)ドイツ軍、デンマークとノルウェーを侵攻 6月)ドイツ軍、パリに侵攻 7月)ヴァイッゼンゼッカー、潜在的核分裂核分性物質として元素93を確認 9月)日独伊、三国同盟締結 10月)ウイルス・ハウス完成 12月)初の原子炉実験(B─IおよびL─I)の実施 I |
1月)フリッシュ、ウラン235の高速中性子におる核分裂を確認 3月)アリエ、ヴェモルクから重水素回収。フリッシュとバイエルスの覚書 4月)ウラン、諮問委員会の創設(後に、MAUD委員会と解明) 6月)ウランフェラインの物理学者、ジョリオ=キューリーの研究室を訪問(仏 バルバンとコウルスキー、重水素を携えてイギリスへ脱出 7月)フリッシュ、リヴァプールのチャドウィックの研究に加わる。バトル・オブ・ブリテン始まる。 9月)ロンドン大空襲始まる 12月)シモン、気体拡散に関する報告 |
3月)アインシュタインのザクスへの書簡。潜在的減速材といての黒鉛を調査開始。 6月)元素93に関するマクミラン─アベルソンの論文。ターナー、元素94の潜在力を確認。ブッシュ、でぃーぷなーを創設。 7月)ブリッグズ、ウランに関してNDRCに報告 11月ローズヴェルト三選。コロンビア大学で、ウラン─黒鉛パイルの研究始まる。 |
絵:ウイキペディアより |
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1941年 |
1月)ポーテ、黒鉛は減速材として機能しないと判断。ハンレは異論 3月)ウランフェライン会議「クルジウスーディツケル法」はウランには機能しないと結論。ハウターマンス、ライヘに伝言を託して連合軍に警告 6月)ドイツ軍ソ連侵攻 9月)ハイゼンベルグ、コペンハーゲンのボーアを訪問 11月)モスクワへのドイツ侵攻、急停止 12月)会議にて、分裂は戦争遂行努力の役に立たないと判断。ドイツ国家研究評議会に監理責任を戻す |
3月)コナント、MAUD物理学者らを訪問 4月)気体拡散プラントの縮尺もでるを使用した実験 7月)MAUD委員会報告書。英ソ相互援助条約 9月)MAUD報告書を国防小委員会および参謀長らが承認。チュープ・アロイズ計画開始。ケアンクロス、モスクワに決定を報告 10月)トロンスタ、イギリスへ脱出 12月)フックス、ソ連スパイとなる |
3月)ローレンス、原子力に関する努力拡大を訴える。シーボーグとヴァール、元素93(ネブツニウム)を分離 4月)ライヘ、ハウターマンスからの伝言を届ける。コンプトン、米国科学アカデミーの審査員グループを率いる。 5月)第一回全米科学アカデミー報告書。OSRD設立。シーボーグとセグレ元素94(プルトニューム)の分裂率の測定 7月)第二回全米アカデミー報告書 8月)コロンビア大学で臨海未満のパイル建設作業開始 9月)オリファント、アメリカを訪問し、MAUD報告書を討議 10月)ブッシュ、MAUD報告書の正式コピーを受領 11月)第三回科学アカデミー報告書。S─I委員会設立。気体拡散によるウラン235濃縮実演 12月)日本による真珠湾攻撃。アメリカの参戦。S−I計画第一回会議 |
4月スターリン、日本と中立条約に調印 8月)ドイツ北方軍集団レニングラードに進軍。南方軍集団、キエフを占領 10月)ドイツ軍、モスクワに進軍 12月)ソ連、モスクワ郊外のドイツ拠点に反撃 |
絵:ウイキペディアより フックス絵ウイキペディアより |
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1942年 |
2月)ウランフェライン、爆弾実現可能と報告。陸軍兵器局の会議 6月)ハルナック・ハウスでの会議。実感パイルL─W爆発 |
6月)チューブ・アロイズとS−1の全面協力に向けた提案 10月)グルース班、ハルダンゲル高原にパラシュート降下 11月)フレッシュマン作戦、失敗に終わる |
1月)シカゴにメトラボを設立。連合国共同宣言 2月)チューブ・アロイズの物理学者ら、S-I計画の実験所を訪問 4月)フェルミ、シカゴに引っ越す。ウラン─黒鉛パイルCP−1の研究開始 5月)オッペンハイマー、爆弾の物理特性に関するS−1研究を率いる 8月)バークレー夏季研究グループに関する報告書。シーボーグ、プルトニュームを分離 9月)グローヴズ、原子力プロジェットの監督に指名される。S−1、マンハッタン計画となる。オークリッジでの建築準備作業 10月)オッペンハイマー、兵器実験所「サイトY」の科学監督に指名される。 11月)PC−1建設 12月シカゴで原子炉(CP−1)の臨界に初めて成功 |
2月)フィリヨフ、原子力い関してクルチャトフに手紙を書く 3月)ベリヤ、ケアンクロスの諜報資料を検討 11月)赤軍<スターリングラードにて反撃(ウラヌス)を開始 |
絵:ウイキペディアより |
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1943年 |
