佐藤敏宏の 2010年 3月の日記       home  

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 3月31日 晴れ 

■このところマスメディアでダダ洩れをつくUST(ユーストリューム)についてあれこれが流れていて 目に触れる機会がある。野次馬に成り代わって絵を撮る音採るだけだが ある種の力は当然ある

しかし その場に入り画像と音声を流すだけでジャーナリズムを冠するのはメチャだ。機材の性能が良くなっても 良い番組はつくれない。戦場にいる誰もが その戦争を批評でき る画像や番組や文章は作れない、当然だが。勘違いした物言いが気になる。

 ダダ洩れただでみる 大衆に組織されて扇動されないように なにはともあれ各方面のその領域に在る情報問題の現在に関する 教育が肝要だろう。質の良い番組は公共放送しか作れなくなってしまうのは とても大きな問題だ 色々思うが長くなるので省略

■高校無償かになるそうだ 子供手当ても 子供や教育に資源再配分は良い

岡田栄造さん 清水久和さんトークショウ記録公開する 今年度のインタビューなどの記録は終わった 何人に出会い記録したのか数えてないな

■ my長女と電話 変則入学だったが 博士課程2年生が済み研究成果など色々聞かせてもらう my子達のがんばりに引っ張られて生きている感じだな〜俺って ららららいねんどは なんとかしよう と気張ってみる うふふふふ 



 3月30日 晴れ 相変わらず 冷える

水久和さん岡田先生トークショー 記録 web頁を作り続ける。ざっと終わる、明日再度見直し 訂正など 大まかに済ませて webにのせたいが

■不意に 玉手箱を開けてしまって一気に年老い孤独になったと語られている浦島太郎さんのその後を色々考えてみる。

昔語りでは 孤立感溢れるかのような 戒めあじの話になっているのだが。実は真っ赤な偽りで そうとう楽しく過ごしてしまったのではないか?鯛や平目の臍の下 ただ珍しや! 世界の臍の下

3月29日 正午頃猛吹雪 目の前が見えず 一気に冷える 

■我が家の木蓮蕾が割れたまま どどまっている冷えはいつまで続くのだろう

■夕方清水久和さんからトークショー後の記録用画像データなどが送られてくる。文字訂正あまりない(固有名詞・地名・商品名などはレジュメがないく音だけでは お手上げ)目を通して画像加工する 明日からweb頁を作る予定

■3日夜は花田達朗先生と1年ぶりに呑むことに インタビューしてもいいかもな〜 ただ呑むでもいいだけど 考えてみよう


 3月28 曇り 夜中との予想 

■夕方から冷えだし 躰が冷え冷えとなり それが因だと思うんだが 腹痛が襲ってきて 耐えられぬほど!電気毛布で暖めてなんとか復活。 久しぶりの はらいてーって辛い を体験。30代には痛さに耐えられず モルヒネうたれ入院ししたこともある。胃腸は丈夫じゃない俺 躰の芯まで冷やすと堪えるので温かくしようと心がけているのだが 油断ありかも。

加藤拓郎さん 卒業設計日本一展を語るを公開する 加藤さんは2006年から実行委員に関わったそうで 5年間体験しているんだそうで 経過と課題などを報告していただいた その内容を文字に起こしたもの。写真は加藤さんから提供していただいた。

■よる 岡田栄造さんに電話する。 トークショーのデータを公開をするかしないかなどを 聞くため。 公開する方向にて進み出しそう。 鏡の髪 清水久和さんを紹介する内容になると思う。


 3月27日 晴れのちくもり あいかわらず寒い

■2月6日築地のbtfでおこなわれた岡田栄造さん+清水久和さんトークショーの文字起こしを完了。再度聞き直しをしする。  myICレコーダー性能がよくないので 聞き取りにくい箇所がいくつもあった。ざっと訂正し直しいったん完了 

■ ダメハウスで行われたレクチャー記録をもうすこし追加しようとあれこれ整理する数日後には一部公開 

マンガ教科書用文字起こし料金の請求書をだす 正月料金なので無収入の俺様にとっては高額 各地ことば悦覧(インタビュー)活動資金が出来て嬉しい!

