岩堀氏(35回) 環境と交流する建築 2020年8月 作成 佐藤敏宏
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岩堀:ただいまご紹介いただきました岩堀と言います。よろしくお願いいたします。本日は皆さま大変お忙しいなか、この講演会にご参加いただきまして誠にありがとうございます。またこのような話をさせていただける機会をつくっていただいた福島県建築文化賞企画会議事務局の皆様ありがとうございます。
■初めに

 初めに、本日午前中に矢吹町営中町災害公営住宅、福島県建築文化賞に表象していただきまして、主催者の皆様、また審査員の皆様、ありがとうございました。
 この建築は非常に多くの方にご協力いただいて実現した建築になります。建築主である矢吹町のオザキ町長さんはじめ、都市整備課の福田課長さんや監督員をされた星さん。また施行に当たられました親和建設の橋本社長さん。現場監督の安藤さんや橋本さん。また、まちづくりを先導されました東京大学生産技術研究所の浦松さん腰原さん、野村さん。また地元の設計事務所して、ご協力いただきました、郡山市の山口建築設計事務所の吉田所長さんと実際担当された小泉さん。最後の我々の設計チームの共同設計者の さんはじめ各専門分野の多くの方にご協力いただきました。ここで改めて感謝を申し上げたいと思います。 ★組織図要

■講演 環境と交流する建築

それでは講演の方です。本日は建築文化に関する講演ということでお話をいただきました。私は事務所を始めてから12年ぐらいになりますが。この間に多くはないんですけども、幾つかの建築を設計しています。幾つかの建築を設計してきますと、自分の中でどの仕事にも「共通するテーマが存在する」ことに気付きました。
 それが今日の講演のタイトルにあります「環境と交流する建築」という問題です。本日はこのテーマについてのお話と、またこのテーマに基づいて設計しされました矢吹町営中町第二災害公営住宅と、またその他幾つかの建築について、ご紹介させていただいて、本日皆さまと共に建築文化というものについて、考えを深めていけたらなーと考えております。

 初めに今日の話の順番をお話します。一番始めに「環境と交流する建築」という考え方を、私がどのように考えているのか、少し概念的なお話をさせていただきます。二つ目に、その実例として、矢吹町営中町第二災害公営住宅の計画の内容について、詳しくお話をしたいと思います。三番目に最後ですけれども、環境と交流する建築という、その他の実例として、矢吹町の災害公営住宅以前に私が設計した建築を三つほどご紹介させていただきたいと思います。

■概念 環境交流装置としての建築

 それでは早速ですけれども、環境と交流する建築の概念的な話をしていきます。初めにですね、環境と交流する建築というのを自分で考えるのに、言葉をつくってみました。環境交流装置という言葉なんですけども、そういうものとして建築を考えるということです。言葉を作ることで自分の中で曖昧に考えていた事を整理しようと考えています。
 この環境交流装置という言葉なんですけども、これは3つの事あを合わせてつくりました。一つは環境、もう一つは交流、そして装置という三つの言葉になります。それぞれの言葉というのは、それぞれ意味が広い言葉なんですども、これを自分なりに、定義をしています。

■環境

 まず一番初めの環境という言葉ですけれども、これは自然環境と社会環境を含む生活をとりまく現象を一般であると考えています。自然環境というのは、例えば光であるとか、風であるとか、水の流れですすとか、そういう自然現象一般も含みますし、もしくは、回りに生えている樹木であるとか草花であるとか、そういう具体的な自然というものも、ここに含まれます。

 一方、社会的な環境というのは、例えば建築が建つその地域や町といったものが、そこに住まわれている人たちや、実際その建築を使う人たち、もしくはその地域の風土とか風習。こういったものを社会環境というふうに呼んでいます。

 このように建築の生活を取り巻く現象全てを環境という言葉でイメージをしています。環境と言いますと、自然環境との共生というような形で少し狭い意味で捉えられることもありますけども。私はこの環境という言葉をもう少し広いものとして考えています。

■交流

 次に交流という言葉ですけれども、これは能動的に係わる、それを生活に取り込む事であるというふうに考えています。建築をつくりますと、その内側と外側というのが出来ているわけですけれども、外側から様々な働き掛けがあります。例えば、日光が建築の中に入って来て、それをコントロールして生活しやすいように、調整をしたり制御をしたりということをするんですけども。交流という考え方は制御とか調整というのは、どちらかというと日光を受け取るものと認識してりいることが強いですけども、交流という言葉は、例えばその日光をどういうふうに建築に取り入れれば生活が豊かに成るであろうかと、楽しくなるんであろうか、そういうふうに、外からの働きかけを考える、というようにしています

