早稲田大学 ジャーナリズム研究所 J-Freedom |
「新聞が売れないのは、インターネットのせいではない」 パナマ文書日本担当アレッシア・チェラントラさんが語る調査報道の意義 聞き手は富谷瑠美(ジャーナリズム研究所招聘研究員) |
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HOME | 世界を揺るがせたパナマ文書。この文書の中に、およそ400の日本企業や日本人の名前があったと言われている。当初、この「日本リスト」の精査を担当したのはイタリア人ジャーナリストの女性2人だった。朝日新聞社と共同通信社が参画したのはその後のことで、国際調査報道ジャーナリスト連合=ICIJ (The International Consortium of Investigative Journalists)の呼びかけで両社は共同取材に入った。 そのイタリア人ジャーナリストの1人、アレッシア・チェラントラさん(35)=本研究所招聘研究員=は、5年前に設立したイタリアの調査報道団体IRPI(Investigative Reporting Project Italy)の立ち上げメンバーだ。パナマ文書報道を機に、スポットライトが当たっている調査報道。世界を駆けたスクープから約1ヶ月が経った2016年6月、取材で来日したチェラントラさんにその意義やジャーナリストの役割について聞いた。 ■国際ジャーナリストに必要なのは、コネクションと信頼、実績 ――そもそも、どんな経緯でパナマ文書の日本担当になったのでしょうか。 チェラントラ:私はもともと、 ベネチア大学でオリエンタルスタディーズを専攻し、日本語を学びました。卒業後に、トリノ大学の大学院で2年間、ジャーナリズムを専攻。また、ベネチア大学の大学院でも1年間、コーポレートファイナンスとマネジメントを学びました。 ジャーナリストとしては、大学卒業後から長らく、日本に関する記事を書いたり、翻訳したりしていました。初めは日本の文化に関しての記事が多かったです。お寿司とかね。でも次第に、日本の社会問題などの硬派なテーマを取り上げるようになりました。憲法9条に関する問題やヘイトスピーチ、中韓との関係、ひきこもり、企業買収――。日本の媒体もずいぶん読んだり、翻訳したりしました。週刊金曜日、週刊朝日、AERA、週刊ダイヤモンドや週刊プレジデント。それにFACTA。たまに毎日新聞や東京新聞など。その活動が知られていたためでしょう、ICIJから声がかかりました。 ――日本人ジャーナリストに直接声がかからなかったのはなぜなのでしょうか。 チェラントラ:正確なところは分かりませんが、海外で活動する日本人ジャーナリストの数が少ないからかもしれません。 フリーのジャーナリストとして国際的に活動していくためには、まず「顔を売る」ことが大切です。とにかくジャーナリズム関連の国際会議には顔を出し、コネクションを作り、そのコネクションを元に調査報道の実績を積んでいくことが重要です。しかし、 国際的なジャーナリズム関連の会議の場で、見かける日本人はほんの数人です。それもほとんどが組織ジャーナリストで、フリーランスは少ないですし、女性に至ってはなおさらです。 ――ICIJに加盟していれば誰でも参加できる、という訳ではないのですね。 チェラントラ:加盟とか、登録とか、そういった(形式的な)ことは重要ではありません。大切なのは実績と信頼です。 パナマ文書プロジェクトには、およそ80ヵ国から400人のジャーナリストが携わりました。彼らのうち誰一人として、このプロジェクトの秘密を洩らしませんでした。もちろん私も、家族にすら、です。「あの人なら信頼できる」という(他のジャーナリストからの)お墨付きがあって初めて、こうしたプロジェクトに参加できます。あとは調査報道に関する実績ですね。 ■調査報道のテーマごとに、専門家を雇って資金調達 ――IRPIについて教えて下さい。どういった経緯で設立されたのでしょうか。 チェラントラ:きっかけは2011年に開催されたIRE (Investigative Reporters & Editors)という国際的調査報道のカンファレンスです。米フロリダ州のオーランドで行われ、各国から千数百人のジャーナリストが出席しました。私もそこに、シーラさん(パナマ文書で日本を担当したイタリア人ジャーナリストの1人)と出席しました。 大部分はアメリカ人でしたが、そこにイタリアでは著名なジャーナリストのレオ・システィ(IRPI現編集長)がいました。パナマ文書プロジェクトに参画したイタリア人ジャーナリストは3人ですが、彼はこのうちの1人です。彼は以前からICIJのメンバーで、私はこの出会いで初めて、調査報道とは何か、その意義が分かりました。 当時、イタリアにはなかなかいいジャーナリストがいないと言われていました。「いいジャーナリスト」とは、調査報道ができるジャーナリストのことです。原因の一つとして、当時のイタリアには、米国などとは違って、調査報道を専門にする団体や、それをメディアにピッチする(売り込む)仕組みがなかったことが挙げられます。 