■半年ほど前に菅家利和さんインタビューの文字起こししたが、菅家さんようやく昨日 裁冤罪晴れて無罪となる 冤罪はどうしたら防止できるのか は棚上げされたまま、真犯人はどこへ消えているのかなども同様。
 

 3月26日 曇り 相変わらず寒い 

岡田栄造さん+清水久和さんトークショーの文字起こしをスコシコシコシコ 続ける おおよそ1時間15分ぶん完了する 尻が痛い。 残り15分ぶんほど


  3月25日 雪3pぐらいつもり 日中小雨降り続く

大雪は降らなかったものの 寒気停滞しているようで屋根や木々の先に積もった雪が消えない。底冷えするというか肩冷えがキツイというか 春の気候は女心のうに寒暖激しく行き来してなかなか対応が難しい。

■年末年始にかけて文字起こした 大学講義のマンガ教科書作りは順調に作業が進み、といっても都条例で規制が掛かりそうで、反対表明などしてて モメたことで作業が大幅に押されたそうだが、「新学期に間に合います、ありがとうございました」という連絡あり。出版された送られてくるので紹介

■ 加藤拓郎さんに送ったSDLに関してのワイワイ記録 電送データ  「今夜中に・・」とメールはあったのだが、校正から戻らず。

岡田栄造さん+清水久和さんトークショー文字起こしを始める。4,5日掛けて起こしす予定。 LRAJ2010に続き 日本一展関係の記録を作り終えて ようやく清水さん語りの記録を作る始める。清水さん音声が軟らかく籠もったような感じでやや聞き分けにくい箇所多い。一端起こしてしまって再度聞き直して作り上げよう

■4月3,4日で行うLRAJ2010 メンバー のメンバーへのインタビューなど ほぼ予定が固まる 東京の桜はこの寒さで来週末までもってくれると楽しいのだが。

 3月24日 曇り 

寒気がとどまって寒いけど今夜から動き出して荒れて積雪20pぐらいとの予報が出ている 段々冷えだして予報が当たるのか

■8日に行った 加藤拓郎さんのSDL日本一決定戦の経過など文字に起こす。多少整えて加藤さんに電送する。

学生さんに限らず 建築系の人々は図や写真を持ち出して、話してしまうので 文字に変化して見ると 何だか??理解不明な内容になることが多い。 図や絵に寄りかからずに、言葉を使い他者に理解してもらえるような努力や訓練する場がほとんど用意されてないことが因なのだろうか・・ (インタビュー時もそう感じる事が多い)  対話無しでは成り立たない建築廻りの作業には対話術は不可欠なのに放置されているのは そのよな事で建築系の人々の思いや熱意が伝わらないのは 日本の損失というものだ。 

■神保哲夫さんの呟き より

 総理会見が開いたことで多くの方からおめでとうを言われるのが、なんとも不思議な気分です。人のいないビデオニュースにとっては、また一つ大変になります。でも、日本にとってはめでたい日ですよね。これまで55ヶ国の国家元首の会見に出ましたが、その中に日本の総理は入っていないのですから

首相会見は記者クラブから解放されだしたようだ 


 3月23日 曇り

彼岸の嵐を起こした寒気が居座っているようで気温上がらず 寒い

 このweb頁タイトルが 間違っていたと月末に気づき訂正する く うふふうふふふ

■グーグル検索中国から撤退 公共放送のニュースで流れている

 3月22日 晴れ

未明に積もった3pほどの雪はあと形もなく融け消えた。彼岸の嵐は恐かった。

■ LRAJ2010のメンバーのインタビューを4月初めと5月に分けて行うことにして 宿予約と 各自への再度連絡をする。

一気に聞き取って10人前後になれば文字起こしweb頁をつくり公開するだけでも2ヶ月ぐらいは掛かってしまうので4人以内小分けにして聞き取りその月内に記録を作りを公開を行うもよいだろう。 1月空けばツイッター以後の社会では 記憶がドンドン消えていく、今が大事という空気のなかで 一気肉声採取の良さは消えるが 1月離れてもなお残っている記憶だけでも採取できるのをよしとしよう。

米国では皆国民医療保険がはじまりそうだ、自由至上(市場)主義のアメリカも変わっていきそうだ。マイケル監督の「シッコ」では病院が患者を路上に捨てるシーンや 病持ちのみんなが キューバに行って医療を受けコメントする姿が印象的だったが、ようやく皆医療保険を手に入れる。