■ 装置

 三つ目の装置という言葉ですけれども、これは生活を楽しむための、道具であるというふうに考えています。建築家が設計する建築というのは、時には芸術作品のように考えられる事もあるですけども、私はどちらかと言うと、これを生活の道具として、デザインしているという感覚に近いなと思います。道具であるからと言ってそれが単なる生活の手段に成る事ではなくって、それを使う事で使い方を設計したいことで・・・そういうふうにすることで、生まれて来る質、もしくは品みたいなものを備えた道具であること、というふうに考えています。

 以上をまとめますと、環境交流装置としての建築というのは、自然環境と社会環境を含む、生活を取り巻く現象に積極的に能動的に係わりをもって、それらを生活に取り込むことで、生活を楽しくする、豊かにするそういう道具、そういうものとして建築を考える。というような考えになります。

■環境交流装置としての建築をつくる方法

 この環境交流装置としての建築をつくる、設計する方法として二つほど大切にしている事があります。

(単純な仕組みでつくる)

 一つ目は全体を単純な仕組みでつくるということです。これは先ほど申し上がましたように、建築が現象、様々な現象に関わっていこうとすると、設計条件というのが非常に多岐に渡って、かつ複雑になっていきます。これをこの設計条件を一つ一つに、一つの形を与えていこうとすると、その建築は非常に複雑な仕組みになって、自ずと複雑な仕組みになっていきます。これを、多様な複雑な多岐に渡る条件を、例えば一つの形や一つの空間で解決出来ないか、出来る方法を探していく。そういうような物として考えています。つまり複雑な条件を解決するための、単純な仕組みというものを発見していこうという、スタンスに成ります。
 (工業製品でつくる 現代における民家を)

 二つ目の、既成の工業製品を組み合わせて造るということでけれども、これは建築の構成する部品というのが、例えば構造材、仕上げ材、設備部材などいろいろありますけれど、現代ではほとんどが工場で生産された工業製品となっています。
 これを使うときに、例えば非常に特殊な物を使うとか、特注品を使ったりとかするのは出来るだけしないようにして、一般的に手に入り易い部品で構成する事を考えています。これは日本の工業製品という物が非常に精度が高くって、かつ性能も高いので、それを経済性や建築全体の性能を考えてバランスよく組み合わせていく。 例えば現代における民家を設計してるとか、そういう事に成るのでないかと思って非常に面白く感じております。

■ 矢吹町営中町第二災害公営住宅

以上で概念的なお話をしましたけれどもここからは、今の考えを反映しました事例をして、まず初めに矢吹町営中町第二災害公営住宅の話をしたいと思います。
 初めに、このプロジェクトは設計に至る過程というのが非常に長い道のりがありまして、そこが非常に重要なところでありますので、少し背景について詳しくお話したいと思います。経緯と町づくりとその景観計画についてお話します

 経緯を年表を使ってお話いたします。切っ掛けは2011年の東日本大震災です。5月に矢吹町のほかに在る酒蔵の復旧復興に東京の建築家が参加したことが、始まりになりました。
 で当然、8月には、東京大学生産技術研究所の有志が矢吹町を訪れて、矢吹町役場と懇談会を設けました。
 次の2012年の年4月に本日特別賞を受賞されました大正ロマンの館、こちらのお掃除プロジェクトや改修というのを行いました。そして2012年の7月に矢吹町と東京大学生産技術研究所が覚書を締結しました。この覚書は「震災復旧復興に向けた連携と協力に関する覚書」というものです。

 2013年2月には、第一回矢吹復興まちづくり車座会議というものが開催されました。ここで、未来の矢吹町について様々な意見が交換しれました。ここには多くの町民の方が参加されました。
 そして2014年に矢吹町都市マスタープラン見直しの支援、それから、町中に計画されている幾つかのプロジェクトを作成審議や設計を行いました。中町第二災害公営住宅もこの中の一つになります。

★ 設計に係わった人々の組織と名前図

★経緯 年表



 当然とは?



 次に町づくりと計画について少しお話します。この2014年に矢吹町復興町づくりの最初の取組みとして、東京大学生産技術研究所の提案をベースにして、災害公営住宅の整備というものが始まりました。
 そこで整備の目標というのが、三つあります。一つは町中居住の促進。二つ目が木材の積極利用による新しい町並みの形成。三つ目にコミュニティー空間を持つ災害公営住宅というものです。

 その計画地は、左の図のように矢吹駅の前に旧奥州街道というものが通っているんですけども、その旧奥州街道沿いに、愛宕山という山がありまして、この近辺に三つの災害公営住宅と自治会館を再建することになりました。