5月)ハイゼンベルグ、GーU実験の結果を認める 11月)ベルリンにたいする連合軍の最大規模の爆撃 12月)ハイゼンベルグ、ポーランド総督フランクを訪問 |
1月)チューブ・アロイズの物理学者ら、モントリオール実験所に移動 2月)スワロー班、ガンナーサイド作戦、重水工場破壊工作 11月)ヴェモルク工場爆撃。チューブ・アロイズ派遣団、アメリカに向けて出発 |
1月)クワスニコフ、ニューヨークに到着。シュヴァルエ「事件」1942〜43年冬) 2月)クラーク、ソ連通信文解読プロジェットを開始。オークリッジにて電磁分離プランと建設開始 4月)ロスアラモスでの口開け講義。ネッダーマイヤー、爆縮を提案 6月)オッペンハイマー、バークレーでタトロックに会う 7月)縮爆の小規模研究始まる 8月)オッペンハイマー、パッシュおよびジョンソンとの事情聴取 9月)オッペンハイマー、ランズデールから事情聴取。アスロス・ミッション開始 10月)気体拡散プラントの建設、オークリッジで始まる 11月)同位体の電磁分離、オークリッジで始まる。アズーサ計画開始 12月)セグレ、ウラン235の自発核分裂を測定。アルソス、イタリアに到着 |
1月)フィーチン、諜報計画「イノーマイス」を開始 2月)ドイツスターリングラードで降伏。原子力に関する特別決議。クルチャトフ、諜報資料を検討 |
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1944年 |
1月)ゲルラッハ、核化学の全権大使に指名。ハイゼンベルグ、コペンハーゲンに戻る 2月)連合軍の空爆により、カイザー・ヴェルヘルム(KWI)科学研究所深刻な被害 7月)KWー物理学研究所、ヘヒンゲンに移転。原子炉研究、ハイガーロッホに移転。ヒトラー暗殺の失敗 12月)バルジの戦い |
2月)ハイドロ号撃沈 5月)ボーア、チャールと面会 6月連合軍、ノルマンディー上陸作戦 9月)ハイド・パーク覚書 |
1月)タトロック自殺。キスティアコウスキー、ロスアラモスに参加。テラー、爆縮理論グループの監督に指名 2月)核融合研究の優先順位下がる・テラー、理論部門を辞任。フックス、ゴールドに接触 4月)タック、爆縮レンジの可能性を確認 6月)パッシュ、ローマにてバーグと対峙。ハウトスミット、第二次アルソスの科学監督に指名。グローヴズ、ウォークリッジの液体熱拡散プラント建設を発注 7月)プルトニューム240の自発核分裂に関するセグレの測定、危機招く 8月)フックス、バイエルスとロスアラモスに異動。オッペンハイマー、爆縮研究を再編。ボーアとローズベルト面会。原子爆弾投下のためのB-29改造の開始 9月)ハンフォードB原子炉稼働。第一回Ra-La爆縮実験。 10月)ホール、ソ連のスパイになる 11月)グリーングラス、ローゼンバーグによりスパイとして徴募される。ハウトスミット、ストラスブールで回収された文書からナチスの原爆はないと確信 12月)バーグ、スイス・チューリッヒでハイゼンベルクの講義に参加。ホール、爆縮詳細情報をサックスに渡す。ハンフォードDパイル、臨界に達する。 |
4月)第二研究所の拡張と移転 9月)クルチャトフのベリヤへの手紙。ソ連のサイクロトロン稼働 |
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1945年 |
2月)ハイガーロッホにて実験炉BーZ再組立て。連合軍、ライン川を渡る。ドレスデン爆撃 3月)アルソスがボーテを拘束 4月)バッゲ、ワーツ、ヴァイッゼンゼッカー、コルシング、ラウエ、ハーンを拘束。イギリス軍、プーヘンヴァルト、ベルゼン両強制収容所に入る。ソ連によるベルリン攻撃始まる。ヒトラー自殺 5月)赤軍、ベルリンを占領。パッシュ、ハイゼンベルを拘束。ゲルラッハ、デープナー、ハルテックを拘束。アルデンム、モスクワに出発。ドイツ降伏 6月)リール、モスクワへ出発。ソ連300トンのウランを発見 7月)ポツダム宣言 |
5月)メイ、モントリオールにてGRUスパイとして活動を再開、欧州戦線勝利の日 7月)ドイツ人物理学者ら、ファームホール到着。アトリー首相に就任 8月)ファームホールのドイツ人物理学者ら、連合軍の成功を知る 9月)外相理事会の会議。ゲーゼンコ、オタワにて亡命しメイを暴露 11月)ハーン、ファームホールにてノーベル賞を知る 12月)アートリー、イギリス原子力計画を発足 |