 米国の資本主義も中国の共産主義もどんどん変容していくが 政権交代しても日本の政治は崩壊し続けている。政治家も市民もメディアも御役人さまも育ち成長せず 迷走し合っている

■選抜 高校野球に負けた58才の監督さん 「・・ もう野球やめたいし、死にたい。腹切りたい」とお立ち台で語ったそうだ。高校生を指導する人間として問題あり。喩えも時代錯誤で酷い。自分だけ間違いない指導しているという考えが透けている 指導されている高校生諸君が気の毒

 3月21日 強風ふきあれすぎ 

■昨日から強風が吹き荒れている。気温も一気に下がり冬に戻るように夕方から吹雪いている。地面が暖まっているので積もらないだろう。横殴りの吹雪が昨日一気に蕾が割れ白い花弁顔をだした 我が家の木蓮の開花を止めた。

昨日は御殿場の野焼きで3人が焼け死んだそうだが 今日県南では豚舎が焼け 豚550頭が焼け死んだそうだ。自然現象が多すぎると恐ろしい

グーグル、中国との交渉決裂 近く撤退発表かというニュースが流れている。中国内の検閲行為は永遠には続かないだろうが、どのような経過を経て言論の自由が保障される社会になるのだろうか

魔法少女リリカルなのは 劇場版がはじまっている 小学3年生でリリカルで魔法使い 少し  セーラームーンやシンケンジャーは5人組 高町なのは は 一人らしい。 


 3月20日 晴れ あたたかし 

■とても温かく外での作業によい天気そうだったから 9日のベタベタ重たい雪で倒れた蔦を4時間ほどかけ処分する。青臭さと根というか幹というしなやかな枝を切り刻んでゴミ袋に入れ続ける。手のひらに豆が出来た。普段は箸と鉛筆より重いのを持たない柔らかな手の平に 蔦の抵抗が刻まれた。 

■今日からパリーグの公式試合がはじまり オリンピック平和につづく野球平和が我が家にやって来た。来週からはセリーグも始まるとのことで、平和は続くと思う。


3月19 晴れ 夕方快晴 

夕方快晴につられ信夫山と県美術館廻りを散歩する 紅梅白梅三分咲きにて春のおとずれをしらせていた 散歩する犬も多し


■衆議院TV 衆議院外務委員会では
 
国際情勢に関する件(いわゆる「密約」問題)が討議された。佐藤総理ニクソンかんで交わされた 核持ち込みok密約あり 政府がずーっと明かさずの責任はだれが取るのか 最悪な政治状況が明かされた,メディア 主権者も 同時に最悪を放置し続けたことを教訓とし 反省 し民主主義を鍛えて行かなければならないわけだ

1991年以降米国は艦船に核兵器を積む必要がなくなったと語られてもいる

参考人
森田一(参考人 元衆議院議員)
11分 大平正芳外相秘書官
西山太吉(参考人 元毎日新聞記者) 18分
斉藤邦彦(参考人 元外務事務次官)  11分
東郷和彦(参考人 元外務省条約局長)  11分

■普天間 県外移設は当然だとして グアム移設が妥当だろう。首相腰砕けになり県内移設を採れば戦後の日米最悪がまだまだ続いてしまうことになる。のらりくらりと先延ばしし続け4年間逃げ切る〜か〜、沖縄の人々は黙っていないだろうから この場は 政治家としての腕の見せ所 


3月17日 晴れ 

民主党政権に変わり半年だが 脱官僚どころか官僚に取り込まれてしまってグズグズに崩れいく民主党政権。やれやれ 自民党時代より酷い米国言いなりの駄目な防衛や外交になってしまうのではないか?の感が増している。そこで今日は1日 普天間問題をネットで眺め勉強することにした。

どちらも長いんだが 建築家の真喜志好一のHPマル激無料放送 を見る。やはりそうか やれやれ。

建築家にもまだ真喜志さんの様な人間が居ること自体が救いのように思えるのが・・あまりにも〜少なすぎて情けないわけだがヤレヤレ

中国は物を売り売りつけ儲けた金で米国債買いって冨を貯えているんであるし、20年ほど前に冷戦構造が無くなって以降の 安全保障は換えないとね。 熱戦=トマホーク飛ばして空爆して叩いておいて 海兵隊が地上戦とすすむ=実戦争の方法に変わってしまった現実があるんだしね〜。

それでも まだ核の傘を信じた振りをして 省益を得るために主権者に裏切り行為をしている 国内の者どもの存在。 なんとかなのか。成らないのだな〜これが。このダニどもは 縦割り基盤というか学校基盤という物の考えによって作られている日本の社会そのもので なかなか壊れないだろう。そしてどんどん良くない政治や外交が続く 政権交代しても変わらんより酷くなるとなるとどうするのか?