 またこの設計に当たったチームですけれども、計画の当初から関わっていた建築家を含む三チームが行うことになりました。

 この三チームはコンソウシアムを組んで、キーワードを共有して、あとそれぞれの施設、具体的な設計はそれぞれが行うという、そういうチーム編成になっています。このようなチームのありかたというものが、施設の多様さを生み出しながら、全体としては統一感がとれている。そういうような、計画になったのではないかと思います。
 これも非常に先進的な試みで、矢吹町さん であったのではないかと思います。

 ■ キーワード

 このコンソウシアムで共有しましたキーワードを少しご紹介します
左の上に6つのキーワードがありますけれども。小さな公共空間凹凸のある街並みコミュニティーパス白と茶色が景観形成木質化、木の縁側であるとか庇というのが共有したキーワードです。

 このコンソウシアムによって、特に一区・自治会館と中町第一住宅と中町第二住宅、三施設が連動して計画されました。最大の特徴は町の生活像というものを読みこみながら、旧奥州街道と直行する三施設を貫く新しいコミュニティーパスというものをつくって、周囲の町並みが出来たということになります。

 この中で景観計画というものを考えました。ここを景観誘導エリアとして、中町第一住宅と一区自治会館は、旧奥州街道沿いに在って、 街道モデル都市としました。中町第二は街道から少し離れていますので、周辺モデルと名付けて、各景観の特徴を持ったそういうモデルになるように、設計を進めました。
 実際に住まわれた、各住戸の計画ですけれども、矢吹町全体では全52戸在りますが、この旧奥州街道沿いの中町地区では第一住宅、第二住宅、第三住宅の計48戸がエリアに建設されました。

 我々は設計をしました、第二住宅は一人から二人の世帯用の住戸が20戸と、3〜5人のファミリーの住戸が3戸、計23戸を、低層で戸建て住宅の様な雰囲気をもった公営住宅として、計画するという方針がきまりました。 

 以上のような矢吹町さんの考え方を踏襲しまして、私たちはこの中町第二災害公営住宅というものを先ほどの環境交流装置としての集住宅というふうに捉えました。ここで言う環境とは、申し上げましたが自然環境だけではなくって、地域とかコミュニティーといったものも環境と捉えて、それらと積極的に関わりをもって集まって住む町かたち、というものを考えました。

 まず初めに敷地についてご説明いたします。先ほどの図面ですけれども、こちらが中町住宅の敷地になりまして、ここに愛宕山という小高い丘があります。ここから北側に下る緩斜面になります。ここに23戸を計画しています。

 この中町第二住宅は非常に特徴的なのは、敷地のデザインから始められたということです。初めこの敷地は左の図のように愛宕山から下っていく斜面なんですけども、高い段と低い段の大きく2段に造成されていました。それを私たちはこちらの右の図のように、愛宕山から下る斜面を緩やかにそれぞれ傾斜した4段の平場を全てのり面でつないで行きまして、それを周囲の町並みに連続させていくようにデザインしました。
 
 最終的な敷地はこのようになりましたが、これは南の愛宕山から下に向かって見ているんですけど、このように、それぞれの平場がすこーじずつ北側に連続していくような、その中を先ほど新しいコミュニティーですが、こういう公園のような敷地、場所にデザインしました。

■中町災害公営住宅の建築について

 ここから建築についてご説明します。まず建築を設計するに当たって、6つの方針というものを立てました。一つ目が外部空間と内部空間が一体化した住宅空間。二つ目が周囲の町並みや町民の方に開かれた住空間。三つ目が住人、住まわれる人同士が気配を感じることが出来る住空間。四っ目が多様なライフスタアイル、様々な暮らしを許容できる柔軟性のある住空間。そして、寒冷地でもありますので、パッシブな手法を用いて快適な生活が出来るような住空間。最後に6っ目に先ほどのも言いましたが、工業製品を単純な構成にして、コストパフォーマンスの高い住空間をつくろうと考えました。

 このような非常に複雑な条件を単純な仕組み、システムで解決していく事で地域や自然と交流する解放感を持った集住態というものが出来るんではないかと考えました。
■ 1住戸ユニットについて

 初めに、集合住宅のなので、ユニットをつなげていって全体を構成しているんですけれども、その一つの住戸、ユニットについて話ます。

 このユニットは通常の3LDKとか、LDKが配置じゃなくって、この図にあるように南北に長い筒のような空間を、長いものと短いものを二つ並べて、これを我々は 通り間と名付けているんですけど。こういう空間の構成にしています。これによって、右の写真は通り間の写真ですけれども、高い解放性と、この中を使う柔軟性、それからこれを大小組み合わせているので、不整形な敷地の中に配置していくときの対応性や自然環境、自然の通風であったり、自然採光というものを最大限確保するように考えました。
 