「イタリアでも調査報道の仕組みができればいいね」と3人で話して、それが始まりだったのです。そこからブレストを繰り返し、12年の7月に団体を設立。13年1月に公式サイトをオープンしました。 現在はおよそ20ヵ国のジャーナリスト200人のネットワークに成長しています。 調査報道の実績も出てきました。イタリア人警察官のレイプ事件がその一つです。彼は旅行客が宿泊先を探すためのサイトを悪用しました。そのサイトを経由して訪れた女性を、レイプしていたのです。この事件に関する報道を15年2月6日に公開し、ガーディアンやニューズウィーク、CBCなどを通じて世界中に報道されました。 ――運営費など、必要な資金はどのように調達しているのでしょうか。 チェラントラ:まずベースにあるのはStructural Funding(=構造基金)という考え方です。これは調査報道のプロジェクト単位で、ジャーナリズムを支援している基金や財団に売り込み、支援を募る方式です。もっとも、極秘のテーマでは事前にテーマすらも開示できませんので、そのテーマの取材が終わった後に資金調達手段を検討することもあります。 基本的に、ICIJやIRPIはジャーナリストの人件費(給与)は負担しません。各国の有力メディアにコネクションを持っていますので、完成したコンテンツをクレジット付きで流してくれるよう売り込むのが仕事です。 こうした基金や財団から支援を得ようとする団体は複数あり、取り合いが起こっています。そのため、海外ではファンドレーザー(fund raiser)という、こうした資金調達専門の職業があります。調査報道団体は売り込みたいテーマが決まると、こうしたファンドレーザーを雇い、練りに練ったレジュメを作成します。 IRPIでも、ファンドレーザーを3人雇いました。IRPIで雇ったファンドレーザーの人件費は、 オープンソサイエティ財団から得た資金で賄われています。(基金や財団から調達した資金を、所属するジャーナリストの給与に充てることはないが、ファンドレーザーの人件費に充てることはあるため)少々、皮肉なことですが。 ■売れないのは、価値ある記事を書かなくなったから ――世界的に、新聞や雑誌のビジネスモデルが崩壊しつつあります。その原因は、インターネットだと言われています。 チェラントラ:それは本質ではありません。インターネット、新聞、テレビ、ラジオ――そういったものは単なるチャネルです。大切なのは記事の中身です。(新聞や雑誌が売れなくなったのは)インターネットのせいではなく、価値ある記事を書かなくなったからです。 既存メディアは、とにかく量を追いかけています。イタリアでもそうです。だから、IRPIを作ったのです。量ばかりで、大した内容がない記事になぜお金を払うでしょうか。読者はそんなに馬鹿ではありません。サラリーマンとしてロボットのように働いているうちに、ジャーナリストは読者から離れてしまいました。 ジャーナリストには責任と役割があります。読者にはそのニュースがなぜ大切なのか、生活にどんな影響があるのかを伝えなければなりません。それがないと、オーディエンス(読者)には(ニュースの本質が)理解できません。ジャーナリズムと読者は、遠く離れたままです。 ――フリーのジャーナリストとして、生計を立てていくのは楽ではありません。 チェラントラ:その通りです。私も以前は大学でPRの仕事をしていましたが、退職しました。政府に近い立場の人々も働いていたので、利益相反が気になったからです。現在は調査報道の他に不定期で新聞や雑誌の記事を書いたり、フィクサー(海外から来訪するメディアの取材アテンド)をしたりしながら、貯金を切り崩して生活しています。我ながらクレイジーだと思いますよ。 ――しかし韓国の「 News tapa」(韓国のオンライン調査報道メディア。月間およそ3000万円のコンテンツ収入があるとされる)など、調査報道の新しいモデルも登場しつつあります。 チェラントラ:確かに、ビジネス上の課題はあります。しかし、ジャーナリズムはレボリューション(革命)の時期です。まだ誰も知らない、いろいろな可能性があるのです。 新しいシステムを作りましょう。成功するかどうか、そんなことは誰にも分かりません。未来にだけ、分かることです。 《写真説明》 写真1 インタビューを受けるアレッシア・チェラントラさん=2016年6月11日、東京都新宿区の早稲田大学で、富谷瑠美撮影 写真2 チェラントラさんたちが立ち上げた、イタリアの調査報道団体IRPI(Investigative Reporting Project Italy)のホームページ 写真3 若手ジャーナリストを前に講演するアレッシア・チェラントラさん=2016年6月4日、東京都新宿区の早稲田大学で、早大ジャーナリズム研究所提供 写真4 インタビューを受けるアレッシア・チェラントラさん=2016年6月11日、東京都新宿区の早稲田大学で、富谷瑠美撮影 |
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