 沖縄密約事件 認めて終わりかよ〜じゃ何も変わらんと同じじゃないか

 やはりUSTなどで訴えが有効なのかもしれないな〜 情報革命の恩恵を受け民主主義も少しずつ賢くこの地に変わるのを期待しよう 

 3月16日 晴れ あたたかし

■食材買い出し 多く買いすぎ肩に重し。仕事場の上の人引っ越すようで賑やか
■ いろいろ計画を練るも 決まらず 
■大室佑介さん 講演 コメント感想頁 作る
■hpで誹謗中傷者が最高裁で有罪決定

 3月15日 晴れ風強し 

■税金の催促が早すぎ〜ぜけんじゃーねーよ無収入だよ! 威張ってどうする?脅しに似ているので抗議の電話を入れる。お待ちしてますとのこと、催促方が何となく振り込め詐偽の手法に似てて、こりゃ引っかかる者おるわ〜

一週間してようやく 大室祐介さんと電話が繋がる。りんりんりと。

大室さんはmy千万家をネタに学生の時に何かしたらしいという事実を知らされる

2000年当たりだから1年生に入ったばかりかも〜

 記録公開の了解を再確認した。

加藤拓郎さんが主催した 大室佑介さんinダメハウスでの 大室さん講義は「卒制と最近の作品の解説」1時間半ほどの内容であった。web頁を作終え 出来た順に公開してたが 真夜中に全6頁を公できた。

なんだかんだと骨身に堪えてしまい 記録作りが遅れてしまった。何だろうと考えたらあれあれ〜と思いつくも、俺の力じゃどうにもならんので忘れよう〜っと

俺が20代10年間暮らした恵比寿!恵比寿村へ思いを馳せようじゃないか。ことば悦覧in恵比寿の計画を立てて 実行準備を始めるぞ〜

 3月14日 晴れ 税金催促赤紙がくる 早すぎるぜ明日抗議するよ

大室佑介さん肉声文字に起こす、質問など10数分もついでに起こし合計で1時間30分弱となる。夜web頁を一枚作るも手間が掛かりすぎ疲れる。

 慰霊する心や被災を記録し記憶を保存するための建築化なので、そのせいか画像がなかなか貼り付いてくれなくって手こずる

■夕方強くてグラングラン長い揺れ 震度4とはいうが昨夜より大きく強い地震だった。いよいよ宮城沖がやって来るのだろうか・・。少々食料と水を確保しておいた方がいいのかもしれない。野糞は可能としても 飯は煮炊きしないと食えない 薪燃してしまったな〜。


 3月13日 晴れ pm10時前にぐらぐら震度4あり

■LRAJ2010の対する感想公開
当事者である藤井亮介さんと観客である石川翔平さんのコメント。ツイッタに対する内容。そこに意味を持たせ考える態度が違う。並んで記録されると両者が際だつので両方同時に公開

ツイッターやUSTの映像はまだ簡単に使い始めたばかりなので、どう進展ししていくのか不明だ。初期の人々はどういう感想をもっていたか記録出来ていると思った。

それらの出現によって シンポジュームの在り方は確実に変わってしまうのか、公開がなくなり議論は非公開が主になるのか。この数年の観客の態度対応が鍵を握っている。

大室佑介さん文字起こし 30分ほどする。その8〜9日に掛けて行われたダメハウスナイト の主催者の加藤拓郎さんが当日の感想を公開している。加藤さんは主催したこといよって人生を変えてしまうのもしれないようなショックを受けたようだ。何もない自分に思い至り空虚で残酷な原点に立ったのかもしれない。 