 またこの通り間の南の一番端 、ここに縁庭という空間を設けています。縁庭というのは、ダブルスキンを奥行1間に居室化したようなもので、丁度この右下の写真のこの部分になりますが、土間空間であるんですけど、外と内側にサッシが入っている。 こういう空間を設けることで、室内の生活が外に連続して行くような、溢れ出て行くような、そういう事を考えました。

 で、ユニットとしては一人から二人用の住戸は1階と2階を重ねて、重層タイプと言われるタイプをつくり、3〜5人の住戸は1階と2階をつなげてメゾネットタイプをつくりまして、この二つのタイプを組み合わせて全体を構成することを考えました。

 このユニットの構造や工法ですけれども、非常に単純化するように考えました。例えば構造はツーバ12材 ツーバイ6という非常に小さい木材を梁として利用して、これを連続的に使う事で非常に単純な構造としています。

 また構法に関しては左の図のように様々な工業部品を使っているんですけども、これを非常にシステマティックに構成することで、簡易でかつ高い性能を確保するように考えました。

 これは平面図ですが、先ほどの重層タイプとメゾネットタイプを1ユニットずつ組み合わせた、二方向の平面図になります。このように南北における通り間というものがありまして、その南側に縁庭という土間空間が在りまして、その周囲は敷地が不整形なので、様々な形をもった庭というものが現れました。この中に先ほどのコミュニティーパスが通っています。

 このような構成でこの道から庭に続き、さらに縁庭、通り間というふうに、内外が少しずつ連続していくような空間構成を考えました。断面図で見ますと左側が道になりますけれども、この道から庭、そして縁庭、土間がありまして、その先に通り間がつながっていく、という様子が分かるかと思います
  
 先ほどの写真を出しましたけれども、通り間の写真です。この様に通り間は真ん中で引き戸で分割も出来るようにしましたので、暮らし方によっては二つのスペースに分割することもできますし、それをつなげて使う事もできます。

 このように通り間から別な手前の方の通り間にいると生活の気配とうのものが伝わるようになっています。
 これは手前の庭から通り間越に敷地の外の竹林が見えるような、非常に開放的な空間です。

 これは縁庭の写真ですけれども、通り間から土間に降りて、土間の内側と外側に窓があって、その先に庭が在るという、内外が連続した空間になっています。このような小さい粒のようなユニットをつなげていくことで、全体を構成することを考えました。

(★データが途切れている・・コピーバグかも・・・)

■コミュニテーについての検討

 コミュニティーの作り方というものを検討しました。右の上の図のように住戸を幾つかのグループにグルーピング化して、それぞれ中庭のような共有空間を設けようとすると、このグループごとは非常に強いコミュニティーが生まれる可能性があるんですけれども、全体のつながりとしては少し弱くなる。

 一方こちらは別の絵ように、住戸を平行配置して手前に共有空間をつくろうとしますと、全体はつながって行くんですけれども、手前の共有部分が共有している部分がみんなで共有している感覚というのが少し薄れていくように思いました。結果として私たちは凹凸のある住戸を雁行配置させて、少しずつ窪みを作りながら基本的には平行配置で全体をつなげていくというような方法をとりました。こうすることでそれぞれ共有感というものを少しずつ持ちながら、緩やかなつながりになる、そういうコミュニティーが生まれるのではないかと考えました。

 これは配置を検討していた時の図面・スケッチですけれども、例えばこれが二段造成のままそれぞれの段にグルーピングして、そこで中庭をそれぞれ造って、中庭を囲むような配置を考えています。

 一方こちらは、敷地を三段にしまして、それぞれに平行配置するような案も考えました。このように敷地のランドスケープと建築の配置計画というものをセットにして、同時に考えているのが特徴的だったかなーと思います。最終的にはこのような全体の計画になりまして、4段の平場をのり面で全部つなげていきまして、のり面の間をコミュニティーパス。私たちはコミュニティーパスを道というふうに呼びましたが、この道が町民の方々への通り抜ける道が貫けています。

 この道に沿わせながら、先ほどのユニットを少しずつつないでいくと、全体として、南から北に下るように雁行配置になりました。このように雁行配置をすると、建物の形というものが凹凸が多くまります。この凹凸によって様々な形、大きさをもった外部空間というのが生まれまして、それが少しずつレベルを変えながら、連続的に周囲の町並みにもつながって行くような、そういう雰囲気になります。

 建物の凹凸というのは近づくとこのようになっていまして、意外なんですけれども、囲われた屋外のリビングの所にもなりますし、縁庭が庭と連続して、内と外が混在している、非常に噛み合っているような、そういう建築になっています。