1月)ドラゴン実験、ウラン235の臨界質量を確認。オークリッジの気体拡散プラント運転開始。 2月)ハンフォード原子炉、設計出力に達する。ウランの「ガン・メソッド設計完成 爆縮レンズ構成の最終決定。フックス、ゴールドと接触再開。 3月)カウボーイ委員会設立。実験により、プルトニュームの個体コア圧縮の可能性を確認 4月)ローズ゙ヴェルト死去。トルーマン、大統領に就任。テニア島で準備開始。標的委員会、原爆の潜在的標的を確認 5月)コーエン、ヤッコフへの資料をホールに渡す。シラード、バーンズと面会。暫定委員会の会議。標的員会、候補地リストを作成 6月)ゴールド、フックスとグリーングラスに会う。ルランク報告。暫定委員会、前の決定を支持。改造型B-29、テニアンに到着 7月)シラード最初の嘆願書。トリニティ実験。トルーマン、ポツダム宣言で原爆をスターリンに話す。シラード二度目の嘆願書。 8月)広島と長崎に原爆投下。スマイスター報告の公表。日本無条件降伏。ダリアン、ロスアラモスで事故死。コーエン、ホールに会う。 9月)グリーングラス、ローゼンバーグと会う。フックス、ゴールドと最後の面会。 10月)オッペンハイマー、ロスアラモス辞任。ブラットベリー、後継者に指名 11月)ベントリー、NKVDクーリエを自供。「トルーマン─アトリー─キング宣言」 |
3月)ベリヤ、「ソ連版アルソス」を設立 8月)ソ連の原爆開発加速化を目的とする国歌特別委員会の設立 10月)ベリヤ、スマイス報告と諜報資料にもどづく包括的報告書を受領 11月)テレッキー、コペンハーゲンのボーア訪問 12月)外相理事会の会議 |
絵:ウイキペディアより トルーマン大統領 広島原爆投下演説 |
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1946年 |
1月)原子力研究所(AERE)創設。ファームホール抑留者の釈放 3月)メイ、ロンドンのキングズ・カレッジにて逮捕 6月)メイ、中央刑事裁判所で裁判および判決。フックス、AEREに到着 8月)イギリス、独自の核抑止構築を決意 |
1月)国連、原子力委員会(AEC)を創設 2月)グリーングラス、名誉除隊となる 3月)「アチソン─リリーエンソール報告書」チャーチルの「鉄のカーテン」演説 5月)テラー、スーパーの可能性についての、「一応の証拠」を報告での。ロスアラモスでの二度目の事故で死亡。 6月)バルーク、国連AECで計画発表。ホール、名誉除隊となる 7月)クロスロード原爆実験。オッペンハイマープリンストンに移る 8月)トルーマン、アメリカ原子力法に書名 9月)オッペンハイマー、FBIによる事情聴取を受ける。 12月)原子力スパイに関連する初めてのソ連通信文が解読される |
1月)クルチャトフ、スターリンに謁見 2月)ボリショイ劇場におけるスターリンの演説。ケナンの「長文電報」 4月)サロフにアルザマス─16設立 12月)ソ連初の実験炉、臨界に達する |
チャーチル 鉄のカーテン 演説 |
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1947年 |
9月)フックス、ソ連と接触を再開 |
1月)オッペンハイマー、GAC委員長に選出される。 6月)マーシャル、ヨーロッパに対する包括的経済援助計画を発表 7月)ヴェノナ計画によって明らかになったソ連原子力スパイの程度への懸念が強まる。ゴールド、連邦大陪審に召喚 10月)ラムフィア、ヴェノナ計画に参加 |
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1948年 |
3月フックス、スーパーに関する情報をフェクリソフに渡す |
1月)イギリスと暫定協定を締結 5月)国連AEC解散 10月)ルメイ、戦略空軍(SAC)を指揮 |
3月)プルトニューム生産炉(軍事施設─A) 4月)ソ連版スーパーの研究開始 6月)軍事施設─〇A、設計出力を達成 12月)軍事施設─Bの完成 |
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1949年 |
4月)フックス、フェクリソフと最後の面会 12月)スカードン、フックスを尋問 |
3月)SAC緊急戦争計画1─49 9月)ファースト・ライトニングの放射性降下物を検知。ラムフィア、フックスを有力容疑者と確認。トルーマン、ソ連による原爆保有を発表 10月)GAC,スーパーを却下 |
5月)ベルリン封鎖解除 8月)ファースト・ライトニング実験 |
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1950年 |
1月)フックス、陸軍にて自白 2月)フックス、逮捕 |
1月)トルーマン、スーパー製造計画を発表 | |||
■番外動画 1953年12月8日 アイゼンハワー米大統領はニューヨークの国連総会で演説し、「平和のための原子」として知られる演説を行った。 アイゼンハワー大統領は、「全人類の利益のために」原子力の平和利用を促進する「国際原子力機関」の創設を提案した。 (日本語訳) |
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年代 | ドイツ |
イギリス | アメリカ | ソ連 | 備考 |