人生なんて何もなくていいわけだが 若者は何も無いという事実に耐え日々を生き抜くこことが困難なのだろう。七転八倒して生きるのか。今後は加藤さんの資質そのものと社会状況との関係が加藤さんは育っていく。行く先の周囲に暖かな支援があることを祈ろう。 


 3月12日 晴れやや風あり 春一番が吹き荒れているのかもしれない

■連日1972年前後に起きた 沖縄密約事件の内容の一部が公共放送でながれている。一部の政治家と官僚による国民を騙したような行為は本当に国益になっていたのか?、これから学者や歴史家が検証するとは思うが 公文書がほとんど無くなっているという事実はとても大きな問題だ。

役所で作られる膨大な日々の資料は税金で作られる史料なので破棄してはいけないはずだが公文書法公文書館もない日本ではゴミのごとく捨て去られ、記録保存されければならない記憶が消され続けてきている

大室祐介さん事務所に電話するも今日も不在。8日のダメハウスで話していただいた05年卒制日本一プレゼンを再現かのような語りと 補足解説などを30分ほど文字に起こした。数日掛けて 起こして大室祐介さんweb頁を作る公開よてい。

加藤さんからデータが送られてくる・参加者のかたからの感想メールも送られて来る予定だ。やりっ放しではいけないので、大変によい傾向だと思う。


3月11日 晴れ 

■食材買い出し 肩に重たい イナダなし 鮪とタコとホタテをかいチラシ寿司 

■ 8日に遭遇した SDL=卒業設計日本一展の審査会場を放送してた第二会場の画面をゲリラUST放送した森下孝さんのインタビュー記録を作る。

森下さんは寂しがり屋だから呟きつづけているそうだ。そうこうしている内に実会場でもツイッタ場の人々と出会って呑みたくなんたそうだ。祭りに参加したかったし参加してよかったと感想をのべている。

俺は日本一展や学生さんの作品にほとんど興味がないんだけど、加藤拓郎さんが形骸化した展について語ろう!という呼びかけがあったんで 面白そうだし経緯など教えてもらえそうなので出掛けた。

途中寄ったsmtで偶然森下さんに出会った。ゲリラUSTを流したのは私ですと語った。それは記録せねばと、少ない!たった20数分の間だったけど準備も無く聞いた。聞いて良かった。ツイッッターやUSTなどに参加している一人の若者の心情を色々知ることになった。 浅野翔さんも同席してくれて、ツイッター会の王子様たちに囲まれた感がある聞き取りであった。


3月10日 曇り 昨晩からふりだした春先の雪 5pぐらいつもる

8,9日は加藤拓郎さん主催ダメハウスナイト#DAMEnight)2010年3月8日版に参加して倒れ寝る、ねる。 日本酒にて3日酔いきぶんわるーい・・が続いて治るまで20時間も寝てしまった酒に酔ったか仙台の状況に悪酔いしたのか分からないわ。

■一部は05年に日本一になった大室佑介28才)さんによる、日本一展のプレゼンをそのまま

あれまた始まったよ卒計日本一展、そのまま再現したようなスタートにて参会者圧倒されてしまう!

京都から参加のヤンバルさん=浅野翔さんは「説得力のレベルが今年と比べてだんち。05年度の日本一位 大室さんの話の世界にみんな浸っている

加藤拓郎さん「大室さん、せんだいと多摩美での講評会が重なり卒計にて本模型を二つ作ったという事実が」にがつんと 、ガッツさが違うのを思い知っていたのでありました。

一事が万事違いすぎます〜 同じ学生なのか?違い過ぎる事実。練り込まれ構築される大室卒業制作の内容の豊かさに参加している学生さんは沈黙しているのでありました。しかし大室さんは実に真剣であり真摯な態度をお持ちの、今では珍しい人間でありまして、12時間も説明しっぱなすのでありました。 私途中で寝ました 主催者じゃないと気楽につきあえますね。

久々に作家精神満ち満ちとお持ちの人間に出会っいました何だか懐かしい!この人の臭いと漂わす空気感。

 しかし言葉と詩性に、そして土地や発注者(=卒計では死者)の文脈に頼り 練り作り上げられる建築なので ある種の喩えによる既視感は否めない。その欠点をも充分承知で提示している姿勢はすがすがしくありました