 この道沿いに今の建物の凹凸を並べていって、全体として公園のうような雰囲気になっています。
 この道がこのように、のり面の間の道は舗装してまして、この敷地の中のメインのストリートのような雰囲気を持っているですけども。例えば住棟同士の間を通り抜ける道なんかも造っていまして、これは獣道ではないですけれども、非常に細い道で、逆にここは砂利敷きにして、道も色んなタイプを造っています。

 町づくりも共通のコンセプトとして、白と茶色の色彩計画。それから木質の景観形成、また明かりの空間というのも・・。全体の計画の中に、今申し上げた茶色であるとか、木の仕上げであるとか、点在させまして、全体の景観というものを変化に富んだものにするように考えました。

 これが茶色の壁ですけれども、南北面が開口なので、どちらかというと東西面に茶色を部分的に施しています。この色も三種類ぐらい考えました。道を歩いて行くと少しずつ茶色い壁が現れてくるような、そういう雰囲気になっています。

 このピンク色は町の木で かなものと言う木で所々のシンボルツリーとして植えた。また木の景観という事に関しては、北側の立面の町道から見てますけれども、北側にどうしても住戸の給湯器とか、配管類とか、そういう設備が出ているんすが、それを隠すための、目隠しのルーバーを全部木で造りました。そうするとこのように、リズミカルに木の仕上げの壁というものが、現れてきます。
 
 先ほどの、縁庭の内側の仕上げを木にしています。こうすることでこの道を歩いていますと、縁庭の内側の仕上げが目に入って来ます。また庇、ちょっと暗いですが、庇の軒裏も木の仕上げにしていて、見上げるとそういう木が感じられる。

そういったような所々で目に木が入って来るようにやりました。この木の茶色の色ですとか、先ほどの茶色に壁ですとか、三種類色塗りなんかは町長さんとも細かく相談しながら、決めていったという経緯があります。

 明かりの空間ということですけども、これは先ほどの縁庭が証明が灯ると、そこが行灯のような形で軟らかい光に包まれて、それが敷地に通って全体を軟らかく照らすような、そういう照明計画を考えました。軟らかい光で敷地を照らしています。
 ここの照明を通り間、室内のスイッチを入れると縁庭の光というような計画をしているので、常に暗くなると誰かが室内に電気を付けると、こういう状態になるということも考えました。

 それから、矢吹町は冬はマイナス5度ぐらいまで下がるんですが、こういった寒冷地での公営住宅で、空調など初めから入れられない住宅なので、出来る限りパッシブエネルギー利用ということを考えました。
 通り間というのが、南北に抜けた空間になっていますので、非常に通風がスムーズに抜けて行きます。

 また縁庭ですけれども、これは先ほどダブルスキンと申し上げましたが、外側と内側にサッシが入ってまして、春夏秋はこれを開け放つと先ほどの通風が可能になって、こういう床や庇が陽射しをカットして、縁庭の部分が木陰のようになるですけども、冬はこれを両方閉めますと、縁庭が温室のような形になって、ここで暖められた空気を通り間に取り込むと、いうような事を考えてまいりました。

 先ほどの陽射しと通風を取り入れるために、全て南北軸に沿わせているふうにしました。

 この縁庭の効果とうものを検証するために、2016年12月に環境調査というものを行いました。この調査の結果から縁庭の内側の窓の開閉の仕方によって、通り間の室温が大きく変化するという事が分かりました。例えば日射取得は大きくなる昼間の時間帯などは、この窓を解放することで、縁庭の温かい空気というものが通り魔の方に入って来て、室温が上昇していきます。一方、日射取得が小さくなる夕方の時間帯になると、この窓を閉めまして、そうすると通り間の室温の下降というものを緩やかにする効果というもが、分かりました。
 このように縁庭というものが、非常に室内の気候に関して効果的であるということが示唆されたと思います。
 以上のように、自然環境や地域やコミュニティーという、そういうものの、関係性をこの建築の中に様々に重ね合わせています。重ね合わせているんですが、建築、ランドスケープそれ自体は、お話しましたように、非常に単純な仕組みで出来てまして、このようなものを「環境投影装置としての集住態」と呼んで、これから造らる公営住宅も、新しい形になるのではないかなーと考えました。
 
■■ 他の事例紹介

 以上で中町第二災害公営住宅のお話は終わりますが、その次にですね、その他の事例として私が中町第二住宅以前に設計しました事例を三つほどご紹介させていただきたいと思います。 

■筒の家

 一つ目は個人住宅になります。筒の家という名前になりますけれども。2008年に完成なので今から10年前ぐらいになりますが。私が独立して初めて設計した住宅になります。

