本   2023年2月 作成 佐藤敏宏
磯崎新著 『偶有性操縦法 磯崎新─何が新国立競技場問題を迷走させたのか』青土社2016年3月23日
 偶有性・コンティンジェンシー とは( 半ば規則的で半ば偶然のできことを表現することば 
まえがき ・『電気的迷宮 エレクトリックラビリンス』ミラノトリエンナーレ1968
        ふたたび廃虚になったヒロシマ(フォトコラージュ)
        広島の「平和」は「核の崇高によってあやうく維持されているにすぎない
        未来都市は廃墟だ 戦争とは呼べない戦争が「都市」を壊しつづけている
        アーキテクチャが自壊している アーキテクチャは戦争モデルで補完されねばなるまい─

目次 T 理不尽は キテクチュア
     1.うつふね ARK NOVA 2011年9月
     2.フクシマで、あなたは何もみていない 2011年2月
     3.近代国家のエンブレム 2013年9月
     4.瓦礫と隊列 2016年1月 
     図 成都の巨大建築とザハ・ハディド案
    U 偶有性操作術
     1・ハイパー談合システム 2015年8月
     2.「日の丸」排外主義
     3。奇奇怪怪建築
     4.魔女狩り
     5.空地が生まれた
    図:祝祭都市構想─プラットフォーム2020

あとがき 磯崎新私譜

      1931年 歳 満州事変 物心ついてすぐに、我が家の祖先は慶長大地震の際、別府湾の海中に沈んだと伝えられる瓜生島から流れ着いたと聞いた。

      1941年 10歳 日米開戦 小学生の頃、軍艦のデザインをやりたいと考えていた。動くものの設計に興味をもっていた。

      1951年 20歳 朝鮮戦争 両親を亡くし、自宅は焼失、家財は残らず処分されて上京。住所は転々と変わり、東京流民となる。
      1961年 30歳 キューバ革命 グランドツアーとしての世界の旅に出た。建築は現場に立って考えるものだと悟り、仕事場をアトリエと呼んだ。隔離を渡り歩く「流れ」職人をモデルにする。

      1971年 40歳 世界文化大革命 旅先で方丈記を英訳で読んで、はじめてこれが災害の書であることを思い知る。仮設の小屋こそが「建築」なのではないか。

      1981年 50歳 イラン革命 「時は飛来する」とする道元の言葉を手がかりに「有時庵」を構想した。この頃マンハッタンとサンタ・モニカのホテルが仮の栖である。

      1991年 60歳 ソ連崩壊 還暦を機に、「無所有」を私の人生の信条と決めた。つまり流民のままでいること。マカオ沖に蜃気楼のようにたち現れる「海市」展を構成する。

      2001年 70歳 9・11 近代住宅の名作をえらんで『栖十二』をメールアートの形式で発行した。自邸は含まれていない。誰もが「流れ」建築家だった。さしあたり私はパラサイト。

      2011年 80歳 3・11 まれびとが「うつふね」に乗って訪れる民話から移動演奏会場ARKNOVAのアイディアがうまれた。「方丈」が大八車で運ばれたように、これは折りたたまれてコンテナーに収まっている。いまでも次の寄港地をさがしている。

 2022年12月28日午前10時30分、老衰のため那覇市の自宅で死去した。91歳(web記事一例
 美術館建築をめぐって 磯崎新+青木淳対談