参加者によって作られた大室産語りの概要がその場でアップされました。ツイッター時代恐るべし。

■卒制展のような お祭りに参加することに意義はあるが、その場だけで、雲散消無してしまうのではなく、 それをふたたび咀嚼し直し「自分の中に 知識化や歴史化して持ち置こうじゃないか!」という加藤さんの今回の行為は評価すてもしすぎではありません。が、今までなぜ起きていなかったのか?文化化や知識化? それが不思議です。 

■映画を中学生あたりかた作っているという三浦さんはブレークするかもしれません、印象に残りました。途中から参加の崩れたエロ豆腐のようなグジャグニャ感、女王蟻のような あかねちゃん参加者 大爆笑。男を食い尽くすかのようである種の印象の残りました(忘れていたけど今思い出した)

■卒業設計日本一展の内容には 興味はありませんが、そこに集ってしまう建築系の若者や人々の心象には興味があります。  


3月08日快晴 

今晩 仙台のダメハウス でワイワイが開かれるのでこれから出掛ける、語られた内容は記録を作り公開予定

●内容
 「05年日本一 大室佑介さん登場!!」
> 一部
>
> ・日本一展の経緯と現状 
> ・大室佑介さん講演
> ・参加者と意義や意味などを討議
>
> 二部
> ・全国の各地ツダラーとの語り合い
> (twitter+utsream時代の議論方法)

> 三部 懇親

日本一展で語られた ツイッターログがここにまとめられている


  3月07日 曇り 

仙台で卒業設計日本一決定プレゼンがあり、ラ系作品がどんでん返しで日本一に決まった。ツーッターにその件に関する書き込みが溢れ出てきたいたので分かったが 一部眺めた。 

ゲリラustツイッターを組み合わせた強制公開審査のような事態になっていた。今後このような機会は多くなる。リアルタイムで、オープンである点をどう活用することになるのか、興味が沸く

ダダ洩れ状態で蓄積されず終わるのか。共有の資源にならず、表層的な言説が流布するかもしれない。受け手の能力に関わる問題であるけれど。

どこでも何でも公開は 同時に閉じたや場や議論の重要性も同時に大きくしていると思う。 まだ使用者はすくないものの 極めて政治的なツールを簡単に使えるようなったので大きな変化が訪れるのだろう、10年後どうなっているのか想像できない面白い社会に突入した、そう思った。


 3月06日 曇り

昨日午後家を出て 仙台のmy長女家にmy長男と集合し年度末プチ家族会議をして夜に戻る。

(因は主の俺が所得を得ようとしない我が家の経営が超ダメ家主の俺なんで、成り立たっていなこともあり、5人それぞれぼちぼち分担し合わないととどないもこないも成ってない。ゲロゲロ経済状況である だから具体的に来年度の金銭的な問題を話し合い解決しなくってもいいのだが、する気がないのだが 現状の諸問題を確認し合う必要がある。 時々開催。 後、それぞれの課題と研究や論文の目標を教えてもらう。

ついでに今年度の3人それぞれの事業成果などをダベルった24時間。

色々やっているが親子ってのは似ている点が多いのである。名付けて

孟浩然家族
孟浩然
もうこうねんおやこ

ってことにした


モウコウネンさんという人は科挙試験に失敗し横ずれしまくって 詩人なった あの人である。春眠暁を覚えず・・といえば誰でもしっている詩を書いた千数百年前の詩人である。 横ずれ家族または越境しまくる親子ども!というような意味である。 


成果物てはmy長男の著書が出版された!が最大の出来事である

東北大の東北アジア研究センター叢書第38号(2010年2月18日発行)
18世紀〜19世紀仙台藩の災害と社会別所万右衛門記録(全380頁)で分厚いので重たいから両手に持ち喜び記念撮影をする〜 モウコウネン親子であるよ。

■my長男著の中身については明日書くことにするが。仙台藩校=養賢堂の算術指南役の別所さんが1833年から1844年(明治維新24年前)かけて書きつづった、11年間の日記の内容を全部翻刻(現代語表記に直し)を作りあげ、それを元にした研究内容

天保4年の大飢饉  天保6年の大地震(37年平均で起き続けている宮城沖地震)同年の広瀬川大洪水 つづい天保7年の大飢饉が毎年のように押し寄せてきてたいわけだが、その危機を人々がどのようにして克服し生きてきたのか、観察記録した内容ともに my長男論がおさめられている。