 なぜこのような考えと言いますと、このように手前から奥に通り抜ける、筒のような空間がこの建物を貫いていて、そのまま住まいになっているというような住宅です。なぜこのような形になったのか、またはこの形からどういう暮らしが生まれるのか、ということをお話したいと思います。

 敷地、ここに住まわれるご家族ですけれども、車椅子で生活する30代の男性と、その男性をサポーターに、ご両親がいらっしゃって3人の住宅になります。計画地は東京都の三鷹市という所です。余談ですが、三鷹市も矢吹町と姉妹市町村になってまして、縁を感じるなーとことなです。

 都心から、電車で20分ぐらいの所に在りまして、だけど都心の密集地でもなく、かつ郊外の自然が豊かな場所でもない。適度な自然が残っている、都市部というような、場所です。

 具体的には、この敷地の南側にバス通りが在りまして、その先に、果樹園が広がってまして、周囲はお店とか、住宅が並んでいるような場所になります。右側の写真で、バス通りと果樹園が見えるかと思います。

 この住宅のポイントとして、三つありました。大人、3人が小さい住宅に暮らしますので、3人の距離感というものをどう作るかということ。それから車椅子での男性の生活をご両親がサポートするので、3人の生活の一体感というものをどのように作るのかということ。それから、将来ご両親が高齢化して、もしくは亡くなられた時に車椅子の生活している男性が、他人の手を借りて生活することになるかも知れないということも考えて、その場合外部とどのようにつなげたらいいのか、ということを考えました。

 この課題に応えるために、私が考えたのが、このように南北に長い筒のような空間をこの住宅の中に平行配置するということです。

 これは三人がそれぞれ、部屋をもって生活するというのではなくって、この長い大きな空間の中にそれぞれが生活に必要な家具とか物を配置して、その中にコーナーを作ような形で、生活するというイメージになります。平面図で見ますと、左側が一階ですけれども、バス通りからオープンに長い空間が在って、こちら2階は、上は吹き抜けています。階段で上がって 少し細い筒のような空間が在るのが分るかと思います。大きい筒と二階のちょっと小さな筒と、入口側のスロープでずーっと奥に入っていくので、ここも一番細い筒のようになっていますけど。大中小の3つの筒が建物を貫いているということです。

 これは一番大きな筒を道路側から敷地奥に向かって見てますけれど、この道路側のスペースというのが、先ほどの車椅子で生活する、男性のスペースで奥はダイニングですけれども。例えばこれだけ離れていて、奥で食事していても、手前の男性はさほど気に成らないですし、かといって、またく切られているわけではなくって、お互いの気配というのがこの中で伝わる、というふうに考えました。

 これは北側なので非常に軟らかい光が筒の中を満たしています。これは逆に反対側、先ほどの奥から手前、道路側を見ています。このように住宅の一番奥に居ても町の雰囲気というか、存在を感じることが出来ます。なので必要に応じてこの町から距離をとって生活することも可能ですし、何かあったら、ずーっと前に出て行って、他人の手助けを借りる、ということもこの空間では可能になっていきます。

 こちらは南側を向いてますので、直射日光が筒の奥まで入っていくようになっています。

 こちらの左の写真が、2階の少し細い筒です。ここはご両親のスペースで、やはり奥にお母さん、手前にお父さんというような形で、この二人の距離を少しとっているんですが、この中で気配は感じるというふうになっています。

 こちらの写真は2階のから、一階を見下げることが出来る。様子をうかがうことが出来る窓を付けています。そこから見た写真になります。
  
 このように筒という空間を造ることで、その中でそれぞれが距離をとりながら一体感を感じることが出来るという。そういう空間をつくりました。

 このような建築を先よド申し上げた、非常に単純な構成で、一般的な工業部品で組み立てることを考えました。

 断面図で見ますと、このように筒の中に南から光が入って来て、北からも軟らかい光が入って来て、その中を風が通り抜ける。またこの中で、距離をとることができるし、町との関係をつくることも出来る。というような建築です。

 ただこのような大きな空間をつくりますとこの中の空調というのが非常に難しいんですけど、ここでは床に水の袋を利用した蓄熱層というのを造ってまして、その水を温めて、そこに熱を貯めて、それを室内に放熱することで、この室内の室温というものを維持するようにしています。

 このように単純な筒というものなんですが、その中に光とか風とか、生活の距離、町との関係、もしくは熱量の動きであるとか、そういったものが様々な環境要素というものが、交流するような形になっているのが分るかと思います。

■筒の家2

 その次は筒の家2という、2011年で三年後に建てた住宅なんですが。こちらのクライアントは50代の御夫婦になります。その御夫婦は都心に住んでまして、この敷地は、千葉県の都心から車で1時間ちょっとぐらいの海辺の別荘地に在りまして、西側には海が、200mぐらいに近づいて来て、東側は反対に山が迫って非常に自然が豊かな郊外の環境になります。

 当面は終末住宅として使うということなんですけど、将来は移り住むということも視野にいれた住宅になります。建設された当初は新しい別荘地だったので、何も建っていなかったんですが、今はたくさん別荘が建って、町並みが形成されています。

 この敷地は南側に大きな庭をとることが出来る面積があって、北側に町のストリートになる、写真のこの部分ですが、走っていました。この南の庭と北のストリートにつながりを持つ、平屋の住宅を考えました。

 こちらも、南側と北側はつながりを持たせるために、非常に大きな開口部を造っていまいして、そのために東西にすこし膨らんだ平屋になっているんですが、その中に先ほどと同じように、このように3本の幅の違う南北に抜ける筒のような空間をつくっています。これは先ほど都市部の2階建の小さい住宅で試みた事を自然の中にある平屋の別荘で、応用できないかと考えました。

 このように南北に抜けているのが分るかと思います。室内から見ると、このように向こう側に空間が抜けています。水回りなんかも一番細い小さい筒なんですが、その中に浴槽とか、洗面台とかを置いて、非常に開放的な水回りになっています。

 この建築のもう一つの大きな特徴は、この大きな木の梁で屋根を造っているということです。これは海辺なので、塩害を避けるために、構造を木造にして、かつ南側と北側に開きながら、都心では得られない、大きいワンルームが欲しいということで、東西方向に大きいいスパンを飛ばす必要がありました。このように非常に大きい木の梁を造ったんですけども、これは木で梯子のような骨組みを造ってその両側から、合板を貼って、合成梁というものなんですが。こういう非常に大きな梁です。この大きな梁を構造だけじゃなくって、何か他の使い道に使おうと思いまして、例えばトップライトから入って来る直射日光を一回ここで反射させて実内に落として来る。そういうふうにすることで軟らかい光が落ちてくるような、屋根を考えました。このように梁の間が少し白く柔らかい光に満たされていて、こういう光が上から落ちて来きます。

 部屋を区切るための、建具ですとか、家具、そういった物は梁の下までの高さとしてます。こうすることでこの上は梁の背があるので、空間的には全部の空気がつながるような形になっています。こうする事で、例えばこちらにご主人が居て何かしている。家具の後ろ側に奥さまが何かしているとして。見えない生活の距離もとれるんですけど、上が繋がっているので何となく気配は感じますし、何か声を掛ければ直ぐ分かるというように、先ほどと同じように、大きな梁を使って生活の中に距離感と一体感というものを両立させようと思いました。

 この建築も同じように非常に単純は工業部品の組み合わせで造ることを考えました。このように、南北に抜ける筒に南や北から光が入って来て、この建物は大きな木の梁に天窓から入って来る光を反射させて、上からの光が入って来きます。その中を風が通り、こちらの直行方向の断面ではこれが大きは梁ですけれども、全部梁の下まで、音が抜ける。こちらも床はモルタル優先なんですけど、その中に温水パイプを埋設して、そのモルタルを暖めて放熱するという方法で室内の室温を保っています。

 このように、南北に抜ける筒とそれを覆う大きな木の梁という、非常に単純は仕組みの中にこのように光とか、風とか様々な環境要素を交流させているという、そういう建築になります。この二つの個人住宅で考えた事は環境交流装置としての建築という考えからスタートしていますけども、それを実現するために筒のような長い空間を造って、そこに環境要素を交流させると、それが非常に豊かな生活空間になるのではないかという、そういう発見を出来たのではないかと思います。

■複合型介護施設 上機嫌

 これで最後の事例にないります。高齢者集合住宅 上機嫌という建築です。これは2014年です、先ほどの住宅から3年後に出来た建築です。

 この建築は高齢者の方が自分の今住まわれている環境から離れて、ここで他人と暮らして、かつこの地域と関係を結びながら暮らしていくんですけども、その時にここで心地よい暮らしというものを送るためにどういう空間が必要なのか、ということを考えました。

 この建築は複合建築なんですけども、一つはサービス付き高齢者集合住宅。もう一つは通常の施設になりますがデーサービスセンターが在りまして、この二つを平屋建ての建築の中に一体化させています。

 敷地は山梨県甲斐市ということろに在るですけども、このように周辺は雑木林が多くって、その中に住宅が点在しているような場所になります。高速のインターチェンジから非常に近い場所に在りますので、集合住宅の方は都心から移り住んで来る高齢者の方が多くって、デーサービスの方は周辺から通って来る方が多い。
こういう高齢者の方がここで共同生活をおくる。そういう建築になります。