3月04日 曇りのち雨 

確定申告を済ませる。税務署の受付はすいていた。申告するほど内容がないが戻し税を活動資金にするための色合い濃い

■学会福島支所の大和田さんを訪ねすこし待ちダベルまずは呑み会をしましょうということになる。なるほど。若手の建築家は面白いけど幹部の方が知らないので指名たり説明したりしにくいんだそうだ。なるほど。メジャーな建築家の話は固まってしまっていて、若手には参考にならないとまでは言い切らないが、同世代と交流すべきだと思う。のんびり行こう。20年計画でよか関係になっていればいいので、交流の機会を作ろう。我が家で建築あそびを開けないので、すいすいと事を運べない。それは宿命なんで 焦らず現状で出来る範囲で活動しよう。

渡辺菊さんの日記より  高知市になどの方 参加してみてください

 「未来計画の可能性関連hpへ
森田一弥(建築家)山本麻子(建築家)
高嶺格(現代美術家)渡辺菊眞(高知工科大学/建築家)

日時   3月16日(火)17:00〜19:00

定員 先着30名 入場無料 (TEL/088-873-4111)
ギャラリーFAUST (高知県高知市本町1-2-22 喫茶ファウスト3F)


3月03日 はれ

■食材買い出し、雛祭りなので蛤と寿司ネタをもとめる。レジ係りが少ない時間に行ってしまいカウンター混雑し。近頃 客がレジ打ちする機械が置かれ、パートのおばさんを排除中のお店の様子

■家人がひな人形を飾らなくなって十数年が経ったのではないか、我が家のひな人形は家の天井奥でずーっと眠り続けている
(絵ネットより)

■2月中に処理しなければいけない色々が押して今日までかかり、全て終える。今年度はであった事が無い人々との新しい出会いが多かった。そこで採取した肉声の文字起こしばかりしていたような・・気分だ、データー化してない。 今月からの活動計画を作ろうと思うが 

 3月02日 2pほど雪積もり冷えるも日中には北向きの屋根以外は消える

3月にもいろいと活動できるように準備。そのまえに確定申告をしてしまおうと、ラジオを聞きながら書類や領収書など整理する。まめに領収書などは整理していたので、ほどんど何もない。大方整理し終える 明日書類を書き入れ仕上げたい。勤労の権利を有し義務を負ってないような内容である(憲法27条違反者かも)


 3月01日 晴れのち 曇り 

寒すぎる 12月、1,2月過ぎると何となくほっとしそうな俺だが   

地震は怖いよね〜、考えたくないけど、マグマの上に浮かび動き続けるプレートの上に暮らす俺。宿命なんだから、とくに。日本はプレとの端で、年中地震があるので一層地震活動期到来、その感が強いけど。怖い怖いと恐れてばかりいられない。が、生きている間地震災害に遭わないかもしれないし、ひょいと5分後に来て被害に遭遇してしまうかもしれない。 いつ来るか分からないのでどこまで予防し備えるかも、難しい問題だ。 

チリ地震による津波は養殖棚などの被害やその他各地に波紋を残しているようだ。中日新聞(web)には

同市内は28日午後、ピーク時は238人が避難所にいたが、津波第一波の到達予想時間の午後2時半が過ぎると次々と帰宅。実際に約60センチの最大の津波があった同5時には142人しか残っていなかった。対策本部の職員が「命の保障がない」と強く引き留めても「夕食の支度がある」と怒って帰る人もいた・

他にも 避難率の低さが公共放送のニュースで流れていた。何度も繰り返し襲ってくるんだけど、8〜10時間と長時間待てないようだ。やはり自然災害を軽く思い行動して貴重な命を落とす人を無くすことは困難なんだな〜と知る 

■学会福島支所 受賞講演文字起こし完了し データーを送る。学会賞の目的が何かは知らないんだけれど 3年通じて思うのは 学会受賞者も時代の空気に合った才能を持った人が受賞していること。それが分かるので面白い。受賞者も毎年数名いるのだろうから そういう書き方が正しいとは思わないけど、福島に来て講演する受賞者がたまたまそういう傾向だったのかもしれない。