 このように赤い文字で書かれているのがデーサービスセンターの機能で、青い文字で書かれているのが高齢者住宅の方の機能となります。様々な機能がここに入りまして、その中で共有するスペース。大きな場所がありますし、ちょっと小さい奥まった場所がありますし、もしくは回廊のように長い空間も。このような共有スペースをひとつながりにすることを考えました。右の図のように、青く塗られたことが今の共有スペースに全部つなげた形になっています。

 ここも色々なものが通り抜けていく、というようなイメージで、通り間と名付けているんですけども。これは先ほどの個人住宅で造っていた筒の空間というものが、複雑な機能、大きな規模になったときに、どういうふうに展開できるのか、ということを考えました。

 平面図の床の色が塗られている部分が先ほどの通り間になります。色んな大きさのスペースが在って、家具の置かれ方も自由になっていまして、そこでいろんな事が出来るということです。

 これが集合住宅側の通り間なんですけれども、壁の手前の広いスペースでみんなで集まって食事をするとか、左の奥の方のスペースで一人で読書をするとか、もしくは奥に長ーくつながる長い空間で、歩くことで運動出来ると。認知症の方などはグルグル回ったりするという事があると聞きましたので、こういうスペースを造って、色んな使い方ができるようにしました。

 これはデーサービス側の通り間になります。これも手前が機能訓練スペースなので、体操をしたりとか色々な運動をします。奥にダイニングと通り間とさらにテラス、その先の雑木林というように全てがひとつながり、大きな空間になっていまして、なので、大きいのでそこそこ距離はとっているんですけど、一体感も生まれるような空間になっています。

 またこの通り間、大きなこのような開口部を設けて、これは手前の雑木林の景色を取り込むという事もありますが、この先に見える町の存在というものが、このスペースから感じられるというのが、重要だなーと思いました。町の連続の中で自分たちが暮らしているということを感じられるようなスペースを造っています。

 こういう小さい窓もありまして、空も見えます。この通り間のも一つの大きな特徴は木の大きな屋根なんですけれども、これは先ほどの別荘の住宅で木の梁を連続させていったときに、空間が一体化というものが非常に強まったというふうに感じでおりますして、それをこの建物で応用できないかと考えました。

 この建物は細かい小さい木材を連続させて一体感をつくっています。細かい小さい木材を使うことで、大きい施設なんですが、住宅のような親密なスケール感というもがつくれるんじゃないかと思いました。

 この木の構造体を全部表して見せてしまうことで、木の暖かみというものがここから生まれるように、なっています。

 やはり木の屋根なんですけれども、これは2×12材という、これも工業製品化された木材を徹底的に使って、構造を単純にしています。その他の屋根材であるとか外壁材とか断熱材であるとか、サッシであるとか。全て住宅でも使うような一般的な工業部品を組み合わせています。

 室内日光についてですが、光は大きな開口部や中庭からふんだんに入って来て、非常に明るい空間になっていまして、かつこの通り間というのが、空間的には全部つながって抜けていて、風が抜けやすい空間になっています。なので、空気が淀むことが無いので、非常にここに居て心地よい生活が出来る、というふうに考えました。

この施設の通り間という非常に不整形な共有スペースと、その上を覆う木の大きな屋根というもので、非常に単純な仕組みの中に、たくさんの環境要素を交流させているという、そういうことを考えました。

 矢吹町の災害公営住宅は、この上機嫌の後に設計をしたんですけども、この二つの集合住宅では先ほどの個人住宅で試みた開放的な筒のような空間というものを上機嫌ではそれを変形させて、大きな規模でかつ複雑な機能を対応させようと考えましたし、矢吹町の災害公営住宅では、その大小を組み合わせて集合させることで、室内と屋外を一体化させるような、そういう空間をつくるということを考えました。


■環境交流装置という建築 背景しての建築

 以上で事例の紹介は終わります。最後に環境交流装置という建築を考えるとき、一番重要な事は生活を外と内に開く非常に開放的なスペースを要求されるというか、必要になってくる事だと思います。それを一般的な工業製品で、組み合わせて造ることで、美しい道具といいまいすか、そういうものであると考えています。

 ですのでこの環境と交流する建築、環境交流装置としての建築ですけれども、そこは人々の生活というものが主役となって、建築が最終的にその生活を成り立たせるための背景として考えられている。そういうことが大切なのかなーと考えています。

 本日は住空間について主に話しましたけれども、この考え方というのはもっと公共建築であるとか、一般の建築にも当てはめて考えることが出来るのではないかなーと思っています。ですので、これから私もこの背景としての建築を、こういったものを色んなタイプを考えて今後も模索していきたいなーと考えております。

講演は以上になります。最後まで皆さんご清聴ありがとうございました。